自称“死神”と愉快なペドフィリア

2002/06/28 久慈光樹@酔ってタイトルをつけるものではない


 

 

 

 あるところに、見舞いだけが趣味の男がいました。

 

「……おい」

 

 男の名前は相沢祐一といいました。

 

「見舞いが趣味ってなんだおい!」

 

 定期的に病院に行き、見舞いばかりしていました。

 

「いや、それは間違ってないが……」

 

 そんな見舞いだけが趣味という変態野郎の祐一には、なぜか恋人がいました。

 

「変態野郎ってなんじゃそりゃあ!」

 

 恋人の名前は美坂栞、ぺド野郎の祐一の好み通りナイムネでしたが、とても気立ての良い綺麗な娘でした。

 

「お、俺はペドじゃねぇ!」

 

 ですが栞は大きな病を患っていたのです。

 

「くそっ! ちったぁ人の話聞けよこんちくしょう!」

「どうしたの相沢くん、天井に向かって叫んで。とうとう壊れた?」

「香里、相変わらずキツイな……」

 

 病室の前、まるで虫けらでも見るような目で祐一を見ているのは、栞の姉である香里です。

 気を取り直して祐一は、彼女の言葉と視線は極力無視するよう心掛けながら、脇を抜けて病室に入ろうとします。

 が、香里に止められました。

 

「いまは駄目、着替え中よ」

「……いや、着替え中であっても俺は一向に構わ……待たせていただきます」

 

 香里の底冷えのする視線で語を翻す祐一。その見下げた蝙蝠ぶりは恐らく身体に憶え込まされた経験から来ているものなのでしょう。

 まったく呆れたペド野郎だわ、という視線で祐一を突き刺す香里ですが、それを聞いたらむしろショックを受けるのは彼女の妹の方であるかもしれません。

 

「お姉ちゃーん、着替え終わったよー」

「はいはい、じゃあ相沢くん、どうぞ」

 

 病室に入った祐一を迎えてくれたのは、元気一杯の栞の笑顔でした。

 

「あっ、祐一さん来てくれたんですねー」

「ちっ」

 

 ベッドに腰掛け笑いかけてくれる恋人に、こっそり舌打ちを漏らす祐一。恐らく着替えが終わっていたことが残念だったのでしょう。呆れたペド野郎っぷりです。

 

「だから俺はペドじゃねぇ!」

「どうしたんですか祐一さん、天井に向かって叫んで。ついに壊れましたか?」

「ブルータスおまえもか……」

 

 無邪気な栞、涙する祐一、寄らないでちょうだい馬鹿がうつるからいえむしろペドが、という視線の香里。いつも通りの風景です。

 そして切り替えの早さは天下一品の祐一が、気を取り直して恋人に声をかけるのもまたいつも通り。

 

「よう栞、相変わらずペチャだな」

「うー、凄く失礼な事を言われている気がします」

「いや、相変わらずペチャっと可愛いな、と」

「ううー、変な擬音表現ですー、しかも目線が私の胸に固定されてます」

「いやいや、諦めるのはまだ早いぞ栞、おまえ血統は悪くないんだ」

「そう言いつつさりげなく私を視姦するのはやめてもらえないかしら」

「祐一さんもお姉ちゃんもヒドイです! 極悪人です!」

「私はなにもしていないのだけど……」

 

 膨れる栞をからかう祐一、迷惑そうに顔を顰める香里。

 ですが三人とも、幸せそうでした。幸せそうな笑みでした。

 

「それにしても栞、そのパジャマ少し大きいんじゃないか? 特に胸のあたり」

「お姉ちゃんが間違えて自分のパジャマ持ってきちゃったんです」

「同じ柄だったから、つい……」

「ああ、なるほど……」

「うー! 納得しないでください納得しないでください!」

「だってなぁ」

「だいたいお姉ちゃんはデカすぎるんです、きっとそのうちに垂れてそれはもう大変なことにげふぅっ!」

 

 ぎりぎりぎり……

 

「たった今、大変なことになりそうね栞」

「あー、香里さん気持ちはわかるが加療入院中の妹に満身のアイアンクローは……いえなんでもございません」

「えぅー、祐一さんが寝返りましたー」

 

 ぎりぎりぎりぎり……

 

「いたいですいたいですいたいですー!」

「ごめんなさい栞、さっきの言葉よく聞こえなかったの、もう一度言ってもらえるかしら?」

「お姉さまのお胸は天下一品でございますそれはもうえへへへ」

 

 ぱっと離される鉄の爪。

 

「次にあんなこと言ったら、わかっているわね栞」

 

 かっくんかっくんとまるで水飲み人形のような栞の首の動きを見て、祐一はやはり躾られている年季が違うと感心しつつも躾るってなんかイヤラシイよなぁうへへへと思いそれがまんまと顔に出て香里に裏拳一発で沈められたりしましたが、概ね三人は幸せらしいです。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎます、やがて面会時間は終わりを告げ、祐一と香里は明日の見舞いを栞と約束して帰途につきました。

 

 

 

 

 

 居候している水瀬家に帰る途中、ふとその建物が目についたのは、あるいは運命だったと言えるかもしれません。

 古ぼけた、小さな建物、それは神社でした。誰にも省みられることの無い、小さな神社。

 その神社が目にとまったのが運命なら、普段は神様など信じていない祐一がお参りをしようと思ったのは何と称すべきでしょうか。

 

 彼は感じていました。

 馬鹿をやりつつも、自分の大切な恋人に音も無く忍び寄る病魔の影を、彼は敏感に感じ取っていました。

 医学は彼の大切な人を守ってはくれません。であればもう神様に縋るより他に無い。

 ひょっとすると彼は、自分が思っているよりも遥かに精神的に追い詰められていたのかもしれません。

 

 お賽銭は50円玉がいいかしら、でも今月苦しいし、などとせっかくのシリアスな地の文をぶち壊すようなセコイことを考えていた祐一に、男の呼びかける声が聞こえました。

 

「よぉ」

 

 咥えタバコをしたその見るからに妖しげな黒服の男は、祐一に馴れ馴れしく近寄ってきます。

 なんだか不思議な感じのする男でした。

 

「誰だあんた」

 

 少し警戒するような祐一の問いに、男はニヤリと笑って答えます。

 

「俺は折原……げふふん! い、いや、死神、そう、死神だ」

「……いま『折原』とか言わなかったか?」

「馬鹿ヤロウ! んなこたぁ言ってねぇ!」

「うわっ、逆ギレ!」

「とにかく、俺は死神だ」

「……えーと、じゃあそういうことで」

「待てコラァ!」

 

 叫ぶや否や、立ち去ろうとした祐一の後頭部をワシ掴みにする男。ぐわし! という擬音が聞こえてきそうな勢いです。

 

「お前いま俺のこと『イタイやつだ』って思っただろ」

「だって…… なぁ?」

「『なぁ?』じゃねぇ! 俺に同意を求めるな!」

「わかった、わかったって、で? あんたの名前なに?」

「俺は折原こう……ちげぇよ! 死神だよ俺は!」

「あんた愉快なヤツだな……」

「やかましいわっ! このご時勢、“まぜものSS”は嫌われるんだよ! 俺はオリキャラの死神、そう思っとけ!」

「わかったわかった、で? そのオリキャラの“自称”死神が俺になんの用だ」

「“自称”は余計だ…… まあいい。お前のその願い、適えてやるよ」

「願い?」

「栞とかいう娘、助けたいんだろ?」

「なっ……!」

 

 絶句。

 なぜ自分の願い事を知っているのか、なぜ栞の名前まで知っているのか。疑念と不信がぐるぐるとミキサーにかけられた野菜ジュースのように祐一の脳裏を回っています。

 混乱する祐一を意に介さず、死神を名乗る男は言葉を続けます。

 

「どうした、助けたいんじゃないのか? だから願ってたんだろ、神様によ」

「なぜそれを」

「んなこたーどうでもいい」

 

 ニヤリと嫌らしく笑い、咥えたタバコをふかしながら男は更に続けます。

 

「だが残念だったな、神様は多忙でね、いちいち小せえ願い事なんざ適えてはくれねぇんだ、だからその願い、俺が――死神が適えてやるよ」

「できるのか!」

 

 藁にも縋る、そんな調子で思わず叫ぶ祐一。そんな彼を相変わらずニヤニヤと笑いながら見やって、死神。

 

「ああもちろんだ、だがタダってわけにはいかねぇ」

「……なにが望みだ」

「死神の望む事なんて知れてるだろ、魂だよ、おまえの」

「な、なんだと、じゃあ栞が助かっても俺は……」

「ああ、死ぬな」

 

 死ぬ、しぬ、シヌ

 

 男の口から出たその言葉が酷く現実的に思え、思わず背筋を振るわせる祐一。

 咥えタバコの死神は、じっとりと絡みつくような視線で祐一を見て、こう言いました。

 

「実はおまえには前から目をつけていたんだよ」

「え?」

「自分では気付いてないかもしれねぇが、おまえの魂は上質だ」

 

 上質?

 魂が上質とはどういうことなのか、祐一にはさっぱりわかりません。

 

「普通はおまえくらいの歳の魂なんざたかが知れてる。受験勉強、周囲への反発、そんなくだらねぇことばっかりで、本当に大切なことを誰もわかっちゃいねぇのさ」

「……俺だってそんなのわからない」

「今はそうだろうよ、だがおまえの魂はちゃんと知っている、お前にとって何が一番大切なことなのかをな。そして……」

 

 嘲るような死神の笑み。

 

「そしてそういう上質な魂は、高く売れる」

 

 しばらくずっと俯いていた祐一ですが、やがて搾り出すような声で、こう言いました。

 

「……本当に、栞は助かるんだな」

 

 得たり、とばかりにニヤリと笑う死神。

 

「死神は嘘を言わねえよ」

「……少し、考えさせてくれないか」

「まあいいさ、よく考えるんだな」

 

 そう言って死神は、タバコをふかしながら祐一に背を向け、歩き去ろうとしました。

 

「だがな」

 

 そして背を向けたまま、まるで氷のように冷酷な声で言い放つのです。

 

「時間はもうそんなに無いぜ」

 

 死神のその言葉に、祐一はただ立ち尽くすことしかできませんでした。

 

 

 

 

 

 翌日、祐一はいつものように栞のお見舞いに行きました。

 自分がどうしたらいいのか、どうするべきなのか。本当はもう、祐一はわかっていたのかもしれません。本当はわかっていて、栞の顔を見て決心を固めるつもりだったのかもしれません。

 

「なあ、栞」

「なんですか」

 

 そんなことは知らない栞は、いつものように笑顔で祐一を見返しています。

 

「栞に、聞きたいことがあるんだ」

「え、ゆ、祐一さん、どうしたんですか! なんか顔がシリアスですよ!」

「……悪かったな、いつもギャグな顔で」

「まったくです、祐一さんはもう少し顔に締まりを持たせるべきだと思います」

「くっ……」

 

「ごほっ! ごほっ!」

「栞っ!」

 

 軽口の途中で咳き込む栞。

 蒼白な顔、苦しそうな咳。普段は元気を装っている彼女が、本当はどんなに衰弱しているか、祐一は思い知らされたような気がしました。

 

「だ、大丈夫、大丈夫です」

「……なあ、栞」

「なんですか」

「生きたいか?」

 

 いったい、どうして

 

「これから先も、ずっと生きていきたいか?」

 

 どうして、こんなことを栞に聞いているのか

 

「生きていれば楽しい事ばかりじゃない、嫌なことだってたくさんある。人を恨んだり、憎んだり、恨まれたり、憎まれたり、そんなことの繰り返し。きっと生きていれば嫌なことがたくさんある」

 

 自分で口にしているにも関わらず、祐一はわからなくなっていました。

 

「それでも……」

 

 そしてそこまで口にして、祐一は俯いてしまいました。

 

 『それでも生きたいか?』

 

 その言葉を口にすることが、生きたくても生きられないかもしれない栞にとって、どんなに残酷なことか。そして彼女を失ってしまうかもしれない自分にとって、どんなに残酷なことか。

 無意識のうちに、彼は知っていたから。

 

「……」

 

 長い長い沈黙。

 それを破ったのは、栞でした。

 

「それでも、私は生きたいです、生きていたいです」

 

 ぽつりぽつりと呟くように、俯いたままでそう言ってから。

 栞は顔を上げ、同じように俯いている祐一に「だって……」と続けました。

 

「だって、祐一さんがいるから」

 

 その言葉に、弾かれたように俯いていた顔を上げる祐一。そこで初めて、栞が微笑んでいることに気付きました。

 

「祐一さんがいるから、祐一さんと一緒だから、きっと私は耐えられる」

「どんなに辛い事があっても、どんなに悲しいことがあっても、祐一さんと一緒ならきっと私は耐えられる」

「そんな気がします」

 

 喉の奥が熱くて、鼻の奥がつーんとして。

 それでも目から涙が落ちないように、少し天井を見上げるようにして、ぐっと歯を食いしばって。

 

「そうか」

 

 それだけを口にして、くしゃくしゃと栞の頭を撫でました。

 普段は「子供扱いしないでください!」と怒る栞も、おとなしく撫でられます。まるでちょっと乱暴なその手の感触を心に刻もうとしているかのように。

 

 祐一の答えは、出ました。

 

 

 

 

 

「よぉ」

「……よぉ」

 

 神社では、昨日と同じように咥えタバコの死神が、昨日と同じように面白くなさそうな顔で立っていました。

 

「決心したかい?」

「俺の魂を差し出せば、本当に栞は助かるんだな?」

「くどいな、言ったろう、死神は嘘をつかねえよ、栞って娘は必ず助けてやる」

「そうか……」

「じゃあ回答を聞こうか、うざってぇがこれも決まりでね、本来死すべき運命に無い者の魂を搾取する場合は本人の同意を得ないといけねぇんだ」

 

 すでに解答のわかっているテスト問題の答えを聞く時のように、少しだけおざなりにそう問い掛ける死神。

 祐一はゆっくりと、自分の回答を死神に伝えます。

 

「答えは…… NOだ」

 

「あ?」

 

 まるで豆鉄砲をくらった鳩のような声を出す死神。

 

「NOだ、あんたに俺の魂をくれてやるわけにはいかない」

 

 そう繰り返す祐一に、死神は出来の悪い弟に言い聞かせるように苦笑しながら言いました。

 

「おいおい、おまえわかってるのか、おまえが拒否すればあの娘は死ぬんだぜ」

「それは100%か?」

「あ?」

「栞が死ぬことは100%決まっているのか?」

「い、いや、100%ってわけじゃねえが…… だが99%、死ぬだろうよ」

「だったら俺は残りの1%に賭ける」

 

 祐一の決意が思いのほか強いことを感じたのでしょう、死神はちょっと焦ったように言いました。

 

「おいおい正気か? そんなの奇跡でも起こらない限り無理だぜ」

「栞は俺に言ったよ」

「あん?」

「『祐一さんと一緒なら、たとえ辛くても悲しくても、生きていける』ってな」

「……」

「俺と一緒なら生きていけるって、あいつは言ったんだ」

 

 祐一の言葉には、もう何の迷いもありませんでした。死神はそんな彼をじっと見つめながら、口を挟まずに話を聞きます。

 

「なのに俺が死んでどうするんだよ、栞が生きられたとして、俺がいなくなってどうするんだよ」

「俺だって栞といっしょに生きたい、生きていきたい」

「たとえ望みが1%しかなくても、たとえそれが奇跡だとしても」

「俺は…… 俺と栞は、その奇跡に賭ける」

「そして絶対に、二人で生きる」

「二人で生きてみせる」

 

 そのまま睨み合うように視線を交し合う祐一と死神。

 どれくらいそうしていたでしょう、先に折れたのは死神でした。

 

「ふー、やれやれ」

「……」

「やっぱりそう言うかよ」

「やっぱり?」

「おまえならそう言うと思ってたよ、こんちくしょう」

 

 やや投げやりにそう言う死神に、今度は祐一の方が鳩に豆鉄砲状態です。

 

「言っただろう、おまえの魂は本当に大切なものを知ってるってな」

「大切な……もの……」

「そうさ、人が一生かけて見つける大切なものを、おまえはもう見つけてるんだよ」

「……」

 

 大切なもの、自分に一番大切なもの。

 そう考えて、祐一の脳裏に真っ先に浮かんだのは、病院のベッドで微笑む栞の姿でした。

 そんな彼を見る死神の表情は、まるで出来の悪い弟がやっと正しい解答を出したと安堵する兄のようでした。

 でもその表情はすぐに消え、落胆したように額に手を当てて大仰に天を仰ぎながら嘆息して言いました。

 

「あーあ、せっかくの儲け話がパァだよ」

「悪かったな」

「ふん、まったくだ」

 

 そんな死神の様子に今度は祐一が苦笑しながら謝ると、不機嫌そうに、でもそれでいてちっとも残念とは思っていない様子で、死神はニヤリと笑いました。

 

「しょうがねぇ、商談はご破算だ、そうと決まりゃこんな辛気くせぇ場所とはオサラバするに限る」

 

 そう言ってくるりと背を向け、ぶらぶらと神社を出て行く死神に、祐一は少し大きな声で声をかけます。

 

「なあ!」

 

 「あーん?」と振り向きもせず面倒くさそうに返事する死神に、祐一は少し迷ったような様子で、こう問い掛けました。

 

「俺の見つけた大切なもの、この先も、俺は守ることが、守り続けることができるかな?」

 

 肩越しにちらりと振り向き、俯く祐一を一瞥して

 

「ふん」

 

 一つ鼻で笑うと、死神はゆっくりと歩み去りながら、最後にこう、言いました。

 

 

「おまえ次第だろ」

 

 

 

 お話はこれでお終いです。

 これより後、祐一がこのガラの悪い死神と再び会うことはありませんでした。

 

 その後、この死神は職務だった一人の病弱な少女の魂搾取をサボり、上司から大目玉を食らうのですが、それはまた別のお話。ちなみに怒鳴られても本人は相変わらずタバコをふかして気にも留めていないようです。

 

 そして祐一と栞がこの先どのようにして生きていくのかもまた、別のお話。

 

 

 

<FIN>