あいつがいなくなってからもう、一ヶ月になるのか

 

 

 誰かの声が聞こえる

 

 

    まったく、もう冬も終りに近づいたってのに、あいつまだ帰ってこない気かねぇ

 

 

 妙に悟ったような賢しげな口調で

 

 

    だから、信じてやろうぜ

 

 

 自分でも信じていない、信じきれないようなことを

 

 

    だいたい久しぶりに家に帰ってきて、家族が悲しい顔をしてたら気分が悪いだろ?

 

 

 偉そうに話す声が

 

 

 


家族

Another Story

−偽り−

<前編>

1999/10/10 久慈光樹


 

 

 

  朝〜朝だよ〜 

  朝ご飯食べて 学校行くよ〜

 

 カシャッ。

 

「まったく、何度聞いても眠くなるような声だな……」

「さて、睡眠大魔王を起こしに行くか」

 

 そう言って、着替えを済ました祐一は、名雪を起こす朝の仕事(すでに彼の日課となりつつある)をこなすために部屋を出た。

 

  ジリリリリリリリリリリッ

   じりりりりりりりりりりりりっ

    ジリリリリリリリリリリリリーン

 

「しかし、これだけの大音響で良く目が覚めないな…… おらーーー起きろ名雪ーーーーー!!!」

 

 問答無用で部屋の扉を開け、騒々しく鳴り響く目覚ましを全て止めると、祐一は幸せそうに眠る名雪の布団を引っぺがす。

 引っ越してきて初めの内こそ“女の子の部屋だから”と遠慮もしていた祐一だが、そのような生半可な心構えではこの従兄妹を夢から覚ますことはできない、ということを悟ってからはいつもこんな調子だった。

 

「くー」

「くっ、このやろう、まだ起きないか。 冬は効果てきめんだったんだがな、さすがに最近暖かくなってきたからだめか」

 

  サーッ

  ガラガラガラ

 

「これならどうだ!」

 

 カーテンを開け、窓を全開にする。

 暖かくなってきているとはいえ、さすがにまだ朝の空気は冷たく澄み渡っていた。

 それでも慣れてしまえば、冬の盛りとは比べ物にならないほどすごしやすくなってきている。

 

「もうすぐ春なんだな……」

 祐一はそう呟くと、一点の曇りも無く晴れ渡った真っ青な空を仰ぐ。

 

 

 

      春が来て、ずっと春だったらいいのに…………

 

 

 

「さむいよーー」

 

 気がつくと名雪が起きあがって眠そうに目をこすっていた。

 

「おはよーゆういち」

「おう、おはよう」

「おやすみなさい……」

「寝るな!」

 

 ゴツン

 

 名雪の頭に軽くゲンコツを落とす。

 

「いたーい。なにするのー」

「ほら、早くしないと遅刻するぞ。俺は先に下に行ってるからな」

「うー、わかった」

「二度寝したら容赦無く先に行くからな」

 

 祐一は名雪の部屋を出る前に、もう一度窓から空を見上げた。

 

 

 もうすぐお前の好きだった春が来るぞ。

 だから早く帰ってこいよ。

 真琴。

 

 

 

「おはようございます、祐一さん」

 

 階段を降りると祐一は秋子に声を掛けられた。

 

「あ、おはようございます。もうすぐ名雪も起きてきますよ」

「いつもごめんなさいね」

「はははっ、もう日課みたいなもんですから」

 

 そう言って食卓につくと、祐一は秋子の用意した朝食を食べ始める。

 

「祐一さん」

「もぐもぐ、何ですか?」

 

 キッチンからおかずを運び終え、祐一と同じように食卓についた秋子が彼に声をかけた。

 

「ありがとうございました」

「へ? なんのことです?」

「昨日、名雪を励ましてれたんでしょう?」

「えっ……」

「このところ名雪はふさぎこんでいましたもんね。でも昨日の晩は久しぶりにあの子の元気な笑顔を見ることができました。祐一さんが励ましてくれたでしょう?」

「ええ、まあ……」

 

 秋子は照れて微かに赤くなった祐一を穏やかな笑顔で見守っていたが、やがて少し真剣な顔つきになって再び話し始めた。

 

「名雪が落ち込んでいたのは、真琴のことね?」

「……」

「あの子がこの家に居なくなってから、もう一月ですものね」

「ええ……」

「子供が一人居なくなるとこの家も少し寂しいわね」

「秋子さん、真琴は……」

「分かってますよ祐一さん。あの子はきっと帰ってきます。祐一さん。母親ってね、自分の子供のことは何だってお見通しなんですよ」

「秋子さん……」

 

 そこで秋子はいったん言葉を切ると、少しの間迷うようなそぶりを見せたが、やがて意を決したように再び話し始めた。

 

「ですからね、祐一さんあなたは……」

「おはようお母さん、祐一」

 

 秋子の言葉は、起きてきた名雪の元気な朝の挨拶によって遮られた。

 そして何事もなかったように、いつもの水瀬家の朝食が始まる。

 

「おはよう、名雪。トーストにはイチゴジャムでいいわね」

「うん、ありがと」

「なんだ、今日は朝なのに元気じゃないか」

「うん、昨日は早く寝たもの」

「だったらたまには自分で起きてくれ……」

「努力してみるよ」

「はい、名雪」

「ありがとう、お母さん」

「お前運動止めたんだから、ちったあ甘いもの我慢しないと、ブタになるぞ」

「ひっどーい、そんなことないもん!」

「あらあら。本当よ名雪、少しは甘いもの控えなさい」

「あ、お母さんまでそんなこと言うんだー」

「だいたいお前、今体重何キロあるんだよ」

「お、女の子にそんなこと聞いちゃダメだよ!」

「動揺してますね、祐一さん」

「そうですね、秋子さん」

「もう! 二人ともヒドイ!!」

「すねるなすねるな」

「うー、ダイエットしようかな」

「名雪、ダイエットなんて止めなさいね。あれは胸から減っていくのよ」

「え、そうなの!」

「そうよ、せっかくのスタイルが台無しよ」

「そうなんだ…… って祐一、目線が下がってる」

「え? あははは……」

「祐一のエッチ! だからベットの下にあんな本隠してあるんだね」

「ぶーーー」

「うわぁ! 汚いなあ、コーヒー噴き出さないでよ」

「お、お前! 秋子さんの前でなんてこと言うんだ!!」

「了承」

「いや、秋子さん、了承されても……」

 

 騒がしい朝食を終え、祐一と名雪は学校に行くために玄関へと向かう、それを見送って秋子もついていく。

 これもいつも通りの水瀬家の風景だった。

 

「じゃあお母さん、いってきまーす」

 

 一足先に靴をはき終えた名雪が玄関を出ていく。

 祐一は、先ほど聞きそびれた秋子の言葉がふと頭に浮かんだ。

 

「そういえば秋子さん。さっき俺に何か言いかけてませんでした?」

「いえ、いいんです。ただ……」

「ただ?」

「祐一さんも何か悩み事があったら、私や名雪に相談してくださいね」

「…………」

「……はい」

 

 ゆういちーなにしてるのーー

 

「いま行くよ! じゃあ秋子さん、いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 祐一は、笑顔で見送ってくれる秋子に声をかけると、玄関先で待つ名雪の元に急いだ。

 

 

    まいったな、俺のこともお見通しか……。

 

 

 

<つづく>

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