「これで、終わりよ」

 

 その声は、さながら死神の声。

 絶対的な死の宣言。

 

「『剣の暴君』(ソード・タイラント)!!」

 

 

「うわあああああぁ!!」

 

 

 叫びをあげて、祐一は目を覚ました。

 そして同時に全身を襲う苦痛に声にならないうめきを漏らす。

 

「ぐ……ぅ……」

 

 彼の叫びを聞きつけたのだろう、質素な部屋の質素なドアを開き、男がゆっくりと入ってきた。

 

「やあ、お目覚めかい? 相沢祐一くん」

 

 

 

 


異能者

<第七章>

−求めるは、力−

2000/08/29 久慈光樹


 

 

 

 

 苦痛に顔を歪めながら、自分の今の状況を確認する祐一。

 その全身には真新しい包帯が巻かれていた。

 

「ぐっ……」

「ああ、あんまり無理はしない方がいいよ。割と大怪我だから。肋骨が折れてもう少しで肺に刺さるところだったんだよ」

 

 目の前の青年は、まるで晩御飯のことでも話すように軽く言う。

 見たことのない顔だった。

 

「ここは……」

「なんだ、何も覚えていないのかい?」

 

 祐一は混乱する記憶を整理しようと目を瞑った。

 

 

俺は…… 確か『剣聖』と会うために旅に出て……

そうだ! 俺は……!

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「秋子さんの話だと、確かこのあたりだったんだが……」

 

 祐一はバイクを止め、あたりを見回す。

 Kanon指令である水瀬秋子の命令で『剣聖』を探す旅に出てからもう10日以上経つ。

 指示された場所まではバイクで移動していた。

 この時代、労働力不足から各地の公共交通機関は全く機能していない。その為、移動の手段としては専らバイクや自動車が使用されている。

 大破壊前はバイクを運転するにも“メンキョショウ”という特別な訓練の証が必要であり、また安全性確保の為にヘルメットの着用が義務付けられていたと祐一は聞いたことがあった。

 だが法律の形骸化により、今では運転方法さえ知っていれば誰に咎められることもない。公共交通機関が使用できない現在においては移動の手段としては欠かせない存在となっているのである。

 

「10日も同じ場所に留まっているはずもないか」

 

 実際には舞と佐祐理がその場を後にしたのは、ほんの1、2日前のことなのだが、神ならぬ祐一にその事がわかるはずも無い。

 

「これは何とかして本部と連絡をとったほうがいいな」

 

 そうひとりごち、バイクを走らせようとした時だった。

 

「あら、こんな所で『紅の』相沢祐一と鉢合わせするなんてね。運がいいのか悪いのか」

「誰だ!」

 

 その声が聞こえた瞬間、バイクから飛び降りて周囲を見まわす祐一。

 バイクの倒れる重々しい音にも意識を向けない。

 

 気配がしなかった。

 

 祐一の額を汗が伝う。

 これだけの完璧な穏行、只者とは思えない。

 

「ふふふ、直接顔を合わすのは初めてかしらね」

 

 その声と共に、木陰から一人の女性が姿を現す。

 美しい女性だった。年齢は祐一よりもやや上だろうか。

 長く伸ばした髪を、頭の左右で2つに纏めている。それが実際の年齢よりも女性をやや幼く見せていた。

 そして右手には刀。日本刀だった。

 

「初めまして、私は七瀬留美」

「『狂戦士』……」

 

 祐一のその呟きを聞いて、七瀬と名乗った女性は顔をしかめた。

 

「その異名、どうにかならないかしら」

 

 『狂戦士』七瀬留美。

 ONEリーダー折原浩平の側近の女性である。

 単独の戦闘能力から言えば、側近中でも最も秀でていると目される人物。

 手にした刀より繰り出される剣技は力を主とし、年頃の女性らしい華奢な外見からは想像もできないような膂力を発揮する。

 また単一戦闘能力だけでなく、その卓越した戦略目から実質的に側近中では筆頭として恐れられていた。

 

「本当は『剣聖』に会いに来たのだけど……」

「何だと?」

 

 ONEも剣聖に接触を計るつもりだった。

 その事実に愕然とする祐一。

 冷静に考えればそれほどおかしなことではない、いや、むしろ力ある異能者を自らの陣営に取り込もうとするのは必然であるといえるだろう。

 

「でも、いないみたいね。まったくあいつは、相変わらず風来坊なんだから」

 

 留美のその口調に、違和感を感じる祐一。

 

「『剣聖』と面識があるのか?」

「ふふふ、さて、どうかしらね」

「……」

「いいわ、私に勝てたら教えてあげる。あなたとは一度手合わせしてみたかったのよね」

 

 そう言うと手にした刀を鞘より抜き放つ。

 刀を抜いた途端、圧倒的な威圧感が祐一を包んだ。

 

「望むところだ!」

 

 聞きたい事は山ほどあるし疑問もある。だが全ては目の前の敵を退けてからだ。

 そう決意し、祐一は自らの異能力を高め始めた。

 敵は側近筆頭、『狂戦士』七瀬留美だ。手加減や様子見が必要とは思えなかった。こちらも全力で当たらねば恐らく勝つ事などできないだろう。

 

 敵が得物を持っている以上、接近戦は分が悪い。

 祐一は接近される前にカタをつけるつもりであった。

 

 異能者の展開する精神バリアは銃器や剣刀類を完全に遮断する。

 だが同じ異能者が持ち、刀身に異能力を込めて繰り出される斬撃は、容易に精神バリアを切り裂き生身に達する。

 極端な話、異能者同士の接近戦においては通常の人間の殺し合いと同様なのである。

 だが精神バリアによるダメージの軽減は有効であるため、接近戦だからといって異能力の強弱が影響しないという訳でもない。

 全ては異能力の強さにかかっている。

 

 少なくともこの時点では祐一はそう考えていた。

 

「七瀬留美、参る!」

 

 先に動いたのは『狂戦士』であった。

 その異名に恥じない猛々しい気合をもって間合を詰める。

 だが祐一も易々と接近戦に持ち込まれるつもりは無かった。

 

『深紅の黄昏(クリムゾントワイライト)!!』

 

ガガァァン!!

 

 荒ぶる紅光が視界全てを焼き払う。

 しかし祐一もそれで勝利を確信するほど楽天家ではなかった。立ちこめる土煙の中、瞬時に後退する。

 斬撃は横から来た。

 正に一瞬の差。今まで祐一が立っていた場所を死の刃が両袈裟切りの軌道で通過する。そのまま立っていれば祐一は4等分されていただろう。

 冷たい汗が背を伝う。だが敵が空振りしたことを認識するより先に自然と体が動いた。

 一旦後退した祐一がそのまま逆に間合をつめる。先ほどの紅光は目くらましであった。

 高めた異能力を右手に込めて、敵に繰り出す。先の折原浩平との戦いで用いた戦法を、祐一はその後も修練していたのだ。

 

「はぁっ!!」

 

 裂帛の気合をもって、紅光を放つ右手を横を向いている敵に叩きつける祐一。

 だが七瀬はそれを予期していたかのごとく体を前に投げ出すようにしてかわす。

 と、同時に体を捻り、前向きに倒れこみながらも手にした刀で下から切り裂こうとする。

 

「つぇぃ!」

 

 だが祐一は避けられる事を予期していた。

 

「もらった!!」

 

 前に突き出した格好になっている右手の手のひらを下に向け、そのまま振り下ろす。

 同時に右手に込めた異能力を下向きに開放する。

 

「ちっ」

 

 自らの斬撃が間に合わない事を悟ったのだろう。七瀬は軽く舌打ちをすると、捻った体と繰り出しかけた刀を元に戻し、未だ地面についている両足で地面を蹴った。

 そのまま飛び込み前転の要領で紅光から逃れる。

 この一連の動作は全て倒れ込みながら行われたのである。素晴らしいボディバランスであった。

 

ガガァン!

 

 またしても立ちこめる土煙。

 再度の奇襲を警戒し、身構える祐一。だが斬撃は来なかった。

 

 やがて立ちこめる土煙が晴れ、両者は再び初期の間合を保ったまま対峙する。

 

「ふふふ、やるわね。流石は『紅の』相沢祐一」

「あんたもな」

「さっきの異能力の使い方、あれは折原との戦いの時に学んだわね?」

「まぁな」

「戦い方に柔軟性もある。素質としては十分上を狙える逸材ね、敵にしておくのは惜しいわ」

 

 留美はそこで一端言葉を切り、笑みを浮かべる。

 強い敵を前にしたときにこの少女が浮かべる笑みであった。

 

「だけどね……」

 

 そして、勝利を確信した笑みであった。

 

「それじゃあ私には勝てないわよ!」

 

 そう叫ぶと同時に、瞬時に間合を詰める。

 静から動へ、完全なる奇襲だった。

 祐一は完全に意表をつかれながらも、よく反応したと言うべきであろう。

 

「くっ!」

「はぁぁっ!!」

 

 繰り出したのは“突き”だった。胴、そして首への瞬速の2段突き。

 正規に剣を学んだ人間にとって、突きは嫌悪される傾向にある。

 突きとは戦いにおいて確実に相手の息の根を止める為の手段であるからだ。体の中心である胴に向けての突きはかわし難く、たとえかわしたとしても体勢を大きく崩してしまう。

 果たして、祐一も大きく体勢を崩した。

 

「くそっ!」

 

 倒れ込みこそしなかったが、続く斬撃は避けられないであろう。

 それを瞬時に悟り、意識を回避から精神バリアへの防御へと向ける祐一。

 正しい判断である。

 避けられない事を瞬時に悟り、致命傷を避ける手段を講じた祐一の判断は、賞賛されて然るべきであろう。事実、そのまま七瀬が通常の斬撃を放ったとしても、傷つきこそすれ致命傷を負う事は無かったに違いない。

 

 しかし。

 

「かかったわね」

 

 その呟きと共に、異能力が急激に高まる。

 今まで刀による斬撃のみに固執していた攻撃自体、罠であったのだ。

 

「し、しまっ……」

「これで、終わりよ」

 

「『剣の暴君』(ソード・タイラント)!!」

 

 『剣の暴君』(ソード・タイラント)

 振り下ろした刀より放つ衝撃波による物理攻撃。

 その凶暴な破壊力により、七瀬留美を『狂戦士』として恐れられる存在とした異能力である。

 純粋な破壊力という点から見れば同じ側近である『水魔』里村茜の『青い衝撃』(ブルーインパルス)には劣るとはいえ、使用後に昏倒するという事も無く、実戦においての使い勝手という点から見れば遥かに勝っている。

 七瀬はこの異能力を直接攻撃と織り交ぜて使用する事により、こと接近戦にかけては無敵を誇っていた。

 

「ぐぅ!!」

 

 襲い来る破壊の衝撃。

 凄まじい苦痛。

 刀を振り下ろしたまま、冷たい目でこちらを見やる『狂戦士』。

 死。

 

 祐一の意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「そうだ! 俺はあのとき『狂戦士』に負けて……」

 

 その後の記憶は無かった。

 本来ならあの場で死んでいたはずの自分。だが現実は傷つきながらも生きている。

 

「あんたが助けてくれたのか?」

 

 祐一は目の前に佇む青年にそう尋ねた。

 年の頃は祐一より少し上だろうか。線の細いその体は、一種病的なものを感じさせた。肌の色も不自然なほどに白い。

 

「そういうことになるかな。相沢祐一くん」

「なぜ俺の名前を知っている?」

「『紅の』相沢祐一といえば有名だからね。この辺でも噂になっているよ、あのONEの異能者狩り部隊を退けたKanon、そしてそのKanon最強の異能者『紅の』相沢祐一ってね」

「Kanon最強の異能者か……」

 

 自嘲気味に呟く祐一。

 『狂戦士』七瀬留美との戦いを思い出す。

 言い訳しようもないくらい、完全な敗北だった。

 

 異能力の強度で負けたわけではなく、戦い方で負けた。

 

 祐一は今まで戦いにおいては異能力が強い人間が勝つのだと、心のどこかで信じていた部分があった。

 自分の異能力が弱いとは思わない。それは自分自身が一番よくわかっている。異能力の強さだけで言えばここまで圧倒的な力の差は無かったはずだ。

 だが、現実はどうか。祐一は一方的とも言える負け方をしたのだ。

 経験、戦いの勘、そして戦いに望む意識。それらにおいて自分は完全にあの女性に負けていた。今回はそれが結果として顕著に現れたのだ。

 

 祐一は知らず、唇を噛み締める。

 

 何てことだ。

 俺は何の為に今まで戦ってきた? 誰が為に戦ってきた?

 大切な人たちを守りたいが為ではなかったのか?

 それなのに、知らず力に溺れ、結果、無様に敗北し、他人に助けられなければそのまま死んでいた。

 

 強くなりたい。

 誰にも負ける事の無い強さが欲しい。

 大切な人たちを守り通せるだけの強さが欲しい。

 

 

 唇を噛んで黙り込んだ祐一を、青年はしばらく形容し難い瞳で見つめていた。

 それは哀れむようであり、羨望するようであり。

 やがて、青年は言葉を発する。

 

「力が、欲しいかい?」

「え……?」

「何人にも負ける事の無い強大な力を、君は欲するかい?」

「……ああ。 力が欲しい、誰にも負けない力が。大切な者を、守る力が」

「……そうか」

 

 そして青年は真剣な表情を消し、最初のような曖昧な笑みを浮かべる。

 

「今はきちんと体を直す事が優先だね。動けるようになったら『剣聖』の所に連れていってあげるよ」

「居場所を知っているのか!」

「まぁね」

 

 事も無げにそういう青年の言葉を、なぜか祐一は信じる気になった。

 命を助けられたという事もある、だが自然とこの青年の言う事は信じられる気がした。

 

「あんた、いったい何者なんだ?」

「そういえば自己紹介がまだだったね」

 

「僕の名前はシュン。氷上シュンって言うんだ」

 

 

 

 

 

 祐一自身が思っているほど、先の戦闘では七瀬留美にも余裕があったわけではなった。

 留美自身今回は策がぴたりとはまっただけであり、再戦すれば結果が逆になることも十分に考えられると思っていた。

 

「『紅の』相沢祐一、か」

 

 ONEの息のかかったホテルの一室、汗を流す為にシャワーを浴びながら口に出してみる。

 以前祐一と浩平の戦闘記録を見た時と、今回実際に手合わせした時の印象。

 『紅の』相沢祐一はまるで別人のような柔軟な戦い方を身につけていた。ONE側近としての立場から見れば危惧の対象となるべきほどに。

 末恐ろしい成長度合いだ。

 だが、七瀬留美個人としては喜びを禁じえない。彼女は強い者と戦うことが好きだった。

 それが乙女の考えることではないということを知っていながらも、戦いの中に喜びを見出してしまう自分に苦笑する。

 

「次に戦うのが楽しみね」

 

 あの時、留美の一撃を食らいながらも祐一は生きていた。恐らく無意識の内に僅かながらも精神バリアを展開していたのであろう。

 だが傍目にもそれと分かるほどの重傷を負い、完全に意識を失っていた。

 留美はとどめをささなかった。

 戦意を喪失した者の命を奪うことをよしとしなかったという面も確かにある。だがそれだけではなかった。

 

 ONEリーダー折原浩平の意向が、Kanonを中心とした反ONE勢力の統合にあるのであれば、その中心となり求心力となるべき祐一をここで殺すわけにはいかないのだ。

 Kanon最強と謳われる『紅の』相沢祐一を失ったとなれば、反ONE勢力を統合するにあたりKanonは著しく求心力を失うだろう。それはONEとしても望まぬ事態であった。

 とはいえ、虫の息の祐一を介抱してやるほど留美もお人好しではなく、運がよければ生き残るだろう、そう思いそのままその場を後にしたのである。

 

 シャワーを浴び終え、清潔な下着と動きやすい服に身を包む。ちょうどそれが終わったとき、インターホンがコールされた。

 

「はい」

「七瀬様、折原様よりお電話が入っております」

「わかったわ、繋いでちょうだい」

 

 現在、電話が使える環境はごく限られた一部のみである。この施設はONEの息のかかった施設である為、本部との直通回線が引かれているのだ。

 

「よう七瀬、元気だったか?」

「はいはい、元気元気。それで何かあったの?」

「何だよ、つれないやつだな。 まあいいか。 七瀬、『剣聖』は後回しだ、お前は『チャイルド』の確保を優先してくれ」

「え? でも場所がわからないわよ」

「それなら大丈夫だ、今、みさきさんがそっちに向かっている。合流次第向かってくれ」

 

 確かに『心眼』川名みさきにかかれば、どこに居るかも分からない異能者を探し出すことなど造作もないことだった。

 だが『剣聖』と剣をあわせることを密かに楽しみにしていた留美は、やや不満げに返す。

 

「じゃあ『剣聖』の方は?」

「後回しだ」

「えー」

「はぁ。 七瀬、お前の任務は剣聖をONEに引き入れることであって、戦うことじゃないんだぞ、分かってんのかそこら辺」

「うっ、わ、分かってるわよ」

「まぁ昔ストリートファイトで鳴らした記憶がそうさせるのは分かるが……」

「そんなわけあるか!」

「ぐわっ、電話口で叫ぶなよ。 まあそういうことだ、みさきさんが到着するまでしばらくはそこで待機していてくれ。詳しい話はみさきさんから聞くように」

「はいはい」

 

 電話を切ると、そのままベッドに仰向けに倒れ込む。

 

「あーあ。 仕方ない、楽しみは後に取っておきますか」

 

 

 

 

 

 それから2週間が経過した。

 

「なあ氷上、そろそろいいだろう、『剣聖』の元に案内してくれないか」

「呆れたね、あれほどの怪我をたった2週間で治してしまうなんて」

「寝てる暇なんて無いからな」

 

 通常、異能者は異能力を持たない者よりも傷の直りが早い。だがそれを差し引いても祐一の回復は早かった。

 

「まったくどういう体構造をしているのか。今度良かったら解剖させてくれないかい?」

「断る!」

「おや、それは残念」

 

 シュンはそう言って軽く笑う。

 行動を共にして2週間、祐一はこの奇妙な青年の性格を未だ掴みかねていた。

 

「冗談はそのくらいにして本気で案内して貰おうか」

 

 祐一の有無を言わさぬ口調に、シュンの顔から潮が引くように笑みが消える。

 その名が示すように氷のような無表情が取って代わった。

 

「祐一くん、以前僕が言った言葉を覚えているかい?」

「言葉?」

「『力が欲しいか』僕はそう言ったはずだ、それに対し君は『欲しい』と答えた」

「ああ、そうだったな」

 

「再度問う。祐一くん、君は力を望むかい? 何人にも犯されることの無い、圧倒的な力を、君は欲するかい?」

 

 まるで神聖な儀式のように、シュンは祐一に問うた。肯定して欲しいようにも、否定して欲しいようにもとれる。

 だが、祐一の答えは決まっていた。

 

「ああ、何度聞かれても答えは同じだ。俺は力を欲している、自分の大切なものを守ることのできる力を、家族を脅かすものを退ける力を」

 

「そうか…… では、それが……」

 

 そこでシュンは躊躇するように言い淀んだ。それはここ2週間で初めて見せる、人間らしい感情だった。

 

「それが、君自身の全てと引き換えにするようなことであっても、君は、その力を欲するのかい?」

 

 シュンの真意を図りかね、祐一はやや眉をしかめる。

 

 俺自身の全てと引き換え?

 どういうことだ?

 

「氷上、お前は……」

「どうなんだい」

 

 問いただそうとした声は、シュンの大きくは無いが力の篭った再度の問いに遮られた。

 

「俺は……」

「……」

 

「俺には、俺自身以上に大切な人たちが居る」

 

 それが、答えだった。

 

 自らが犠牲になって。

 そんな思考は祐一の嫌うところだった。安っぽい自己犠牲精神とは彼は無縁だったから。

 だが、例えば。

 例えば名雪と真琴が生命の危険に瀕したとき、自分が身代わりになることで彼女たちの危機が回避されるのなら、祐一は躊躇無くそうするだろう。

 

「……そうか」

 

 長い沈黙の末、シュンはそれだけを口にした。

 祐一を見やる視線は、哀れむようでもあり、羨望するようでもあり。

 

「ならばもう何も言わない、『剣聖』川澄舞の元に案内しよう」

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 それからのシュンの行動は迅速だった。

 手早く荷物を整えると、そのままどこに隠してあったのか、祐一が乗っていたものよりも一回り小さいバイクを用意する。

 

「これは君に進呈するよ、快気祝いさ」

「いいのか?」

「どうせ僕は運転できないからね」

「わかった、ありがたくいただくよ。で、どこに向かえばいいんだ?」

「ここから南に2日ほど走ると、森が見えてくる。『剣聖』はそこに居るよ」

「南に2日だな?」

「そう。森の中心には川が流れていて、1箇所滝になっているところがある。そのあたりに居るはずさ」

 

 この2週間、出かけた様子も無いのになぜそこまで正確な情報を入手できたのか?

 疑問はあったが、祐一は信じることにした。どうせこの青年が居なければ自分は死んでいたのだから、最後まで信じてみるのもいいだろう。どうせ他にあては無いのだ。

 

「じゃあここでお別れだな。世話になった」

「ふふ、僕も久しぶりに人と話ができて楽しかったよ」

 

 そのままバイクを駆り、走り出す祐一。

 その後姿を見送りながら、シュンは誰にとも無く呟いていた。

 

「君が力を得たとき、どうなるか」

 

 

「僕はここで見物させてもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 シュンに言われた通りに2日、南に向かってバイクを走らせると、彼の言葉通り森が姿を現した。

 さほど大きな森というわけではない、大破壊前には林程度だったのであろう。

 

「ここか……」

 

 バイクを森の入り口に止め、そのまま分け入る。

 2週間以上を傷の療養で無為に過ごしてしまった。ひょっとしたら『狂戦士』に先を越されてしまっているかもしれない。

 その思いが祐一の歩みを慎重にした。

 

 しばらく歩くと、水音が聞こえてきた。滝が近いらしい。

 

 やがて、視界が開けた。

 

 それは幻想的な光景だった。

 薄暗い森を抜けてきたせいかもしれないが、まるで光が溢れているかのような錯覚を覚える。

 天より差し込む光が、キラキラと滝に反射していた。

 そしてその川のほとりに佇む、全裸の女性。

 まるで光の中から現れた天使のようだった。図らずも祐一の目はその女性に釘付けになる。

 水浴びでもしているのだろうか? さらさらした髪を濡らして佇む姿には、しかし一片のいやらしさもなく、神々しいほどであった。

 

 まるで引き寄せられるように一歩を踏み出した祐一は、足元の枝を踏み抜いてしまった。

 

 バキリ

 

 滝の水音が響く中、その音は驚くほど大きく響いた。

 水浴びをしていたであろう女性が、はっとこちらを振り向く。

 目が合った。

 

「きゃぁ!」

 

 女性のその声で我に返り、自分の置かれた状況に気付く祐一。

 

「あっ! ち、ちがうんです! こ、これは…… うわっ!!」

 

 ぶんっ!

 

 殺気を感じて咄嗟に身を引いた祐一が今まで立っていた場所を、斬撃が通過する。避けねばそのまま切り捨てられていただろう。

 

「佐祐理を覗くなんて許さない」

「うわっ! ち、違うんだ!」

「問答無用」

 

 その女性は無表情ではあったが、目に怒りを湛えて手にした西洋刀で祐一に切りかかる。

 襲ってきたのは黒髪を後ろで束ねた女性だった。

 祐一が観察できたのはそれだけで、後は斬撃をかわすので精一杯だ。

 

「は、話を聞いてくれ!」

「……」

 

 黒髪の女性はもはや口を開こうともせず、鋭い斬撃を繰り出す。

 最初の内こそすんでのところでかわしていた祐一だったが、その内にかわしきれず服や髪を切り裂かれていた。それほど鋭い太刀筋であり、身を裂かれるのも時間の問題であろう。

 

「舞! 違うの! やめて!」

 

 水浴びをしていた女性の叫びが無ければ、祐一は切り捨てられていただろう。

 

「はぁはぁ……」

「……」

 

 驚いたことに、息を切らせているのは祐一だけで目の前の黒髪の女性は全く呼吸に乱れが無かった。

 そして悟る。

 この女性こそが『剣聖』川澄舞なのだ、と。

 

 剣は引いたものの未だに祐一に対し警戒を解かない剣聖。

 

 

 こうして、『紅』と『剣聖』の邂逅は図らずも最悪の状況下にて為されたのである。

 

 

 

 

To Be Continued..