幸せになろうね

2000/10/16 久慈光樹


 

 

 

 小さい頃、わたしはあなたのことが嫌いでした。

 

 

 小学校の授業参観。

 作文を書きました。

 題は「ぼくのかぞく、わたしのかぞく」

 

 わたしは、大好きなお母さんのことをいっぱい書きました。

 いっぱい、いっぱい書きました。

 わたしがどんなにお母さんを大好きか。

 わたしがどんなにお母さんを大切に想っているか。

 いっぱい、いっぱい書きました。

 

 そして書き上げた作文の発表。

 教室の後ろに立つお母さんに聞かせるように、大きな声で読みました。

 

 だけど、あれだけいっぱい書いたのに。

 お母さんのことしか書けないわたしは、他の友達よりも短い時間で発表が終わってしまいました。

 友達は、お母さんのこと、そしてお父さんのことを書いていました。

 

 わたしはなぜか悲しくなって。

 じっと、下を向いて座っていました。

 

 どうしてわたしにはお父さんがいないのか。

 小さい頃は、何度も聞いてお母さんを困らせました。

 お母さんは

 「ごめんね、名雪、ごめんね」

 と何度もわたしに謝って。

 その度にわたしはすごく悪い事をしている気持ちになって。

 その度に、あなたを恨みました。

 

 どうしていなくなっちゃったの?

 

 いつも、そう思っていました。

 

 

 

 中学生になって。

 あなたが、わたしが生まれてすぐ亡くなったことを初めて知りました。

 

 顔も知らないお父さん。

 わたしは、あなたのことをとても知りたかったです。

 

 だけど、お母さんには聞けなかった。

 あなたのことを聞くと、お母さんはとても悲しそうな顔をします。

 お母さんはいつも笑顔で、他人には分からないかもしれないけれど、娘のわたしには分かりました。

 お母さんは、ずっとずっとお父さんのことが大好きなんだって。

 だからこそ、今でも傷を癒せずにいるのだって。

 中学生のわたしにも、よく分かりました。

 わたしはあなたのことを何も知りませんでした。

 

 学校の友達は、わたしにお父さんがいないことを知ると、皆決まって「ごめんね」と言いました。

 「変なこと聞いて、ごめんね」と言いました。

 わたしはそれが、すごく嫌でした。

 わたしには大好きなお母さんがいるのに。

 お父さんの事なんか全然知らないのに。

 お父さんがいないというだけで、同情される。

 それが、すごく嫌でした。

 

 

 

 高校生になって。

 好きな人ができました。

 

 子供の頃に好きになって、その時には振られちゃったけれど。

 大きくなって再会して、それでもずっと好きだったって気がついて。

 その人も、わたしと同じ気持ちでいてくれて。

 その時に、知りました。

 いいえ、知ってはいたのだけれど、初めて実感しました。

 お父さんとお母さんもこんな風にお互いを大好きだったんだなって。

 そして、わたしが生まれたんだって。

 

 高校、そして大学と。

 相変わらずお母さんに聞かなかったから、わたしはあなたのことを何も知らなかったけど。

 もう、あなたのことが嫌いだとは思いませんでした。

 だって、わたしはあなたの娘なのだから。

 あなたは、わたしのお父さんだから。

 

 

 

 そして昨日の晩。

 わたしは初めて、お母さんにあなたのことを聞きました。

 

 お母さんは、全部話してくれました。

 名雪という名前を考えてくれたのがあなただったこと。

 わたしが生まれて、あなたがとても喜んだということ。

 あなたの最期の言葉が「名雪の事、頼む」だったこと。

 

 お母さんは、泣いていました。

 わたしも、泣きました。

 だけど、ふたりとも笑顔で。

 泣いていても、笑顔で。

 あなたのこと、一晩中話しました。

 

 うふふ、だから今日はちょっぴり眠いんですけれど。

 

 

 

 わたしは今日、お嫁に行きます。

 子供の頃から、ずっと大好きだったこの人の、妻になります。

 わたしもこの人も、まだまだ若輩で、先は長いけれど。

 いつかは、あなたとお母さんのような。

 わたしの大好きな、お父さんとお母さんのような。

 とってもあったかくて、素敵な夫婦になります。

 

 お母さん、ありがとう。

 わたしを生んでくれて。

 今までずっと育ててくれて。

 

 お父さん、ありがとう。

 わたしのお父さんでいてくれて。

 

 ありがとう。

 本当に、ありがとう。

 

 

 

 

 

 新婦が手紙を読み終えると、一斉に拍手が沸き起こる。

 披露宴会場を埋め尽くす、拍手。

 長年式場勤めをしているが、これほど万感のこもった拍手は滅多に聞くことができない。

 かくいう私も、決して職務からではない心からの拍手を贈っていた。

 最後は涙で震える声になってしまっていたが、新婦の想いは間違いなく天国にいるお父様に伝わったことだろう。

 

 その震える肩を、しっかりと支え、優しい微笑を妻に向ける新郎。

 この二人は絶対に幸せになる。

 私はそう確信した。

 

「お父様へ宛てた手紙、きっと天国のお父様に届いたことでしょう。 では続きまして、新郎、祐一さま、新婦、名雪さまが、ご両親への感謝を込めて、花束をお送りします」

 

 司会が淀みなく次のプログラムを読み上げる。

 さあ、私の出番だ。

 お母様へ渡すための花束を手に、新婦へそっと歩み寄る。

 

「ありがとうございます」

 

 小声でそう言うと、私の渡した花束を手に、新郎と共にお母様の元へ歩む。

 私はその側についていく。

 決して主役である新郎新婦の邪魔にならないように。

 必要以上に目立たないように。

 黒子というのはそういうものだ。

 

「お母さん」

「名雪、綺麗よ」

「うん……」

「祐一さん、名雪の事、お願いします」

「はい」

 

 先ほどの手紙の中にあった、新婦のお父様が最期に言い残したという言葉。

 その言葉と、全く同じ言葉を。

 母が今、新郎に贈る。

 

 父から母へ、そして夫となる者へ。

 想いは、確かに受け継がれていく。

 

「新郎新婦、これよりお色直しの為に退席致します。しばしの間、ご歓談下さい」

 

 私もそれに付き従う。新婦のお色直しを手伝う為だ。

 

「じゃあ祐一、着替えてくるね」

「着替えてくるね、はないだろ」

 

 苦笑しながら新郎。

 確かに……。

 

 

 やがてお色直しも終わり、鮮やかな若草色のドレスを身をまとった新婦。

 その姿を見て、新郎はしばし言葉がなかった。

 

「どう、かな?」

「あ、ああ…… その、な」

「ん?」

 

 口篭もる新郎を、ちょっぴり悪戯っぽい笑みで新婦が急かす。

 

「その、綺麗、だな」

「ありがとっ!」

 

 

『新郎新婦の用意が整いました。それでは入場です、皆様、拍手でお迎え下さい』

 

 扉の向こうから司会の声が漏れる。

 そして万雷の拍手が、扉越しに鳴り響いた。

 

 

「祐一」

 

 会場の扉の前に立ち、私が扉を開ける。

 顔を前に向けたまま、新婦が新郎に声をかけた。

 

「ん?」

 

 そして、その手を取って、言う。

 

「幸せになろうね」

「ああ、当たり前だ」

「うんっ!」

 

 新婦の満面の笑みが印象的だった。

 

 

 そして扉は開かれ、二人は一歩を踏み出した。

 

 

 

 二人で歩む、最初の一歩を。

 

 

 

<FIN>