イソップ物語   No.435 投稿者: ひみつ 01/14/04 01:27 


「七瀬さーん! 七瀬さーん!」 
 背後よりの懐かしい声。 
 頭の両側で二つに束ねられた髪を揺らして振り返ると、そこには案の定懐かしい元級友の姿。 
 七瀬留美は思わず口元が綻ぶのを自覚した。 
 高校を卒業して以来だから、2年ぶりだろうか。長森瑞佳は高校時代と少しも変わらぬ姿だった。むろん結い上げた髪や艶やかな振袖で別人のようではあったが、いつもどこか慌てているような雰囲気はあの頃と少しも変わらない。 
 成人式、この街に帰ってきてよかったな。素直にそう思った。 

「瑞佳、久しぶ……」 
「七瀬さーん! 浩平が、浩平が……!」 

 挨拶をする間もあればこそ、息せききって彼女が呼んだ名に、胸の奥が少しだけ、ほんの少しだけ、痛んだ。 
 あたしの王子さま。 
 そんな思い出しただけでも赤面してしまうような、だけれども確かに高校時代に夢見ていたフレーズが。 
 脳裏に、浮かんだ。 



「七瀬さん! 浩平がグレたっ!」 


「……………は?」 

 たっぷり10秒近く経ってから、やっと声が出た。 
 どうやらシリアス方面に展開するにはフラグが足りていなかったようだ。がっかり。 

「だから浩平がグレたんだよ! バリバリだよ! 学園天国だよっ!」 

 最後違うと言いかけたが飲み込む。そういう問題ではない。 

「み、瑞佳、なにを……」 
「ひっ! 来たっ!」 

 怯えたように振り向いた瑞佳の背後に視線を移す。 
 視界が捉えるより先に、それは聞こえてきた。 

「ネバネバネバネバネバネバあいーしーてぇー……」 
「古っ!」 

 スクールウォーズは無いだろうと突っ込む間もあればこそ、歌の主が姿を現す。 
 それはなんと表すべきだろう。 
 言うなれば、昭和50年代後半に流行った直立猫のような風貌。免許証を模したメモ帳の表紙で『有効期限:ケンカ上等』と書かれているかのような理不尽さ。 
 いったいなにが彼をそうしてしまったのか、年月か、それとも社会の冷たい風なのか。 

 かつて乙女を目指した少女にとっての王子さまは―― リーゼントだった。 


「いやああああああぁぁっ!」 


 七瀬留美、絶叫成人式。 

 

<戻る>