すきすき! 長森先輩!

−長森先輩、忘れ物する−

2003/07/19 久慈光樹


 

 

 我らがアイドル長森先輩は、若干そそっかしい。

 

 今年の春などは学年が変わって下駄箱の場所も変わったにもかかわらず、それに気付かず「上履きないよー」と右往左往する様は非常に微笑ましく、七瀬先輩をして「瑞佳、あんたって……アホウ鳥?」と絶句なさしめるほどなのである。

 ちなみにその時は我ら下級生が登校してきてやっとそれと気付き、慎ましやかな長森先輩は耳まで真っ赤になってお逃げあそばされた。その姿を見て更にファンが増えてしまったのは我らとしても痛し痒しではあるのだが、それはまた別の話である。

 

 さて、そんなそそっかしささえも愛らしい長森先輩であるが、こうして毎朝始業時間ギリギリに走って登校されるのは、決して先輩が悪いわけではない。幼馴染で生活能力ゼロのダメ人間こと折原浩平を毎朝起こしに行っているのである。

 その事実自体は看過できぬ凶事であるのだが、毎朝走って登校なさるという行為に関してはむしろ好事と言える。

 それは何故か。それを語る前に、まずは長森先輩のお姿を各自脳裏に思い描いてほしい。長い髪、常に笑みを湛えたお顔、制服の襟から覗くうなじ、その下部を。

 

 ……お解かりになられただろうか。

 

 長森先輩はその慎ましやかな性格に似合わず、そのお身体はダイナマイツである。特に胸部などは「バカなっ!」と思わず叫んでしまいかねぬほどであり、彼女がベストのボタンの前をかけぬのは、実はお胸が苦しいからではないかと邪推してしまうほどなのである。これがいわゆる「牛乳効果」というものなのであろう。

 そんな長森先輩が走ったらどうなるか、火を見るより明らかである。

 

 そう、揺れるのだ。それはもう豪快に。

 

 そのような事情から、我々ファンとしては登校時の長森先輩は是非とも拝見せねばならぬ日々の活力なのである。

 

「はぁはぁ…… 待ってよこーへー」

「長森、もっと早く走れ!」

 

  噂をすれば、である。 

 

「はうー」

 

  ……おや?

 

「はぁはぁはぁ……」

 

  ……なんか、いつもより……

 

 「待ってってばー」

 

(ごくり)

 

 こ、これはいったいどうしたことか。いつも豪快な揺れを見せる長森先輩のお胸であるが、今朝は更に凄まじいような……

 擬音で表すのなら、いつもが「ぶるぶる」であれば今朝は「ぶるん! ぶるん!」という勢いである。エクスクラメーション付きである。

 質量それ自体は変わらず膨大であるのだが、普段と違い揺れが開放的というか……

 

「ちょっと折原! 遅いわよ!」

「おう七瀬、お前だって遅いじゃねぇか」

「ちょ、ちょっと寝坊しちゃったのよ!」

「はぁはぁ、や、やっと追いついたよー」

「おはよう瑞佳、あんたも毎朝大変ね」

「ふっふっふ、今日は長森が寝坊したのだ」

「えっそうなの? 瑞佳」

「はぁはぁ、う、うん、昨日ちょっと猫さんが熱を出しちゃって……」

「んなこたーどうでもいい、走るぞ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい折原!」

「待ってよー」

 

  むぅ、やはり凄い。

 七瀬先輩も長森先輩に負けず劣らずのダイナマイツであるのだが、それと比べても長森先輩のあの揺れっぷりはいかがしたことか。ビデオを用意してこなかったことを末代まで後悔しそうな揺れっぷりではないか。

 

 そうこううちに学校に到着する。

 お胸の謎は解消されぬままであったが、今日は朝からラッキーであった。

 

 

 


  
§ 

 

 

 

「きゃああぁぁーーっ!」

 

  長森先輩のその悲鳴が聞こえたのは、三限目が始まる前、女子更衣室からであった。すわ覗きか! と殺気立った我々であるが、どうやら事情が異なるようである。

 

「み、瑞佳」

「七瀬さん、これはその……!」

「あんたブラどうしたのよ……?」 

 

 ブ、ブラとな! 

 

「あんた胸大きいんだからブラくらいしなさいよ、形崩れるわよ?」

「い、いつもはしてるんだよ? 今朝は寝坊して……」

「ブラをしてくるのを忘れた、と?」

「う、うん……」

「瑞佳、あんたって……アホウ鳥?」

「ううっ」

 

 なるほど、今朝のあの揺れはノーブラだったからであったらしい。なるほどノーブラであったのならば頷ける。あの揺れは尋常ではなかった、なるほどノーブラだったと…… 

 

 なんですとっ!

 

「どうしよう七瀬さん……」

「どうしようと言われてもねぇ…… ちなみに今日の体育はバスケよ」

「ひーん」

 

 よりにもよって上下運動の激しいバスケットとな!

 なんということか!

 天は我らに味方した!

 

「まぁまぁ、いいじゃないどうせ女子しかいないんだし」

「ううっ」

 

 そして体育館。

 

「今日はグラウンド改修工事のため男子もバスケとする」

「ひーん!」

 

 そして始まるバスケット。

 二面あるコートの片面が女子、もう片面が男子である。

 

 最初はお胸を気にしてぎこちない動きだった長森先輩であるが、そのうちにいつもどおり一生懸命プレイし始めた。もともと長森先輩は運動がそんなに得意ではないのだが、そこは頑張り屋の先輩のこと、バスケだろうとバレーだろうと常に一生懸命なのである。

 

 いつもどおり一生懸命ジャンプする長森先輩と、いつもより一生懸命上下するそのお胸。

 

「(おい、今日の長森さん……)」

「(ああ、なんかいつにも増して……)」

「(ごくり)」

 

 そして運動して血行がよくなってきたのか、白い体操服のお胸、その中心がぽちっと…… 

 

「おお、今日の男子は腰を落としてディフェンスに気合が入っとるな、だがもうちょっと上体を起こせ、前屈みすぎるぞ」

 

 というかオフェンス側まで前屈みになっている様は、見ていて非常に奇怪である。

 

「み、瑞佳……」

「え? なに七瀬さん……はっ!」

 

 七瀬先輩の声で我に返った長森先輩は、隣のコートにいる男子の視線がすべて自分に向けられていることに気づき、リンゴのように真っ赤になって固まってしまう。

 体操着(無論、下はブルマである)の胸を押さえて真っ赤になるその姿は犯罪級の可憐さであり、とりあえずデジカメを持ってこなかったことを末代まで後悔する所存である。

 

 そんな状況の中、色魔であるところの折原浩平はさぞや狂態を見せているだろうと思いきや、きゃつはなぜかブスっとした表情で長森先輩に目もくれないのである。これはいったいどうしたことか。

 衆人の視線が長森先輩に集中する中、折原浩平はなにやら思いついた顔をすると急にしゃがみ込む。そしてゴルフプレイヤーがするように芝をむしって風に流す真似を始めた。

 

 なにをしているのかあの男は……

 

 唖然として見ていると、折原は手に持ったバスケットボールをまるで砲丸投げでもするように構え、呟いた。

 

「風向きよし、角度よし」

 

 体は長森先輩の方を向いている。まさか……

 

「ロックオン、ファイアー!」

 

ひゅー……

 

「あっ、瑞佳危ない!」

「え? ……はぅ!」

 

 折原の不審な行動にただ一人気づいた七瀬先輩の叫びもむなしく、投げられたボールは惚れ惚れするような放物線を描き、長森先輩の後頭部に見事ヒット。

 

 な、ななななんということをっ! 

 

「……きゅぅ」

「長森大丈夫かおい! 七瀬、悪いが長森を保健室に連れて行ってやってくれ」

「はい先生」

「ほら男子! ぼけっとしてないで続きを……って折原はどこ行った!」

 

 体育教師が気付いたときには、折原はとっくに遁走済みである。

 我々としても折原の暴挙に天誅を下したいのはやまやまではあるが、今は長森先輩の身が心配である。保健室に急ぐことにしよう。

 

 

 

§

 

 

 

「……あれ? ここどこ」

「よかった、気付いたのね瑞佳」

「あれ? 七瀬さん」

 

 どうやら長森先輩が目を覚まされたご様子である。

 自分の置かれた状況がわからず混乱する長森先輩に、七瀬先輩が説明する。

 

「折原のアホが投げたボールが命中したのよ」

「浩平が?」

「まったく、何を考えているんだかあの馬鹿」

 

 同感である。ワケのわからぬ行動は茶飯事であるが、長森先輩をことさらに害すような行動を取るとは、見下げ果てた輩と言えよう。

 

 だがそんな我らの憤慨をよそに、長森先輩はなんともいえない表情をなさっている。なんと言おうか、まるで、嬉しいけれどでも自分でもその事実を信じられないような……

 そんな長森先輩の様子を、七瀬先輩はこちらもなんともいえない表情で見ていた。まるで、悔しくて絶対に認めたくないのだけれども本当は自分でもわかっているような……

 

 やがて七瀬先輩は溜息をひとつつき、「じゃあ私戻るから」と告げて保健室を出て行く。その間際、長森先輩に背を向けたままでこう言った。

 

「瑞佳、折原のさっきの行動だけど、あなたの考えているとおりだと思うわ」

「えっ!」

「じゃあね、お大事に」

 

 七瀬先輩は長森先輩が慌てて呼び止めるのも構わず、保健室を出た。そして外にいた折原と鉢合わせたのである。

 

 「よう七瀬、今日もブルマが赤いな」

「アホかっ!」

 

 速攻で逆鱗に触れてドツキ倒される折原。

 普段であればここから二、三発蹴りが入るのだが、七瀬先輩は腰に手を当てると眉を顰めて言った。

 

「折原あんたねぇ、他の男子に嫉妬するのはいいけど、ああいうやりかたはないんじゃない?」

「ばっ……! ぷ、ぷじゃけるな! 誰が嫉妬なんぞ……!」

「瑞佳の色っぽい姿を他の男子に見せたくなかったんでしょ?」

「な、なななななにをおっしゃいますかっ!」

 

 滑稽なほど取り乱す折原にひとつ肩をすくめ、七瀬先輩は「瑞佳なら起きてるわよ」と告げて踵を返す。

 

「ま、今日は敵に塩を送るか」

「あん? なんか言ったか七瀬」

「なんでもないわよっ!」

 

 七瀬先輩は非常に男らしいお方なのである。

 我々も七瀬先輩を見習い、聞き耳などという無粋な真似は今回はこれで止めることとしよう。であるからして、この後、保健室で長森先輩と折原がどのような会話をしたのか、それはわからない。

 

 だが一つだけ言えるのは、翌日も走って登校される長森先輩が浮かべる笑みが、いつも以上に輝いていたということである。

 

 

「待ってよー、こーへー!」

 

 

 

 

おしまい 

 

 

 

 

 

 そして翌日の女子更衣室。

 

「きゃああぁぁーーっ!」

「み、瑞佳」

「七瀬さん、これはその……!」

「あんたショーツどうしたのよ……?」

「ひーん!」

 

 我らがアイドル長森先輩は、若干そそっかしいのである。

 

 若干?

 

 

 

 

何もかもがおしまい

 

 

<つづいたりつづかなかったり>