家族

Another Story

−偽り−

<中編>

1999/10/10 久慈光樹


 

 

 祐一は学校では、女生徒に割と人気があった。

 仲の良い友達と一緒にいるときには、明るく子供のように無邪気に騒ぐ、そのくせ一人でぼんやりと窓から空を眺めていることもある。

 そのときの祐一の瞳は空の向こうにあるどこか遠くを見据えているようで、見ている者を引き込むような深い色をたたえている。

 

「おい、相沢」

「ん? なんだ北川か。なんか用か?」

 

 昼休み、北川が声をかけたときにも祐一は教室の窓からぼんやりと空を見上げていた。

 

「お前このあいだの話どうしたんだ?」

「このあいだ?」

「ほら、隣のクラスの女の子に告白されただろ」

「ああ、あれか…… って何でお前が知ってんだよ!」

「ふっふっふ、この俺の情報網を甘く見るなよ。さあ、ネタは上がってんだキリキリ白状しねぇか!」

「お前いつの時代の人間だよ」

 

 ため息と共に“まいった”と両手を挙げる。

 

「丁重にお断りしたよ」

「なにぃ! ほんとかよ。あーもったいねぇなぁ、結構かわいい娘だったのに」

「はっはっはっ、俺は理想が高いんだよ」

「くぅー、この野郎少しばかり女子に人気があると思って。お前のような奴は男の敵だ! こうしてやる」

「うぉぅ! チョーク、チョーク!」

「なーにやってんだか……」

「あ、美坂」

「ほらほら、何馬鹿やってんのよ。相沢君苦しそうじゃないの」

「へーい」

「ふう、助かったぜ香里。この野郎、マジで涅槃に旅立つところだったじゃないか」

「でもさっきの話、私も少し興味あるな」

「へ?」

「だろ? こいつ水瀬さんと同棲してるだけでもうらやましいのに」

「同棲って言うな。同居だ」

「でもどうして断っちゃったの? かわいい娘だったんでしょ?」

「さっきも言ったろ、俺は理想が高いんだ」

「ふーん」

「でも、そんなこと言って実はこころに決めた娘がいるとか?」

「……どうしてそう思うんだ?」

「別に」

 

 肩をすくめる香里。

 

「ただ相沢君始めて会った頃と少し印象が変わったような気がするし」

「……」

 

 印象が変わった?

 俺が?

 

「誰か好きなやついるのか? 相沢」

「……そんなわけ無いだろ」

「あら、案外図星だったりして」

 

 まずい。

 北川はともかく、香里もいつになく追求が厳しい。

 普段は年の割に落ち着いたとこがあるけど、やっぱりこういう話が好きなところは女の子なんだな。

 話を俺から逸らさなくては。

 

「そんなことより、お前達はどうなんだよ」

「「え?」」

 

 動揺してる、動揺してる。

 俺は内心でニヤリとほくそえんだ。

 

「あれ? お前ら付き合ってるんじゃなかったの?」

「「そ、そんなわけ無いだろ!(でしょ!)」」

「何々、何の話?」

「わっ名雪!」

「水瀬さん!」

 

 お手洗いにでも行っていたのだろう。名雪のやつが俺の席の周りで騒ぐ俺たちに話し掛けてきた。

 

「おう、名雪。今な、こいつら二人はつきあ……」

「あ、あ、相沢君! 先生、先生来たわよ! ほらもう昼休み終り! 名雪も席について。ほらほら!」

「お、おう本当だ! せっかくみんなで楽しくおしゃべりしてたのにな、あー残念だ、残念だがこの話はここまでだな。あははは……」

「えー、香里も北川君もヒドイ。わたしにも教えてよー」

 

 名雪は不満そうだったが、二人の言葉通り次の教科の先生が教室に入ってきたため、しぶしぶと自分の席につく。

 まったく、人のことはすぐにからかうくせに反撃にはてんで弱いな。この二人は。

 

 

 やがて授業が始まる。

 だが祐一はまたぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

 印象が変わったような気がする…… か。

 

 

あなたはどうか強くいてください……

 

 

 まことの友人と交わした約束が蘇る。

 そうさ、俺は強く生きている。あの頃から何も変わってなんかいない。

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ている

 

いつも見る夢だ

 

毎晩みる夢

 

真琴

 

もう会えない

 

 

 

……め……

 

 

あいつは消えてしまった

 

 

……め……ろ……

 

 

もう二度と会えないんだ

 

 

…やめ……ろ……

 

 

もう二度と奇跡なんておきないんだ

 

 

やめ……ろ…

 

 

でも違うんだ

 

 

!!

 

本当は

 

 

やめろ!

 

 

本当はそれだけじゃないんだ

 

 

やめろ! やめろ!!

 

 

ぼくが本当に

 

 

やめろ!!やめろ!!やめろ!!

 

 

 本当に悲しいのは……・

 

 

 

 

やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!

やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!

やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!やめろ!!

 

やめてくれぇぇぇ!!!!

 

 

 

 がばっ!

 

 祐一はベットの上で荒々しく身を起こした。

 

「いつもの夢か……」

 

 枕もとの目覚し時計は午前三時を指していた。

 汗でべったりと張りつく寝巻きが不快だった。

 喉がからからに乾いている。

 

 喉の乾きに耐えられなくなった祐一は、キッチンで水でも飲もうと部屋を出た。

 昼間は名雪と秋子と、そして祐一自身の明るい笑顔に満たされている空間も、今は恐ろしくなるくらいの静寂に包まれている。

 まるで祐一自身の他には誰一人として存在しないかのように。

 

 

 喉の渇きを癒し部屋へ戻る途中、ふと洗面所に備え付けられている鏡と、そこに映る映る自分が目に付いた。

 

 

「ひでぇ顔してやがるな、こいつ」

 

 鏡の中のそいつの顔は憔悴しきっていて、今にも不安に押しつぶされそうに見えた。

 まるで泣き疲れた子供のように。

 

「しっかりしろよ。お前は強いんだろう?」

 

 鏡の中の俺に話し掛ける。

 

 

こんなことがいつまで続くんだろう

 

 

 鏡の中の俺が語りかけてくる。

 今にも泣き出しそうな情けない顔で。

 

 

あいつが居なくなってから毎晩続く悪夢

いつまでこんなことが続くんだろう

 

 

「決まってんだろ、真琴が帰ってくるまでさ」

 

 

それはいつだ?

いつになったら帰ってくるんだ?

 

 

「知らねぇよ、そんなこと……」

 

 

もう疲れた

 

帰ってこない人を待つのも

強い自分を演じるのも

 

 

 

「しっかりしろよ、大丈夫だよ、お前は強いんだ。強いんだから」

 

 鏡の中の俺との会話。

 その行為は酷く滑稽で、思わず口に冷笑が浮かぶ。

 すると鏡の中のそいつも俺に冷笑を返した。

 

 

 

お前は本当に信じているのか?

 

 

「……何だと」

 

 

おまえはあいつが帰ってくるって

本当に信じているのか?

 

本当は……

お前自身が一番信じちゃいないんじゃないのか?

 

 

 

「違う! 俺は信じてる。真琴が帰ってくることを誰よりも信じてる!!」

 

 鏡に向かって話し掛ける自分。

 ばからしくなる。

 それでも俺は叫んでしまう。

 

 鏡の中のこいつが言うことは、俺自身が心の奥底でずっと怯えていたことだったから。

 多分、今の俺は必死の形相をしているはずだ。

 だが鏡の中の俺は相変わらず口元に冷笑を張りつかせている。

 

 

 

違うだろ?

信じているんじゃないんだろ?

お前は信じている自分を

演じてるだけなんだろ?

 

いつものように

 

 

 

「だまれ!! お前に何がわかる!!」

 

 

わかるさ

だって俺は

 

 

お前なんだから

 

 

 

「……」

 分かっていた。

 本当は最初から分かっていたんだ。

 鏡の中のこいつは俺自身だって。

 真琴が消えたあの日からずっと心の奥に閉じ込めていた弱い俺自身なんだって。

 だからこいつの言うことは、俺自身が心の奥でずっと考えていることに他ならないんだって……。

 

 

 

いつまでこんなことが続くと思う?

 

 

 

「……真琴が…… 帰ってくるまでさ……」

 

 

違うな

 

 

「……」

 

 

俺が真琴のことを忘れるまでさ

 

 

「……」

 

 

本当は忘れたいんだろう?

 

 

「……」

 

 

本当は真琴のことを忘れて

楽になりたいんだろう?

 

 

「……」

 

 

 

 

相沢君始めて会った頃と少し印象が変わったような気がするし……

 

 香里の声がする。

 

 

 

「……やめろ」

 

 

 

あなたはどうか強くいてください……

 

天野の声がする。

 

 

 

「……やめろ」

 

 

 

祐一は…… 強いね……

 

名雪の声がする。

 

 

 

「やめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は真琴のことを忘れて楽になりたいんだろう?

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

がしゃぁぁんっ!!

 

 

 俺は鏡の中のそいつを殴りつけた。

 俺自身を殴りつけた。

 

 右の拳に鋭い痛みが走り、鏡の中のそいつが砕け散る。

 俺自身が砕け散る。

 

 足元にポッカリと深い穴があいて、そこに俺自身がどこまでもどこまでも落ちていく。

 そんな気がした。

 

 

 

<つづく>

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