虫の知らせか、それとも異能者同士、通じ合ったのか。

 降り止まぬ雨の中、舞は妙な胸騒ぎを感じて閉じていた目を開いた。

 

「佐祐理、祐一」

 

 離れている2人のことが気にかかる。

 何でもないと思いたかった。

 だが、こと嫌な予感にかけて舞の予感は自分でも嫌になるくらいよく当たるのだ。

 

 踵を返してその場を立ち去ろうとする。

 だが……。

 

「誰っ!」

 

 森の中に微かな気配を感じて、誰何した。

 

「ふふふ、流石ね」

「……!」

「お久しぶり、舞」

「留美……」

 

 『剣聖』と『狂戦士』、約2年ぶりの再会であった。

 

 

 

 


異能者

<第九章>

−縛られし者−

2000/09/15 久慈光樹


 

 

 

 

「私はこの時をどんなに待ち望んだか……」

「やめろ、やめるんだ佐祐理さん!」

「やめる? 何をやめるの?」

 

 そう問う佐祐理の顔に、再び壊れた笑みが浮かぶ。

 

「祐一さんもおかしなことを言うのね」

 

 くすくすと、口に手を当てて、笑う。

 その笑いはまるで童女のようで、だからこそ祐一は背筋を冷たいものが伝うのを自覚した。

 

 

 

 

 

「2年ぶりくらいかしら?」

 

 ゆっくりと刀を鞘から抜きながら、留美は続ける。

 

「あの時の借りを返させてもらうわよ」

 

 舞も手にした剣をゆっくりと構える。

 

「それは、こちらの台詞」

 

 佐祐理と祐一のことが気にかかった。だが、今は意識から追い出す。

 他のことを考えていて、勝てるような相手ではない。

 2年前の戦いでは刀を折られたほどの強敵である。少しでも気を抜けば、斬って捨てられる。

 

「……」

「……」

 

 両者とも、構えたまま暫く動かない。

 

「七瀬留美、参る!」

「応っ!」

 

 両者の口から出た裂帛の叫びが、戦いの合図だった。

 

 

 

 

 

「一弥くんのことは、謝って許されることじゃない、だけど……」

 

 唇を噛み締める。

 何を言っても言い訳にしかならないだろう。

 

 祐一は恐らく自分が壊滅させたであろう佐祐理のいた組織のことを、覚えていなかった。

 Kanonとして蜂起してから、それこそ数限りない戦いがあった。

 何人も殺した。

 きっとその中に佐祐理の弟も含まれていたに違いない。

 

 

 

 

 

 ギィン!

 

 一合、二合、三合。

 打ち合わされる剣の音が、降りしきる雨のなか、森に響く。

 四合目は、そのまま鍔迫り合いに移行した。

 

「ふふふ、腕は落ちていないようね」

「そちらこそ」

 

 ギリギリと金属が擦れ合う嫌な音を聞きながら、全力で相手を押し返す。

 いや、狂戦士は全力ではなかった。

 

「おおおっ!」

 

 雄叫びと共に腕を振る。

 吹き飛ばされるように舞の身体は後方に押し返される。一瞬足が地から浮くほどであった。

 

 『狂戦士』七瀬留美の特性は超筋力である。

 彼女の剣技は力を主とし、いかに『剣聖』といえど単純に力だけで言えば遠く及ばない。

 舞とて決して非力ではないにも関わらず、だ。

 

「ふっ!」

 

 鋭く息を吐き出し、浮いた足が地に付くと同時に、舞の姿がかき消すように消える。

 

「くっ」

 

 背後よりの斬撃を、刀を背に回すようにして受ける留美。

 右、左、正面。

 連続して四方より打ち込まれる斬撃を、辛うじて全て刀で受けた。

 

「流石に、速いわ……」

 

 『剣聖』川澄舞の特性はその神速にある。

 異能力『神歩行』(ブリンクスルー)を駆り一瞬にして場所を移動し、四方から斬撃を繰り出す。

 その速度は常人の追えるところではなく、いかに『狂戦士』といえど防ぐのがやっとであった。

 

 

 

 

 

「謝って許されることじゃない、ですって?」

 

 ずっと続いていた佐祐理のくすくす笑いが、ぴたりとやむ。

 その両眼には激しい炎が燃えているようであった。

 

「だったら」

 

 氷のような声。

 

「死んでちょうだい」

 

 

 

 

 

「『剣の暴君』(ソード・タイラント)!!」

 

 衝撃波が雨を蒸発させ唸りを上げながら迫る。

 

 余裕をもってかわすも、かわした先に合わせられた。

 

「そこっ! 『剣の暴君』(ソード・タイラント)!!」

「くっ!」

 

 『神歩行』を全開にし、辛うじて避ける。

 風圧に舞のまとめた髪が激しく揺らいだ。

 

『剣の暴君』の真に恐るべきはその威力ではなく、連射性にあった。

 単発であれば、それがどんなに威力を秘めていても舞なら避けるだろう。だが連射されるといかに神速を誇るとはいえ、舞に分が悪い。今のように回避した瞬間を狙い撃ちされるからだ。

 すかさず間合いを詰め、接近戦に持ち込む。

 

 間合いを一瞬にしてゼロにするそのスピードは、やはり留美にとって脅威であった。

 留美とてスピードが遅いわけではないのだ、常人であればとても追いきれないレベルにある。

 だが、目前の敵が繰り出す速度は常軌を逸していた。

 接近戦になれば相手の方が手数が多い分、どうしても後手にまわってしまう。

 

 そしてまた、舞も接近戦ならば絶対に有利というわけではないのだ。

 相手の持つ異能力は溜めをほとんど必要としない。隙を突かれ、至近距離から食らってしまえば全てが終わる。

 さしもの舞も至近距離からあの異能力を避けられるとは思えなかった。

 

 『剣聖』と『狂戦士』

 互いに異名に恥じぬ力量を秘め、その実力は拮抗していた。

  

 

 

 

 気付いたときには、遅かった。だが、遅すぎはしなかった。

 佐祐理の動きは予想外に速く、意識を他に向けていた祐一が気付いたときには、彼女が目の前にいた。

 ナイフを腰だめに構え、身体ごとぶつかってくる。

 だが、それでもなお、祐一の反撃の方が速いだろう。無意識の内に紅光で迎え撃とうと身体が動く。

 

 だがその動きは、佐祐理の表情を見て、止まった。

 

 

 

 

 

「まずいわね、これじゃあ千日手だわ」

 

 留美が愚痴るようにこぼす。

 その言葉通り、戦いは膠着し容易に決着はつかないように思われた。

 両者とも、素早く間合いを取る。

 

「留美、ここは一旦引いてはもらえないだろうか」

「はぁ?」

 

 まさかこの場面で、舞の口からそのような言葉が出るとは予想していなかったのだろう、留美の口から意外そうな声が漏れた。

 舞の顔をまじまじと見る。別段冗談を言っているわけではなさそうだ。

 最も、この女性が冗談を言うところなど想像もできなかったが。

 

 舞は先ほど感じた漠然とした嫌な予感が、更に膨れ上がっていくことに焦りを感じていた。

 留美と決着をつけたいというのは舞も強く望んでいたが、今はそのこと以上にこの得体の知れない予感が気になった。

 

「何か、気になることがあるみたいね。今のあなたはほんの少しだけど、集中力を欠いているわ」

「……」

 

 一旦意識してしまうと、その嫌な予感は更に大きくなった。舞の顔にはっきりと傍目にも分かるほどの焦りが浮かぶ。

 

「ふぅ、まあいいわ。集中力を欠いた今のあなたに勝っても意味が無いし。私はベストの状態にあるあなたと戦って、勝ちたいの」

「……済まない」

 

 一言そう言い残し、舞は身を翻すと神速を駆って森に消えた。

 

「やれやれ、私もお人好しだわ」

 

 苦笑し、ゆっくりと舞の後を追うように、留美も森に消えていった。

 

 

 

 

 

 佐祐理の顔に浮かんでいたのは、透き通った、透明な笑み。

 炎のような憎しみではなく。

 氷のような悲しみでもなく。

 ただ純粋な、喜びの笑み。

 

 ああ、彼女は死ぬつもりなんだ。

 

 唐突に、そう理解する。

 彼女は、自分の手で殺されることを望んでいるのだ。

 

 罪の意識。

 復讐にすり代えることにより、意識の外に追いやっている強烈な罪の意識が彼女を生に執着させないのだろう。

 だからこそ、自らに危険が及ぶその異能力も躊躇い無く用いるのだ。

 『自己無き』倉田佐祐理。

 彼女の自己は、悔やんでも悔やみきれない過去と、罪の意識に縛られている。

 彼女には未来は無く、過去と今があるだけなのだ。

 

 でも

 

 それじゃああまりにも哀しいじゃないか。

 

 そうだろ? 佐祐理さん。

 そうだろ? 舞……。

 

 

 ドン

 

 身体に伝わる軽い衝撃。

 腹部に、灼熱感。

 

「どう…… して……?」

 

 血に染まったナイフを握り締めて呆然とする佐祐理の、その震える声を聞きながら、祐一はゆっくりとその場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

「祐一! 佐祐理!」

 

 駆けつけた舞が見たものは、血塗れたナイフを手に立ちつくす佐祐理と、その前で腹から大量に血を流し倒れ伏す祐一だった。

 

「どうして……?」

 

 その呟きは舞の口からではなく、佐祐理の口から漏れた。

 

「どうしてなの、祐一さん……」

 

 祐一は、意識を失ってはいなかった。

 その声に、応えるように薄く目を開く。

 

「さ、さゆりさ、ん……」

「どうして! どうして私を殺さなかったの!?」

「でき……ない、よ……」

 

「あなたには、あなたには守りたい人たちがいるのでしょう?! こんなところで死ぬわけにはいかないのでしょう!?」

 

 血を吐くような叫び。

 佐祐理は、涙を流していた。

 弟を失ってから、初めて流す涙だった。

 

「私は死んでもよかった! いいえ、私こそ、死ぬべきなのに!」

「佐祐理……」

「本当は分かってた……」

 

 血塗れたナイフを取り落とし、力尽きたようにその場に膝をつく佐祐理。

 

「悪いのは祐一さんじゃないんだって。悪いのは私なんだって」

 

 

 その光景に立ちつくしていた舞だったが、我に返ると祐一に駆け寄る。

 

「祐一!」

 

 服の裾を裂き、血止めにする。

 だが、どんなにきつく布を巻いても、溢れ出る血は止まらなかった。

 倒れ伏す祐一は、多量の出血のため既に意識が無いようだ。

 

 この傷では、助からない。

 

 冷静な剣士としての舞がそう告げていた。

 だが、それを許容することはできなかった。

 

「祐一、大丈夫、こんな傷、すぐに治る。大丈夫、大丈夫だか……ら……」

 

 流れ出す涙に言葉を詰まらせる。

 意識の無い祐一に、ボロボロと涙をこぼしながら繰り返し繰り返し「大丈夫」と呟く舞は、まるで小さな子供のようだった。

 

 手に入れた幸せな日々。

 自分と、佐祐理と、祐一と。

 3人で過ごす、何の面白みもない、退屈な、でもとても幸せな日々。

 その幸せが今、真っ赤な血と共に失われてゆく。

 

「まさか、こんな結果になるなんてね……」

 

 いつのまにかその光景を見ていた留美が、そっと呟いた。

 今ここで要たる祐一を失えば、Kanonは瓦解するだろう。そうなれば折原浩平の、ONEの計画も水泡に帰す。

 だが留美にはそのことよりも、相沢祐一という強敵を失うことの方が痛かった。

 その資質を考えれば、近い将来自分はおろか、あの折原浩平をも超える力を身につけたかもしれないのだ。

 

 

 舞の腕の中で、祐一の顔色は土気色を帯びていく。

 それにしたがい彼の生命もこのまま失われるかに見えた。

 

 

 

 

 その時

 

 

 

 

 

ドクン!

 

 

 

 

 祐一の身体が、一つ大きく脈打った。

 

「ゆ、祐一?」

 

 戸惑い、彼の名を呼ぶ舞。

 だが彼は意識を失ったままだ。

 

 

 

 

ドクン!

 

 

 

 その鼓動は、どんどん速く、大きくなっていく。

 

 

 

 

ドクン!

ドクン!

ドクン!

 

 

 

 それが支えきれないほど大きくなるにつれ、祐一の身体を黒い、闇のような霧が覆い始めた。

 その闇を見た留美の顔色が変わる。

 

「あ、あれはまさか…… 舞! 離れなさい、早く!」

 

 留美のその真剣な叫びに従ったのか、それとも同じ異能者として危機を感じ取ったのであろうか。

 舞は素早く、黒い闇に覆われつつある祐一の身体から離れた。

 

「祐一さん……」

 

 佐祐理が呟く。

 祐一の身体に何が起きたのか? それはわからない。

 だが果たして祐一に助かって欲しいと思っているのか。

 復讐を遂げることに満足を覚えているのか。

 

 佐祐理自身、分からないでいた。

 

 

 

 

 

 夢。

 夢を見ていた。

 幼い頃の夢。

 今はもう忘れてしまった、遠い遠い昔の夢。

 

どうして忘れた?

 

 いつも一緒に遊んだ。

 3人で。

 

3人?

 

 俺と、名雪と、そして真琴。

 

本当に真琴だった?

 

 違う。

 

何が違う?

 

 あの時、真琴はいなかった。

 

じゃあ誰?

 

 分からない……。

 思い出せない……。

 

 

 違う。

 

 

 分からないんじゃない。

 思い出せないんじゃない。

 

 

 思い出したくないんだ。

 

 

 

 

 

 声が聞こえる。

 

 小さな声が。

 

 自分は知っている。

 

 その声を知っている。

 

 

 盟約。

 

 そう、永遠の盟約だ。

 

 

 そして、その声は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

約束、だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 うおぉおぉぉォオオォオン!!

 

 

 

 

 

To Be Continued..