俺はどうすればいい? どうすればいいんだんだろう?

 

 

 


もしも翼があったなら

−第四章−

逡巡

2000/10/31 久慈光樹


 

 

 

日本時間 18:00

 

 今日は金曜日、お母さんのリハビリの日。

 わたしは学校が終わった後、部活を休んでお母さんに付き添う。

 初めお母さんは自分一人で大丈夫だと言ったけど、わたしは譲らなかった。

 祐一がいない間、わたし一人でお母さんを支えなくちゃいけない。

 それはとても大変なことに思えたけれど、全く苦には思っていない。

 だってお母さんは世界でたった一人のお母さんなのだから。

 

「水瀬さん、今日からまたリハビリ頑張りましょう」

「よろしくお願いします、先生」

 

 折原先生は今日も笑顔でわたしたちを迎えてくれた。

 とっても親しみ易い、いい先生だと思う。

 

「今日は付き添いは名雪ちゃん一人かい? 祐一は?」

「ええ、実は……」

 

 お母さんが更衣室で着替えを済ます間、わたしは折原先生に事情を説明した。

 祐一のお母さまが亡くなったこと

 祐一は今外国にいること

 そして後半月は日本に帰ってこないこと。

 

「そうか…… 祐一も大変だな」

「はい……」

「人の生死は同じ人間にはどうしようもないことだからな」

 

 その言葉は、わたしに対して言っているというよりも、自分に言い聞かせているように聞こえた。

 まだ研修医とはいえ、人の生死に立ち会う医者という職業に就いている折原先生には、何かしら思うところがあるのだろうか。

 

「しかし、名雪ちゃんも祐一に会えなくて寂しいだろ」

 

 しんみりしてしまった空気を振り払うように、ちょっぴり意地悪く先生がそう言った。

 わたしは面白いようにその言葉に反応してしまう。

 頬が赤くなるのが分かった。

 

「わ、わたしは別に……」

「ふっふっふ、いいねぇ、若いねぇ」

「折原先生!」

「あははは、ごめんごめん」

 

 もう! まるで祐一と話してるみたい。

 そう言えば折原先生、どこなく祐一に似てる。

 顔立ちや体型じゃなくて、雰囲気というか考え方というか、そういう部分が凄く似ている気がする。

 

「名雪ちゃん」

 

 折原先生の真剣な声が、考えに浸っていたわたしを現実に呼び戻す。

 

「はい?」

「祐一から、その…… 何か聞いていないかい?」

「え?」

「秋子さんのこと、何か聞いていないかい?」

「いえ、何も聞いていませんけど…… 何かあったんですか?」

「そうか。 いや、たいしたことじゃないんだ。秋子さんのリハビリのスケジュールについて少し祐一に話したんでね。そうか、聞いてないか」

「はい」

 

 その折原先生の様子は自然で、何もおかしなところは無かったのだけれど、わたしはなぜか不安になって問い掛けた。

 

「お母さんの足、治るんですよね? リハビリを頑張って続けていれば直るんですよね?」

「……」

「先生?」

「ああ、大丈夫、大丈夫だよ」

「よかった」

 

 わたしがそう言って笑った時、お母さんが着替えを終えて更衣室から出てきた。

 

「あ、お母さん」

…… 俺も…… 嘘がうまくなったな……

「え? 先生、何か言いました?」

 

 先生が何か言ったような気がして、わたしは振り向く。

 だが先生はいつもの様子で、笑顔になって言った。

 

「あ、いやいや何も。さあ秋子さん、今日も頑張りましょう」

「はい、よろしくお願い致します」

 

 

 

「え、入院!?」

「うん」

 

 リハビリを終え、お母さんの足を診察した折原先生は、再度入院が必要だとわたしたちに告げた。

 

「お、お母さんまだどこか悪いんですか!?」

「いやいや、ただの検査入院だよ。心配する事ない。1日だけだしね」

「そ、そうですか」

「では秋子さん、今日はもう遅いから入院は明日にしましょう。明日の10時に病院までいらしてください、よろしいですね?」

「はいわかりました、よろしくお願いします」

「大丈夫ですよ、ただ検査のための入院ですから」

「はい」

「ただ、そうなると名雪ちゃんは家で一晩一人っきりになっちゃうなぁ」

「そうですねぇ、名雪一人じゃ少し心配だわ」

「先生もお母さんも、わたしもう子供じゃないんだから」

「せめて祐一さんがいてくれれば安心なんですけど」

「いやいや、秋子さん、祐一と名雪ちゃんが二人っきりだと、違う意味で心配ですよ」

「それもそうですね」

「先生っ! お母さんも!」

 

 わたしをからかって笑う二人を怒るが、頬が赤くなるのはどうしようもない。

 ううっ、恥ずかしい。この赤面症はどうにかならないかしら。

 でも、確かにあの家に一人っきりは少し寂しい。香里の家にでもお泊まりに行こうかな。

 

「名雪ちゃん、家に泊まりにこないか?」

「え?!」

「いや、うちの奥さんも喜ぶと思うからさ」

 

 そう言って少し照れくさそうに笑う折原先生。

 折原先生が結婚している事は、左手の薬指に輝く真新しい銀のリングを見ればわかる。

 恐らくはまだ新婚さんなんだろう。

 

「でもそこまでしていただく訳には」

「いえいえ、いいんですよ秋子さん、これは担当医として言ってるんじゃなくて、友人として言ってるんですから。な? 名雪ちゃん」

 

 わたしのことを友人と言ってくれる折原先生の心遣いが嬉しかった。先生の奥さんも見てみたい。

 

「いいんですか?」

「ああ、構わないよ」

「じゃあお邪魔しちゃおうかな、よろしくお願いします」

「どうぞどうぞ」

「済みません、先生」

「いえ、お気になさらないで下さい。家内も喜びます。 では秋子さんは明日の10時に忘れないように病院に来てくださいね。明日は保険証と……」

 

 それからしばらく事務的な話が続き、わたしは明日学校が終ってから一旦家に帰って、それから病院にくる事になった。

 

 

 

 帰宅後、時間的に遅くなってしまったので、ちょっと手抜きして晩御飯はパスタ。

 茹でてからお仕立てのミートソースをかけるだけ。

 それでも晩御飯を終えると8時を過ぎていた。

 

「お母さん、今日はシャワーだけでいい?」

「ええ、そうしましょう」

「うん、じゃあ先に入らせて貰うね、お腹一杯になったら眠くて」

「あらあら」

 

 お母さんは笑いながら承知してくれた。

 ふわぁ…… ねむ……。

 シャワーを浴びてすっきりしてから、お母さんに一声かけて部屋に戻る。

 髪の水気を拭き取りながら、ベッドに腰掛けた。髪が長いと大変。

 ふと、時計を見る。8時30分だった。

 

「祐一……」

 

 祐一は今何をしているだろう。

 

「ストックホルムかぁ」

 

 祐一のいる街、ストックホルム。

 お母さんの話では、日本との時差は−8時間だそうだ。

 枕元の時計を逆に8時間辿ってみる。今が夜の8時30分だから、今向こうは…… お昼の12時30分だ。

 

「電話してみようかな……」

 

 ふとそんな事を思う。

 でもやめておこう、お昼ご飯中だったら悪い。それに料理なんかできない祐一は、外食しているかもしれない。

 

「逢いたいな……」

 

 たった3日ほど逢わないだけで、こんなにも逢いたくなる。

 半月という期間が、とてつもなく長く感じられる。

 

 ふぅ……。

 

 寝よう。寝てしまえば色々と考えてしまう事も無い。ひょっとしたら夢の中で祐一と逢えるかもしれない。

 おやすみなさい、祐一……。

 

 

 

 

ストックホルム時間 12:30 (日本時間 20:30)

 

「げっ! もう12時過ぎてるじゃないか」

 

 時差ボケだろうか。昨日は夜遅くまで眠れなかったし、起きたら既にお昼を過ぎていた。

 親父は既に手続きの為に家を出た後だった。

 置き手紙にて曰く『昼飯は勝手に食え』

 まったく、放任主義にもほどがあるってもんだ。

 

 昨日の昼に、名雪に電話してから気分的に随分と楽になった。

 名雪の存在をこんなにも大切に思ったことは無い。

 いや、そうじゃない、今まで気がつかなかっただけなのだ。

 今までも俺は名雪を大切に思っていたつもりだった、だが俺が感じていた以上にあいつは俺にとってかけがえの無い存在なのだ。

 恐らく俺自身よりも。

 

「名雪のやつ、今頃何してるんだろうな……」

 

 ふとそんな事を思う。

 日本は今、夜の8時半。ひょっとしたら名雪の事だ、もう寝ているかもしれない。

 電話をしようかとも思ったが、そう思いやめた。

 

「腹減ったな」

 

 仕方なく起きだして、台所を漁る。

 しかし冷蔵庫にあるのは、食事の素材であって食事ではなかった。

 まいったな、料理なんてできないし…… かといって一人で食べに出るほど無謀でもない。第一、こちらの紙幣を持っていない。

 

 トルルルル

 

「うっ、電話だ」

 

 ま、まずい。

 英語すら満足に話せない俺に、どうしろというのだ。

 

 トルルルル

 

 電話はそんな俺を急かすように、鳴り続ける。

 ううっ……。

 

 トルルルル

 

 出ないでおこうか?

 でも、ひょっとして名雪からの電話かも。

 

 トルルルル

 

 ええい! ままよ!

 

 ガチャ

 

「へ、へろー?」

 

 

 

「わははははっ!」

「そんなに笑わなくてもいいだろ!」

「だってお前、『へろー?』だぞ? ぶわはははっ!」

 

 くそっ! 親父のやろう!

 

 結局電話は親父からだった。

 俺がこの国の紙幣を持っていないことに気付いた親父が、飯を食わせてやると電話してきたのだ。

 ちなみに今はレストランでオーダーを済ませたところだ。俺にはさっぱりわからなかったので、親父に任せた。

 

「祐一、もうちょっと英語の勉強しないとな」

「くっ、わかってるよ、そんなこと」

「だろうな、なんたって『へろー?』だからな。わははは」

 

 ちくしょう。我が親ながら、なんてイヤなヤツだ。

 

「手続きは済んだのかよ」

「そんな簡単に終わるか。今日は午前中、大使館に行ってきたんだよ」

「そうか」

「おっ、料理が来たみたいだな。ほら食え、ここの料理は絶品だぞ」

「ん…… へぇ、これなんて魚だ?」

 

 細長い魚を燻製にしたものだろうか? 食べてみると若干癖が強いが、俺はそんなに気にならなかった。

 

「そりゃ鰻(うなぎ)だ」

「うなぎぃ? うなぎ食べるのって日本人だけじゃないんだな」

「ああ、鰻の薫製は南部の特産なんだけどな。まぁ若干癖が強いかもしれんが、慣れると病み付きになるぞ、これは」

「うん、なかなか美味いよ」

「そうだろう?」

 

 次に出てきたのは、こんがりと焼き目のついた魚らしき食べ物だった。

 魚の下にはジャガイモとタマネギを千切りにしたものが敷いてある。

 

「親父、これは?」

「これは“ヤンソン・フレステルセ”といって、炒めた細切りジャガイモとタマネギのうえにアンチョビを並べて、その上からまたジャガイモを並べてパン粉と生クリームをかけて焼いたものだ」

「アンチョビ?」

「いわしだよ。いわしの塩蔵品さ」

「へぇ…… うん、これも美味いな。しかし親父やけに詳しいじゃないか、料理なんてできないくせに」

 

 俺がそう言うと、親父はちょっと寂しそうな顔になり、言った。

 

「母さんとよくこの店に食事に来たからな」

「そうか……」

「ああ、母さんは『自分でも作ってみたい』って言って、わざわざここのシェフに作り方を教わっていたよ」

「……」

「ただ最初はよく失敗してな、失敗作をいつも食べさせられていたよ。おかげでその頃は食欲不振だったもんだ」

 

 沈み込んでしまった俺に気を遣ったのだろう。親父はちょっとおどけてそう言うと、俺の知らないこちらでの生活を色々と教えてくれた。

 最初は失敗ばかりだったものの、こつを掴んでからはここの料理に引けを取らない出来だったこと。

 生来掃除嫌いの親父に業を煮やした母さんと、よくケンカになったこと。

 母さんがこっちに来てから車の免許を取ったこと。

 母さんのことを話す親父はとても楽しげで、こちらでの生活が幸せだった事を言葉以上に伝えてくれた。

 

「幸せだったんだな」

「あん? あたりまえだろうが、こぶを日本に置いてきたからな、気楽でよかったよ」

「ひでぇな、こぶって俺のことかよ」

「それ以外にどのこぶがあるんだ?」

「ちぇっ」

「わはははは」

 

 ひとしきり笑った後、親父は思い出したように続けた。

 

「そうだ、忘れないうちにお金を渡しとかないとな」

「さんきゅ」

「まあ当座は3000クローネもあればいいだろ」

 

 家に入ると親父はそう言って、財布からお札を3枚出して、俺にくれた。

 

「クローネって単位なんだな。1クローネってどのくらいだ?」

「正式にはスウェーデンクローネだ。そうだなあ、日本円にして約14円くらいか」

「じゃあ日本円で約4万円か。なんだ、えらく気前がいいじゃないか」

「ほほう、そう思うならここの払いはお前に任せる」

 

 ニヤリと笑う親父。

 親父がこういう笑い方をするときは、大抵ろくでもない事を考えているときだ。

 俺は、差し出された伝票に目を向けた。

 90とか110とかいう数字が並んでいる。

 110クローネ?

 1クローネ14円で110クローネっていえば、ええと…… 1500円以上。

 一品1500円といえば、日本で言えば高級店だろう。この一品だけで学食で3食は食える。

 

「おい親父、ここってそんなに高級店なのか?」

 

 とてもそうは見えなかった、テーブルクロスなんてビニールだ。いかにも安くて美味い大衆食堂って感じだった。

 

「そんなことはないぞ、この近所では安くて美味いと評判の店だ」

「じゃあなんで……」

「この国は消費税が内税で25%越えてるからな」

「げっ! 25%!?」

 

 3%から5%に上がっただけでアレだけ大騒ぎした日本とは大違いだ。

 

「ようは物価が高いって事さ。北欧は福祉にとても熱心なお国柄なんだよ。この消費税だって、全て福祉に使われる」

「へぇ、日本とは大違いだな」

「そうだな、日本はまだまだ福祉後進国だ。 いや、福祉に限ったことじゃないな。大体において、軍事予算が純福祉予算を上回るような国は、先進国とは呼べないんだ」

「え? 日本は軍隊なんて無いじゃないか」

「だがな、日本の軍事予算はアメリカに続き世界第2位なんだぞ」

「そ、そうなのか?」

「“防衛予算”なんて都合のいい名前をつけてあるが、まぎれもなく軍事予算だ」

「し、知らなかった……」

 

 親父は呆れたように俺を見て、「本当にお前は現役高校生か?」などと失礼な事を言う。

 くっ、悪かったな、世界史なんて選択してねぇよ。

 

「日本の外から見る事で、初めて見えてくることもある」

「そういうもんか」

「何事もそうさ、少し離れた視点で見て、初めて分かる事もある。当事者には分からなくても、第三者には分かるもんだ」

「ふーん」

「ちょっと話が逸れたな。まぁ今はそれだけあれば事足りるだろう。 それに」

 

 親父はそこでまたニヤリと笑う。

 

「どうせ名雪ちゃんにお土産でも買って帰るつもりなんだろ? その時にはもう少しやるさ」

「ば、ばか言うな、なんで俺が……」

「照れるな照れるな」

 

 ぐっ、すっかり見透かされてやがる。

 

 

 やがて食事を終え、親父にこの街を案内してもらう事になった。

 レストランでもそうだったが、ストックホルムの人は皆物静かで、むやみに騒ぐような事の無い人たちが多い。

 特産のガラス製品や織物などを見たが、そういうものにあまり興味の無い俺にはよくわからなかった。

 でも名雪が見たら欲しがるだろうな。

 来る時には運河の多い街だと思ったが、親父にその旨を聞いてみると、「多くの島々と橋で繋がっていて、バルト海とメーラレン湖に囲まれた『北欧のベニス』と呼ばれている」などと薀蓄を聞かされた。

 しばらく観光して、親父の運転する車で家に戻った。

 そんなに時間が経ったとも思わなかったが、もう夕方の5時をまわっている。

 

 その後、しばらく家で休んだ後、晩飯を食べに再び先ほどのレストランへ。俺も親父も料理なんてできないから、半月間この店には通いつめることになりそうだった。

 レストランで魚主体の食事(親父によると、この国は海に面している為魚介類が豊富らしい)をとり、再び家に戻ったのが8時過ぎ。当然TVを見ても知らない言葉なので、とたんにする事が無くなってしまった。

 仕方無しに部屋のベッドに横になり、ぼんやりしている内に、俺は眠ってしまったらしい。

 気がついたら10時をまわっていた。

 

「ただでさえ時差ぼけ気味なのになぁ」

 

 ぼやきながら、水でも飲んで頭をすっきりさせようと、台所へ向かった。

 

「祐一か」

「あれ、親父珍しいな、飲んでるのか?」

「祐一、お前も一杯どうだ?」

「未成年に酒なんて勧めていいのかよ」

「構わんさ、まぁ硬い事言うな」

「親父、酔ってるだろ? まったく」

「ほら」

 

 そう言うと、親父は見たことも無い銘柄のビールを、コップに注いでくれた。

 

「おっとっと…… くぅ、なかなかうまいじゃないか」

「その様子を見ると、向うでも飲んでただろ?」

「うっ、ま、まあ、たまにだよ」

「秋子さんには絶対バレてると思うぞ?」

「俺もそう思う……」

 

「ふふふ」

「何だよ親父、気持ち悪いな」

「まさかお前と酒を酌み交わすとはな。俺も歳を取るわけだ」

「なーにジジクサイ事言ってんだよ」

「祐一、お前今年で歳いくつになった?」

「ん、17」

「そうか…… もうお前も17になったのか」

「ああ」

 

 それを聞き、親父は遠い目をした。

 

「……俺が母さんと初めて会ったのは18の時だったよ」

 

 親父が俺の前で、自分の事を“俺”と言うのを初めて聞いたような気がする。

 

「母さんはあれで根はおっとりした性格でな、俺はいつもはらはらしてたような気がするよ」

「……」

「祐一、お前今、好きな娘はいるか?」

 

 親父は出し抜けにそう聞いてきた。

 少し前の俺なら、恥ずかしさのあまりはぐらかすか、いないと言い張っただろう。

 だが今は。

 あいつがかけがえの無い存在だということを知っている今は……。

 

「ああ、いる」

 

 言い切った俺に、親父は温かい目を向けて「そうか」とだけ言った。

 その親父の様子は寂しげだった。

 昼間冗談で言っていたことが、俺が日本に残ってせいせいしたと言っていたことが、強がりだというのが嫌というほど伝わってきた。

 きっと。

 きっと親父も、そして母さんも寂しかったのだ。

 一人息子のわがままを聞いて日本に残したが、きっと一緒に暮らしたかったに違いないのだ。

 それを、俺は……。

 

「親父、俺……」

「祐一、名雪ちゃんと秋子さんのこと、よろしく頼む」

「え?」

 

 俺が言葉を続けるのを遮るように、またしても出し抜けに親父はそう言った。

 

「俺も母さんも彼女達が一番大変なときに何もしてやれなかったからな。だからお前が側にいてやってくれ」

「親父……」

 

 じゃあ親父はどうするんだよ。

 母さんを失って。

 独りぼっちになって。

 親父はどうするんだよ。

 

 俺には名雪がいる。

 俺を必要としてくれる名雪が。

 だけど親父には俺しかいないんだ。

 母さんを失った親父には、もう俺しかいないんだ。

 

「それにお前は名雪ちゃんが好きなんだろう? 男は好きな女の側にいて、いつも守ってやらなくちゃいけない」

 

 いい? 男の子は女の子を守らなくちゃいけないの

 

「好きな女が泣かないように、守ってやらなくちゃいけない」

 

 女の子が泣いていたらなぐさめてあげなくちゃいけないし、もう泣かないように守ってあげなくちゃいけないの

 

 グラスを傾けながら話す親父の声に、いつか夢で見た母さんの声が重なった。

 

 俺はどうすればいい?

 

 母さんを失い、独りぼっちになってしまった親父。

 もう家族と呼べるのは、親父だけになってしまった俺。

 秋子さんが事故で後遺症を残し、俺の支えを必要としている名雪。

 母さんを失い、そのことで名雪をかけがえの無い存在だと自覚した俺。

 

 俺はどうすればいい?

 

 どうすればいいんだろう?

 

 

 その晩、俺と親父は遅くまで二人して飲んだ。

 その間、俺は自分に問い掛け続けた。

 

 どうすればいいのか?

 どうするべきなのか?

 

 だけど

 答えは出なかった。

 

 

 

 

 

<つづく>

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