いつだったか、友人と幼なじみについて話しあったことがあって、そのとき僕は、幼
なじみというのは、「同心円上に隣接するふたつの点みたいだね」 というような意味
のことを言った。そのふたつの点は隣接していて、手を延ばせば肌が触れあうほどに近
い。だけど、外周を逆にたどれば、それは最も離れているという風に取ることもできる。
よく幼なじみは近くて遠いというように言われるが、それを恣意的によく表している
ような気がする。点と点。左回りに見れば息づかいが聞こえそうなほど近いが、右回り
に見れば、姿も分からぬほど遠い。幼なじみはそんな関係なんじゃないか、と。
(中略)
分かってなかった。
近すぎて、逆に分からなかった。僕にはそう思えた。当事者ではないからこそ、逆に。
同心円上の背中あわせ。
そういうことなのかもしれない。
背と背で肌を触れあいながら、その瞳は違う方向を向いている。いつでも振り返るこ
とができるのに、それがあまりに当たり前すぎて、それをしない。
近すぎて、互いが見えない。
離れてみて初めて、ようやく相手の姿が見える。
無言のまま彼は電話を切った。
離れてみて初めて、相手の姿が見えた。本当は何を考えていて、何を言いたかったの
か。
だけどふたつの点は、そのときにはもう、離れていた。
(睦月周さん エッセイ「同心円上の背中あわせ」より抜粋)
家族
Another Story
−同心円−
<エピローグ>
1999/12/09 久慈光樹
「変なことばっかり話しちゃってごめんね」
「いえ、ありがとうございました」
「うん、じゃあここで。また機会があったら保育所まで遊びに来てね」
「はい。今日は本当にありがとうございました」
「バイバイ」
「長森さん!」
「え? なあに」
わたしに背を向けて歩き出した長森さんに、ちょっぴり大きな声で声をかける。
「わたし…… 逃げません。祐一と、真琴と、お母さんと、そして私、本当の家族になれるように頑張ってみます!」
「うん」
長森さんは、優しく頷いてくれる。
「頑張ってね、名雪ちゃん」
「はい!」
長森さんと別れた私は、家族の待つ家へと帰途についた。
「ただいまー」
「おう、お帰り名雪。早かったんだな」
「あれ? 祐一、ゲームセンターに行ったんじゃなかったの?」
「休みだったんだよ。まったく、どういう街だここは。ゲーセンに休みの日があるなんて聞いたことないぞ」
「あははは♪」
いかにも不満そうに今日の出来事を話してくれる祐一。
それを聞きながら、わたしはこの今の生活がかけがえのない日常なのだと気付いていた。
退屈で、変わり映えしなくて、それでいてかけがえの無い日常。
わたしの大切な妹が、真琴が求めてやまなかったぬくもりに溢れた日々。
わたしはもう迷わない。
今なら胸を張って言える。
真琴
早く帰っておいで
祐一のところに
お母さんのところに
そして私の……
お姉ちゃんのところに
だってあなたは……
真琴は私達の大切な
大切な家族なんだから!
前に一度思ったこと、真琴に帰ってきてほしいと思ったこと。
今なら心の底からそう思うことができる。
そして……
「ん?どうしたんだ名雪。にやにやして」
いかぶしげにそう言う祐一に、わたしは飛びっきりの笑顔で言った。
「これからもよろしくね、祐一!」