すきすき! 長森先輩!

−長森先輩、登校する−

2000/12/08 久慈光樹


 

 

 

 我らがアイドル長森先輩は今朝も走って登校する。

 

 品行方正な長森先輩が遅刻ギリギリの時間帯に登校するのには、わけがある。

 彼女の幼馴染、折原浩平のせいなのだ。

 我らがアイドルにして憧れの的である長森先輩には幼馴染がいる。

 幼馴染が女性であったら、我々のココロももう少し穏やかでいられただろう。

 だが現実問題、折原浩平は生物学上れっきとした男であり、しかもあろうことか長森先輩はヤツのことを憎からず思っているようなのだ。

 純粋な長森先輩の事、その事実は悲しいくらい態度に表れている。

 気付いていないのは鈍感でボケナスな折原浩平くらいのものであろう。

 

「もう、浩平のせいでまた遅刻ギリギリだよ」

「なにぃ? 言いがかりをつけるのはやめてもらおうか」

「言いがかりじゃないもん、浩平が全然起きないからいけないんだよ」

 

 そんな会話を交わしながら走る。

 責任感の強い長森先輩の事、このだらしないボケナスの折原浩平を見捨てることができないに違いない。

 だが口では文句を言いながらも、折原といっしょにいる時にはその表情は本当に嬉しそうなそれなのである。

 憧れの先輩が男と楽しそうに話すのを見るのは非常に辛いが、その笑顔があまりにも素敵過ぎてついつい幸せな気持ちになってしまうのは仕方が無い事であろう。

 

「あ、七瀬さんおはよう」

 

 長森先輩がわざわざ立ち止まって挨拶したのは、クラスメイトの七瀬先輩だった。

 我らがアイドル長森先輩を慕う人間は多いが、それと同様に七瀬先輩も人気者である。

 怒らせると非常に恐ろしい存在である七瀬先輩であるが、そのくせさっぱりとした性格で後に引きずる事がない。今も「おはよう」と返す笑顔などを見れば、人気が高いのも頷けるというものだ。もっとも自分は長森先輩一筋であるが。

 

「おう七瀬」

 

 折原が七瀬先輩に声をかける。

 話しかけられて一瞬嬉しそうな顔をした七瀬先輩だったが、すぐにどうでもいいような表情を取り繕う。

 七瀬先輩は非常に素直じゃない性格をお持ちだ。もっとも彼女のファンである友人などに言わせれば「そこがたまらない」とのことであるが。

 誠に許しがたい事に、折原はどうやら七瀬先輩にまで好意を寄せられているようなのである。長森先輩と同じく、七瀬先輩もある意味非常に分かりやすい態度をとっていると思うのだが、この朴念仁のボケナスである折原はさっぱり気がついていない。

 まったくもって許しがたいことこの上ない。

 この高校でも1,2を争う美少女であるところの長森先輩と七瀬先輩からこれだけ好意を寄せられている折原浩平。

 この世はかくも不公平に満ちているのである。

 

「おう、じゃないわよ、あんた遅すぎるわよ」

「お前だっていつもこの時間じゃないか」

「ぐっ……」

 

 そこで言葉に詰まる。

 七瀬先輩がいつもこの時間に登校するのは、折原を待っているからに他ならない。であるのに、度しがたい愚か者でボケナスの折原はやっぱりその事に気付かない。

 七瀬先輩も素直ではないものだから、折原には絶対にその事は言わないのである。

 

「う、うるさいわね。だいたいあんた、瑞佳がいなくちゃ毎日遅刻じゃないの」

 

 その言葉に「うんうん」とばかりに頷く長森先輩。

 

「何を言うか、長森なんぞいなくても遅刻などしない」

 

 折原のその言葉に、長森先輩は見ているこちらまで悲しくなってしまうような表情になってしまった。

 なんという暴言! 日々の恩を忘れ長森先輩を悲しませるとは!

 だが折原もただのボケナスではないらしく、悲しそうな表情になってしまった長森先輩を見て、やや慌てたようだ。取り繕うように続ける。

 

「ま、まぁ長森とはこれからもいっしょだから、そんなことは無いわけだが」

「こ、浩平……」

 

 折原が自分の失言に気付いたときには、既に長森先輩は頬を桜色に染めていた。もじもじと胸の前で指を組み変えながら、上目遣いで折原を見る。

 ああっ、なんという可憐さ!

 ボケナスの折原が相手というのが非常に気に食わないが、憧れの長森先輩のこんな表情を見ることができるとは。今朝はなんと良い朝であろうか。

 だがそうなると当然面白くないのは七瀬先輩である。

 どこがいいのかさっぱり理解できないが、折原に好意を寄せているらしい七瀬先輩としては看過できない状況である。

 

「ふ、ふん! バカな事ばかり言ってないで、急がないと本当に遅刻するわよ!」

「お、おう」

「そ、そうだね」

「ふんっ!」

 

 真っ赤になっている二人を置いて、のっしのっしという擬音が聞こえてきそうな勢いで学校へと向かう。

 いかに七瀬先輩とはいえ、あの歩き方はいかがなものか……?

 

「浩平」

 

 その後ろを歩く長森先輩が、小声で折原に話しかける。

 

「私たち、ずっといっしょだよね?」

 

 はにかむように笑い、折原の制服の裾をちょこんとつまむ。

 

「ち、遅刻するぞっ!」

 

 恐らく赤い顔を見られるのを嫌ったのだろう。折原は突然ものすごい勢いで走り出した。

 そのまま七瀬先輩を追い抜き、学校へと走る。

 

「ちょ、ちょっと折原、どうしたのよ!」

 

 七瀬先輩もその後を追うように走る。

 置いてきぼりをくらった長森先輩は、少しの間唖然とした表情をしていたが、やがてくすくすと笑い出した。

 照れた折原の様子が、よほどおかしかったのだろう。

 そして長森先輩も走り出す。折原の後を追って。

 

 

 

 

「待ってよー、こーへー!」

 

 

 

 

 我らがアイドル長森先輩の登校風景は、概ねこのような感じであった。

 

 

 

<つづいたりつづかなかったり>