共存関係  2003年12月26日 1:57:18 ひみつ 



 時たま、苛つくことがある。

 例えば、例えばだ。初詣と称したデートの待ち合わせをすっぽかしたとする。
 普通だったら、平伏低頭して許しを請うべきなんだろう。今日みたいに冬の寒さが厳しい日などは論外だ、そのような誠意のない対応をしたら、最悪関係断絶の憂き目を見る可能性だってある。待たされる身の辛さは筆舌に尽くし難いものがあるのだ。単に誠意の問題ではないのだろう。
 だけれども、呆れられ罵られた方がまだ“まし”という事態は確かに存在するのだ。
 例えば、いま俺が迎えているようなこの状況。

「もう、浩平はしょうがないな」
「仕方がなかった。婆さんが危篤で」
「浩平のお婆さんは何人いるんだよ! まったくもう」
「ぬぅ」
「しょうがないなあ」

 しょうがない。
 それで許されてしまう。それで済まされてしまうのだ。

 いや、解っている。
 悪いのは俺だし、殊更にあいつを試すような真似をしている自分は正気じゃないのではないかと疑いたくなるくらいなのだ、他ならぬ俺自身が。
 あいつは、長森は。俺のどんな我侭も、どんな理不尽も、眉を顰めながら最後には許してくれる。許してしまう。
 そう、俺があのクリスマスの日にした仕打ちすらも許したのだ、この幼馴染は。
 解っている、解っているのだ。
 悪いのは俺で、長森の寛容はむしろ美点なのだ。俺が何をしてもこいつは最終的に許してくれるだろうし、それによって俺を見捨てることをしない。
 天使。いやもしくは。
 聖母。

「じゃあ今度は忘れないでね」
「ああ」
「はぁ、まったくもう、浩平は」

 気に食わない。
 気に食わないのだ、この状況が、この今の俺たちの関係が。
 だけど一番気に食わないのは――

「楽しみだね、浩平!」

 こんな関係を、心地よく思ってしまっている俺自身なんだろう。

「今年も……」
「うん? どうしたの?」
「いや、今年もいい年になるといいな」

 俺の呆けたような呟きを聞いて、長森…… 瑞佳のやつは、向日葵じみた笑顔を俺に向けてこう言いやがった。


「これからもよろしくね! 浩平!」 

 

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