「血は水よりも濃い」ということわざがある

 

「血の繋がった家族」という言い方をする

 

 

 親子

 

 姉妹

 

 兄弟

 

全て血の繋がった者に対して使われる言葉だ

 

 

 血

 

 血の繋がり

 

 果たしてそれは重要なことなのだろうか

 

 血の繋がらない家族は、血の繋がった家族よりも劣るのだろうか

 

 

血の繋がりが無ければ

 

家族とは呼べないのだろうか

 

 

 

 

 


家族

1999/10/07 初版
1999/12/21 改訂

 久慈光樹


 

 

「起きなさいよぅ!」

 

 ……なんか遠いところで声がする。

 

「あぅーっ、起きないよぅ。祐一遅刻しちゃうよぅ」

 

 聞きなれた舌っ足らずな声。

 

 ああ、また真琴がなんか騒いでやがるな。まったく、いつもながら騒がしい奴だ。

 

 大体、いつも俺の部屋に入るときにはノックするように、と口を酸っぱくして言っているにも関らず、一度たりとも実行したことが無い。

 いつも「祐一ぃー、いっしょにマンガよもー」とか何とか言いながら、ずかずかと乗り込んできやがるのだ。

 

 俺がまだ8割方寝ている頭でぼんやりと考えていると、先ほどの真琴の言葉がふと頭をかすめた。

 

 

 

遅刻しちゃうよぅ

 

 

 

遅刻?

 

 

 がばぁ!

 

「あ、起きた」

「真琴! 今何時だ!?」

「え? うん8時20分」

「なにぃ!! しまったぁ! 寝坊したぁぁ!!」

 

 くっ、今からじゃあ100m3秒台で走らないと間に合わんぞ。

 

「制服制服…… と、そう言えば秋子さんはどうしたんだ?」

 

 俺は大急ぎで制服を用意しながら真琴に聞いてみる。

 いくらマイペースの秋子さんとはいえ、さすがに寝坊しそうになると起こしに来てくれるのだが。

 

「おかーさんはお仕事で今週一杯帰らないって昨日言ってたじゃないのよぅ!」

 

 ぐぁ、そうだった。今日から秋子さんは出張だったんだ。(いまだに何の仕事をしているのかは知らない)

 

「じゃあ名雪は…… って聞くまでもないか」

「うん、名雪おねーちゃんまだ寝てる」

 

 真琴はこの春から正式に水瀬家の養子になった。

 だから今ではこいつは水瀬真琴だ。

 秋子さんと名雪のことを、お母さん、お姉さんと呼ぶようになったのも春からだった。

 もっとも真琴が言うと「おかーさん」「おねーちゃん」なのだが。(俺のことは「おにーちゃん」と呼ぶように、と言ってみたら殴られた)

 

 初めのうちこそぎこちなかった家族としての関係も、あれから3ヶ月が経ち、短い夏を迎えた今ではすっかり自然になっていた。

 もう誰が見ても俺達は本当に仲のよい家族に見えることだろう。

 

「よし、大至急着替えるからお前はねぼすけのねーちゃんを起こしてきてくれ」

「うん!」

 

 満面の笑みを返して部屋を飛び出していく真琴をみて、俺は胸の奥からなにか暖かいものが満ちてくるのを感じていた。

 

 

「うー、お腹すいたよお。」

 

 俺は高校までダッシュしながら隣を走る名雪の情けない声を聞いていた。

 このペースなら何とか間に合うかも知れない。 ……2時間目に。

 

「仕方が無いだろ。大体お前がちゃんと起きてれば1時間目は丸々欠席しなくてすんだんだ」

「あーひどい! 祐一だって寝坊したくせに」

「まったく驚いたよ、真琴が起こしにいってもちっとも起きてこないから様子を見に行ってみれば、あんなことになってるんだからな」

 

 あの後、一向に起きてこない名雪の様子を見に行ったところ、名雪は寝ぼけて真琴をベットに引きずり込んでいた。

 

「あぅーっ! 祐一助けてー」

 

じたばたじたばた

 

「けろぴー、いっしょにねよー」

 

じたばたじたばた

 

「あぅーっ、名雪おねーちゃん起きてよぅ」

 

じたばたじたばた

 

「けろぴーあばれちゃだめだおー」

 

じたばたじたばた

 

「あぅーっ、真琴けろぴーじゃないよぅ!」

 

じたばたじたばた

 

「けろぴー」

 

じたばたじたばた

 

「あぅーっ」

 

じたばたじたばた

 

「けろぴー」

 

じたばたじたばた

 

「あぅーっ」

 

じたばたじたばた

 

 

ガチャ。

 

「あぅーっ、祐一ぃー。無言で部屋から出ていかないでよぅ!」

「いや、なんか急に頭痛くなってきた。名雪のことは真琴に任せる。俺、学校行くわ」

「はくじょーものー」

 

 

 そんなこんなで、結局俺と名雪が家を出たのは9時近くだった……

 真琴は春からまた保育所の手伝いに行っていたが、今日は休みとの事で家で留守番だ。

 

 

「あ、あれはほんのちょっと寝ぼけてたから……」

「なあ名雪、やっぱり女の子同士は不健全だと思うぞ」

「わっ、わっ、なに言ってるの、祐一のエッチ!」

「はっはっは男は誰しもエッチな生き物なのだ」

「そうだね、祐一を見てるとよく分かるよ」

「はっはっは、そんなに誉めないでくれよ」

 

「誉められてないと思うんだけど……」

 

 うおっ!香里、いつの間に。

 

 気がつくと教室に到着していた。ちょうど1時間目が終わったようだ。

 

「おはよう、相沢君、名雪。重役出勤とはいいご身分ね」

「おはよう、香里。朝ご飯食べてないからおなかすいちゃった」

「2時間目の先生は出席厳しいから間に合ってよかったわね」

「うん、早くお昼休みにならないかな」

「でも1時間目の古文、宿題出されたわよ。後で教えるわね」

「やっぱり学食といえばAランチだよね」

 

「なんか微妙に会話がかみ合っていない気がするんだが」

 

 北川が後ろの席から俺に話し掛けてきた。

 

「気にするな、本人たちには分かっているようだから」

「そうなのか?」

 

 そんなことを話している間に2時間目が始まった。

 

 授業中、ふと隣に座る名雪に目を向けると……

 

「くー」

 

 寝てやがるし。

 人が退屈な授業を我慢して聞いているというのに、いい度胸だ。

 

「うにゅ〜、もう食べられないおー」

 

 なんか寝言まで言ってやがるし。

 何か食っている夢らしい。まったく名雪らしい夢だ。

 それならば……

 

「イチゴジャム、イチゴジャム、イチゴジャム……」

「うにゅーー、いちごじゃむおいしい……」

 

 ぷっ、単純なやつ。

 ああ、なんかもうよだれが大変なことに……

 ……

 ニヤリ

 

「謎ジャム、謎ジャム、謎ジャム……」

「うーん、うーん…… いやぁぁぁ!」

 

 うわはははっ!

 名雪はぶんぶんと頭を振り、涙を流してうなされている。

 

キーンコーンカーンコーン……

 

 ぐぁ!

 名雪をからかって遊んでいたら授業が終わってしまった……

 ノートとってねぇぞ……

 

 

 というわけで放課後だ。

 

「あ、祐一。私今日部活があるんだよ」

「なんだ、3年生はもう引退したんじゃないのか?」

「うん、そうなんだけど、今日はミーティングがあるから前部長の私も出なきゃいけないんだよ」

「晩飯はどうするんだよ」

「そんなに遅くならないから私が作るね」

「そうか。ならばよし」

「だから祐一、晩御飯のおかずを買ってきてね。はい、お金」

 

 秋子さんから預かった一週間分の生活費は、全て名雪が管理しているのだ。

 

「すまん名雪、今日は用事があるんだ」

「どんな?」

「マスメディアが大衆に与える影響力の実地調査」

「それは家に帰ってテレビを見るってこと?」

「そうとも言う」

「……今日から一週間祐一の晩御飯きむち。

 おかずもきむち。

 お味噌汁はきむちの絞り汁」

 

「お買物、行かせていただきます」

「うん、おねがい」

「で、何を買ってくればいいんだ?」

「今日はハンバーグにしようと思ってるから、ひき肉を買ってきて。あと大根としその葉」

「和風ハンバーグか。わかった、それより部活の時間いいのか?」

「あ、いけない。それじゃおねがいね」

 

 そう言うと名雪は素早く(いつもと比べればだが)鞄に教科書を詰めこむと部活へと向かった

 

「しかたない、商店街に寄っていくか」

 

 

 校門までくると、見知った顔があった。

 そいつは下校する生徒達を避けるように校門の隅っこに立っていた。

 

 真琴だ。

 友人とおしゃべりしながら家路へつく生徒たちをぼんやりと眺めている。

 心細げに、でも少しうらやましそうに。

 

 そんな姿が半年前の、あの冬の真琴に重なって見えた。

 

 プリント機で仲良く写真を撮っている女生徒たちを、遠くから眺めているだけだった真琴。

 誰も居なくなったプリント機で、まるで存在を確かめるかのように一人で自分を撮していた真琴。

 誰よりも人のぬくもりを求めているくせに、強がって、興味が無いふりを続けていた真琴。

 

 そんなあの頃の真琴に。

 

 

 自分でも気づかないうちに俺は走り出していた。

 

「真琴!」

 

「あっ、祐一!」

 

 こちらに気付いた真琴が、自分に向かって走ってくる俺を見ている。

 今までの心細げな印象など吹き飛ばしてしまうような笑顔で。

 

 でも俺が側にたどり着く頃には、持ち前の天邪鬼ぶりをみせていかにも興味が無いふりをしてそっぽを向いてしまう。

 こんなところは今でも変わっていない、あの頃の真琴のままだ。

 

「どうしたんだ? 家に一人でいて寂しくなったのか?」

「そ、そんなわけないじゃない! ただ…… その…… そ、そう! お散歩! お散歩してただけよぅ!」

「そうかそうか、俺が恋しくなって学校まで迎えに来たのか。お前もかわいいとこあるじゃないか」

「なっ、なっ、そ、そんなことあるわけ、な、わ、ないじゃないのわよぅ!!」

「お前言葉遣い変になってるぞ」

「大きなお世話よぅ!!」

 

 怒ったようにそっぽを向いてしまう。

 耳まで真っ赤になって否定してもまったく説得力がないぞ。

 

「冗談だって」

 

 笑いながら頭をなでてやる。

 

「あぅ、真琴子供じゃないんだからやめてよぅ」

「わかったわかった。帰りに何かおごってやるから機嫌直せよ」

「肉まん」

「この夏の盛りに肉まんなんぞ売ってるか!」

「あぅ……」

「まあどっちにしろ、晩飯のおかずを買いに行かなくちゃならないからな、商店街に行こうぜ」

「ど、どうして祐一と一緒に行かなくちゃならないのよぅ!」

「お前、そんな事言ってるとこれから一週間毎晩きむちを食べることになるぞ」

「あぅー…… 真琴辛いもの嫌い……」

「じゃあ行こうぜ、俺は真琴と行きたいんだ」

「うん!」

 

 

「おっかいもの〜♪ おっかいもの〜♪ 祐一と一緒におっかいもの〜♪」

「……なんだその歌は?」

「え? お買い物の歌」

「そうか……」

 

 真琴のやつ、意地張ってたくせにいざ買い物に行くことになったら随分と嬉しそうにはしゃいでいる。

 まったく、素直じゃないやつだ。

 俺は真琴の笑顔を見ながら苦笑する。

 ま、素直じゃないのはお互いさまか……。

 

 

 

 

 

「ただいまぁ!」

「だだいま!」

 

 真琴と2人で元気よく帰宅のあいさつ。

 

「おかえりなさーい」

 

 二人を迎えるのはエプロン姿の名雪だ。

 

「おっ、もう帰ってたのか」

「二人とも遅いよ、どうして買い物してくるだけなのにこんな時間なの!」

 

 夕飯の用意をしていたらしい名雪が、ふくれっつらで俺達をにらんでいる。

 ちなみにもう7時をまわっており、いくら日の長い夏とはいえそろそろあたりも薄暗くなってきている。

 

「あぅ、怒られちゃった……」

「怒られちゃったな」

 

「ゆ、祐一のせいよぅ!」

「なんで俺のせいなんだ? 真琴が「肉まん食べたい!」って駄々こねるからだろうが」

「あう……」

「だいたい、こんな時期に肉まんなんぞ売ってる店があるか、散々探し回ってこんな時間になっちゃったんじゃないか」

「そうだけど…… ゴメンね名雪おねーちゃん」

 

 真琴がすまなそうな上目遣いで名雪を見る。

 本人にもどうやら自分のせいだという自覚が多少はあったみたいだ。

 名雪はそんな真琴をみて、しょうがないなぁ、って笑顔を浮かべた。

 

「うん、じゃあ早速ご飯にするね」

 

 そう言って俺から買物した食材を受け取ると、キッチンへと歩いていく名雪。

 

「あ、真琴も手伝う!」

「ありがとう、真琴。じゃあ一緒に作りましょ」

「うん!」

「お、えらいぞ真琴」

「祐一も手伝いなさいよぅ」

「そうだな、みんなでやるか」

 

 といっても俺は皿を並べるくらいしかできないけどな。まあ真琴も似たようなもんか。

 俺達が手伝ってもかえって時間がかかっちゃうかもな。

 

「みんなでお料理したほうが楽しいよ」

 

 それでも名雪は嬉しそうに笑顔だった。

 

 

「あぅーっ」

「真琴、もう泣くなよ。いくらお前のせいで料理が台無しになったからって気にすることはないぞ」

「ちょっとぉ! いつ私が料理を台無しにしたのよぅ!」

「をや? だから泣いてるんじゃないのか?」

「タマネギ切ってただけよぅ!」

 

 時折真琴をからかいながら、3人でする夕食の支度。

 

「あっ真琴、包丁を使うときは親指を手の内側に曲げてないと危ないよ」

「うん、わかった」

 

 危なっかしく包丁を使う真琴、そんな真琴をを暖かく、そしてちょっぴり不安そうに見ながらスープの味を整える名雪。

 

「名雪、ハンバーグ盛るのこの皿でいいか?」

 

 そして料理に使う皿を並べながら、本当の姉妹のような2人を見守る俺。

 

 秋子さんはここにはいないけれど、間違い無く今の俺達は家族だった。

 

 

 俺と名雪が従兄妹とはいえ、ここにいる3人には家族と呼べるほどの血のつながりはない。

 世間一般から言えば、俺達3人はまったくの他人といってもいい関係だ。

 

 血の繋がり

 血の繋がりのない家族

 

「それがどうしたよ」

 

 口に出して呟いてみる。

 

 そうだ、それがどうした。

 

 真琴と名雪が浮かべる、そして恐らく俺の顔にも浮かんでいるであろう、本当に安らぎに満ちた笑み。

 血の繋がりだとか、そんなことは関係ない。

 そうさ、こんな幸せな家族、どこ探したっているもんか!

 

 あの冬の日、真琴が心の奥でずっと求めていた家族のぬくもりがここにある。

 

 

 真琴、今幸せか?

 

 心の奥で問い掛けてみる。

 

 これがお前が心の奥でずっと求めていた人のぬくもりなんだな。

 

 心の奥に満ちてきた暖かいものが、雫となって目からあふれそうになる。

 

「あれ、祐一? どうしたのよぅ」

 

 タマネギとの格闘が終わった真琴がこちらに気付いて心配そうに聞いてきた。

 

「いや、お前の切ってたタマネギにやられたんだ」

 

 それを冗談で返しながら、俺はこの幸せがいつまでも続けばいいと心から願っていた。

 

 

 

 

<FIN>