披露宴にて

2000/12/16 久慈光樹


 

 

 

「ほら、繭、ちゃんとしないとお兄さんとお姉さんに笑われますよ?」

「うん、ちゃんとする」

 

 お母さんに注意された。

 でも退屈だった。

 よそ行きの服は窮屈で、好きじゃない。

 でもちゃんと大人しくしてる。

 お母さんに怒られるから。

 みゅーのお兄ちゃんとお姉ちゃんに笑われるから。

 

 繭はもう子供じゃないから。

 

「みゅー、でも退屈……」

「うふふ、もう少ししたら始まるわよ」

「うん」

「繭も楽しみでしょう?」

「うん!」

 

 とても楽しみ。

 だって今日は繭の大好きなみゅーのお兄ちゃんとお姉ちゃんの、結婚式だから。

 だから、楽しみ。

 

 繭はもう子供じゃないから。

 だから、悲しくなんてない。

 繭はもう子供じゃないから。

 だから、寂しくなんかない。

 でも、繭はもう子供じゃないから。

 本当は、みゅーのお兄ちゃんの事が好きだったんだって、わかった。

 わかっちゃった。

 子供のまんまで、わからないほうがよかった。

 わからないまんまで、いられたらよかった。

 

 ……

 

 本当に?

 本当にそうかな?

 ううん、ちがう。

 本当は、お兄ちゃんの事が好きだったって気がついて、よかった。

 よかったって思ってる。

 ちょっぴり気がつくのが遅かったけど。

 繭は、お兄ちゃんのことが好きで良かった。

 

 ねえお兄ちゃん。

 繭は、また一つ、大人になったよ。

 

 

 

§

 

 

 

「雪ちゃん、食べ物はまだ出ないのかな?」

「ちょっとみさき、あんた食べ物のことしか頭にないの?」

「そんなことないよ、浩平くんの晴れの舞台なんだから、とっても楽しみだよ」

「どうだか」

 

 そう、今日は浩平くんの結婚式。楽しみでないわけがない。

 きっと浩平くんのことだ、がちがちに緊張しているに違いない。

 普段は傍若無人のくせに、いざとなると途端に緊張しちゃう浩平くん。

 タキシードとか、全然似合ってないんだろうな……。

 

「みさき? どうしたの?」

「え?」

「なんか…… 悲しそうな顔してるけど……」

「え!?」

 

 雪ちゃんの言葉に、動揺した。

 

 でも、きっとそうなんだろう。

 悲しそうな顔、してるんだね、私。

 やっぱりまだ、ダメだよね。

 そんなにすぐには割り切れないよね。

 

 初恋、だったんだもんね……。

 

「大丈夫だよ、雪ちゃん」

 

 にっこり。

 

 私、強がってるかな?

 でも大丈夫だよ雪ちゃん。私は大丈夫だよ。

 浩平くんが選んだあの人なら。

 きっと浩平くんは、あの人を幸せにするだろう。

 そしてきっとあの人は、浩平くんを幸せにしてくれるだろう。

 だから、私は大丈夫だよ。

 今はまだ、悲しいかもしれないけれど、寂しいかもしれないけれど。

 きっと笑顔で「おめでとう」って言える。

 

「うー、雪ちゃーん、お腹空いたよー」

「あんたねぇ……」

 

 うふふ、やっぱり、強がってるかな?

 

 

 

§

 

 

 

 隣の隣に座ったみさき先輩が、深山先輩を困らせてるの。

 

『みさき先輩は食欲大王なの』

「あら澪、うまいこと言うわね」

 

 あっ、声に出しちゃダメなの!

 

 ……うう、みさき先輩に怒られたの。妙に勘がいいの。

 でも確かに楽しみなの。

 お寿司を出してくれる手筈になっているから。

 浩平さんが、「寿司出してやるから、澪もちゃんと出席しろよ」って言ってくれたの。

「澪は妹みたいなもんだからな、式に呼ぶのは当たり前だ」って言ってくれたの。

 頭をなでてくれたの。

 その時は『私は子供じゃないの!』って言って怒ったけど。

 本当は、嬉しかったの。

 頭をなでられるのは嫌いじゃないの。

 

 ……妹でも、いいの。

 

『高校時代に後輩だった子』よりも、『妹みたいに思っている子』のほうがまだ“まし”なの。

 

 本当は……。

 

『一番大好きな子』がよかったの。

『他の誰よりも、一番大好きな女の子』がよかったの。

 

 でも、高望みはしないの。

 浩平さんにとって、『一番大好きな子』はあの人で、私じゃないの。

 だから、私は『妹みたいに思っている子』でいいの。

 

 あ、お寿司が出てきたの。

 うー、おいしそう。

 もうすぐ、式が始まるの。

 そうだ、今から書いておこう。

 浩平さんとあの人に見えるように、スケッチブック見開きいっぱいに書くの。

 

『ご結婚、おめでとうなの!』

 

 

 

§

 

 

 

「うーん、結婚式にこのタイプのお寿司はちょっと珍しいね」

「そうですね、浩平らしいです」

 

 詩子のいう通り、普通こういう席ではあまりこういう「お寿司屋さんのお寿司」みたいなものは出ない。

 きっと澪さんが喜ぶと思ったんだろう。

 本当に浩平らしい。

 

「でもさあ、折原くんが一番初めに結婚するなんて、あの時には想像もできなかったよねぇ」

「ふふ、そうですね」

 

 あの時というのは高校時代。

 私と浩平が初めて会った、高校時代。

 私が前を向いて歩き始めた、高校時代。

 あの時の私は、立ち止まっていた。

 後ろを向いて、立ち止まっていた。

 浩平に背中を押してもらわなければ、ずっとそのまま立ち止まっていただろう。

 もっとも、「押してくれた」というよりは、「突き飛ばされた」という方が正確かもしれない。

 浩平は強引だった。

 お節介で、こちらの都合なんてお構いなしで。

 立ち止まっていた私を突き飛ばすような強引さで、前に進ませて。

 そして…… 私の心を奪っていった。

 

 心奪われた私は、何とか浩平に振り向いて欲しいと考えた。

 頑張って話しかけた。

 頑張った。

 頑張ったけど……。

 やっぱり駄目だった。

 

 本当は、わかってた。

 浩平の心には、私が入りこむ隙間などないということが。

 本当はわかっていたのだ。

 浩平の目には、あの人しか映っていないということが。

 私は、2度目の失恋を経験した。

 想いを直接伝えるまでもなく、私の2度目の恋は終わった。

 また、振られてしまった。

 

 でも、1度目とは違う。

 浩平は居なくなることなく、私と同じこの世界で幸せになる。

 隣に立つのが私じゃないのは残念だけれど。

 この世界で、間違いなく幸せなるだろう。

 そして私はそんな浩平を祝福することができる。

 それは、あたりまえだけど、とっても素敵な事。

 

「もうそろそろ、始まりますね」

「そうだね、折原くんなんてどうでもいいけど、花嫁さん早く見たいねぇ」

「ふふ、はい。きっと綺麗でしょうね」

 

 浩平。

 どうぞ、お幸せに。

 

 

 

§

 

 

 

『浩平には、しっかりした人が必要だよ』

 

 ずっと、そう言い続けてきた。

 だらしない浩平のこと、しっかりした人が側に付いていてくれないと、心配だった。

 朝、きちんと起こしてくれて。

 ちゃんとご飯をつくってくれて。

 だらしない浩平のことを気遣ってくれる。

 そんな、しっかりした人を見つけて欲しかった。

 私の願いは適えられた。

 あの人なら、浩平を任せて大丈夫だろう。

 そう、私の願いは適えられたのだ。

 

 ……

 

 駄目だったのだろうか。

 私じゃ、駄目だったのだろうか。

 浩平の隣に立つのは、私じゃ駄目だったのだろうか。

 

 ……

 

 式の招待状が郵送されてきたとき。

 私は酷く動揺した。

 

 もう割り切ったと思っていたのに。

 もう浩平の事は諦めたと思っていたのに。

 高校を卒業してから、もう5年も経つというのに。

 浩平とあの人を見るのが辛くて逃げ出してから、もう5年も経つというのに。

 浩平とあの人がお付き合いしているということを知った高校時代のように、私は動揺した。

 この5年間、私はまったく成長していなかったのだ。

 自分の気持ちをごまかして、逃げて。

 結局は、最後に傷つくことになる。

 

 ごめんね、浩平。

 せっかく招待してくれたのにね。

 私まだ、あなたとあの人に会う自信がないよ。

 いつか。

 いつか、笑顔であなたに会いに行ける自信がついたら。

 その時に、改めて言うね。

『結婚、おめでとう』って。

『あの人なら、私も安心できるよ』って。

 だから今は……。

 

「ながもりせんせー、おゆうぎ、はじまってるよ?」

「あっ、ごめんね夕美ちゃん。先生ぼんやりしちゃった」

「もう、ダメだよせんせー。せんせーはぼんやりやさんなんだから」

「あ、言ったなー」

「あはははっ」

 

 今は、心の中で。

 

 おめでとう、浩平。

 末永く、お幸せに。

 

 

 

§

 

 

 

 目の前で、扉が開く。

 割れんばかりの拍手。

 その中をあいつと、腕と腕をを絡めて進む。

 

 ずっと、夢見てた。

 テレビや雑誌なんかで見る、綺麗な衣装を着た花嫁さんに、ずっと憧れてた。

 いつかは私にも素敵な王子様が現れて、その人の隣で綺麗なウエディングドレスを着て微笑む私。

 ずっと小さい頃からの夢だった。

 その夢が、今ここにある。

 私がずっと求めていたものが、ここにある。

 

 がっちがちに緊張して、ギクシャクと歩くこいつが王子様ってのはちょーっと引っかかるけどね。

「ウエディングケーキ入刀は、留美が日本刀で居合抜きとかってどうだ?」とかなんとかバカ言っていたにも関わらず、いざ式が始まるとこれだものね。

 あーあ、早まったかしら。

 ふふふ。

 

 周りを見ると、高校時代の友達だったみんなが、笑顔で祝福してくれている。

 繭はぶんぶんと手を振っている。

 川名さんは隣の深山さんから私たちの様子を聞いて、微笑んでる。

 澪ちゃんはスケッチブックいっぱいに祝福の言葉を書いて掲げている。

 里村さんは隣の柚木さんが大声をあげるのを、ちょっぴり恥ずかしそうにしながら笑っている。

 みんなみんな、私たちを祝福してくれている。

 

 瑞佳は…… 結局来てくれなかったな。

 でも、遠い地で私たちのことを思ってくれていることは疑ってない。

 だって瑞佳は親友だったもの。

 こいつに、特別な思いを抱いていた事は知ってた。

 ううん、瑞佳だけじゃなく、みんながそう思っていたことを私は知ってた。

 まったく、こんなヤツがどうしてこんなにもてるのか、不思議でしょうがないわ。

 

 浩平は、私を選んでくれた。

 私の事を、愛してるといってくれた。

 そして、私も……。

 みんなに申し訳ないなんて思わない。そんなこと思ったら、失礼だ。

 だからせめて、幸せになろう。

 浩平といっしょに、幸せになろう。

 歩いていこう。

 いつまでも二人で。

 

 痛っ! ちょっと浩平、足踏まないでよね! 緊張しすぎよ、あんた!

 ……はぁ。 まぁさしあたってはこの式をきちんと終えられるように祈ろう。

 披露宴はまだ、始まったばかりなんだから。

 

 

 

<FIN>