家族

−お酒は二十歳になってから!−

2杯目

2001/06/03 久慈光樹


 

 

 

 ピンポーン

 

 チャイムの音。

 

「あらあら、またお客様みたい」

 

 しっかりとした足取りで玄関に向かう秋子さん。

 ちなみに日本酒は2升目に突入している。

 

「なあ、そろそろお開きにしないか?」

 

 俺の提案に、まるで珍獣でも見るかのような視線を投げかけるふたり。

 

「なに言ってるの祐一、まだまだこれからだよ」

「いいからお前は服を着ろ」

「うっ、うっ、お酒がないわよぅ」

「お前はいい加減泣きやめ」

 

 俺の的確かつ迅速なツッコミに、不満げな二人。

 だが酔っぱらいを侮る無かれ、やつらの特徴はその機嫌の変わりやすさにある。

 

「えへへ、ゆーいちー♪」

「ぐぁ、だからくっつくなっつってんだろ!」

 

 へにゃーと笑ったかと思うと、俺に抱きつき、頬擦りする名雪。

 胸が……。

 

「た、たのむ名雪、服着てくれ……」

「うー、暑いよ」

「暑くねぇだろ! 頼むから着てくれ」

「じゃあ祐一のシャツちょうだい」

「なんですと?」

「祐一のシャツなら、着る」

「あーわかったわかった、じゃあ部屋行って取ってくるから」

「ダメ」

「あん?」

「これ」

「これって…… マジか?」

「うん、マジだよ」

 

 未だ俺に抱きついたままの名雪が引っ張っているのは、俺の着ているTシャツだった。

 これを着るってことか? 流石にそれはちょっと……。

 でも背に腹は替えられない。

 詳しい描写は避けるが、はっきり言って今の名雪の格好は刺激が強すぎる。

 

「くっ、仕方ない。ほれ」

「えへへ、祐一のシャツ、あったかいよ」

 

 上半身裸になってしまった。

 俺のシャツは当然名雪には大き過ぎるが、それが幸いしとりあえず下着は全て隠れている。

 

 ……。

 ……。

 な、なんか更にイヤらしくなったような……。

 

「あぅーっ、ゆーいちぃ!」

 

がばっ

 

「うわっ、なんだよ」

 

 構ってもらえなくて寂しくなったのか、真琴が背中に飛びついてきた。

 

「あー、ずるいよ真琴。えいっ」

 

 ああもうどうにでもしてくれ。

 前後から抱きつかれ、悟りを開きそうになった俺の耳に、秋子さんの声が聞こえてきた。

 

「こんなところで立ち話もなんだから、上がって、瑞佳ちゃん」

「あ、済みませんお邪魔します」

 

 げっ!

 すっかり忘れていたがさっきチャイムが鳴っていたような気がする。お客はどうやら真琴の職場仲間である長森さんらしい。

 まずい、非常にまずい。

 長森さんとは幾度か話をしただけだったけれど、綺麗で優しくて、密かに俺は憧れていたのだ。その憧れの長森さんに、今の状況を目撃されるのは非常にまずい。

 慌てて二人を引き剥がそうとする俺。

 

「こら、二人とも離れろ!」

「うー、いや」

「いやよぅ」

「えーい! 鬱陶しい」

 

 がばっ

 

「きゃっ!」

「あぅーっ!」

「あ、わりぃ」

 

 急に立ち上がったため、俺にへばりついていた真琴と名雪が振り落とされる。

 

「ヒドイよー、ゆーいち極悪人だよー」

「しくしく、ゆーいちのばかぁ、しくしく」

 

 どさり

 

 なにかが落ちる音。

 そちらに顔を向ける俺。

 手に持ったお土産らしき包みを床に落とし、立ち尽くす長森さん。

 目が合う。

 

 またか!

 またこのパターンなのか!

 

「祐一くん……」

「ち、違います! これはその……」

 

 どう説明して良いものやらわからず、口篭もる俺を救ってくれたのは、意外にも真琴だった。

 

「あぅ、みずかさんだ」

「あ、ああ、真琴ちゃん、こ、こんにちは」

 

 

 

 その後、なんとか事情を聞いてもらい、誤解は解けた。

 やれやれだ。

 

「でも祐一くん、お酒は二十歳になってからだよ」

「うっ、済みません」

「あはは、でもまあ高校生だもんね、ちょっとくらいしょうがないよ」

 

 うむ、やはり長森さんは話がわかる。

 

「でも今日はどうしたんですか?」

「うん、秋子さんにちょっと用事があったから」

「そうなんですか」

 

 長森さんが今働いている保育所を紹介してくれたのは、秋子さんなんだそうだ。

 なんでも秋子さんは長森さんの通っていた大学のOGなのだとか。

 

「はい、瑞佳ちゃん」

「えっ、秋子さんこれ……」

 

 秋子さんが持ってきたのは、グラスに並々と注がれたワインらしき液体。

 お茶の代わりにワインですか……。

 見た目からは全然わからないが、絶対に酔ってるな、この人は。

 

「あ、あの、でも私もう失礼しますんで」

「あらあら、明日も保育所はお休みでしょう、泊まっていくといいわ」

「あ、えーと……」

「飲んでくれますよね?」

「で、でも……」

「飲んでくれますよね?」

「え、えーと、その……」

「飲んでくれますよね?」

「……はい」

 

 遂に陥落する長森さん。

 あの笑みで迫られたら、俺だって断ることなどできないに違いない。

 秋子さん恐るべし。

 

「長森さん、お酒強いんですか?」

 

 秋子さんに聞かれないように、顔を近づけてこっそりと話しかける。

 

 うっ、いいにおいがする……。

 

「うーん、私あんまりお酒飲めないんだよ……」

「でも」

「うん、飲まなきゃ…… ダメみたいだね」

 

 にこにこ、とこちらを見守る秋子さんに目を向け、はーっとため息をつく長森さん。

 意を決したように、口をつけると……。

 

 きゅー

 

「うわっ、長森さんそんなに一気に飲んだら」

「けほっ、けほっ」

 

 言わんこっちゃない。

 背中をさすってやる。

 

 うっ、やわらかい……。

 

「うー、ごめんね祐一くん」

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。でも結構おいしいね、このワイン」

「へ?」

「秋子さん、もう一杯いただいてもいいですか」

「ええ、はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 今度は一気飲みなどせず、それでも結構なペースで飲み始める長森さん。

 なんだ、結構飲めるんじゃないか。心配して損した。

 

「あぅーっ、ゆーいちー」

「なんだよ、真琴」

 

 真琴の不満げな声に振り向く俺。

 うっ、真琴も名雪もなんかこっちを睨んでる。

 

「ど、どうしたんだ?」

「べっつにー」

「お、お前までなに言ってんだ名雪、俺はお客さんのお相手をだなぁ……」

「ふんっ、だ」

 

 ぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向く名雪。

 酔っているためか、その動作は妙に子供っぽい。そのくせ男物のシャツを着ただけという何とも悩ましげな格好であり、そのアンバランスさがまた…… って冷静に批評してる場合か!

 どうも長森さんと話をする俺を見て、いつものヤキモチが始まったらしい。

 

「ゆーいちのうわきものぉ!」

「な、何を言うか、長森さんはお前の仕事仲間だろ」

「ふーんだ、瑞佳さんキレイだからって、鼻の下伸ばしちゃってさ、いやらしい!」

「バ、バカ、お前なに言ってんだ」

 

 本人の目の前で。

 

「祐一くん!」

「は、はい!」

 

 突然大声で俺の名を呼ぶ長森さんに、思わず姿勢を正してしまう。

 見ると真琴もだった。こいつの場合、保育所でいつも怒られているだろうから条件反射に違いない。

 

「祐一くん! 女の子に“バカ”なんて言っちゃダメなんだよ!」

「あ、いや、あれは弾みで……」

「弾みで、じゃないもん!」

 

 ……ひょっとして、長森さん、出来上がってる?

 

「あのー、長森さんひょっとして、酔ってます?」

「酔ってないもん!」

 

“もん”ってあーた……。

 ダメだ、どうやら長森さんは言葉通り、酒に弱かったらしい。

 ほんのりと朱に染まった目元が妙に色っぽい、やっぱ大人だよなぁ……。

 

「そこ! ニヤニヤしない!」

「は、はいぃ!」

「反省の色が見られないよ。祐一くん、キミそこで正座!」

「ぶっ!」

「だいたいキミは……」

 

 あああ……。

 長森さんは「説教上戸のカラミ酒」という酒飲みで一番厄介なタイプらしかった。

 

「祐一くん、聞いてる!」

「はっ、はい! 聞いてます!」

 

 とほほほほ……。

 

 

 長森さんの説教は、それから2時間続いた。

 

 

 

 

 

<つづく>

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