「これよぅー!」

 

びっくぅ!

 

 突然の背後からの大声に思わず飛び上がる美汐。

 宿題をする手を休めて、叫び声を発した当人に問いかける。

 

「どうしたんですか、真琴」

 

 美汐が振り向くと、そこには仁王立ちになった真琴。

 自分が宿題をする間、遊びに来た真琴は座りこんでマンガを読んでいたはずなのだが……。

 

「美汐! これよ、これなのよぅ!」

「落ち着いて、真琴」

「あぅーっ!」

 

 ぶんぶんと両手を振り上げて気合(?)の雄叫びを上げる真琴。何やら興奮している。

 その手にあるのは『花と梅』、さっきまで読んでいた少女マンガ雑誌だ。どうやらなにかしらこの本に影響されたらしい。

 

「真琴たちの生活には、何か足りないものがあると前々から思っていたのよぅ!」

「た、足りないもの?」

 

 若干顔を引きつらせつつも、お約束の質問をする美汐。流石は親友である。

 

「そう、それは……!」

「それは?」

 

 

「真琴たちには、“らぶらぶ”が足りないのよぅ!」

 

 

 

 


かぞくがいでん

真琴のらぶらぶ大作戦!

‐その1‐

2001/02/23
“らぶらぶ”が足りてない久慈光樹


 

 

 

「ら、らぶ?」

「そう、らぶらぶ!」

 

 どこか途方に暮れたような美汐を意に介さず、真琴は続ける。

 

「大体おかしい! 毎回毎回“どたばた”はあるけれど“らぶらぶ”な要素がこれっぽっちもないじゃないのよぅ!」

「真琴、落ち着いて」

 

 それからしばらく「真琴の出番が少ない!」「私なんて初めての登場です」だの「お姉ちゃんばっかり!」「確かに名雪さんの出番は多いです」などと言い合う2人。

 そして高らかに宣言するように、真琴。

 

「今日こそは真琴も“らぶらぶ”全開でいくのよぅ! 名付けて『らぶらぶ大作戦!』」

 

 そんな真琴にやや唖然とした美汐だったが、やがてくすくすと笑い始めた。

 

「あぅー、なにがおかしいのよぅ」

「くすくす、ごめんなさい、真琴」

「あぅーっ」

「で、真琴は誰と“らぶらぶ”したいのですか?」

 

 ちょっぴり悪戯っぽく問う美汐。

 一瞬何を問われたのか分からず、ぽかんと口を開いていた真琴だったが、やがて理解したのか、一瞬で湯気が出そうなくらい真っ赤になってしまう。

 

「あ、あぅ……」

「うふふ、誰とですか、真琴?」

「あ、あぅ、ゆ、ゆういち……」

 

 蚊の鳴くような声で、胸の前で組んだ指をもじもじと動かしながら、そう答える。

 美汐に対してはとことんウソのつけない真琴であった。

 

「と、とにかく、そういうわけだから美汐も協力してよね」

「協力といわれても……」

 

 美汐だってこと恋愛に関しては経験豊富というわけではない。いやむしろ経験など皆無と言っていい。

 真琴の微笑ましい計画に協力してやりたいのはやまやまなのだが……。

 

「えーと、私なんかじゃなく、名雪さんあたりに相談するのがいいのでは?」

「うー、お姉ちゃんにはないしょ!」

 

 普段は大好きな姉も、こと祐一に関しては強力なライバルということなのだろう。

 『困りましたねぇ』などと考えながら、ふと気付いて聞いてみる。

 

「そういえば真琴、バレンタインはどうしたんですか?」

「あぅ? ばれんたいん?」

「……この間の14日です」

「あー、あの日はなんだか知らないけど祐一がいっぱいチョコ持ってたから、全部真琴が食べた」

「……虫歯にならないようにね」

 

 相沢祐一はああ見えて女性から人気がある。きっと沢山の女性からチョコレートをもらった事だろう。

 美汐は真琴の精神衛生上、バレンタインに関しては黙っておく事にした。来年改めて教えてあげよう、とそう思いながら。

 

「だいじょうぶ! 真琴と美汐がその気になれば、祐一なんてイチコロよぅ!」

 

 真琴がそう宣言し、美汐がちょっぴり困ってしまったとき、チャイムの音が聞こえてきた。

 

「あら、誰でしょうか」

 

 共働きである美汐の両親が仕事から帰宅するにはまだ少し早い時間帯である。

 だが2月も終わりに近づき、だんだん日が長くなってきたとはいえあたりはもう薄暗くなり始めていた。

 

「おう、真琴、そろそろ帰るぞ」

「相沢さんでしたか」

 

 玄関先に立っていたのは祐一だった。

 

「真琴のお迎えですか?」

「ああ。まったくなんで俺がいちいち送り迎えしなくちゃいけないんだ」

「ふふふ、今呼んで来ますね」

 

 そう言って呼びに行こうとしたとき、丁度2階の部屋から真琴が降りてきたところだった。祐一の声を聞きつけたのだろう。

 祐一の声だけは遠くにいても聞き逃さない真琴である。

 

「あれー、どうしたの祐一」

「どうしたの、じゃねぇぞ。迎えに来いって言ったのはお前だろうが」

「あぅー、そうだった」

「ほれ、早く帰るぞ。秋子さんが夕飯作ってくれてあるから」

「はーい」

 

 そそくさと靴をはき終えた真琴は、美汐にだけ聞こえるようにこっそりと囁く。

 

「じゃあ美汐、例の計画にについては、こんど作戦かいぎを開くからね」

「本当にやるんですか?」

「当たり前よぅ」

 

 ちょっぴり困った顔の美汐に念を押すように真琴。

 

「なんだよ、ないしょ話か?」

「ゆ、祐一には関係ないの!」

「いいじゃないか、俺にも教えてくれよ」

「いいの!」

 

 真琴に聞いてもダメだと悟った祐一が、美汐に声をかける。

 

「気になるじゃないか、教えてくれよ、天野っち」

 

ビシッ

 

 天野っち?

 

 硬直する美汐。

 

「……相沢さん、変な名前で呼ばないで下さい」

「あん? まぁ天野はおばさんくさいからな、せめて呼び名だけでもかわいくないと。なぁ、天野っち?」

「やめて下さい」

「うん、我ながらなかなか気に入った、これからは天野っちと呼ぼう」

「やめて下さい」

「いいじゃないか、天野っち」

「やめて下さい」

「まぁ気にするな、天野っち」

「やめて下さい」

「天野っちにも承諾を得たし、そろそろ帰るか、真琴」

 

ぷちっ

 

「……ふ、ふふふふふふふふふふ」

 

 地の底から這い上がるような含み笑いに、思わず“ずざざっ”と後ずさる祐一と真琴。

 ちなみに美汐は俯いているため、目に前髪がかかって影になっており、非常にブキミである。

 

「み、美汐?」

「ふふふふふふふふ、真琴」

「な、なに?」

 

 恐る恐る問い返す真琴、完全に腰が引けている。

 

「例の計画、全面的にご協力します」

「そ、そう? よ、よかった」

「ええ、ご協力しますよ、それはもう全面的にね。ふふふふふふふふふふ」

 

 

 このような経緯により、真琴とちょっと目的を見失った美汐によって、『らぶらぶ大作戦』が発動されるに至ったのである。

 

 

 

<つづく>

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