『その向こうにあるもの』

ライラック

<エピローグ>

― それでも私は前向きに! ―

2000/02/21 久慈光樹


 

 

 

チュンチュン

 

 小鳥の囀りで目を覚ます。

 一瞬ここがどこだか分からなかったが、すぐに昨晩のことを思い出した。

 ここは千鶴姉の部屋。

 私の隣では、千鶴姉が寝息をたてている。

 どうやら、昨晩泣きつかれて寝てしまった私は、千鶴姉と一緒の布団で寝たみたい。

 ふふふ、小さい頃はよく千鶴姉と一緒の布団で眠ったものだ。懐かしい。

 

 私は千鶴姉を起こさないように注意して、そっと布団から抜け出した。

 朝ご飯の用意をしなくちゃ。

 

 顔を洗い、台所へ向かう。

 その時、庭にある昨日見たライラックが目に付いた。

 

 ライラック

 小さい頃、叔父さんがどこかから貰ってきた苗木を私と耕一が植えたんだ。

 ふと、その時に叔父さんから聞いたことを思い出した。

 

 

 

「ライラックの花言葉は“初恋の痛み”って言うんだ」

 

 

 叔父さんはそう言っていた。

 

 初恋の痛み……。

 私自身9年間も気がつかなくて。

 気がついたときには全てが遅すぎた私の初恋。

 私が今感じている痛みは、まぎれも無い“初恋の痛み”。

 

 

俺は千鶴さんをさらってでも一緒になる

 

 毅然としてそう言った耕一。

 

 

私は…… 耕一さんを愛してる

 

 

 あたしに気を遣いながらも、はっきりとそう言った千鶴姉。

 

 恐らくあの二人にとっても初恋だったのだろう。

 あの二人は初恋を実らせたんだ。

 

 おもいっきり泣いて、泣き疲れて寝てしまうくらい泣いて。

 なんだか少し気分が楽になったような気がする。

 

「あはは」

 

 なんだか自分でも単純で、思わず笑ってしまう。

 でもそれは自嘲の笑みではなく、心からの笑いだった。

 

 庭のライラックは、今は葉っぱも無く、寒々とした姿を晒している。

 でも春になれば新しい芽が出て、青々とした姿を見せてくれるだろう。

 そして夏になれば、紫色の見事な花を咲かせるに違いない。

 

 あたしの初恋は実らなかったけれど。

 でもきっと大丈夫、あたしはきっと大丈夫だ。

 今なら強がりではなくそう言える。

 

 あはは、そうだ、あたしには元気が一番似合ってる。

 

 今に飛びっきり綺麗になって、耕一を後悔させてやろう。

 こんな綺麗な梓を選ばなかったなんて、って思わせてやろう。

 

「あはははっ」

 

 昨日の晩降った雪がうっすらと積もっている。

 今日も寒い1日になりそう。

 

 でも、雲一つ無い気持ちのいい朝だ。

 

 多分もう

 

 多分もう春はすぐそこまで来ているんだ。

 

 

 

 

<FIN>