雑記帳


雑記帳過去ログ

20030724 【無残】罪もない猫が虐待されている!【残虐】




http://www10.plala.or.jp/kuji-wing/zakki/zangyaku.jpg



 なんてことを……
 これはもはや、にゃんこ好きである私への挑戦ですよ!

 上の残虐画像はともかく、すなふさんのサイトがリニューアルされています。一見爽やかですが、荒み系サイトです。(うちのリンクを見れば一目瞭然)
 あまつさえ、昔のえろSSなんてアップしちゃっている荒みぶり。素晴らしく頭悪い傑作です。(誉めてる、一応)

 

20030723 論ずるに値せず




 今日の雑記は少々棘があるといいますか、ぶっちゃけ他者を批判する内容ですのでお笑いを期待された方は読み飛ばしをお願いします。
 私としても名指しでの批判は迂闊であることは十分に承知した上で、それでも発言に責任を持つという意味合いからあえて批判先を明示したいと思います。

 かのんSS-LinksさんのメインBBSについての話題…… と言えばピンと来る方もいらっしゃるかもしれません。わからない方は今からあちらのBBSを過去ログを含めてご覧になることを推奨します。あえてリンクは張りません。
 話題的に主人公最強主義だとかそういった議題には興味ありません、私が引っかかったのは下記の書き込み。以下転記させていただきます。




2399. Re^7: 追記 朧月朔弥 [URL] 2003/07/23 (水) 03:50
最後に、文字書きの端くれとして一言。
何故貴方如きに小説を書く権利を否定されねばならないのです。
ましてや、その理由が貴方が気に食わないからというのは横暴の極みです。
私は二次創作とは作家が原作から受けたイメージを作品にすることであると考えます。
祐一至上主義・最強主義、共に大いに結構。
それがその作家が受け取ったイメージなのですから。
そして、それが気に食わないのであれば読まなければいい、実に単純明快な理屈です。
それでも読んでしまった時は運が悪かったと諦めるべきです。
二次創作作家の大半は趣味でやってるのですから、極論してしまえば読者にがたがた言われる筋合いは全く微塵もありません。



 意見交換(あえて議論や論争とは言いません、そんな上等なもんじゃないし)の最中にヒートアップするのは仕方ないですし、この方、朧月朔弥さんに対しての意見中にも口調が刺々しいものがありますから、彼の文調うんぬんに関してはとやかく言うつもりはありません。

 彼の言葉をお借りして、私も物書きの端くれとして一言。
 「趣味でやっているのだから読者はとやかく言うな」と言うのなら、あなたはなぜ創作物をWWWという場所に公開しているのですか?
 はっきり言わせていただきますと、「嫌なら読むな」は居直り強盗と同じです。インターネット、WWWという誰もが見ることができる場所に物を置いておきながら、「嫌なら読むな」とはどういった精神構造でしょうか。同じ物書きとして大変恥かしいです。
 祐一至上主義・最強主義、共に大いに結構。何をやっても、何を書いても、趣味の世界であるのですから作者さんの勝手です、そこまでは同意。
 だけれども、自分の書いたものに責任を持つのは物書きとしての最低限の義務でしょうに。それすらもできないのであれば、SSなんて書くべきじゃない。
 もっと言えば、Web上での発言も同じです。自分の言葉に責任が持てないのであれば発言すべきじゃない。こう言えば恐らく大半の方が納得されるでしょう、無責任な発言というのは嫌われるものですからね。ではWeb上で公開しているSSって、作者さんの「言葉」じゃないんですか? SSという形で発信している「発言」と何が違うんですか?
 批判に対して反論するのは大いに結構、やるべきです。ですが「嫌なら読むな」と批判そのものを封じ込めにかかるのはとても卑怯なことだと思います。「私はこう発言しました、反論は認めません、嫌なら意見そのものを聞かなければいいだけです」そう言っているのと何が違うのですか?

 あなたが仰るように、Kanonという原作からその人が受け取ったイメージ、例えそれが祐一至上主義・最強主義であったとしても、何人もそれを批判する権利はありません。ですがいま批判されているのは各人がKanonから受け取ったイメージに対してではありません、そこを混同しないでください。
 批評されているのはあくまで作品に対してです。心を読める人がいるわけではない以上、その人がどう感じたかなんて批判しようがないじゃないですか。それを二次創作小説という形をとって「発言」したからこそ批判される対象となるのだし、批判されること自体は覚悟すべきだと思います。
 例えWeb上とはいえ、発言者にはその発言内容に対する責任があり、発言を批判される義務がある。閲覧者は発言内容を批判する権利があり、発言者はその批判に反論する権利がある。
 それと同じく、二次創作小説という形で発信したのならば、それを批判されるのは作者の義務です。読者はその作品を批判する権利があり、作者にもその批判に対し反論する権利があります。そこに金銭によるやりとりは関係ありません、それを言い出したら、Web上での発言だってお金取ってるわけじゃないからなに言ったっていいじゃないですか、という話になる。
 くれぐれも勘違いしないでください、批判者は被批判者の感受性を批判しているのでありません。その「発言」を批判しているのです。

「嫌なら読むな」は物書きとしては大変に恥かしい物言いであることをもう少し自覚なさってください。
 個人サイトの雑記というコンテンツの中で、こうして公に批判されて、批判者である私が「嫌なら聞かなきゃいい」と言ったとする。それであなたは納得できるのですか? 無論、私はそんなことを言うつもりはありませんし、自らの発言に責任を持ちたいと思っています。が、もしも私がここで「これを読んでしまった時は運が悪かったと諦めるべきです」と言い放ったとして、あなたはそれが正しいことであるとでも思うのですか? いや、そう思うのならばこれ以上なにも言うことはありませんが。

 とりあえず、発言最後の一文は恥かしくて見ていられないレベルですから、他では口にしない方が宜しいかと存じます。

 

20030719 夏の日の過ち




 ご無沙汰さまです、久慈光樹です。
 夏と冬の年二回、この時期になるとあからさまにサイト更新が滞るサイトさんが多く、非常にわかりやすいですね。夏と冬。言うまでもなく逸般者たちの最大の祭典、コミックマーケットに向けてサイト更新どころではないということなのでありましょう。
 だいたい一ヶ月前くらいに音沙汰がなくなるのはオフセット組です。印刷会社さんに製本をお願いしている場合、納期は大概において一ヶ月前くらいになるのです。
 イベントの直前に修羅場るのは、コピー誌組です。こちらは自分でコピーして製本するわけですから極端な話、当日までに出来ていればいいのです。もっとも、当日になっても紙折りが終わっていないなどという事態になるのが常なのですが。
 翻って、ここ「くじういんぐ・ドットコム」は四六時中更新が滞っているわけですからどうということはありません。にゃんこ。



 なんだかよく解らない前置きの通り、本日はちょっと気が早いですが夏コミの話題。


 私こと久慈光樹と、リーダーでありセクハラ王の異名をほしいままにする偉大なるすなふさんとの合同サークルであるところの『ひざうえ10せんち』、夏は何とか新刊を発行できそうな風味です。
 いつもいつも告知が遅いのは決して面倒くせぇからではなく、いつも新刊がいつ落ちるか予断を許さぬ状況であるためなのです。ちなみに今回もかなりヤバかったというかほとんどアウトでした。ポプルスさん、毎回ご迷惑をお掛けします……
 スペースは西館“の”−19a、初めての西館です。もっとも、サークルとしてのコミケ参加が今回で3度目、自ブースをとっての参加は2度目という初心者サークルですから初西館もなにもあったもんじゃありませんが。
 皆様お誘い合わせの上、お時間が空いたときにでもまったりと覗きにいらしてくださいまし。その際には「久慈光樹さんですか?! 雑記見てます! バーカバーカ!」とかお声をお掛けください、速攻で逃げます。

 さて、新刊です。
 詳しくはサークルのサイトをご覧いただくとして、今回も合同誌、すなふ、久慈光樹、阿倍碧郎くらむぼん瀬世紅葉(順不同、敬称略)という豪華執筆メンバーによる成人指定オフセット小説本です。
 成人指定、言うなれば18歳未満お断りのえろ小説本。なにゆえこのような無残な事態になってしまったかというと、皆が前回のBS原稿を落としまくりやがったからに他なりません。我らが「ひざうえ10せんち」には、「原稿を落としたらえろを書く」という身の毛もよだつ掟があるのです。あな恐ろし。
 前回は唯一例外的に阿倍碧郎さんだけが原稿をあげてくださり、本来であれば彼は今回の罰則対象外ではあるのですが、えろSS本なのに彼の名がないのは不出来だろうということでムリヤリ参加していただきました。ムリヤリは得てして婦女子には嫌われます。

 豪華執筆陣だけでなく、表紙絵には今をときめくパンツ大臣ことるろおさんをお招きし、非常にあれでそれな絵を頂戴いたしました。販促も兼ね、ここで表紙絵を公開させていただきましょう。







表紙



裏表紙





 ……我々はどうやらるろお先生を見くびっていたようです。
 “ぽろり”は夏のビーチに必須項目とはいえ、よもや下がぽろりとは……
 風見さん「どうにかして下さい」と言われてしまいましたが、どうにもなりません
 もはや見本誌回収にきたスタッフのお姉さんへのセクハラと取られても文句は言えません、さすがはるろお先生、期待を裏切らぬお方だ。
 「成人指定の文字を入れていただけますでしょうか」とお願いしたら、見事に赤字で入れてくださったという微笑ましいエピソードまであったりなかったりですが、とにかくも、るろおさん、今回も素敵な絵をどうもありがとうございました。次回もまたえろい絵を期待させていただきます。(また頼む気か)

 るろおさんのステキ絵に気を取られてばかりいてはなりません、この本にはもうひとつ重大なツッコミどころがあります。





 
このタイトルは何事だ



 印刷会社として利用させていただいたポプルスさんへの仕様確認電話で、「だ、だめです相沢さんっ、はしたな
――あんっ(はーと)をお願いしたひざうえ10せんちですが」と一息に言い切った私の立場にもなっていただきたい。
 タイトル考案は言うまでもなくすなふリーダー、あまつさえ彼の作品のタイトルをそのまま本の表題にしたというのがいきさつです。ちなみに打合せにて10秒で決定しました。だめぽ。
 ここで各人の受け持ちキャラとタイトルを発表しましょう。紹介の順番がそのまま収録の順番です。

タイトル

キャラ

執筆者

『名雪 DE サシウマ』 水瀬名雪 久慈光樹
『切符』 水瀬秋子 瀬世紅葉
『白昼夢』 美坂香里 くらむぼん
『リトルストーリー』 美坂栞 阿倍碧郎
『だ、だめです相沢さんっ、はしたな――あんっ(はーと)』 天野美汐 すなふ



 なんだか若干一名タイトルが長すぎて締りが悪いですが気にしないように。
 全員分読ませていただきましたが、皆さん涙が出るほど偏向したシチュエーションであり、5人もいて誰一人たりともシチュが被ってないあたりがダメすぎです。この偏向者どもめっ!
 実際問題かなりえろく、私などが果たしてこの面子に混ざってえろなんて書いてよかったのかと自問せずにはいられません。

 久慈光樹さんの作はタイトルの通りいつもみたいなオバカ系コメディ、今回も前座を勤めさせていただきます。キーワードは『お馬さん』
 瀬世紅葉さんの作は秋子さんの熟女的ミリョクを描いた濃ゆい系、要所に彼の偏向した趣向が垣間見れる好作です。キーワードは『おあずけ』
 くらむぼんさんの作は今回一番「小説」している作品かもしれません、ジャンルは意外にもダーク、これがもし経験則だとすれば彼は確実に後ろに手が回ります。キーワードは『教室』
 阿倍碧郎さんの作は自称純愛系、ただしあくまでも自称であり、私からはノーコメントとさせていただきます。キーワードは『ムネムネ』 そして彼の作品のみステキなえろ挿絵付き、絵描きさんは見てのお楽しみということで。
 トリを飾るすなふリーダーの作は久慈と同じくコメディチック、今回いちばん余裕の無い執筆スケジュールであった彼ですが、内容はあまりにもえろ過ぎた。キーワードは『罰ゲーム』

 いやしかしこうして新刊発行の告知ができて本当によかった。なにせ今回、原稿締め切りを7月1日に設定したにも関わらず、期日通りに上げてくれたのは阿部碧郎さんただ一人、という限りなく前回の二の舞ちっくな展開。ポプルスさんへの最終入稿日直前に約3名がギリギリ滑り込みというあまりにも私ららしい綱渡りっぷりでした。
 ひざうえの正規メンバーたる私とすなふリーダーが原稿を上げたのが一番遅かったというあたり、『全力で適当に』をモットーとするところの私たちらしいですね、あははは。(笑いごとか)

 とにかくも新刊。頑張りましたのでぜひともお手にとってくださいまし。
 最終的に夏の配布物としては以下を予定しております。

タイトル

区分

配布価格 執筆者
『だ、だめです相沢さ(略』 オフセットB6本・新刊 600円 合同誌
『(タイトル未定)』 コピー誌・新刊 100円 すなふ
『名雪 DE にゃんこ』 コピー誌・再販 100円 久慈光樹
『家族』 オフセット文庫本・再販 800円 久慈光樹


 この他にも花楠さんとこの本と、しゃむてぃるさんの委託物を置かせていただく予定でおります。新刊は数に余裕を持って配布するつもりですが、再販物に関してはその限りではありませんので宜しくお願い致します。
 また、通販に関しては配布物が確定次第、告知させていただきますのでこちらも宜しくお願いします。



 以上のとおり、順調に推移しているかに見える夏計画ですが、一番の問題は。

 上京予定の妹さんともしかしたら同居になるやもしれぬというすなふリーダーに、嫉妬に狂った久慈がキレてサークル解散。という事態になりかねないということだっ!


 
おのれすなふさんめっ!

 

20030706 いい加減にしてください




 例えば、穿いているズボンのチャックが全開であったとする。
 久慈が所持する夏用スーツのズボンは、なぜだか自然とチャックが開いてしまい油断すると半チャック状態であったりするのだが、この場合は特に大筋には関係ないので捨て置く。
 とにかく、社会の窓全開状態であったとする。
 男性諸氏であれば一度は経験したことがあるだろうが、この状態は大変に恥かしい状態なのである。想像してみて欲しい、普段はちょっとクールなナイスガイであろう好青年がズボンのチャック全開で颯爽と街を歩いていたとしたら、あなたはどう思うだろうか。
 あいつはアホじゃないかと思ってしまうやもしれない。
 笑いを堪えるのに苦労するかもしれぬ。
 ひょっとしたら自らの経験から鑑み、見ていて非常に居たたまれない気持ちになる者もいるかもしれない。
 とにかく、いい笑い者であることに間違いはなかろう。なにせうら若い少女のスカートのホックが外れていましたなどという状況と違い、野郎の社会の窓が全開であったとしても傍から見ていてただ見苦しいだけであるのだから。

 さて、この場合問題となるのは、ズボンのチャックが全開であるということに、大抵の場合、ご本人様はとんと気付かないということだ。
 婦女子の方などからすれば「スースーするからわかるんじゃない?」と思われるかもしれないが、これがまた気付かない。あれはなにか忌まわしき呪いの類じゃないかと思ってしまうくらい、本人は気付かないものなのである。

 本人が気付かないということは、他者から指摘してもらうしかないということである
 だが考えてもみて欲しい、「あなたズボンのチャック全開ですよ」なんてことを、見ず知らずの男性に、あなたは教えてあげることができるだろうか。
 私にはできない。そんな恥かしい人とは関わり合いになりたくはないし、そしてもしかすると恥かしさのあまり逆ギレされるかもしれないではないか。親切心から忠告してあげて逆ギレされたのでは割に合わない。そんなリスクを負ってまで、見ず知らずの男性に親切をしてやりたくはない。
 では、見ず知らずの男性ではなく友人がその状態に陥っていたとしたらどうするか。
 それはさすがに教えてやるかもしれない。気心が知れた仲であれば相手がいつまでも笑いものになっているのを見るのは忍びないという気持ちになるやもしれぬ。
 しかしそれとて、仲の良い友人に限る。知り合い程度であればあえて相手に疎まれるリスクを犯してまでも忠告してやる気にはならないからだ。
 そう、たとえ完全な善意から発した忠告であっても、相手によっては疎まれる。忠告それ自体が疎まれるだけにとどまらず、忠告者であるところの私自身までも疎ましく感じられてしまう。
 となると自然、こちらからあえて忠告してやるのは、疎まれてもいいから助けてやりたいと思うほど相手を大切に思っているか、もしくはそのような逆恨みを絶対にしない人だと確信するほど付き合いが長い者に限られる。

 では、逆のパターンを考えてみる。
 私がチャック全開であり笑いものになっていたとする。無論、自分ではそのことに気付いていない。

「あいつはアホじゃないか」
「度し難い馬鹿だ」
「恥ずかしくないのかしら」

 誰も指摘してくれない、陰口を叩かれて笑われる。そして一番の悲劇は、私自身が笑いものになっていることに微塵も気付いていないということだ。
 それを見かねた、仲の良い友人が私にこう教えてくれたとする。

「おいお前、チャック開いてるぞ」

 なにぃ!
 言われて見れば、もう見事なくらい全開である。あまつさえちょっと派手めなトランクスまで覗いちゃったりなんかして。
 ここで私は初めて、周囲から笑いものになっていたことに気付くわけだ。
 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
 アホか自分、しっかり閉めておけよ! あいつもあいつだ、教えるならもうちょっとこっそり教えてくれよ! それにもっと早く教えろって! なんつー友達甲斐のないやつだろう!

 さてここで少しだけ想像力を働かせてほしい。なに、それほど難しいことではない、忠告してくれた友人の立場になって考えてみればいいだけのことだ。
 せっかく親切心から忠告してくれたのに、理不尽な逆ギレをされた友人。もう一度同じ状況になったとき、果たして彼は今回のように私に忠告をしてくれるだろうか。


 ではこういうパターンはどうか。
 私が普段から人に忠告されること、内面まで踏み込まれることを極度に嫌い、あまつさえそれを公言していたとする。「人の心にずかずか踏み込む人って最低だよね」「私のことを理解してもいないのにとやかく言う人は大嫌い」、普段からそう公言していたとする。
 で、いざチャック全開だったとき、果たして周りの友人は私にそのことを教えてくれるだろうか、忠告してくれるだろうか。
 これも少しだけ相手の立場になって考えてみればすぐに解ることだ、普段からそんな神経質なことを触れて回っているような者に、誰がわざわざ忠告などするのか。触らぬ神に祟りなし、逆に疎まれても不思議はない。
 言わずともよいこと、わざわざ口にせずともよいことを口にしていたがために、いつまでたってもチャック全開で笑い者というオチ。心で思ってても口に出さなきゃいいのに。


 マゾヒストであればともかく、普通の人は誰だって笑い者になんてなりたくない、馬鹿にされたくない、陰口叩かれたくない。チャック全開で街を闊歩するような恥ずかしい真似は誰だってしたくない。
 じゃあどうする?
 自分で気をつける、チャックが開いてないかどうか確認する。なるほど確かにその通り、それが一番確実だ。
 だがこれだけは勘違いしないでほしい、そんなのは当たり前のことなのだ。自分で自分を御すること、慎重になること、そんなことはやって当たり前のことに過ぎない。それすらもできないような者は、チャック全開で笑い者になろうと自業自得なのだ。
 だけど所詮は人間の所業、完璧なんてありえない。どんなに気をつけていても、どんなに慎重になっても、誰にだって間違いはあるしミスもある、たまたま寝坊してしまいチャックを上げるのを忘れちゃうことだってあるのだ。
 そんなとき、気付いて指摘してくれる友人というのはとてもとてもありがたい存在だ。あなただったら、あなたであれば、たとえ忠告しても自分を疎むようなことはない、そう信じてくれている。もしくは疎まれても構わないとまで思ってくれている。それがどんなにありがたいことであるのか、あなたはもっと自覚すべきだ。
 誰からも指摘してもらえず、ずっとチャック全開で街を闊歩したくないのであれば。


 努々、気をつけてほしい。
 今のあなたは、インターネットという場所でズボンのチャックが全開のまま、そのことに気付いていないかもしれないのだ。そして、それを陰で笑われているかもしれないのだ。
 日々、チャックが開いていないか確認しているだろうか。自らの言動を省みているだろうか。
 チャックが開いていることを指摘してくれた友人を、粗末に扱ってはいないだろうか。要らぬことを公言して、疎まれてはいないだろうか。

 他人の醜態を笑っていて、実は自分こそチャック全開だったということにだけはなりたくないものだ。


 

 


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