バイオレンス澪

 

 

 昼下がりの公園、少女がベンチに腰掛け、寂しそうに一人佇む。

 待ち合わせだろうか。しきりに時計を気にする様から察するに、だいぶ待ちぼうけのようだ。

 

 と、そこに、大慌てで走り寄る足音。どうやら待ち合わせの相手が来たようだ。

 

「はぁっ、はぁっ! わ、悪い澪、寝坊した!」

 

 現れたのは、高校生くらいの少年。言葉どおり寝坊して大慌てで駆けつけたのだろう、服装こそ他所行きのちゃんとしたものだったが、豪快に寝癖がついている。

 その様子を見て『澪』と呼ばれた少女はくすくすと笑う。寝癖を直す暇もなく駆けつけてくれたのが嬉しいのか、それとも単に情けない少年の様子がおかしかったのか。

 だがすぐに、少女はツンとそっぽを向く。一応は「自分は怒っている」ということを主張したいようだ。その様子はまるで童女のようで、見ているものを笑顔にさせる力があった。少年も緩みかける顔をなんとか神妙に保ち、悪かった、と拝み倒す。

 そうして、少女は手に持ったスケッチブックにさらさらと文字を書き始めた。

 少女――澪は天使のようににっこりと笑って、手にしたスケッチブックを少年――折原浩平に向けた。

 

 

『毎度毎度遅刻しやがって、ナメてんのかてめぇ』

 

 

 なにもかもが、台無しだった。

 

「いや悪かったって澪、次は遅刻しないから」

 

 浩平が動じないところをみると、いつものことなのだろう。

 

『罰として今日はてめぇの奢りだからな』

「わかったわかった、澪は何が食べたいんだ?」

『寿司。回らないやつ』

「……回るやつで妥協しろ」

『コロスぞてめぇ』

 

 澪はどこまでも笑顔だ。

 

「まぁ、その件はあとで検討するとして、とりあえず行くか」

 

 うん! と全身でうなずいて、身体ごとぶらさがるようにして浩平の腕を取る澪。

 腕にかかる確かな重さと暖かさ、無邪気な彼女の様子に、心まで温かくなったように感じる、浩平である。

 

『寿司忘れんなよクソヤロウ』

 

 何もかもが台無しだった。

 

 

 

 

「あれ? 浩平と澪ちゃん、こんにちは」

 

 二人して腕を組んで歩いていると、長森と出合った。

 

「おう長森」

「うふふ、二人でデート? いいなぁ」

「ば……っ! 違うこれは……」

「ふふ、澪ちゃん、浩平のこと、よろしくね」

 

 そういって微笑む長森は、だがどこか寂しそうだった。

 

 

『なにがよろしくだ、ナメんなこの乳牛』

 

 

「……」

「……」

 

 止まる時間。

 澪はいい笑顔だ。

 

「み、澪ちゃん……?」

『チチでかいからっていい気になってんじゃねーぞ、乳牛』

「う……」

『牛乳ばっか飲んでるからだ、少し分けろ』

「うわーん! 浩平のED!」

「オレかよっ!」

 

 

 上月澪、WON!

 

 

 

 

「あら、折原と上月さんじゃない」

 

 続いて現れたのは七瀬だ。

 

「おう七瀬、相変わらず漢らしいな」

「……殴られたい?」

 

 いつものように漫才めいたやりとり。だがしっかりと繋がれた浩平と澪の腕を、七瀬がなるべく見ないようにしていることに、二人は気付いているだろうか。

 

「上月さんを泣かすんじゃないわよ、このロクデナシ」

 

 

『大きなお世話だ、このツインテール』

 

 

「……」

「……」

 

 止まる時間。

 澪はどこまでも笑顔だ。

 

「こ、上月さん……?」

『だいたい、いい歳こいてなにが『乙女』だ、歳考えろボケ』

「う……」

『カマトトぶってんじゃねーぞ、このスベタ』

「ひーん! 折原あとで覚えてなさいよーっ!」

「またオレかよっ!」

 

 

 上月澪、WON!

 

 

 

「うーん、浩平君と……澪ちゃん」

「あたりだ、さすがだな先輩」

 

 次に現れたのはみさき、一人で外出できるようになったらしい。

 

「こんにちは、澪ちゃん」

『気安く声をかけるんじゃねー! というか頭を撫でるな! うわばかやめろ』

 

 目の見えないみさきには、当然のことながら澪のスケッチブック攻撃は通用しない。小さい頭をかいぐりかいぐり撫でられる。

 

『いて、いててて! 髪が、髪が引っかかってるから!』

 

 かいぐりかいぐり。

 

「うーん、澪ちゃんかわいいなぁ」

 

 かいぐりかいぐり。

 

『いててて! やめろこのカレー星人!』

「あー、みさき先輩、澪が痛がってるんだが」

「あっ、ごめんね澪ちゃん」

(はぁ、はぁ、はぁ)『てめぇぜったいわざとだろ!』

「あはは、そんなに照れなくてもいいよ澪ちゃん」

『照れてねぇ!』

「お姉さん、って呼んでくれていいよ?」

『てめぇナメてんのか! だいたいてめぇは気にくわねぇんだ、なんだそのサラサラのロン毛は! わたしに対するアテツケかなんかか? というか毎日毎日あれだけバカバカと牛魔王みたいに食っておきながらてめぇはなんで太らねぇんだ! 普通はあれだけ食ったらスタイル崩れるだろ! ナメてんのか! つーかなんだその胸は! てめぇも牛だ、乳牛だ! 胸の大きい女はすべて敵だ! 巨艦巨砲主義者め! 少し分けてよこせ、この異次元胃!』

「澪、おまえみさき先輩のこと嫌いなのか……?」

「うふふ、そんなに褒められたら照れるなぁ」

『褒めてねぇ!』

「澪ちゃーん」

『うわやめろ抱きつくな!』

「可愛い可愛い」

『いて、いててて! ぎゃー!』

 

 

 上月澪、LOSE!

 

 

 

『いつかぬっころす!』

 

 上月澪の戦いは続く。

 

 

 

 

「……出番がありませんでした」

「みゅー!」

 

 

 

 

<おわれ>