阿鼻叫喚。

 

 皆さんは、そんな状態に置かれた経験はあるだろうか。

 

 これは俺こと相沢祐一が、正に阿鼻叫喚の地獄絵図的な状況に置かれた時の記録である。

 俺は声を高らかにして言いたい。

 

『酒は飲んでも呑まれるな』

 

 と。

 

 

 

「ゆーいちー、おしゃくしなさいよー」

 

 

 

 


家族

−お酒は二十歳になってから!−

1杯目

2001/06/03 久慈光樹


 

 

 

 それは、何の変哲もないある休日のお話。

 

「隣の奥さまから、いただいたのよ」

 

 昼ご飯を食べた後、そう言って秋子さんが取り出したのは……。

 

「うわぁ、チョコレートだぁ♪」

「どうどう」

「うー、祐一、わたし馬さんじゃないよ」

 

 夏休みも終わり、憂鬱な学校生活が始まって最初の休日。

 俺も名雪も真琴も、今日は休みだった。

 

「ちょこれーとー!」

「ええい、叫ぶな真琴。だいたい今さっき飯食ったばかりじゃねーか、よく入るな」

「なによぅ、祐一はいらないの」

「いや、食うんだけどな」

「女の子は甘い物は入るところが違うの、ねー真琴」

「うんうん、そうだよねーおねぇちゃん。祐一はおんなごごろがわかってないのよ」

「うんうん、祐一は朴念仁だから」

 

 まったく。この二人は普段から仲がいいが、こういうときの連携といったらもう本当の姉妹も真っ青って感じだよな。

 なんだか、ちょっと嬉しくなった。

 

「ちょっとー、なにニヤニヤしてんのよぅ」

「うっ、うるせーぞ、別にニヤニヤなんてしてねぇ!」

「うそだー、ニヤニヤしてたよね、おねえちゃん」

「うん、祐一、なんか嬉しそうな顔してたよ」

 

 むむ、名雪にまで言われてしまった。

 見ると秋子さんもそんな俺をにこにこしながら見ている。

 俺はなんとなく照れくさくなって、緊急避難することにした。

 

「あーっと、俺ちょっとトイレ」

「おかーさん、チョコ食べていい?」

「あ、わたしもわたしも」

「はいはい、どうぞ」

 

 なんて声を背中に聞きながら、行きたくもないトイレに立つ俺。

 

 

 ああ、思えば。

 このとき、席を立ちさえしなければ、悲劇を回避する事ができたのに。

 

 

 

 

 

 

「うふふふふ、ゆういち、おかえりー」

「あうーっ!」

 

 戻ってきてみると、なんか二人の様子がおかしい。

 名雪はなんか妙に潤んだ目をして、顔を紅潮させている。真琴のやつも同じく真っ赤な顔をして、無意味に雄叫びをあげている始末。

 不信に思い、唯一普段と変わりがないように見える秋子さんに、聞いてみた。

 

「秋子さん、こいつら、どうしたんですか?」

「うふふ、さあ? そんなことより祐一さんも食べませんか?」

 

 そういって先ほどのチョコレートが入った箱を渡される。

 一口サイズのそのチョコは、結構な数が入っていたみたいだったが、もうほとんど残っていなかった。

 

「はあ、それじゃあいただきます」

 

 ぱくり

 

 んっ?!

 

「あ、秋子さん、これ、ウイスキーボンボンじゃないですか!」

「あら、そうみたいね」

「そうみたいね、じゃなくて……」

 

 真琴と名雪の様子がおかしいのは、このためか。

 これだけ食えば、酒に弱いやつだったら酔っぱらってしまってもおかしくない。

 事実、二人は見事に出来上がっていた。

 

「うふふふふふ、ゆーいちー♪」

 

 ぴと

 

「うわっ、よせ名雪、くっつくな!」

 

 背中から抱き着いてくる名雪。

 くっ、なんか背中にやわらかい感触がっ!

 

「あぅーっ、おねーちゃんずるいー、真琴も真琴もー」

 

 ぴと

 

「こ、こらっ、離れろ真琴!」

 

 すっぽりと俺の腕に収まるように抱きついてくる真琴。

 真琴、お前もだいぶ大きくなったな……。

 

「あらあら」

「秋子さん、止めてくださいよ! ……ってあんたは何を飲んでるんですかぁー!」

「え? ワインですけど何か?」

「何か? じゃないですよ!」

 

 普段と様子が変わり無いから油断した。

 秋子さんも実は酔ってるんじゃないだろうか?

 

「あー、いいなお母さん。わたしにも飲ませて」

「真琴も真琴もー」

「いいわよ、はい、グラス」

「わーい♪」

 

 酔ってる、絶対に秋子さんも酔ってる!

 

 

 

 一時間後。

 

「あぅーっ! あぅーっ!」

「あははははは♪」

「あらあら」

「とほほほほ」

 

 俺って実は酒強かったんだな、知らなかったよ。

 あの後、ヤケになった俺は秋子さんがどこからとも無く持ってきてくれたワインと日本酒を飲みまくった。

 だが結果として出来上がっているのは名雪と真琴であり、俺は全然酔ってない。

 唯一まともに見える秋子さんだが、絶対にこの人も酔ってる。つうか秋子さんの飲むペース、半端じゃないんですけど……。

 

 なにやってるかなぁ、俺たち。まだ昼間なのに。

 

「うー、暑いよー」

「名雪、お前なに言ってんだ、エアコン効いてるから全然暑くないじゃねえか」

「暑いよー」

「だから、暑くねえって」

「うー、脱いじゃえ♪」

「うわーっ! よせ、名雪!」

「あはははは♪」

 

 ぐはっ! なんか嬉しいぞ!

 

「まだ暑いよー」

「うわわわ、そ、それ以上はやめろ!」

「うー、何で?」

「何でもだ! 俺の立場も考えろ!」

「祐一の勃ち場?」

「やかましいっ!」

「うー」

 

 下着姿になって、床にぺたんとしりもちをつく名雪。

 くっ、目の毒だ……。

 

「秋子さん、娘に何か言ってやってください!」

「了承」

「いやだから了承じゃなく……」

「ゆーいちー、ゆーいちー」

「ど、どうしたんだ真琴、いきなり泣き出して」

「うううっ、ゆーいちのばかぁ」

「な、なんだどうしたんだ、落ち着いて話してみろ」

「こないだ真琴が買ってもらったアイス、どーして食べちゃったのよー」

 

 なんですと?

 

「楽しみにしてたのにぃ、ゆーいちのばかぁ」

 

 こいつ…… もしかして泣き上戸か?

 

「うううっ、しくしくしく」

「真琴、泣いちゃダメ。女の子の涙は宝石なのよ」

「うわーん、おかーさーん」

「よしよし、かわいそうね」

 

 ……。

 ああ、今日も空が高いな。

 

 るるー、とココロで泣きつつ窓から空を見上げる俺。

 なんかもうどうでもよくなってきたよ。

 と、そこに。

 

 ピンポーン

 

 チャイムの音。

 

「あらあら、お客様みたい」

 

 しっかりとした足取りで玄関に向かう秋子さん。

 本当に酔っているのか、その姿からはさっぱり判断がつかない。

 

「祐一♪」

 

 ふにょん

 

「うおぁ! な、名雪、頼むからその格好で抱きつくのはヤメロ!」

「えへへへ、ゆーいちー、ごろごろ」

「だからやめろって…… うわっ、お前、ブラずれてるっ!」

 

 どさり

 

 なにかが落ちる音。

 そちらに顔を向ける俺。

 手に持った包みを床に落とし、立ち尽くす栞。

 目が合う。

 

「ゆゆゆゆ祐一さん、ふふふふ不潔です!」

「ぐはっ、栞、なぜそこに」

「相沢くん、あなた……」

「香里まで!」

 

 涙目になってキッとこちらを睨み付ける栞、氷点下の視線を投げてくる香里。さっきのチャイムはどうやらこの二人だったらしい。

 いくら友人とはいえ、こんな状態になってる家に上げないでよ、秋子さん。

 

「うにゃーん、ゆーいちー♪」

「は、離れろ名雪! ってブラずれてるっつってんだろ!」

「……」(ゴゴゴ……)

 

「ごろごろごろ」

「身体を擦り付けるな! ネコかお前は!」

「……」(ゴゴゴゴゴゴ……!)

 

「えへへ、ネコさんだよー、ごろごろ」

「うわっ、当たってる、当たってるって!」

 

「祐一さん! もう絶交ですっ!!」

「ま、待て栞、これにはわけが……」

「知りません! お姉ちゃん、帰ろ」

「そうね、どうもお邪魔みたいだし」

「誤解だぁ!」

 

 ドスドスと足音を立てて出て行く栞。

 その後についていく香里だったが、部屋を出る前にくるりと振り返り、俺に向かって言った。

 

「栞を悲しませたわね」

「だ、だからこれにはわけが」

「問答無用」

 

 そして急に爽やかな笑顔になって一言。

 

「月曜日、折檻ね」

「ぐはっ!」

 

 

 

 

 

 それからまたしばらくして。

 

 ピンポーン

 

「あら、またお客様みたいね」

 

 またしてもしっかりとした足取りで玄関に向かう秋子さん。

 あの人、一番飲んでいるような気がするんだが……。

 

「ゆぅいちぃ」

「おい真琴、お前まだ泣いてんのかよ」

「ううっ、うるさいわねぇ、真琴の勝手でしょう。しくしく」

「たかがアイス食ったくらいで泣くなよなぁ」

 

 酔っぱらいになに言っても無駄だとは知りつつも、言わずにはいられない。

 

「ちがうわよぅ、そんなことじゃないわよぉ」

「じゃあなんだよ」

「ゆーいちはどうしてそんなに浮気者なのよぅ」

 

 ぶっ!

 

「な、なにを言ってんだお前は!」

「ううっ、しくしく。真琴と名雪おねーちゃんという者がありながら…… しくしく」

「ちょっと待て、俺は……」

「ゆーいちのうわきものぉ」

 

 人の話なんざ聞いちゃいねぇし。

 

「だから俺がいつ……」

「ゆーいちのケダモノぉ。しくしく」

 

 どさり

 

 なにかが落ちる音。

 そちらに顔を向ける俺。

 手に持った本を床に落とし、立ち尽くす天野。

 目が合う。

 

「相沢さん、あなたという人は……」

「ち、ちょっと待て、これは違うんだ!」

 

 どうやら先ほどのチャイムは天野っちだったらしい。

 動揺する俺には目もくれず、床に座り込んで泣く真琴に駆け寄る天野。

 

「真琴、どうしたの? 何があったの?」

「うっ、うっ、みしお、ゆーいちが、ゆーいちがぁ……」

 

 誤解を招くような態度を取るなぁ!

 

「あ、天野っち?」

「相沢さん!」

「は、はい!」

「今日という今日は堪忍袋の緒が切れました」

「そんな古めかしい表現を……」

「相沢さん!」

「はっ、はい!」

「だいたいあなたはいつもいつも、名雪さんをからかったり、真琴をいじめたり、女の子とばかり話をしたり、人をヘンな名前で呼んでみたり……」

「あ、天野さん、なんかちょっと私怨入ってません?」

「相沢さん!」

「はっ、はいぃ!」

 

 こ、怖いぞ、天野。

 何が悲しゅうて歳下の女の子に怒られにゃならんのか……。

 

「みしおー、ゆーいちを怒らないで」

「真琴……」

「真琴が、真琴が悪いの。ぜんぶ真琴のせいなの」

「あなたって子は、そこまで……」

 

 ……おーい。

 

「わかりました、もう私はなにも言いません」

「うっ、うっ、ごめん、ごめんねみしお……」

「いいのよ真琴、私たち親友でしょう?」

「ううっ、みしおーっ!」

 

 ……もしもーし。

 

「相沢さんっ!」

「は、はい!」

「今日のところは真琴に免じて不問とします」

「不問って……」

「今度真琴を泣かせたら、許しませんからね」

「いや、だから……」

「お返事は!」

「はっ、はいぃ!」

 

 俺の返事に、天野は満足そうに頷くとそのまま部屋を出ていった。

 どうやら真琴に本を貸してやるために来たらしい。

 

 

 

「うっ、うっ、真琴はゆーいちがどんなにロクデナシでもついていくからね」

「この酔っぱらいがぁ!」

 

 

 

 

<つづく>

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