猫ストラップは知っている 2003年10月23日 4:40:52 ひみつ
「えへへ、可愛いでしょ? えへへ」
顔面崩壊しそうな勢いで買ったばかりの携帯電話を弄ぶ親友の姿に、顔に縦線が入るのを自覚する。すわっメカフェチかと誤解する余地もなく、電話本体の約1.5倍の体積で括りつけられた猫ストラップが原因であることは明白だ。
あたしは一つため息をつき、よかったわねと返す。極力どうでもいいような口調で言ったつもりだったけれど、無論この猫フェチはそのような言葉は聞いていない。
「夢だったんだよー、携帯電話に猫さんストラップつけるの」
「はいはい」
いまどきの女子高校生的にとても信じられないような話ではあるが、名雪はいままで携帯電話というものを持ってはいなかった。
「そも、どうして急に持つ気になったの?」
ふと疑問に思ったことを口に出してみる。特に意味はなかった。このままの状態が推移するとあのだらしなく垂れた鼻水で新品の携帯がダメになることを危惧したというわけでは決してない。
「祐一にね、持てって言われたの」
「あっそ」
聞かずともそのときの光景が目に浮かぶようで、今度こそは意識せずとも素っ気ない声が出た。
「祐一がね、『名雪はそろそろ携帯くらい持てよ』って言うから、仕方なくね」
何が『仕方なくね』だ。笑わせるんじゃないわよ、と失笑しそうになり、慌てて取り繕う。
そう、名雪も大変ね、ワガママな彼氏を持つと。まったくだよー、祐一ワガママすぎるよ。
茶番も大概にして欲しい。
相沢君の言うことだったら何でもほいほいと聞くくせに、何が「まったくだよー」だ。
自分の顔を鏡で見てみるといい。だらしなく弛緩していかにも幸せ一杯ですみたいな表情で。まったく反吐が出そうだ。男に媚びる時の顔ほど、醜いものはないんだってことをもう少しこの子は自覚すべきだ。
主体性の無さ。自分というものを少しでも持っていたら、例え恋人の言葉にだって疑問は湧くし、その疑問を解消しないで言われた通りに従うなんてことができるはずがない。
蝙蝠、と言ったら蝙蝠に失礼すぎるだろうか。
「名雪は相沢君の言うことだったら何でも聞くのね、これも愛のなせる業かしら?」
「わっわっ、恥かしいよー香里」
挙句に揶揄すら通じない。
救いようがない。
「あ、もうこんな時間。じゃあわたしそろそろ部活に行くね」
そう言うと名雪は後生大事に抱えていた携帯を大切そうに鞄に入れて、いそいそと教室を出て行く。とんだ時間の無駄だった、あたしも帰ろう。
鞄に教科書を詰め始めたとき、名雪は入り口で立ち止まり、振り向くことなく言った。
「わたし携帯持ったから。これでわたしに連絡をとるって口実で、香里は祐一の携帯に電話を入る必要なくなるね」
蝋人形のように動きを止めたあたしをいささかも省みることなく、親友は教室を出て行った。