夢を見た
子供の頃の夢
子供の頃の私と
そしてあの人
小さな頃は
世界は今よりずっと広くて
何気ない日常にも
素敵なことがいっぱい隠れていた
私の隣にはあの人
ずっと一緒に歩いて行けるのだと
何の疑いも持たずそう思っていた
終わりがあるなんて思ってもみなかった
あの子供の頃の日々は
かけがえのない宝石のような日々だったのだと
終わってしまってから気付いた
家族
Another Story
−同心円−
<わたしの気持ち>
1999/12/09 久慈光樹
「ちょっと傷痕が残っちゃいそうだね」
わたしは宿題をする手を休め、祐一の右手の拳を見てそう言った。
今日は祐一の部屋で一緒に宿題をすることにして、しばらくは二人ともそれぞれ黙って宿題をこなしていた。
ちょっと飽きてしまったわたしが視線を泳がせた先に、祐一の右手があったのだ。
もう包帯はとれたが、その拳には引きつったような痛々しい直りかけの傷痕が走っている。
「べつにいいさ、それよりもこないだは悪かったな。寝ぼけて変なこと言って」
「ううん、別にいいよ。祐一が変な行動とるのは今に始まったことじゃないし」
「……それでフォローのつもりか?」
この間、ちょっとした事件があった。
祐一が初めてわたし達に弱さをさらけ出してくれた。初めて私達が家族になったと実感できた事件。
きっと照れくさいのだろう。
祐一は寝ぼけていたと言い張っている。
わたしとお母さんはそれに合わせた。でも心の底には確かに今までにはなかった繋がりを感じることができた。
祐一の意外な一面を知ったことは確かに嬉しいことだったけれど、わたしはすこしショックだった。
祐一のことなら何でも知っていると思っていた。
離れていた時期があるとはいえ、小さい頃はいつも一緒にいた幼馴染。そんな祐一のことなら何でも理解できていると思い込んでいた。
でもそうじゃなかったんだ。
祐一は、そして多分わたしだって、いつまでも子供ではないんだ。変わっていくものなんだ。
そう考えると少し寂しい気分になる。
わたしと祐一の関係だって、いつまでも幼馴染のままではいられないのかもしれない。
わたしは分からなくなっていた。
このまま幼馴染としての関係が続くことをわたしは望んでいるのだろうか?
それとも……。
「どうした名雪。もうおねむか?」
考え込んでしまったわたしを気遣ってくれたのだろう。祐一がわたしの顔を覗きこむようにしてそう問い掛けてきた。
ドクン
祐一の顔を真近に見て、心臓が大きく脈を打った。
頬が火照っていくのが感じられる。
どうしたというのだろう、祐一の顔を近くで見ただけなのに。
わたしは自分の意外な反応に戸惑っていた。
これではまるで……
「な、なんでもないよ。うん、少し眠くなってきちゃった。もう寝るね、おやすみ祐一」
「ってまだ8時だぞ、一体何時間寝るつもりだ?」
「眠いものは仕方ないよ、じゃあおやすみなさい」
逃げるように祐一の部屋から出る。
そのまま自分の部屋に戻ると、ベッドに突っ伏すように横たわった。
一体わたしはどうしてしまったんだろう。自分の心が自分のものじゃないように思える。
何でも知っていると思っていた祐一の口から出た、思ってもいなかった台詞
初めて見る祐一の弱々しい姿
初めて祐一が家族として認めてくれたと喜ぶ気持ち
初めてお母さん以外の家族ができたことを喜ぶ気持ち
でも今のこの気持ちは……
色々な出来事や、それに対する気持ちが脳裏に浮かび、そして消えて行く。
まるで出口のない迷路に迷い込んでしまったような、そんな気分になって。
わたしはそのまま眠りに落ちていった。
次の日。
いつものように祐一と学校まで走り、いつものように祐一と学食で昼食をとり、いつものように祐一の隣の席で授業を受ける。
いつも通りの日常。
でも一旦自覚してしまった違和感は消えること無く。
わたしの中に戸惑いの足跡を記し続けていた。
そして放課後。
「相沢、たまにはゲーセンでも寄ってこうぜ」
北川くんが祐一にそう声を掛けていた。
「そうだなぁ、たまにはいいか」
「よし、そうこなくっちゃな。美坂と水瀬さんも一緒に行こうぜ」
「お生憎様、今日は妹と帰るから私はパス」
「あれ? 美坂、妹いたっけ?」
「北川君は知らなかったかしら? いるわよ。栞っていうの」
「そうか、栞復学したんだな」
「ええ、相沢君には心配掛けたわね」
「いや、いいんだ。てことは今一年生か?」
「そうよ、でも丸々一年近く休学したから多分進級は無理だと思うわ」
「まあ病気だったんだから仕方ないさ」
「なんだよ、俺だけかやの外かよ」
「その内教えてあげるわ、じゃあ私はお先に」
「ちぇ、水瀬さんはどうする?」
「え?ああ、わたしは……」
ぼんやりと会話を聞いていたわたしに話が振られて、ちょっとあせってしまった。
今日は部活もお休みだ。一緒に行っても構わないだろう。
「ごめんね、わたし今日はちょっと用事があるの」
でもわたしの口から出たのはそんな台詞だった。
「そうかぁ、じゃあ仕方ない、相沢、二人だけで行くか」
「そうするか」
「ごめんね、祐一」
「別にいいさ、用事があるなら仕方ない。でも名雪、おまえ昨日から少し変だぞ」
「! ……そ、そんなこと無いよ、じゃあわたし急ぐから」
祐一の何気ない言葉に、自分でもびっくりするくらい動揺した。
わたしはそのまま逃げるように教室を出て外へと向かった。
別に用事があるわけではなかった。それでもああ言ってしまった手前、まっすぐ家に帰るのも躊躇われた。
「わたし、どうしちゃったんだろ」
ふう。
ため息と共に呟きが口をついた。
まるで真琴のことで悩んでいた時に戻ってしまったみたいだ。
……
真琴。
あの子がいなくなってから、色々なことがあった。わたしにも、祐一にも、そしてきっとお母さんにも。
真琴が帰ってくることを信じられなかった時期もあった。
でも今は、今は三人とも信じている。
そして待っている。
あの子が帰ってくることを。
……
本当にわたしは真琴が帰ってくることを望んでいるのだろうか?
突然浮かんだその考えに、自分自身驚いた。
わたしは何を考えているんだろう。
真琴はわたし達の大切な家族。そしてわたしの大切な妹だ。帰ってきてほしいに決まってる。
なのに……。
この気持ちは何なんだろう?
昨日から感じている、自分でも理解できない気持ち。
「わたしは…… わたしは……」
夕焼けに染まる街並み。
その中を一人歩くわたしは、酷く存在感の無いちっぽけな存在で、このまま消えてしまっても誰も気がつかない。
そんな気がした。