期待と現実 ひみつ - 2004/01/25(Sun) 01:24 No.260
「……うわっ、お前なんで……」
どこか遠くから聞こえてきたそんな声に、美坂香里は自分が眠り込んでいたことを知った。
勝手知ったるなんとやら、ベッド脇に置かれた幾多の目覚ましから、既に深夜と呼べる時間帯である事を読み取る。
少し前まで横でうつらうつらしていた親友の姿は、今は無い。
北の田舎の街、静まり返る夜のしじまにぼそぼそと話をする音が聞こえる。どうやら隣の部屋から聞こえてくるようだった。
内容までは聞き取れない。それほど安普請とは言えぬ一軒屋、いくら隣り合わせた部屋とはいえ会話の内容まで聞き取れるほど壁は薄くないということか。
やがて声は途切れ、幾ばくかの沈黙。
そして、微かに聞こえてきたのは、ギシギシと何かが軋む音。断続的に止むことなくギシギシ、ギシギシ。時折混じる切なそうな声。
「やれやれ」
動物でもあるまいに、友人を家に招いた時くらいは少しくらい遠慮して欲しいものだわ。
ため息一つ。
音が響かぬよう注意しながら、部屋のドアを開け廊下に出る。もっとも少しくらい音を出したところで二人には聞こえはしないだろうが。
まったく馬鹿馬鹿しい、こんなことならもっと早くに帰るんだった。
足音を忍ばせて階段を降り、靴を履くのもそこそこにドアを開けて水瀬家を後にする。家主に挨拶をしないのも気が引けたが、まあ明日にでも電話を入れておけばいいだろう。
「馬鹿馬鹿しい」
口からは真っ白に凍った息と、自分でもびっくりするような苦々しい口調を伴った言葉。
まったく、やってられないわ。
帰ろう、帰って寝てしまおう。
無邪気を装った親友に誘われて、勉強会など企画した自分が馬鹿だった。
いったいなにを期待していたのか。
なにを、望んでいたのか。
「ばーか」
冬の空に向かって言い放つ。
オリオンの三ツ星が、彼女の未練を嘲笑していた。