明るい家族計画!

2000/12/15 久慈光樹@壊れ


 

 

 

 

「……というわけで秋子さん、俺と名雪、付き合う事になりました」

「了承」

 

 まぁだいたい分かっていた事だが、今回も1秒だった。

 俺の隣で緊張のため固まっていた名雪が、大きく息をついたのが分かる。

 だがつづく秋子さんの言葉に、再び緊張する俺たち。

 

「でも、一つだけ条件があります」

 

「条件、ですか?」

「はい」

 

 何だろう。

『高校生らしく、清く正しいお付き合いをするのよ?』とか?

 まずい……。

 暑くも無いのに額を汗が伝う。

『実は既にヤッちまってます』なんてとても言えない。

 だが秋子さんはにっこりと微笑むと、まるで春の陽射しのような暖かい視線で言った。

 

「絶対に幸せになるのよ」

 

「秋子さん……」

「お母さん……」

 

 これはちょっと不意打ちだった。

 思わず目頭が熱くなる、名雪などは既に涙目だ。

 

 が、つづく秋子さんの言葉に、俺も名雪も固まってしまう。

 

「それで、子供はいつ作るの?」

 

 なんですと?

 

「お、お母さん?」

 

 名雪は瞬間湯沸し器もかくやと言わんばかりに真っ赤になっている。

 

「名雪の子供をお守するのが私の夢だったのよ」

 

 そんな年寄りじみた……。

 

「で、でも秋子さん、俺たちまだ高校生ですし」

「あら、でも高校生のお付き合いはしていないみたいですね?」

 

 ギククッ!

 まずい、バレバレだ。

 考えてみれば当たり前だ、シーツを洗濯してくれているのは秋子さんなのだから、当然あの晩も……。

 隣の名雪が俺の尻をつねる。

 いてててっ、だってしょうがないだろ!

 

「とにかく」

 

 相変わらずにっこりと暖かな微笑を浮かべながら秋子さん。

 

「早く子供を作ってくださいね」

 

 何て事を言うかなこの人は、高校生に向かって……。

 しかしこのときはまだ、俺も軽く考えていたのだ。秋子さん流の軽い冗談だと。

 だがこの後、俺と名雪は知る事になる。

 秋子さんが、正真正銘、本気だったと言う事を。

 

 

 

 

 その日の夕食は、レバニラ炒めだった。

 次の日はうなぎだった。

 そしてその次の日がすっぽん鍋であるに至り、流石の俺も秋子さんに恐る恐る尋ねてみた。

 

「秋子さん、なんか夕食が……」

「あら、精のつく食べ物にしたつもりなのだけれど、気に入ってもらえませんでしたか?」

 

 なんですと?

 

「たくさん食べて元気になってくださいね、祐一さん」

 

 どこを元気にしようと言うのか。

 

「名雪も頑張らないとダメよ?」

「おおおおおお母さん!」

 

 何を頑張ればよいのか。

 

「ああ、それから名雪」

「な、なあに?」

「今夜からは祐一さんと同じ部屋で寝てね」

「は?」

 

 思考停止。

 同じ部屋で寝る?

 誰と?

 名雪?

 なんで?

 

「まだ寒いから、夜お互いの部屋に行くのは面倒でしょ?」

 

 そうだなぁ、確かに済んだ後はそのまま寝ちゃいたい…… っておい!

 

「おおおおおお母さん!?」

「ああああああ秋子さん!?」

 

 狼狽する俺と名雪。

 だが秋子さんはそれがさも当然のように言うのだ。

 

「というわけで、今夜は祐一さんの部屋で寝てね。ああ、布団はもう片付けちゃったから」

「い、いつの間に……」

「さて、ごちそうさま。お風呂沸かしてきますね」

 

 席を立つ秋子さんを、呆然と見送る俺たち。

 

「ど、どうしよう祐一」

「どうしようと言われても……」

 

 とりあえずは今夜の寝床だ。

 布団を片付けられてしまった以上、名雪は自分の部屋で寝るわけにはいかないだろう。

 じゃあ俺の部屋で?

 

「あ、あのさ祐一、その……」

 

 蚊の鳴くような声で何事か言いかける名雪。

 そりゃあ確かにたまに夜お互いの部屋に行き来したりしているが……。

 改めてこうなると恥ずかしい事この上ない。

 

「あーっと…… 今夜さ、その…… し、しょうがないから俺の部屋、こ、来いよ?」

「う、うん」

「……」

「……」

「し、しかし秋子さんにも困ったもんだな、は、ははは……」

「そ、そうだね、あ、あはは……」

 

 うー、どうしても意識してしまってダメだ。顔が紅潮するのがわかる。

 名雪もさっきから真っ赤だ。

 

「じゃ、じゃあ俺、部屋片付けてくるから」

「う、うん」

 

 そのままそそくさと部屋に戻る。

 とりあえずベッドの上に投げ出しておいた制服をきちんとハンガーに…… ってあれ? ちゃんとかかってる。

 よく見ると床に投げ出しておいたはずのマンガ本もきちんと本棚にしまわれている。

 名雪の部屋の布団を片付けるついでに秋子さんが掃除でもしてくれたのかもしれない。

 

「やっぱり、一緒の布団で寝るんだよな」

 

 俺だって健康な男であるから、好きな娘と一緒に寝るのが嫌かろうはずはない。

 だがなぁ。

 やっぱりこう何もかもお膳立てされているってのはなぁ。

 などと考えつつもやっぱり嬉しい気持ちの方が遥かに強いわけで……。

 

「ええと、確かまだあったよな」

 

 ベッドの下をごそごそと……。

 

「あ、あれ?」

 

 無い、無いぞ。

 確かこないだ使ったときにはまだ10個以上あったのに。

 おいおい、アレが無いと秋子さんの思惑通りになっちまうぞ!

 尚もごそごそと探すが見つからず、しまいにはマットレスひっくり返して探すが見つからない。

 

「ま、まさか……」

 

がちゃっ、だだだだ……

 

「あら、どうしました祐一さん」

「あ、秋子さん。俺の部屋、掃除してくれました?」

「ええ、勝手に入ってごめんなさいね」

「それはいいんですけれど、あの……」

 

 うっ、勢い勇んで聞きに来たはいいが、何て言えばいいんだ?

 

「えーと、その…… べ、ベッドの下の」

「ベッドの下?」

「あー、あの、ベッドの下にあったアレなんですけれど」

「アレ?」

 

 相変わらずにっこりと優しい笑顔で聞き返す秋子さん。

 

「あの、ですからその、あ、明るい家族計画って言うか、その……」

「はい?」

「あー、ですから、うー、極薄0.03ミリっつーか、その……」

「はい?」

 

 さっぱり通じていないっぽい。

 くっ、わざとやってるんじゃないだろうな……。

 

「あーうー、とにかく、ベッドの下も掃除してくれたんですか?」

「はい、しっかりと」

「ぐっ、じゃ、じゃあそこにあったものは……」

「ああ、捨てました」

「はい?」

「ですから、捨てました」

「な、なんで?」

「だって必要ないですもの」

 

 にこやかに秋子さん。

 必要ないですものってあーた……。

 しくしく、わざわざ隣町のコンビニまで行って買ってきたのに。

 がっくりと肩を落とす俺に、秋子さんが声をかける。

 

「そうそう、祐一さん。お風呂空いたから入っちゃって下さい。はい、バスタオル」

「はい」

「着替えは後で持って行ってあげるから、そのまま入っちゃって下さい」

「はい」

 

 失意の俺はその言葉に何の疑問も抱かず、そのままタオルを受け取ると風呂場へ向かう。

 その時の秋子さんの表情を見ていれば、俺もみすみす罠にかからなかったろうに……。

 

 

 

 

 

「ふぅ、秋子さんにも困ったもんだな」

 

 ぶつぶつ言いながら服を脱ぐ。

 そしてガラガラと風呂の引き戸を空けて浴室に入ろうとした俺だったが……。

 視界に飛びこんできた一糸纏わぬ姿の名雪の白い肌に、硬直。

 

「……」(同じように硬直し、祐一を見る名雪。目線は一点に固定)

「な、名雪?」

「……」(未だ硬直。目線は一点に固定)

「ど、どうして名雪が?」

「……」(目線をゆっくりと上にあげ、祐一と目が合う名雪)

「や、やぁ」

「きゃああああああっ!」

「わ、悪い!」

 

 慌てて浴槽を飛び出しそうとする俺。

 だがなぜか引き戸が開かない。

 

「あ、あれ?」

 

 ガチャガチャ

 何度やっても開かない。

 と、引き戸の向こうにシルエット。

 

「ゆっくり暖まってくださいね、二人とも」

「あ、秋子さん! なんで引き戸が開かないんですか!」

「外から鍵かけましたから」

「なんで風呂場に鍵なんてついてるんですか! しかも外側に!」

「こんなこともあろうかと、前につけておいたんですよ」

「あ、開けてください!」

「そうねぇ、20分くらいしたら開けてあげますから、それまでゆっくりと暖まってくださいね」

 

 優しくそう言うと、そのまま秋子さんは去っていった様子。

 秋子さん、あんたって人は……。

 

「ゆ、祐一、こっち見ちゃダメだよ!」

 

 背後から狼狽した名雪の声。

 見たいのはやまやまだが、ここはぐっと我慢だ。

 

「お、おう」

 

 背後から名雪が浴槽につかる気配。

 しばらくすると名雪から声がかかった。

 

「も、もういいよ」

「お、おう」

 

 タオルで前を押さえて振りかえると、両腕で身体を抱きかかえるようにして名雪は浴槽につかっていた。

 紅潮した顔をぷくぷくと口までお湯につけ、恥ずかしそうな上目づかいでこちらを見やる。

 うっ、めちゃめちゃかわいい……。

 夜も恥ずかしがってあんまり見せてくれないので、名雪の裸をこうして見るのは初めての事だ。

 ほんのちょっぴり秋子さんに感謝してみたり。

 

「さ、さて、体洗おうかな」

 

 照れ隠しにことさら大きな声で宣言するように言う。

 

「あ、あのさ、祐一」

「ん、どうした」

 

 泡立てたタオルで体を洗う俺を、相変わらず真っ赤な顔で見上げながら、名雪が話しかけてくる。

 もっとも後ろを向いている俺には見えんが。

 

「あ、あのさ、その……」

「あん?」

「せ、背中流してあげよっか?」

「なにぃ!」

「わっ! こっち見ちゃダメ!」

「わ、悪い」

「だから、せ、背中流してあげよっか?」

「い、いいのか?」

「うん」

「じゃあお願いしていいか?」

「うんっ!」

 

 なにやら嬉しそうな声でそう応える名雪。

 

「えと、絶対にこっち見たらイヤだよ」

 

 ざばっ、と浴槽から上がる気配を背中に感じる。

 

「祐一、石鹸とって。わっ! こっち見ちゃダメッ!」

 

 石鹸を渡すためにちらりと振り向いた俺の目に、温まって上気した名雪の素肌が突き刺さる。

 ふ、不可抗力だ……。

 全体的に引き締まっているがきちんと出るべきところは出ている。やっぱこいつスタイルいいな。

 胸なんてこう、柔らかそうで……。 いや実際柔らかいわけだが……。

 うっ……、いかん。思い出しちゃダメだ……。

 体の一部分がびんびんに元気になっていくのを、必死で押さえる。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け……。

 

「じゃあ洗うね」

「あ、ああ」

 

 撫でるように背中を洗ってくれる名雪。

 

「もっと強くてもいいぞ」

「うん、わかった」

 

ゴシゴシ

 

「このくらいでいい?」

「おう、いい気持ちだ」

「うふふふ」

 

ゴシゴシ

 

「祐一の背中、広いね」

 

ゴシゴシ

 

「あん? まぁ男だからな」

 

ゴシゴシ

 

「なんか…… お父さんの背中みたい」

「え?」

 

ゴシゴシ

 

「小さい頃ね、わたし、お父さんの背中大好きだった」

「名雪……」

「お父さんのこと、もうほとんど覚えてないんだけど、こうやってよく背中を流してあげたことは覚えてる」

「……」

 

ゴシゴシ

ゴシゴシ

ゴシゴシ

 

「祐一」

「ん?」

 

ゴシゴシ

 

「いなくなっちゃやだよ?」

「え?」

 

ゴシゴシ

 

「わたしを置いて、いなくなっちゃ、やだよ?」

 

ゴシゴシ

 

「ずっと一緒にいてくれなくちゃ、やだよ?」

 

「名雪!」

「きゃっ!」

 

 振りかえった俺は、名雪の身体を思いっきり抱きしめる。

 

「ゆ、祐一?」

「いなくなったりするもんか」

「え?」

「約束しただろ? ずっと一緒にいるって」

「う、うん」

「何度だって言うぞ。俺は名雪とずっと一緒にいる。絶対にいなくなったりしない」

「うん」

「俺は名雪の事が、大好きだから」

「うん…… うん!」

 

 名雪も俺の背中に両腕をまわし、しっかりと抱き着いてくる。

 俺たちはそのまま裸で抱き合っていた。

 

 だがしばらくすると、腕の中の名雪がもぞもぞし始める。

 

「あ、あのね、祐一」

「どうした?」

「そ、その…… あ、当たってるんだけど……」

「?」

「わ、わたしのお腹に……」

「なんですと?」

 

 そう言われてみれば、俺の欲望に忠実な部分はしっかりと立ちあがって、名雪のお腹の辺に……。

 くっ、せっかくの感動シーンがぶち壊しだ!

 

「わ、悪い! ……うぉ!」

 

 動揺して石鹸を踏みつけてしまう俺。

 

「わっ! 祐一……きゃっ!」

 

 名雪もそんな俺を支えようとして、そのままバランスを崩す。

 

ビターン!

 

 そのまま、仰向けにひっくり返る俺。

 

「いててて……」

「わっ、わっ、わっ」

 

 しばらく頑張っていた名雪だったが、結局自分の体を支えきれず、しりもちをついた。

 

 ……俺の顔の上に。

 

ムギュ

 

「あん……」

「………………ぴんく(がくっ)」

 

 そしてそのまま俺は、意識を失ったのだった。

 

 

 

 

 

「はっ、花びら! ……あ、あれ?」

 

 気がつくと俺はベッドに横たわっていた。

 

「花びらがどうしました? 祐一さん」

「あ、秋子さん。いえ、なんか夢を見たみたいで……」

 

 何の夢だったかはよく思い出せなかった。

 

「祐一、だ、大丈夫?」

 

 名雪が真っ赤な顔で俺を覗き込む。

 一瞬自分がどうしたのか理解できなかったが、名雪の顔を見てようやく思い出した。

 途端に顔が紅潮する。

 

「あ、ああ、大丈夫だ」

「そ、そう、よかった」

 

 真っ赤になった俺たちを見ながら、秋子さんはどこまでも優しげな声で話しかける。

 

「でもびっくりしましたよ、名雪に呼ばれて行ってみれば祐一さんが気を失っているんですもの」

「は、はは。ちょっとのぼせちゃって……」

 

 まてよ? 確か俺は素っ裸で気を失ったはずだが……。

 今はしっかりとパジャマを着ている。

 

「あ、あのね。お母さんと一緒にここまで運んで、それから服を着せたの」

 

 なんですと?

 

「ふふふ、祐一さん、若いわね」

 

 何が?

 

「若い子は元気でいいわ」

 

 どこが?

 

「じゃあ名雪、後はお願いね」

「う、うん」

「……頑張ってね」

 

 何を?

 

「おおおおおお母さん!」

「ふふふ、それじゃあおやすみなさい」

 

 そう言って部屋を出ていく秋子さん。

 まったくこの人は……。

 

「悪かったな、名雪。でももう大丈夫だからお前も寝てくれ」

「う、うん、でも布団が……」

 

 そうか。名雪の布団は秋子さんに片付けられちまったんだっけ。

 し、しょうがねえな。

 

「じゃ、じゃあ。ほら」

 

 体をずらし、かけ布団をめくってやる。

 いや、その。し、しょうがないだろ、名雪は寝るところが無いんだから。

 不可抗力。そう、不可抗力だ。

 

「う、うん、ありがと」

 

 更に赤くなって、おずおずと布団に入ってくる名雪。

 

「えへへ、なんか恥ずかしいね」

 

 俺のすぐ隣で、真っ赤になりながらも微笑む名雪の笑顔。

 か、かわいい……。

 あっ、いや、いかんいかん!

 アレが無い以上、今夜は手ぇ出しちゃダメだ。俺はこの歳でパパになりたくない。

 

 それからしばらく2人で向かいあって、とりとめのない話をする。

 そうする内にだんだん緊張も薄れてきて、俺も名雪もいつも通りに話せるようになってきた。

 

「……というわけさ、まいったよ」

「うふふ、そうなんだ」

 

 何でも無い会話。

 だが名雪はとても嬉しそうに笑う。

 その笑顔を見ながら、俺は心の内で思うのだ。

 ああ、俺はこんなにも……。

 

「それでね、それでね、香里ったら…… ? どうしたの、祐一?」

 

 不思議そうな名雪。

 俺は体を動かし、そんな名雪を腕の中に引き寄せた。

 

「わっ、ゆ、祐一?」

「名雪、俺さ……」

 

 俺のこの気持ちを、なんとか言葉にして伝えようとする。

 どんなに俺が名雪を大切に想っているか。

 どんなに俺が名雪のことを大好きか。

 でもどんな言葉を使っても、この気持ちの10分の1も伝えられないような気がして。俺は口を閉じ、名雪を抱く腕に力を込めた。

 初めは少し戸惑っていた名雪だったが、そのうちにギュッと俺にしがみついてくる。

 しばらくは2人、なにも話さずに抱き合う。

 

 この先、どうなるのかなんて分からない。

 高校を卒業して、大学、もしくは専門学校。

 就職して、仕事して。

 やがては俺も結婚して、子供が生まれて。

 その子供にも、子供が生まれて、さらにその子供にも……。

 未来がどうなるかなんて、きっと誰にも分からない。

 

 だけど、一つだけ分かっていることがある。

 どんな時も、どんな未来でも。俺の隣には、こいつがいて。こいつの隣には、俺がいて。

 ずっと一緒に、歩いていくんだ。

 道が終わる、その時まで、ずっとずっと一緒に、歩いていくんだ。

 いつまでも、2人で。

 いや……。

 

「なあ名雪、いつかは……」

「うん、そうだね」

 

 言葉にしなくても、名雪にも伝わったのだろう。

 そう、今は名雪と、それから秋子さんと3人だけど。

 いつかは4人になるんだ。いや、5人でも6人でも一向に構わない。

 

「うふふ、でも祐一の赤ちゃんなら、今すぐでも欲しいかも」

 

 そう言って名雪はちょっぴり悪戯っぽく笑う。

 

「ははは、そうだな。俺もちょっとそう思うよ」

「うふふふ」

「はははは」

 

 ひとしきり笑って、やがてどちらともなく口付ける。

 唇を触れ合わせるだけの、キス。

 

「これからもよろしくな、名雪」

「こちらこそよろしくね、祐一」

 

 しっかりと腕に抱いた名雪は、暖かかった。

 そのぬくもりを感じながら。

 俺と名雪は、眠りについたのだった。

 

 

 

 

 翌朝。

 

「おはようございます、祐一さん」

「おはようございます」

「うにゅう、おはよーございます」

「はい、おはよう名雪」

 

 いつも通り朝食を用意してくれる秋子さん。

 イチゴジャムをたっぷりぬったパンを食べて、少し目が覚めてきたらしい名雪。

 やがて朝食を終え、そろそろ学校に行く時間だ。

 

「あの、秋子さん」

「はい、何ですか」

「ええと、そんなに焦ることはありませんよ」

「え?」

「なあ、名雪?」

「うん、焦らなくても、そのうち…… ね?」

「ああ」

 

 俺と名雪をしばらく見つめていた秋子さんだったが、やがて暖かな笑顔を浮かべた。

 

「そうですね、焦る事はありませんよね」

「ええ」

「うん」

 

 傍から聞いているとちょっと意味不明の会話。

 だが俺たちにはちゃんと分かっている。それでいいんだ。

 

「あ、祐一、時間」

「げっ、何時だ今」

「一生懸命走らないと間に合わないよ」

「急げ、名雪」

「うん、じゃあお母さん、いってきます」

「いってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 

 俺と名雪は秋子さんに見送られ、水瀬家を後にする。

 いつも通りの風景。いつも通りの3人。

 

 今日は暖かい。

 春はもう、すぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

<おしまい>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、ここで終われば綺麗だったのだが……。

 

がちゃっ、だだだだ……

 

「あら、どうしました祐一さん」

「あ、秋子さん。俺の部屋、また掃除してくれました?」

「ええ、また勝手に入っちゃってごめんなさいね」

「それはいいんですけれど、あの、ベッドの下にあったアレなんですけれど」

「ああ、捨てました」

「な、なんで?」

「だって必要ないですもの」

 

 あ、秋子さーん!

 

 

 

<(本当に)おしまい>