『家族』がいでん
みなせさんちのぴろくん
−真琴ちゃんは大よわり−
2000/07/20 くじみつき
みなせさんちのぴろくんは、とっても幸せなねこさんです。
え? どうして知ってるのかって?
本人から聞いたんですよ。 だからまちがいありません。
ぴろくんはまだ子ねこさんなので、だっこされるのが大好きです。
あっ、ぴろくんにはないしょですよ?
「そんなことないよ!」って言われちゃいますからね。
でも、本当は大好きなんです。
たぶん真琴ちゃんの頭の上と同じくらい好きなんですよ。
でも、お家でだっこしてくれるのは真琴ちゃんか秋子さんだけです。
祐一くんは、「ねこはこう持つのがせいしきだ!」とかいって、首の後ろを持ちます。
いたくはないんですけど、きもちよくありませんし、だいいち ぶらーん としててカッコ悪いんです。
やめてよぅ! って言おうとして「ふにゃー!」ってないても、「ほらみろ、ぴろも気にいったみたいだぞ」なんて言うんです。いじわるさんですね、祐一くんは。
ですので、だっこしてくれるのは真琴ちゃんと秋子さんだけなんです。
え? 名雪ちゃんはどうなのかって?
じつはぴろくんは、名雪ちゃんにだっこしてもらったことが一回だけあるんです。
その時のようすをお話しましょう。
「いいかぴろ、名雪にだけは近づくな」
真琴ちゃんがこのお家に帰って来てからしばらくして、祐一くんはそう言いました。
「うにゃ?」
「よのなかには、きょりをおいてせっしたほうがいいかんけいもあるんだよ」
「??」
ぴろくんは、そのときにはなんのことだかわかりませんでした。
「どうしてなのよぅ!」
真琴ちゃんもわからないみたいですね。
「……そうか、そんなに知りたいのか。 ……後悔するなよ」
「う、うん」
「に、にゃー」
「じつはな、これは名雪本人から聞いたんだが……」
「「(ごくり)」」
「……ねこって美味いんだそうだ(ぼそっ)」
「ひー!!」
「ふぎゃーー!!」
なんということでしょう! まさかあのやさしい名雪ちゃんにそんないちめんがあったとは!
真琴ちゃんもぴろくんも真っ青になってぶるぶるふるえてしまいました。
「あ、あぅー…… ゆういちぃ、それほんとー?」
「にゃー……」
「うん、うそ」
「……」
「……」
ぼこっ! ガリッ! びしっ! ガブッ!
真琴ちゃんのてっけんと、ぴろくんのつめ&きばは今日もぜっこうちょうです。
祐一くんはボコボコにされて、ゆかの上にぼろぞうきんのようになってたおれています。
うそをつくと、自分がいたい目をみるといういい見本ですね。みなさんはこうならないように、うそはついちゃダメですよ?
「まったく! 祐一がつまらないこと言うからびっくりしちゃったじゃないのよぅ!」
「ふにゃ!」
「ぐっ、いてて…… まぁ、ほんとのこと言うと名雪はねこアレルギーなんだよ」
「ねこあれるぎー?」
「ああ、なみだがぼろぼろ出て、はなみずとくしゃみがとまらなくなるんだ」
「あぅー、ねこがきらいなの?」
「うにゃー……」
「いや、あいつほどのねこずきは、おそらく日本でも五人といないだろう。だからよけいにたちが悪い」
「かわいそう……」
「うにゃん……」
「そうだなぁ、かわいそうと言えなくもないなぁ。だから名雪にはぜったいに見つからないようにな」
「うにゃにゃ!」
「よろしくたのむぞ、ぴろ」
「うにゃん!」
まかせとけ! ですって。
そんな事があってから、ぴろくんは名雪ちゃんにはちかよらないようにしてきました。
ぴろくんも名雪ちゃんのことは大好きなんですけれど、ほかでもない名雪ちゃんのためです。
でも、うんめいはヒニクなもの。
じけんは、起きるべくして起きるものなのです。
その日、ぴろくんは一人、おへやで日なたぼっこをしていました。
真琴ちゃんと祐一くんはなかよく二人でお出かけ中。
真琴ちゃんは「祐一がどうしてもって言うから、しかたなくよ、しかたなく!」なーんて言っていましたけれど、にこにこしてふくをえらぶようすは、嬉しくってしかたがないって感じです。
ぴろくんもそんな真琴ちゃんについていくほどヤボではありません。ひとのこいじをジャマすると、お馬さんにけられてしまうらしいですからね。ぴろくんもお馬さんキックはイヤですから。
「うなー」
おやおや? ぴろくんどうやらお腹が空いたみたいですね。なるほど、もうお昼です。
そのままへやを出ると、かいだんをおりて台所にいるであろう秋子さんの元までてくてく歩きます。
秋子さんのお料理はぜっぴんです。おかげでぴろくんはこのお家に来てから800グラムも太ってしまったほどです。
ただ、あの黄色のジャムだけはごかんべんです。ぴろくんは前にあのジャムを食べてしまい、川の向うからおばあちゃんがてまねきしているのを見たことがありますから。こわいですね。
「うにゃー」
秋子さん、ごはんちょうだい。
そう言ってぴろくんは台所に入っていきました。
でも、そこにいたのは秋子さんでは無かったのです。
「ね……こ?」
「ふにゃ!」
なんということでしょう!
そこにいたのは、名雪ちゃんではありませんか!
「ふ、ふにゃー」
じり、じり、じり。
そのままぴろくん後ずさり。
じり、じり、じり。
ぴろくんが後ずさりした分、名雪ちゃん前進。
「ねこー? ねこー?」
すでに名雪ちゃんの目はじんじょうではありません。
ぴろくんの中にあるやせいのほんのうが「ダメだよ! にげなきゃダメだよ!」って言っています。
「ふ、ふなー……」
「ねこー ねこー ねこー」
じり、じり、じり。
じり、じり、じり。
「……」
「……」
「ねこーーーー!!」
「ふぎゃーー!!」
名雪ちゃんダイビング! ぴろくんをがっちりキャッチ!!
「ねこー! ねこだおー!」
「ふにゃぁぁ!」
すりすりすりすり。
ぼろぼろぼろぼろ。
ぐずぐずぐずぐず。
涙をぼろぼろ流して、鼻をぐずぐずいわせて。
それでもぴろくんに頬ずりする姿は、あるいみあっぱれと言えるでしょう。
ですがたまらないのはぴろくんです。がっちりと両腕にはさまれて、名雪ちゃんの涙とはなみずでびろびろになってしまっていますね。
びろびろだからぴろくんって言うの? ってかんじです。
「ねこー、ねこー、ねーこーー」
「うにゃにゃーーー!」
名雪ちゃんのじごくのほうようは、その後秋子さんがかいものから帰ってくるまでつづきました。
「ただいまぁー!」
「ただいまー」
おや? 真琴ちゃんと祐一くんが帰ってきたみたいですね。
「お帰りなさい、真琴。どう? 楽しかった?」
「おかーさんただいま。べ、べつに楽しくなんかなかったよぅ」
あらあら、そんなに嬉しそうな顔で言ってもせっとくりょくがありませんよ、真琴ちゃん?
秋子さんもそう思ったのか、ふだんよりもニコニコして真琴ちゃんを見ています。
祐一くんもてれくさそうですね。
「あぅー、そ、そうだ、名雪おねーちゃんとぴろは?」
「うふふ、ああ、名雪ならちょっといろいろあってね、今はつかれて寝ちゃったみたいよ」
「何かあったんですか、秋子さん」
「ええ、ちょっと」
「ふーん、じゃあぴろは?」
「ぴろちゃんならおへやにいると思うわよ」
それをきいた真琴ちゃん、さっそくおへやに行ってみました。
「ぴろー、いるー? ……あぅ」
じとー……
ぴろくんはへやのすみっこで背をむけてすわっていました。首だけこちらに向けて、なんだかすごく恨めしそうな目でこっちを見ています。
なんだかぴろくんのまわりだけ、くろい雲がかかっていますね。
「あ、あぅー、ぴろ、ど、どうしたの?」
じとー……
「あぅぅー」
「……ふにゃ」
「あぅ、た、たのしくなんかなかったわよぅー」
「ふにゃにゃ」
「そ、それは…… ちょっとは、その、たのしかったけど……」
「ふなぁー!」
おやおや、ぴろくんやつあたりです。
前足を床に“バシッ”ってたたきつけて、すごいはくりょくです。
でもじっさいには、ふにふにのにくきゅうが当たって“ぽこん”って音がしただけなんですけれど。
「あぅーっ、そんなにおこらないでよぅー」
「ふにゃ!」
ずい!
「うっ、そ、その手はなに?」
「ふにゃん」
「お、おみやげなんてないよぅー」
「ふなぁーー!」
「あ、あぅーっ、わかったわよ、買ってくるからー」
「ふにゃん」
「ううっ、もうすぐ夏なのに、肉マンなんて売ってるかなぁ……」
けっきょく、真琴ちゃんが探しまわって買ってきた肉マン、ぴろくんはなんと3つも食べたんですよ。
ぴろくん、そういうの“やけぐい”って言うんですよ?
おなかこわしてもしらないから。
そんなことがあってしばらくの間、ぴろくんはだれかにだっこされるたびにあばれました。
どうもだっこがトラウマになってしまったみたいですね。
でも今はもうだいじょうぶ、だってぴろくんもともとだっこされるのが大好きなんですから。
さっきも真琴ちゃんにだっこされてごきげんでしたもの。
でもね、ゆだんはきんもつです。
ひげきって続くものなんですよ。
「うなー」
え? だいじょうぶだって?
そんなこと言ってると……。
あっ! ぴろくん、うしろ! うしろ!
「ねこーーー!!」
「うにゃーー!!」
みなせさんちのぴろくんは、とっても幸せなねこさんです。
え? どうして知ってるのかって?
本人から聞いたんですよ。 だからまちがいありません…… たぶん。