家族

Another Story

−姉妹−

1999/10/09 久慈光樹


 

 

 

 学校からの帰り道。

 夕暮れに染まる川沿いの道を、祐一と名雪は歩いていた。

 もう後何日かで月が変わる。

 来月からは暦の上では春だ。

 

「あいつがいなくなってからもう、一ヶ月になるのか」

 

   あいつがいなくなってからもういっかげつになるのか

 

 ゆっくりと。

 名雪の頭の中で祐一の声が意味を持つ言葉として認識されていく。

 

 

    あいつがいなくなってから……

 

 

 名雪は視線を足元に落としながら呟くように答える。

 

「……そう…だね」

 

 その少女に対する名雪の最初の印象は、正直言ってあまり良いものではなかった。

 祐一に対してはぽんぽんと言いたいことを言い、やりたいことをやっていたように見えたが、名雪や秋子に対してはどこか一線を引いてそこから先には踏み込まず、また踏み込ませないような態度をとっていたからだ。

 

 まるで人のぬくもりを避けているように。

 

 だが、最初のそんな印象も一緒に暮らすにつれ、だんだんと変化していった。

 

 

 朝 4人で食べる朝食、ほとんど眠っていたような状況だったけどにぎやかでとても楽しかった。

 昼 祐一があの子にバイトさせると言い出し、授業中もそのことが気になってしまって授業に集中できなかった。

 夜 毎晩祐一の部屋で巻き起こされる騒動に、わたしもお母さんも驚かされた。

 

 

 にぎやかで、騒がしくて、でもとても暖かかった日々。

 一人っ子だった名雪にとって、あの元気で意地っ張りな娘はいつしか妹のような存在になっていった。

 

 

 でも……

 

 あの子は……

 

 真琴は……

 

「まったく、もう冬も終りに近づいたってのに、あいつまだ帰ってこない気かねぇ」

 

 下校する友人達に「おう」とか「またな」などとおざなりな挨拶を返しながら、祐一はやれやれといった調子で名雪に話し掛ける。

 

 祐一……。

 祐一は今でもあの子が帰ってくると信じてる。

 あの子が消えてしまった日から祐一は一度も涙を見せていない。

 真琴が消えた次の日、祐一は学校を休んだ。

 その日の朝に見た祐一の瞳が今でも忘れられない。

 酷く悲しげで。

 そして何かに脅えるような瞳。

 だけど、わたしが学校から帰ってくると、そこにいたのはいつもの祐一だった。

 

 『よう、お帰り』

 

 そういっていつも通りの笑みを浮かべていた。

 

「ねえ、祐一……」

「ん?どうした」

「真琴、帰ってくるよね」

「……」

「……」

「当たり前だ。まったく、いつもみんなに心配かけやがって、帰ってきたらたっぷりお仕置きしてやる」

「……」

「……」

「ねえ、祐一……」

「今度は何だ?」

「祐一は……強いね」

「……」

「わたしは……わたしは……だめだね……」

「……」

「……もし、もし真琴がこのまま……このまま帰ってこなかったら……そう思うと……わたし……わたし……」

 

 わたしはだめだ。

 一番つらいのは祐一なのに。

 その祐一が、真琴は帰ってくるって信じてるのに。

 わたしは……。

 

「なあ、名雪」

 

 うつむいたまま立ち止まってしまった名雪より数歩先に進んだところで同じように立ち止まり、祐一は背を向けたままゆっくりと話し始めた。

 

「……」

「俺な、あいつと約束したんだ」

「……」

「帰ってきたら、あるものを買ってやるってな」

「……ある……もの?」

「ああ、ウエディ…………ゲフ、ゲフフン! いや、それは秘密だ」

 

 そうごまかす祐一の顔は、うっすらと赤く染まっている。

 

「秘密だけど、きっとあいつは約束守るために帰ってくるさ」

「祐一……」

「だから、信じてやろうぜ。だいたい久しぶりに家に帰ってきて、家族が悲しい顔をしてたら気分が悪いだろ?」

 

 祐一……

 うん…… そうだね。

 そうだよね。

 私達は……私達は、家族なんだもんね!

 

「そうだね! 真琴が帰ってきたら、みんなで……わたしと、祐一と、お母さんと、そして真琴でお祝いしないとね!」

「お前な、家出娘が家に帰ってきてお祝いする家がどこにあるんだよ」

「いいの! お祝いするの!」

「はぁ、わかったわかった」

「真琴が帰ってきたら、あの子が好きだった食べ物一杯作るね」

「ああ」

「真琴が帰ってきたら、いつでも入れるようにお風呂たいておくね」

「ああ」

「真琴が帰ってきたら、いつでも使えるようにお部屋毎日掃除するね」

「ああ」

「真琴が帰ってきたら、またみんなで楽しく暮らそうね」

「ああ」

 

「……真琴…… 帰って…… くるよね?」

「ああ、当たり前だ!」

「うん!」

 

 

真琴

早く帰っておいで

 

祐一のところに

お母さんのところに

そして私の……

 

お姉ちゃんのところに

 

だってあなたは……

 

真琴は私達の大切な

大切な家族なんだから!

 

 

 

<FIN>