とある研究所で1つの事故が起きた。

 実験体の少女による異能力の暴走。

 

 犠牲者は4名。

 

 実験に立ち会った科学者3名と、同じ実験体の少女。

 大破壊の混乱冷めやらぬ時代の出来事である。

 事実は隠蔽され、事故の記録は闇に葬られた。

 

 だが、その事故は当事者たちの心に深い傷を残した。

 決して消える事無き傷を。

 

 今を遡る事8年前の出来事であった……。

 

 

 

 


異能者

<第五章>

−誰が為に−

2000/02/28 久慈光樹


 

 

 

「秋子さん! 2人の容態は!」

「祐一さん、もういいんですか?」

「俺はどこも悪くありません! それより名雪と真琴は!」

「今は2人とも眠っています」

「そうですか……」

 

 ONE侵攻から一夜明けた。

 侵攻してきたONEの異能者狩り部隊を辛くも退けたKanonだったが、その代償は大きかった。

 死傷者21名、内、死者4名。

 恐らくはONE側にはそれ以上の被害が出たであろう。

 だが、戦力において中心となる『眠り姫』水瀬名雪と『ビーストマスター』沢渡真琴の負傷、そして全体勢力としては比較にならない戦力差を考えると、今回の戦いはKanonにとって大きな損害となった。

 

「祐一さんも少し休んだ方がいいですよ」

「そんな…… 秋子さんこそ休んで下さい。ずっと働きづめじゃないですか」

「私はいいんです、子供達を前線に立たせて、後方の安全な場所に居たんですもの……」

「だってそれは!」

「いいのよ、祐一さん。それが事実」

「だって……」

「祐一さんは休みなさい。後始末は私がするから」

「……」

「2人が目を覚ましたらすぐに呼ぶわ」

「……はい」

 

 祐一は、秋子の言葉に従い自室へ戻る。

 ベッドに仰向けになったものの、眠りの精が彼の元に訪れる気配は無かった。

 

 

 

 

子供達を前線に立たせて、後方の安全な場所に居たんですもの……

 

傷つき倒れた名雪と真琴

 

死者4名

 

だってそれは!

それが事実

 

自分が陽動などに引っかからなければ……

 

 

 

「くそっ!」

 

 休もうにも、色々なことが頭を駆け巡り、とてもそんな気分になれなかった。

 時間を確認すると、もうすぐ正午にさしかかろうという時間帯。

 食欲はなかったが、食べられるときに食べておくのがこの時代では常識である。

 秋子はとても昼食の用意どころではないだろう。

 祐一は昼食をとるために街に出ることにした。

 

 大破壊により世界人口の約七割を失い、全世界規模での労働力不足が深刻化している。

 しかし生き残った人たちは集い、また街ができていく。

 人は群れないと生きていけない種族なのだ。

 

 北の果てのこの街も、大破壊前ほどではなかったが着実に復興しつつあった。

 かつて商店街と呼ばれていた一角も、今は生き残った人々により細々とではあるが機能している。

 祐一は商店街に向かおうと、Kanon本部となっている水瀬家を後にした。いや、しようとした。

 

 その手紙は郵便受けではなく、ドアの外にぼつんと置かれていた。

 直接持ってきたらしく、切手も無ければ消印も無い。

 

「手紙…… 俺宛てか?」

 

 恐らくまだ幼い者が書いたと思われる拙い字で「あいざわゆういちさん」と宛名がある。差出人には「夕美」という名があった。

 聞いたことがない名だった。

 祐一は、その場で手紙を読み始める。

 

 

 

あいざわゆういちさんへ

 

夕美のパパはきのうのたたかいでしんでしまいました。

ママはないていました。ゆみもかなしいです。

どうしてパパはしんじゃったの? ってきいたら、ママは「しかたがないんだよ」ってなきながらいいました。

「あいざわさんたちもがんばったんだよ」ってママはいってました。

でも夕美はパパとあえなくなるのがかなしいです。

 

パパをかえしてください。

夕美のパパをかえして。

夕美はせんそうなんてだいきらい、パパがしんじゃったせんそうなんてだいきらい。

だからせんそうをするひとたちもきらい。

だからあいざわさんたちもだいきらい。

 

しんじゃったパパを

かえして。

 

 

 

 

 足が震えた。

 全身ががたがたと震えた。

 立っている事ができず、祐一はその場に膝まづいた。

 

 

 

 

パパをかえして

 

 

 

 

 急激に吐き気がこみ上げ、祐一はその場で吐いた。

 何度も何度も、胃の中のものを全て吐き出して、出るのが胃液だけになるまで吐いた。

 

 戦争。

 これは戦争なんだ。

 

 死者4名。

 Kanon、ONE共に主力となる異能者を投入しての戦いでは異例の死者の少なさだ。

 

 そう思っていた。

 

 4名の死者に哀悼の思いは抱いていたが、あくまで数字の上での認識だった。

 

 実際に

 実際に死者となった人間からすれば

 自分は許されないだろう。

 この手紙を書いた、パパを失った夕美ちゃんという女の子からすれば、自分は許されざるべき殺人者なんだ。 

 

 そして

 

 自分はONE陽動部隊を壊滅させた。

 いや、言葉を飾るのはやめよう。

 皆殺しにしたのだ。

 彼らにも家族があっただろう。

 愛し、愛される家族が。

 彼らの家族にしてみれば、自分は正に殺人者だ。

 

 祐一は自分の両手を眼前にかざした。

 

「血まみれだ……」

 

 血にまみれている。

 もはや、洗っても洗ってもおちないほどに。

 自分の両手は血にまみれている。

 

 祐一は、その場で両手を眺めながら、いつまでもうずくまっていた。

 

 

 

 

 

「澪ちゃん、調子はどう?」

 

 そう声をかけられたとき、澪は半分眠っていた。

 癒しの異能力を持つ、『母なる』長森瑞佳のおかげで体の傷は完治したが、戦闘による疲労の為に今まで眠っていたのだ。

 

『今起きたの』

「そう、澪ちゃんも大変だったね」

 

 そう言ってベッド脇の椅子に腰掛けた女性はにこりと笑った。

 同性の澪でさえ見とれてしまうくらいの綺麗な笑顔。

 

 彼女の名前は川名みさき。

 『心眼』川名みさき。

 

 彼女は目が見えない。

 そんな彼女の異能力が、人の目では見えないものまで見とおす「心眼」だというのは皮肉だろうか。

 北の果てにあるKanonの本部を、その異能力により難なく見つけ出したのも彼女だった。

 

『浩平さんは?』

「浩平くんなら部屋にいるんじゃない?」

『無事なの?』

「うん、浩平くんなら例え日本中が敵に回っても大丈夫だと思うよ、色んな意味でね」

『よかったの』

 

 澪は安堵の溜息をつく。

 そんな澪を微笑んで見守るみさき。

 

「澪ちゃんは浩平くんのことが大好きなんだね」

『☆○★※■!』

 

 突然の言葉に、顔を真っ赤にした澪は咄嗟に異能力の制御がきかず、みさきの脳裏に意味不明の声が流れ込んでくる。

 

 本来なら、口のきけない澪と目のみえないみさきの間には会話の成立する要素がない。

 だがお互いの異能力のおかげで、澪は言葉を“伝える”ことができるし、みさきは物を“観る”ことができる。

 

『そ、それを言ったらみさきさんも一緒なの!』

「うふふ、そうだね。みんな浩平くんのこと大好きだもんね」

『……』

 

 再び真っ赤になる澪。

 だが彼女は否定しなかった。

 

「じゃあ私、澪ちゃんが目を覚ました事をみんなに伝えてくるね」

『あっ、待って』

「どうしたの?」

『……その……』

「なあに?」

 

 みさきを呼びとめた澪は、しばらく逡巡していた様子だったが、やがて意を決したように話し始める。

 

『みさきさんは自分の異能力をどう思ってるの?』

「え?」

『……今回も……人が沢山死んだの……』

「……」

『私も……人を殺したの……』

「澪ちゃん……」

『私はこの力が嫌い。人を殺めることのできるこの異能力が嫌い』

「それで?」

『え?』

「澪ちゃんはそれでどうしたいの? この先、異能力を使わないで生きていく?」

『それは……』

「澪ちゃんの言いたい事は分かるよ。今回だって、ううん、今回だけじゃない。これまでだって、私たちは沢山の人を殺めた。もう私たちの手は血まみれ」

『……』

「それでも私にはこの異能力が必要なの。澪ちゃんだってそう」

『でも……』

「私にとって、異能力は白い杖なんだと思う」

『白い杖?』

「そう。大破壊前には、私のように目の見えない人は白い杖を持っていたの。白い杖は盲人の証、その杖を持っていれば社会的に福祉に頼る事ができたんだよ、昔は」

『どうして異能力が白い杖なの?』

「私は目が見えない、でも異能力のおかげで物を“観る”ことができる。澪ちゃんだってそう、澪ちゃんにとって異能力はさしずめ筆談に使うスケッチブックかなにかだと思うよ」

『筆談……』

「でも、だからといって人を殺めるのを正当化してる訳じゃないよ、きっと私たちはみんな地獄に落ちちゃうと思う。でも私は浩平くんのことを信じてる、きっと彼なら昔のように私たちが生きていける世界を創ってくれると信じてる」

『浩平さんを信じる……』

「そう、澪ちゃんだって浩平くんの事は信じてるでしょ?」

『うん』

「だったら、もう少し信じてみようよ、ね?」

『わかったの。ヘンな事聞いてごめんなさい』

「ううん、いいよ。じゃあ私は行くね」

 

 みさきはそのまま部屋を出ると、ゆっくりと扉を閉めた。

 しばらくその場で俯き佇むみさき。

 やがて、ぽつりと呟いた。

 

「……自分でも納得できていないのに…… 納得してくれっていうのは虫がよすぎるよね……」

 

 

 

 

 七瀬留美は怒っていた。

 彼女が怒るのはいつもの事だと思うだろうが、今回ばかりは腹に据えかねていた。

 

「折原! 入るわよ!」

 

 ノックもしないで、ドアを蹴破る勢いで部屋に入る。

 部屋の中では浩平がやや唖然とした表情でこちらを見ていた。

 

「どうした七瀬、腹でも減ったのか?」

「違う!」

「『狂戦士』七瀬留美ともあろうものが、腹が減ったくらいで暴れちゃ大変だぞ」

「その異名で呼ぶなぁーー!!」

 

ごすっ

 

「ぐっ、さすが七瀬、いいパンチだ」

「冗談を聞きにきたんじゃないの!」

「いてて…… じゃあ何の用なんだよ」

 

 留美はそこで表情を引き締めると、真剣な眼差しで浩平を見据えた。

 いつものようなふざけた答えは許さないと、その眼光が語っていた。

 

「今回の作戦、あれは一体どういうつもり」

「どういう、とは?」

 

 留美の真剣な視線を受けて、浩平も普段のふざけた仮面を脱ぎ捨て、睨み返すような鋭い眼光で聞き返す。

 

「みさきさんの異能力で敵の本拠地が知れた、ここまではいいわ、でもなぜ戦力を小出しにするような真似をしたの」

「……」

「結果、相手の戦力を削いだに留まり壊滅させるには至らなかった。こちらにも手痛い被害が出たわ、茜と澪ちゃんはしばらく戦線に復帰できないわよ」

「あいつらは大丈夫なのか?」

「ええ、瑞佳のおかげで体の傷は全快したわ、でもしばらくは休息が必要でしょうね」

「そうか、よかった」

「私の問いに答えて、戦力を小出しにするのは戦略上最も愚かな行為よ、それくらいの事が分からないあなたじゃないでしょう」

「そうだな」

 

 流石は七瀬だ。

 浩平は内心でそう思う。恐らく、こと戦略にかけては七瀬に対抗できる人材は自分を除けばみさきくらいだろう。更に戦略、戦術双方に長けているのは、側近中では七瀬ただ一人だ。

 

 よく混同されるのだが、戦略と戦術はまったく別の次元の話である。

 戦略とは戦いに臨む以前の戦いであり、いかにして補給線を維持するか、いかにして戦いに際し相手よりも優位に立つかなどを決める重要な事項である。

 戦術とは戦場での局地的な作戦であり、今回であれば『紅の』相沢祐一を陽動部隊を用いて本隊から引き離したり、正門を攻めると見せかけて裏門を攻めたりした事が戦術にあたる。

 大破壊を経て、戦争の形態が異能力中心に変化したとはいえ、戦略が戦術に勝る重要な事項である事に変わりは無かった。

 今回の場合、留美の指摘するように現存兵力で勝るONE側は、規模が小さいとはいえKanon攻略に際し全兵力を持ってあたるべきであっただろう。結果的にその方がこちらの被害を最小限に押さえられるのである。

 いたずらに戦力を小出しにして各個撃破されるのは、留美の言う通り戦略上愚の骨頂といえる。

 

「折原のことだから、なんの意味も無くこんな戦略をとったとは考え難いわ、でもなんの説明も無しじゃ私は納得できない」

「わかった、お前には教えておこう」

 

 浩平の眼光が更に鋭さを増した。

 こんな時なのに留美はその瞳に吸い寄せられるような思いを味わった。

 男女間の想いとは別の次元で、確かに自分はこの男に惹かれている。そんな事を思う。

 

「今回の作戦、狙いはKanonの壊滅ではなかった」

「なんですって!?」

「この戦いで、Kanonは傷つきながらもONEを退けたとして、日本中にその名を響かせるだろう、無論尾ひれが付いてな」

「……ええ、そうなるでしょうね」

「そうなれば、今まで燻っていた反ONEの火種が一気に噴出し、Kanonを旗印として集結するに違いない」

「それは私たちONEにとって望むべからぬ展開じゃないの?」

「いや、それこそが今回の作戦の狙いだったのさ」

「え!?」

 

 驚愕する留美。

 浩平はそこでいったん言葉を切ると、話題を転じた。

 

「七瀬は、現在のONEの日本支配についてどう思っている?」

「無理があると思うわ、いくら大破壊で人口が4割まで落ちこんだとはいえ、未だ400万人以上が生き残っている今の日本を、たかだか500人からの組織が支配するのはどう考えても無理があるでしょうね」

 

 即答する留美。

 組織のリーダーである浩平を前にしてもその口調は一切の遠慮も迷いもなく、ただ事実だけを的確に突いた。

 浩平はその口調をむしろ心地よく思いながら、更に語を継ぐ。

 

「その通りだ、現にレジスタンスという形で火種は日本中に広がっている。そして表に出ない分余計にタチが悪い」

「!! そうか! KanonがONEを退けたという噂を聞いた反ONE勢力が、Kanonに集結した所を叩こうというのね!」

「ご名答」

 

 浩平の意図を要約するとこうだ。

 現在、地下に潜伏する反ONE勢力。その数や規模は様々であり、いちいち1つ1つ叩いていくのは不可能に近い、であればどうするか。浩平は日本中に点在する反ONE勢力を1箇所にまとめてから、一気に叩こうというのだ。

 そしてその旗印に選んだのがKanon。

 今回の戦いで、常勝不敗であったONEを退けたという噂は瞬く間に日本全土を駆け巡り、Kanonは反ONE勢力の拠所となるであろう。

 そこまで見越しての今回の作戦であった。

 

 流石は『永遠の』折原浩平ね。

 留美は内心舌を巻く。

 戦略、戦術双方において、目の前のこの男は途方も無い能力を秘めている。普段のおちゃらけた姿に惑わされ、彼の真価に気付くことなく殲滅させられた異能者集団はそれこそ星の数ほどいるのだ。

 

「とはいえ、正直Kanonがここまでやるとは思わなかった。茜と澪の負傷は完全に俺の責任だ」

「私だって、ううん、恐らく誰もがKanonの戦闘能力を見誤っていたわ、あなただけの責任じゃない。きっと茜も澪ちゃんもあなたを恨むなんて思いもよらないでしょうね」

 

 それどころか逆に、あなたの役に立てなかった事を悔しく思っているでしょうね。

 

 留美は口に出すことなくそう思った。

 それが自分の悩みの種でもあるのだが。

 まったく目の前のこの男を慕う人間のなんと多い事か。

 

 ライバルが多いと恋する乙女も大変だわ。

 

 そんな事まで考えて、一人赤面してしまう留美だった。

 

「どうしたんだよ、今度は赤くなりやがって、ヘンなやつだな」

「う、うるさいわね」

「? まあいいや、納得してくれたか?」

「ええ、納得したわ、じゃあ私はこれで」

「おう」

 

 部屋を出ていく留美。

 だが、それを見送る浩平の表情は硬い。

 

「済まない……」

 

 静かになった部屋に、浩平のその呟きがやけに大きく響いた。

 

 

 

 

 祐一は一人部屋に居た。

 あの後、とても昼食をとる気にはなれず部屋に戻った。

 先ほどの手紙が頭から離れない、何もする気になれなかった。

 

 だが、状況はそんな彼に休息を与えてくれはしない。

 名雪と真琴が目覚めたのだ。

 

 

「名雪っ!」

 

 祐一はまず名雪の病室を尋ねた。

 水瀬家は地下がKanon本部となっており、そこには医療関連も充実していた。

 

 祐一が部屋に入った時、名雪はベッドの上で膝を抱えていた。

 全てのものを拒絶するように、立てた膝に顔を埋めている。

 

「名雪……」

「……出てって」

「え?」

「出てって。私を一人にして……」

「おい、名雪……」

「出てってよ! 祐一は8年前のこと恨んでるんでしょ! あの子を殺したわたしのこと憎んでるんでしょ!!」

「そ、そんなこと……」

 

 祐一は言い淀むべきではなかったろう。

 多分即座に否定して、そんなことを考えている名雪を逆に叱ればよかったのだ。

 だが、祐一は言い淀んでしまった。なぜなら彼には名雪の言っていることが理解できなかったから。8年前の記憶が彼には無かったから。

 だがそれは名雪にとっては肯定しているも同じだった。

 

「…出て……いって……」

「……名雪……俺は……」

「……」

「……ゆっくり、休めよ」

 

 黙りこんでしまった名雪に何も言えなくなり、祐一は部屋を出た。

 自分は逃げたのだと思った。

 理由はわからないが、何かに苦しんでいる名雪から逃げたのだ。

 そう思った。

 

 

 

「真琴、入るぞ」

 

 次に真琴の病室を訪れる。

 名雪のことを無理に押さえこみ、笑顔で真琴の病室に入る。

 真琴はベッドに横向きに体を横たえ、祐一の顔をぼんやりと眺めていた。

 

「あぅ……」

「体のほうはどうだ?」

「……あぅー……」

 

 祐一の声には反応するようだったが、内容を理解していないような対応だ。

 そんな真琴の反応に困惑しながらも、祐一は言葉を紡ぐ。

 

「まったく心配かけさせやがって」

「……」

「しかし、戦闘記録見せてもらったけど、お前にあんな隠しだまがあったなんて知らなかったよ」

「……」

「……おい、真琴?」

「……あぅ……」

「どうしたんだよ、ほら、俺の名前呼んでみろよ、祐一ってさ、ほら」

「……あぅー……」

「おい真琴、いったいどうしたんだよ、いつもみたいに俺に突っかかってこいよ、あんたに心配なんてされたくない! ってさ」

「無駄です、祐一さん」

 

 背後からの声に驚いて振り返ると、そこに秋子が立っていた。

 

「秋子さん、真琴はいったいどうしたんですか? なんで俺の言う事に反応してくれないんですか?」

「落ちついて聞いて、祐一さん。真琴は今、“人間らしさ”を失っている状態なの」

「人間らしさ?」

「そう、真琴は今、言葉もほとんど理解できないし、感情も失っている状態なんです」

「そんな…… どうして! どうしてそんな事に!」

「祐一さんも見たでしょう、『水魔』里村茜との戦いにおいて真琴が使った異能力」

「『金色の獣』……」

「そう、あの様子はまさしくそう呼ぶのが妥当ですね、あれが引きがねとなったとしか考えられない。恐らくあの異能力は自分の中にある獣性を開放する技なのでしょう。ですから急激に人間性を失う結果になる」

「そんな…… じゃあ真琴はずっとこのままだって言うんですか!」

 

 冷静さを失い、秋子に詰め寄る祐一。

 だが秋子は冷静だった。

 

「落ちつきなさい祐一さん、大丈夫、徐々に回復の兆しが見えています。きっと時と共に人間らしさは回復するでしょう」

「そうですか…… よかった」

「問題は名雪の方よ」

 

 秋子の言葉に、びくりと体を震わせる祐一。

 秋子は、祐一の脇を抜けて真琴の元へと歩いていく。

 そして真琴の頭を撫でてやる。

 

「あぅー……」

 

 気持ちよさそうに目を細める真琴。

 秋子は振り向いて祐一に小さく「出ましょう」と呟いた。

 

 

「名雪は今、『沈黙の』上月澪の精神攻撃が引きがねとなって、過去に捕らわれています」

「過去…… 8年前のことだとあいつは言っていました」

「……そう、名雪がそんな事を」

「教えて下さい秋子さん、どうして俺に8年前の記憶が無いのか。そして8年前に何があったのか」

「……」

「秋子さん!」

「……今はまだお話する事はできません」

「どうしてですか!」

「祐一さん、私を信じて」

「えっ?」

「無理を言っていることは承知しています。でも、真琴のことも名雪のこともそしてあなたのことも、私を信じて任せてくれませんか?」

「……」

「お願いします」

「……頭を上げてください、俺は秋子さんのこと信じてます。だから今は聞きません、でもいずれ教えて下さい」

「わかっています、時がくれば…… あなたは嫌でも知る事になる、8年前の記憶と共に……」

「……はい」

「さぁ、後の事は私たちに任せて、祐一さんは自室で待機していてください」

 

 そう言ったときの秋子の顔は、既にKanon指令『静かなる』水瀬秋子のそれであった。

 祐一はそんな秋子に一礼すると、指示に従い自室へと向かう。

 完全に納得したわけではなかった、二人のことも気にかかる。

 だがあの秋子が自分に頭を下げて頼んでいるのだ、信頼して欲しいと。

 祐一は従うよりほかになかった。

 

 部屋に戻ると、再びベッドに仰向けになる。

 今日は本当に色々な事がありすぎて、飽和状態だった。

 時計を見ると既に午後9時を回っている。

 思えば今日は一食も食べていなかった。

 体のことを考えて、携帯用の固形食を食べ、少々早いが眠りにつく事にする。

 

 ベッドに横になり、じっと目を瞑る。

 

 

 

パパをかえして

 

出てって!

 

……あぅ……

 

 

俺は何の為に戦っているのだろう

誰の為に戦っているのだろう

 

大切な人の為?

名雪や真琴の為?

守ってやれなかったのに?

傷つけてしまったのに?

 

 

俺は誰の為に……

 

誰が為に……

 

 

 

 

To Be Continued..