もしも翼があったなら

−終章−

たとえ翼はなくとも

中編

2001/01/14 久慈光樹


 

 

 

PM13:30 母

 

「名雪?」

 

 名雪は祐一さんの部屋にいた。

 いや、違う。

 祐一さんの部屋“だった”場所にいた。

 

「お母さん、祐一、行っちゃたんだね」

 

 そう言った名雪は、見ていられないくらいだった。

 その瞳はまるで魂が抜けてしまったように虚ろで。

 私はそんな名雪を見ながら、朝の祐一さんとの会話を思い出す。

 

 

「秋子さん、お話があります」

「何かしら?」

「親父はああ言ってますけれど、きっと俺を置いていくつもりだと思います」

「え?」

「多分、今日の内に日本を立つつもりでしょう」

「そんな……」

「いや、親父ならそうするでしょう。だてに17年も息子やってないですからね、それくらいわかります」

「そう……」

「はい」

「……」

「……」

「秋子さん、俺はやっぱり親父についていきます」

「……」

「名雪には、何も伝えずに行くつもりです」

「……そう、ですか」

「はい」

「……その方が、いいかもしれませんね」

「はい。 あの、秋子さん」

「なに?」

「……いえ。 今までありがとうございました」

 

 

 そして、祐一さんは家を出ていった。

 

 

 

 

その方が、いいかもしれませんね

 

 

 違う。

 欺瞞だ。

 そんなのは欺瞞だ。

 辛い別れをするくらいなら、お互いに会わない方がいい。そう思って言ったつもりだった。

 だけど違う。

 私の本当の心は違う。

 

 私は。

 祐一さんに本当の家族だと思って欲しいと言ったし、私自身そう思っていたはずなのに。

 あの時の私の心を占めていたのは、もう二度と帰ってはこれないかもしれない祐一さんに、名雪を取られるかもしれないという醜い、恐怖にも似た感情だった。

 あの時、祐一さんは私の中では“他人”だったのだ。

 あの時、私にとって祐一さんは、大事な、私自身よりも大切な名雪を私の元から連れ去ってしまうかもしれない“他人”だったのだ。

 

 そして、私のそんな醜い心を、祐一さんは見抜いてた。

 見抜いていたのに、何も言わず。

 代わりに祐一さんは、言った。

 

 今までありがとうございました。

 

 と。

 

 家族。

 私は、祐一さんの事を家族だと思っていた。

 なのに。

 私は祐一さんを、本当の家族だと思っていたはずなのに……。

 

「ごめんなさい、名雪」

 

 そして、ごめんなさい、祐一さん。

 

「……どうしてお母さんが謝るの?」

 

 怪訝そうな名雪。

 分かっている。

 本当は分かっていたのだ。

 そんな事が、名雪が私を置いて祐一さんと行ってしまうなどという事が、被害妄想じみた杞憂だという事くらいは。

 名雪は、私の大切な名雪は、きっと私を見捨てることなどできないだろう。傷つき、涙を流しながらも、それでもきっと私の元を去って祐一さんについていくことを選択しないだろう。この子はそういう子だ。

 

 でも……。

 

「いいのよ」

「え?」

「もういいのよ、名雪。私の事はいいの。もう自分の心を殺さなくてもいいのよ」

「お母さん?」

「祐一さんは15時発の列車に乗るはずよ。それから成田発の飛行機で日本を発つわ」

「え……」

「今から駅に向かえば間に合う。行きなさい、名雪」

 

 名雪の顔に浮かんだのは希望、そして困惑。

 前者は祐一さんに会える可能性が残されていることを思って。後者は私を置いていくことに対して。

 

「いいのよ名雪、お母さんのことはいいの」

「……」

「お母さんなら大丈夫よ」

 

 

 

「お母さんは強いから大丈夫」

 

 そんなのは嘘

 

「一人でも…… 大丈夫なのよ」

 

 行かないで、名雪!

 お母さんを一人にしないで!

 

「だから行きなさい、名雪」

 

 大人になる事によって手に入れた、強くて優しい理想の母親としての自分。

 大人になる事によって失った、弱くて寂しがり屋な一個の人間としての自分。

 どちらも本当の私であり。

 どちらも本当の私ではない。

 その2人がまるで正反対のことを言おうとする。

 だけど今、表面に出ているのは大人の私。母親の私だ。

 名雪にとって、それが一番いい事だと思うから。だから、弱い私は心の奥に閉じ込めておかなければならない。

 

「今行かないと、あなたはずっと後悔……する……わ……」

 

 しっかりしなさい、秋子!

 あなたは母親なのでしょう?

 大切な名雪に幸せになって欲しいのでしょう?

 だったら、声の震えを止めなさい! 滲む涙を堪えなさい!

 

「お母さん」

 

 そう言った名雪は、私の知っている子供の声ではなかった。

 強くて、優しくて。

 まるで普段私が演じている理想の母親としての自分。その自分と同じ声、同じ微笑み。

 

「わたし、どこにも行かないよ。わたしはお母さんの娘だもん。お母さんの側にずっといるよ」

 

 そう言って微笑む名雪。だが、私はそれを喜べない。

 今の名雪は私と同じだ。自分を偽って、嘘の自分を演じている。

 ああ、名雪も大人になった。大人になってしまった。

 本当の自分を偽って、嘘の自分を演じることができる大人になってしまったんだ。

 

 ……ダメだ。

 きっとこの選択は、名雪を不幸にする。今祐一さんについていかないと、名雪はきっと後悔する。

 さあ、名雪に伝えなくては。

 祐一さんと共に行きなさいと、共に生きなさいと。

 

「名雪」

 

「お母さんと、一緒にいてくれる?」

 

「ずっとお母さんと一緒にいてくれる?」

 

「お母さんを一人にしないで……」

 

 ダメだ

 私はダメだ。

 いつの間にか、心の奥底に閉じ込めておいたはずの弱い私が顔を出し、言葉を紡ぐ。

 娘の、かけがえのない大切な娘の名雪を縛る言葉を紡ぐ。

 

 大人になって。

 弱い自分を表に出さない術を学んだと思っていた。

 強い自分を演じきる術を身に付けたと思っていた。

 だけど。

 私はただ、泣きながら名雪を抱きしめる。

 それが名雪を縛る事になると知りながら……。

 

「わたしはずっとお母さんの側にいるよ」

 

 名雪の声が、弱く大人になりきれていない私を包んだ。

 

 ごめんなさい、名雪。

 ごめんなさい、祐一さん。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい……。

 

 

 

 

PM13:30 父

 

 あいつが息を引き取ったとき。

 その瞬間を思うと、未だ心を平静に保つことはできない。

 眠るように。

 そう、眠るようにという表現がぴったりくるような最期だった。

 今にも目を覚まして、「あら、おはようあなた」とでも言い出しそうな。

 そんな最期だった。

 

「親父、俺はもう嫌なんだ」

 

 祐一の声に我に返る。

 

「俺はもう、自分のいないところで、家族がいなくなっちまうのは嫌なんだ」

「……」

 

 唇を噛み、じっと足元を見つめながら話す祐一。

 

「だから、俺は親父についていく」

 

 搾り出すような声で。

 だが、キッパリと。

 

「学校だって何とかする。就職だって何とかしてみせる。だから……」

 

「だから、俺は親父についていく」

 

 こいつはいつからこんな目をするほど“男”になったんだろうか。

 息子というのは、しばらく見ない間に親が驚くほど大きくなっているものだ。

 

 だが……。

 

「名雪ちゃんのことは、どうするつもりなんだ」

「……」

 

 先ほど祐一を打ちのめしたであろう問いを、再度発する。

 いわばこれが、最後の切り札だった。

 

「……名雪には」

「……」

「名雪には、会わずに行こうと思ってる」

「……なぜだ?」

「名雪に会ったら、もう俺は行けなくなる。それに……」

「それに?」

「……いや、これは俺の我侭なんだ。だから名雪をそれに巻き込むわけにはいかない」

「随分と、勝手な言い草じゃないか」

「ああ、勝手さ。俺は勝手なヤツだから、あいつには会わないまま行っちまうのさ」

「……そうか」

 

 苦しそうにそう言い放つ息子を見て、自分の切り札が失われたことを知った。

 

 こいつは、分かっているのだ。

 名雪ちゃんがこの事を知れば、どんなに苦しむかという事が。

 

 母一人、子一人。

 ずっとそんな環境で育った名雪ちゃんだ。誰よりも秋子さんを大切に想っている事だろう。

 しかも、今の秋子さんは身体が不自由なのだ。

 こいつと名雪ちゃんが、互いにどんなに好き合っていたとしても、彼女には愛する母を置いて決断する事などできはしないだろう。

 そして、祐一を諦めることもできないに違いない。

 二人がどれほどお互いを好きあっているのか。ここ2日ほどしか二人のことを見ていない自分にさえ分かるのだ。

 祐一のことを愛しているが故に彼女は悩み、そしてどのような決断を下すにせよ、その心は深く傷つくに違いない。

 こいつは、そのことを分かっているのだ。

 

 しかし今、あえてこいつはその事を理由にしなかった。

 そのことを口実に、逃げなかった。

 

 あくまで自分の我侭。

 悪いのは自分。

 

 馬鹿だ。

 なんて馬鹿な男だろう。

 やはりこいつは俺の息子だ。

 こんな馬鹿な男、俺の息子以外に誰がいるというのか。

 

「祐一」

「なんだよ」

「お前はやっぱり、父さんの、いや、父さんと母さんの息子だな」

 

 それを聞いた祐一は、一瞬だけ泣笑いのような表情を浮かべた。

 

「覚悟は、できているんだな?」

「ああ」

「……15:07発の列車でこの街を出る」

「ありがとう。親父、ありがとう」

「ふん」

 

 この選択は間違っているのだろう。

 真に祐一の今後を考えるなら、この街に置いていくことが正解なのだろう。

 だが。

 

「祐一、自分で決めたことなんだから、中途半端は許さん」

「わかってる」

 

 その返事を聞き、腹を決めた。

 子の意思を尊重するのは、親の義務だろうから。

 こいつの納得のいくまで付き合ってやろう。そして支えてやろう。

 

 これからは、こいつと2人で生きていこう。

 少なくとも、こいつが自分で生活できるようになるまでは。

 

 いつかは、子は親を越えていくものだ。

 そうでなくてはならない。自分も、そうしてきた。

 だから、それまでは。

 それまでは、こいつを守ってやるのは、支えてやるのは父親である、家族である自分の役割なのだ。

 

 そうだろう?

 

 真新しい墓石は、何も答えることなく、ただ風に吹かれていた。

 

 

 

 

PM13:50 折原浩平

 

「失礼します!」

 

 留美と一緒に水瀬さんのお宅にお邪魔する。

 名雪ちゃんを連れ出し、祐一に会わせる。それが目的だった。

 

「はい…… あ、浩平さん、留美さんも」

「こんにちわ、名雪ちゃん」

 

 てっきり悲しみに暮れていると思っていた名雪ちゃんだったが、予想に反して普段通りだった。少なくとも見た目上は。

 

「祐一は15:07発の列車で、この街を発つそうだ」

「……」

「名雪ちゃん! 今ならまだ間に合うわ! いっしょに行きましょ!」

 

 だが、名雪ちゃんはあまりにも清々しい笑顔で言う。

 

「もういいんですよ、浩平さん、留美さん。わたしは行きません」

「いいの? 名雪ちゃん。このままだと、祐一くんはあなたと会うことなく行ってしまうのよ?」

「いいんです、もう二度と会えないって訳じゃないもの。何年かは会えないかもしれないけど、きっと手紙もくれる、きっとまた会える。だからもういいんです」

 

 

「だったら、どうしてあなたは泣いているの?」

 

 

「えっ……?」

 

 名雪ちゃんは、泣いていた。

 あの清々しい笑顔のまま、涙を流していた。

 

「わ、わたしは……」

「名雪ちゃん、自分で決着をつけなさい。どんな結果に終わるのであれ、自分で決着をつけるの、悔いの無いように」

「だって、だってわたしは!」

 

 もう名雪ちゃんは笑顔ではなかった。

 苦悩、哀しみ、そして後悔。

 それらを浮かべながら、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、叫ぶ。

 

「だってわたしはお母さんを置いては行けないもの! たったひとりのお母さんを置いて、自分だけ祐一と一緒に行くことなんて、わたしにはできないもの!!」

「名雪ちゃん……」

 

 人は、一人では生きられない。

 そして、生きていく以上様々な制約に縛られる。

 大切な人、大切な肉親。大切なものは一つではなくて、片方を手に入れれば片方を失うことになる。

 

「翼がほしい、祐一のもとに飛んでいける翼が……」

 

 そう言って、名雪ちゃんは俯く。

 翼、彼女の言う翼とは、様々な制約に縛られず幸せだった過去をずっと継続する為の手段。

 既視感。

 かつて、“それ”を求めた自分。

 

「でも、わたしの背には翼なんてない。翼なんてないの……」

 

 永遠なんて、無かったんだ……

 

「名雪ちゃん!」

 

 気が付くと、俺は叫んでいた。

 その言葉は、目の前の絶望に打ちのめされた少女に向かって。

 過去の、絶望に打ちのめされた自分に向かって。

 

「どんなに望んでも、俺達の背に翼なんて無いんだ! 翼なんて無いから……」

 

 だから……。

 

 

 

「俺達は、一歩一歩自分の足で前に進むしか無いんだよ!」

 

 

 

「……」

「名雪ちゃん。こいつ、バカだからあんな言い方しかできないけど。だけど、こいつの言うこと、間違ってないと思うよ」

「わ、わたし……」

「名雪」

 

 いつの間にそこにいたのか。秋子さんが、名雪ちゃんに声を掛ける。

 その表情は穏やかで、まるで何か自分の中で決着をつけたような、そんな表情だ。

 母親。

 かつて、俺と妹、そして祐一が確かに持っており、そして失った存在。

 

「名雪、私はもう自分に嘘をつかないわ。私は名雪に行ってほしくない」

 

 名雪ちゃんの体が震える。

 

「だけどね、名雪。それ以上に、これから先、あなたに後悔だけの日々を送って欲しくはないの」

「お母さん……」

「あなたが決めなさい、名雪。それがどんな結果でも、私は受け入れるわ。だって……」

 

 そこで一旦言葉を切り、そして秋子さんは慈愛に満ちた笑みを浮かべて言った。

 

「だってあなたは私の大切な娘なのだから」

「あ、あ、あ……」

 

 俺は、胸のポケットから取り出したそれを、そっと名雪ちゃんに差し出す。

 

「祐一からの、預かりものだ」

「祐一、から?」

「指輪と、手紙。指輪は母さんの形見だそうだ」

 

 派手ではないが、しっかりと銀の輝きを放つ指輪を戸惑いながらもそっと名雪ちゃんは受け取る。

 そして手紙。当然中は読んでいない。

 

「手紙、読んでみたら?」

「は、はい」

 

 留美の勧めに従い、祐一の手紙を静かに読み進める名雪ちゃん。

 見る見るうちに新しい涙が名雪ちゃんの頬を伝う。だがその涙は先ほどまでの悲哀の涙とは違っていた。

 やがて手紙を読み終えた彼女は、顔を上げる。

 その表情にはもはや先ほどまでの絶望はなく、希望そして決意へと変わっていた。

 手紙にどんな事が書かれていたのかは分からない、だが、名雪ちゃんにとって祐一の言葉はなによりも大切な事だったのだろう。

 

「お母さん!」

「名雪、行くのね?」

「わたし、祐一に会ってくる。だけど、必ず戻ってくるから。祐一と会って話をしたら、必ずお母さんの元に戻ってくるから!」

「いいのよ、あなたは祐一さんと共に生きてもいいのよ」

「ううん、わたし決めたの。お母さんに言われたからじゃない、祐一に言われたからでもない。ましてやさっきみたいに諦めたからでもないの。わたしはお母さんと一緒に暮らすって決めたの。ここで祐一を待っていようって決めたの!」

「名雪……」

「いいよね、お母さん。わたし、ここにいてもいいよね?」

「ありがとう…… ありがとう名雪……」

「お母さん」

 

 しっかりと抱き合う母と娘。

 先ほどまでとはまるで違う決意に満ちた瞳の輝き。

 名雪ちゃんは決意したのだ、ならばもう迷う事はない。

 

「今ならまだ間に合う! 駅まで送ろう。急いで!!」

「はい!」

 

 表に止めてあるオンボロ車に3人で乗り込む。

 

「お母さん、行って来ます!」

「祐一さんに、よろしくね」

「はい!」

 

 走り出す愛車。このオンボロに3人はキツイ、エンジンが悲鳴を上げている。

 

「留美、時間は!」

「今、14時15分! 祐一くんは15時の電車だったわよね? 大丈夫、このペースで行けば絶対に間に合うわ!」

「よし、しっかり掴まってろよ!」

 

 東京までの電車が出る駅は、ここから車で30分くらいだ。

 大丈夫、間に合う!

 

「ああもうっ! もっとスピード上げなさいよ!」

「うるさい留美! この車じゃこれが限界なんだよ!」

「だからこんなオンボロ、さっさと新しいのに代えればよかったのよ!」

「そんな金はない!」

「まったく、安月給なんだから!」

「仕方がないだろ! まだ正式な医者じゃないんだから!」

 

 交差点を抜け、橋を渡り、直線を走りぬける。

 法定速度を無視して、オンボロ車の限界も無視して飛ばす。

 

 

 だが、あと10分くらいというところに来て、とうとうオンボロ車がダウンした。

 

「くっ! ここまで来て!」

 

 慌てて降りてボンネットを開ける。

 もうもうと白い煙を吐き出すエンジン。ちっ、もうこの車はダメだ。

 

「留美! 時間は!?」

「今、14時40分、あと20分しかないわ!」

 

 名雪ちゃんは、焦りの色を浮かべてじっとこちらを伺っている。

 くっ、仕方がない!

 

「名雪ちゃん! ここから先は走っていくんだ!」

「あ、はい!」

「大丈夫よ名雪ちゃん、ここからならそう遠くない、絶対に間に合うわ」

「はい! ありがとうございました、本当にありがとうございました」

「その台詞は祐一くんに会えてから。いい、名雪ちゃん。祐一くんに会ったら、一発引っ叩いてあげなさい、こんなにも想ってくれる女の子に何も告げずに行ってしまおうとする人は、それくらいされて当然なんだから! そして言ってあげなさい、私の元に帰って来なかったら承知しないわよ! って」

 

 留美らしい過激な、でも限りなく優しい台詞。

 その言葉を聞いた名雪ちゃんは、一瞬だけ泣笑いのような表情を浮かべ、そして力強く頷いた。

 

「はい、わかりました。思いっきり引っ叩いてあげます!」

「さあ、行くんだ名雪ちゃん。祐一によろしく伝えてくれ」

「はい! それじゃわたし行きます!」

 

 そう言って走り去る名雪ちゃん。

 陸上部だったというだけあって、いいフォームだ。あれなら……。

 

「あと、19分…… 名雪ちゃん、間に合うよね?」

「……」

「絶対に、絶対に間に合うよね!」

「ああ、大丈夫、大丈夫に決まってる!」

 

 そうだ、大丈夫に決まってる!

 今、間に合わなければ。

 今、あの二人が逢わなければ。

 何の意味も無くなってしまう。

 

 祐一の想いも。

 名雪ちゃんの想いも。

 秋子さんの想いも。

 全てが、無駄になってしまう。

 

 腕時計を見る。

 

「あと、18分……」

 

 間に合う、間に合うさ。

 

「絶対に……」

 

 

 

 

<後編へつづく>

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