異能者 第二部

<第五章>

−デーモン(後編)−

2003/3/1 久慈光樹


 

 

 

「物理層、データリンク層、ネットワーク層、固定完了」

「パケット、安定しています」

「帯域幅48オクテット」

 

 次々に報告されるオペレータの声に、後方に控えた白衣の男が頷く。

 報告の内容は実験がいまのところ順調であることを告げていたが、白衣の男は両手を白衣のポケットに突っ込んだまま、憮然とした表情で計器を凝視していた。

 

「順調ね、『プロフェッサー』」

 

 彼の隣に立つ白衣の女性――深山雪見がそう呟く。

 『プロフェッサー』と呼ばれた男は、その声にも大して感慨を受けた様子も無く、事務的にオペレータに次の指令を下す。

 

「レイヤ、X.21からX.25へ移行」

「了解、レイヤX.25へ移行します」

「帯域幅64オクテットに推移、数値安定しています」

「核(コア)の状態は?」

 

 雪見のその問いかけに、オペレータの一人が「異常無し」と返す。

 半瞬だけ安堵の表情を閃かせた雪見に、『プロフェッサー』がこれまた半瞬だけ視線を向ける。口元が何か言いたげに歪んだが、口から出たのは違う言葉だった。

 

「プロトコル安定後、帯域幅を128オクテットまで上昇、本稼動に入る」

 

 その言葉に、目に見えて緊張するスタッフ。だが同時に彼らの表情を彩るのは紛れもない歓喜と期待感だった。長年従事してきた自分たちの研究が遂に成果として形になるのだ、技術者として高揚するのも無理ないことだろう。

 そしてそれは深山雪見とても同様であった。

 

 深山雪見。

 異能者ではない彼女に、異名はない。だがONEに属す者で、彼女の名を知らぬものはいないだろう。

 ONE技術スタッフきっての才媛、女性ながらその才気と行動力は特筆に価し、学士制度などとうに崩壊したこの世界においても、彼女は「深山博士」の名で呼ばれている。機械工学、とくに生体工学(ニューロン)の分野において、彼女に匹敵する科学者は日本でも、いや、世界でも数えるほどしかいない。

 

 雪見や技術スタッフたちの興奮に、だが指揮を執る白衣の男は呼応しなかった。相変わらずどこか憮然とした表情で、白衣の両のポケットにだらしなく両手を突っ込み立っている。

 

 『プロフェッサー』住井護、生体工学において深山博士をも凌ぐ、世界屈指の科学者である。

 「住井」という彼の姓に、ある程度歳を重ねた者であれば聞き覚えがあるかもしれない。大破壊(カスタトロフィ)発生直後、その原因究明に尽力した住井仁(ひとし)博士、『プロフェッサー』住井護はその実子だった。

 幼い頃より天才児として名高かった彼は、父の研究を引き継ぐ事を期待されていた。大破壊の謎を解くのは住井の名を告ぐものであると誰もが信じて疑わなかった。だが周囲の期待をよそに、彼は突然研究を放棄、長らく行方を眩ました。そして数年後、姿を眩ました時と同様に唐突に彼はONEに現れ、現在は科学者としてONEに属している。大破壊の原因究明というテーマは破棄してしまったが、それでも、大破壊とそれに伴う異能の力、異能力の解明に、彼は現在もっとも近いところにいるとされていた。

 彼自身は第二世代であるが、深山雪見博士同様に異能力を一切持たない。だが人は彼を『プロフェッサー』の異名で呼び、その卓絶した頭脳を称えている。

 生体工学を学ぶものにとって、彼の名は神にも等しいものだった。その彼の計画に加わることができるのだ、ONEに集まった技術スタッフは、雪見を除いては皆が皆、すべて彼を目当てに集まった技術者と言える。

 

「これより計画は実験段階から実践段階に移行する」

 

 抑揚の無い、面白くもなさそうな声。

 だがその声に、スタッフたちの緊張と興奮は更に高まる。

 そして『プロフェッサー』は、やや声のトーンを落として、告げた。

 

 

「確率未来観測制御システム『ラプラスの魔 機構』、始動!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 技術部より一冊のプロジェクト立案書が司令部に提出されたのは、今を遡ること14ヶ月前のことである。

 

「『ラプラスの魔 機構』?」

 

 『Laplace Demon System』(ラプラス デーモン システム)と書かれた、まるで出来の悪いオカルトを彷彿とさせる題名の立案書を前に、さしもの『永遠の』折原浩平も戸惑いを隠せぬ様子であった。

 

「あー、まあとりあえずご説明願おうか、『プロフェッサー』」

 

 普段であれば「住井」「折原」で呼び合う間柄である技術部長をあえて異名で呼称したのは、正式な技術部からの要請に応じたリーダーとしての公私の別であるのか、それとも単に途方に暮れているだけであるのか。

 対する『プロフェッサー』住井護もまた、「了解した、リーダー」と返す。

 

「初めに言っておくが、『ラプラスの魔』というのは、決してオカルト用語ではないぞ」

 

 臨席した七瀬留美、川名みさきの両名が、住井のその言葉に思わず顔を見合わせる。にこりともしないところをみると、どうやら冗談で言ったのではなさそうだ、科学者という人種は何を考えているのかよくわからない。

 

「『ラプラスの魔』、提唱したのは天文学者であり数学者でもあったフランスのピエール・シモン・ド・ラプラス。著書『確率に関する哲学的考察』において彼はこう言っている」

 

 そこで住井は軽く咳払いをし、朗々と歌い上げるように言葉を接いだ。

 

「曰く『宇宙に起きる物事は、遥かな過去から遠い未来に至るまで、ニュートンの方程式によって厳格に定められており、全てがシナリオ通りに起こっている』」

「はぁ……」

「『我々が未来を知る事が出来ないのは、方程式の未知数があまりに多く、計算があまりに膨大で複雑過ぎて、我々の限られた知覚力や計算能力では手におえないからだ』」

「はぁ……」

「『もし無限の知覚力と、無限の計算力を備えた超頭脳を持つ悪魔が存在するとしたら、「それ」は全宇宙の全ての粒子の位置や速度を知り、その運動を計算することにより、過去や未来の状態を1ミリの狂いをはじき出す事ができる筈である』」

「はぁ……」

 

 最初の「はぁ……」は折原浩平、次の「はぁ……」は折原浩平、最後の「はぁ……」は折原浩平。つまりすべて折原浩平のため息とも聞こえる相槌である。

 その様子に、何か信じがたい冒涜を犯された聖職者のごとくぴくりと片眉を跳ね上げた『プロフェッサー』は、若干語調を変えて続けた。

 

「つまり、だ。敬愛する我らがリーダー殿に解りやすく言うとだな」

 

 ちなみに、かなり投げやりである。

 

「『なんかすげー悪魔がいて、そいつはこれから先に起こることをなんでも知ってるぞー』みたいな感じだ」

「おいちょっと待て、なんだかまるで俺を馬鹿にしているように聞こえるんだが」

「馬鹿にしているからな」

「くっ……」

 

 放っておくとそのまま漫才に移行しそうな勢いであったので、横からみさきが口を挟んだ。

 

「えっと、つまりこういうことだよね、『悪魔は、あらゆるデータを瞬時に知ることができる。するとこの悪魔は「未来を完全に予測できる」ということになる』」

「ふむ、さすがは川名みさき嬢、どこかのスポンジ頭とは違う」

「誰がスポンジだコラァ!」

「ああもう、折原は少し黙ってなさい! でも住井君、それとこの立案書とどういう関係が?」

 

 留美の問いを受け、住井はひとつ頷くと再び口を開いた。

 

「ラプラスの提唱したこの『ラプラスの悪魔』という存在は、あくまで彼の論理を説明するために生み出された架空存在だ、だが科学的にこの悪魔を創造することができれば……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 話の雲行きが怪しくなってきたと思ったのか、留美が慌てて制止の声を上げる。

 

「なんだか話がどんどんとオカルト方面に行っている気がするんだけど」

「七瀬くん、講師の話は最後まで聞くものだ」

「な、七瀬くん?」

「こ、講師?」

 

 再び顔を見合わせる留美とみさきをよそに、ごほんと大仰に咳払いをして話を続ける住井。その様子はどう見ても出来の悪い生徒に講義する教師といったところである。

 

「創造するとは言っても、なにも悪魔それ自体を創り出そうというのではない。先ほどの話に戻るが、『ラプラスの悪魔』の特徴はなんだったか覚えているかな」

 

 「はい、みさきくん」と話を振られ、思わず「はい!」と返事をして座っていた椅子から立ち上がってしまうみさき。いよいよもって生徒と教師といった様相である。

 

「えっと、『あらゆるデータを瞬時に知ることができる、それと未来を完全に予測することができる』」

「ふむ、正解だ。着席してよろしい」

「は、はぁ……」

「この場合、重要なのは後者だ。『未来を完全に予測できる』、これを現在の科学に当てはめて言うのなら……」

 

 そこでいったん言葉を切り、三人を見回す。そしてゆっくりと宣言するように、告げた。

 

「確率未来観測制御システム。『ラプラスの魔 機構』のシステム名だよ」

「未来観測…… そんなことが……」

 

 留美もみさきも、そして浩平すらもが、もう笑ってはいなかった。

 

「もし本当にそんなことが可能ならば、戦争の常識が覆るね」

 

 そう、「可能ならば」だ。

 みさきのその言葉のニュアンスを感じ取ったのだろう、住井が再び口を開く。

 

「技術的に不可能な案を立案するほど、技術部は暇じゃないんでね」

「つまりは『未来を完全に予測できる』ということ?」

 

 留美の切りつけるような視線と言葉に臆した様子もなく、どこか憮然とした様子で頷く『プロフェッサー』 先ほどの軽い調子など、そこから見て取ることはできない。恐らくはこれが彼の科学者としての“地”なのだろう。

 そして住井は尚も後を接ぐ。しかしその内容は「bat...」だった。

 

「科学者ラプラスが提唱した論理、『自然現象は予め決定しており、機械のように正確に運行する』という考え方、このような思想を『決定論』あるいは『機械論』というわけだが、この論理は実はもう遥か昔に否定されている」

「え?」

「古典物理学、つまり現在の科学としては完全に時代遅れなのさ、『ラプラスの魔』は」

 

 突然自らの展開していた論理を否定し始めた住井に、戸惑いの隠せない留美とみさき。『ラプラスの魔』を科学的に実現できるとして立案書を提出してきた技術本部長の口から語られるべき内容ではなかった。

 混乱する二人をよそに口を開いたのは、話が核心に入ってからは一度も発言のなかった浩平だった。

 

「つまり、科学的ではない要素が必要になる、ということか」

 

 その口調はまるで氷のようであり、常の事とはいえ普段の様子との落差に唖然とする留美とみさき。そしてまた、何かに怒っているようでもあるその様子に、内心で首を傾げる。

 

「『プロフェッサー』、もったいぶらずにはっきりと言ったらどうだ」

「……ほう、僕が何を言いたいのかお前にはわかったようだな。いやはや、さすがは『永遠』」

 

 「茶化すな!」と吐き捨て睨みつける浩平。殺意すら篭った、常人であれば卒倒してもおかしくない剣のような視線を受けても憮然とした様子を崩さない住井。

 

「ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでよ、私にはなにがなんだかわからないんだから、説明してよ」

 

 険悪な二人の様子に、留美が慌てたように言う。みさきも頷いて同意の意を示した。

 それを受けて、口を開いたのは住井だった。

 

「『ラプラスの魔 機構』は確かにそれ単体では確率未来観測制御システム足り得ない、折原が先ほど言ったとおり、プラスアルファが必要なのさ」

「プラスアルファ……?」

「そう、君たち異能者が慣れ親しんでいる未知の力がね」

「異能力……」

 

 自らの呟きに「ご名答」と返す『プロフェッサー』の声も耳に入らぬ様子で、みさきは何かしら考え込むように俯いた。恐らく彼女は解ったのだろう、住井が何を言いたいのか、なぜ浩平がこれほどまでに怒っているのか。

 

「ちょ、ちょっと、みさきさんまで。私にはまだぜんぜんわからないんだけど!」

 

 留美の声に応えたのは浩平だった。住井を睨みつけた視線は動かさず、吐き捨てるように告げる。

 

「こいつの提唱するシステムに必要なのは異能力、そしてその目的は未来観測。ここまで言えばわかるだろう、七瀬」

 

 その言葉を受けても怪訝そうな顔をする留美。彼女は浩平の言葉を脳裏に反芻する。

 

 システムに必要なのは異能力、そしてその目的は未来観測

 未来観測に必要な異能力

 未来観測

 

 未来視

 

「あっ!」

 

 弾かれたように顔を上げ、俯いたままのみさきに向ける。

 『心眼』川名みさき。その異能力である『絶対感覚』(イージスセンス)は、近未来を観測することにより自分に向けられる敵意を事前に察知する、いわば『未来視』の異能力。未来観測のために異能力が必要なのであれば、対象となる異能者は彼女以外には考えられない。

 

「どうやらご理解いただけたようだ」

 

 満足げに頷く『プロフェッサー』を見ながら、留美は内心で嘆息する。

 異能者ではないこの男には決して理解できないだろう。異能力という力を自分たちがどのような思いで戦争に用いているのかということを。

 自分はまだいい。人を殺めるという行為に身をやつした自分であればまだ。

 みさきは違うのだ、彼女の持つ異能力は直接相手を殺傷する類のものではない。戦争という行為に結果的には荷担しているとはいえ、彼女の感じる罪の意識は自分などよりも遥かに軽くて済んでいるだろう。

 それでいいのだ。

 直接人を殺めるという行為は、自分が為そう。罪も、罰も、自分が引き受けよう。留美はONEとして起ってより以降、自らにそう課してきたのだから。

 偽善かもしれない、だが自分はみさきのことが、仲間たちのことが、好きだった。なるべく彼女たちに負担を強いたくはなかった。

 思えば、こんな気持ちになることができたのは、彼女たちと出会ったからだ。戦いに餓え、狂犬のように殺し合いに明け暮れていた頃は、こんな気持ちになったことはなかった。誰かのために戦おうなんて、考えたこともなかった。

 何もなかった、何も持っていなかった七瀬留美という自分に、こんな気持ちをくれたかけがえのない仲間たち。そんな彼女らの剣となることで、少しでも恩返しをしたかった。

 そして恐らくは、浩平も、折原浩平も同じ思いであるに違いないのだ。だからこそ彼は、ことさらにみさきの異能力を利用しようとする住井に怒りを向けているのだろう。

 

 そんな留美の、そして恐らくは浩平の内心に気付かないのだろう。『プロフェッサー』は得々と説明を続ける。

 

「『ラプラスの魔 機構』はいわば異能力の増幅器(ブースター)の役割をするシステムだ、『心眼』川名みさきの未来視の力を増幅し、伝送線を通して結果をディスプレイに投影する」

「そのシステム―― ええと、『ラプラスの魔 機構』だっけ? 私はどうしてればいいの?」

 

 俯いていた顔を上げ、質問を挟むみさき。

 普段と変わりのない風を装いつつも、微妙な声の震えが、発した人間の意思を裏切っていた。

 

「川名さんはシステムの核(コア)だからね、脳波を直接採取するために、そうだな、ちょっと不恰好なヘルメットみたいなものを被って座っていてくれればいい」

「そっか、楽チンだね」

「このシステムが実現すれば、推定12時間の指向性を持った近未来の情報を採取できる、そうなればKanonなど物の数では……」

 

「言いたいことはそれだけか」

 

 尚も熱弁を振るう住井を浩平が遮った。氷のような声だった。

 

「可否を聞きたいか?」

 

 立案書をばさりとテーブルに投げ出し、問う。対する住井は相変わらず憮然とした様子で、それでも動揺することなく平然と言葉を返す。

 

「ぜひともお伺いしたいね」

「なら答えてやる。却下だ、話にならない」

 

 ぴくりと片眉を上げ、だがそれだけだった、自らの提出した立案書をけんもほろろに却下された住井の行動は。

 

「やれやれ、『永遠』も人の子か」

「どういう意味だ」

「解っているはずだ、近未来とはいえ『未来を完全に観測できる』ということの意味を」

 

 確信を伴ったその問いかけに、沈黙をもって返す浩平。その態度が彼の言葉を肯定していた。

 戦場における駆け引きとは相手の動向を予測し対処すること、つまり戦術とは未来を予測するという行為に他ならない。もし未来というものを完全に観測できるのであれば、戦術的には既に敵に勝利している状態であると言えるだろう。

 

「これはONEリーダーである俺の決定だ、お前はただそれに従っていればいい」

 

 あえて権威を笠に着て居丈高にそう言い放ったのは、浩平自身それが感情によるものだということを意識していたからだろう。

 話は終わったとばかりに立ち上がり、部屋を出て行こうとした浩平に、住井が最後の一言を投げつける。

 

「もうちょっと自覚してもらいたいものだな、『永遠の』折原浩平」

 

 嘲りも明らかなその言葉に反応し、歩みを止める浩平。振り返った彼の目に、唇の端を吊り上げるようにして笑う『プロフェッサー』の表情が映った。

 

「お前ら異能者は社会の爪弾き者だということを」

「なに……?」

 

 そうして『プロフェッサー』住井護は、みさきに対して向き直ると、言葉を続ける。

 

「なかでも『心眼』川名みさき、あなたの異能力は特異だ」

「え……?」

「あなたの異能力は、その気になれば人の心までも見通すことができる、その人がどんなに秘密にしたいと思っていることでも、覗き見ることができる」

「……!」

「考えようによっては、殺人以上に非人道的な能力だとは思わないか?」

「やめろ! 住井!」

「住井君!」

 

 浩平と留美の叫びを無視し、住井は続けた。口元に悪魔の笑みを浮かべて。

 

「あなたのその非人道的な異能力を、科学の力で昇華してあげようというんだ、僕に感謝して欲しいくらいだね」

「てめぇっ!」

 

 とうとうキレた浩平が殴りかかる。

 避けようともしない住井を浩平の拳から救ったのは、他でもない、みさきだった。

 

「浩平君! やめて!」

 

 抱きつくようにして浩平を止めたみさきは、そのまま振り返り、住井にこう告げた。

 

「私で良ければ、協力するよ」

「なっ……!」

 

 絶句する浩平、留美も同様である。対する住井はというと、喜ぶでもなく、憮然とした態度を崩さず無言でみさきの光を映さぬ瞳を見返している。

 

「そんな、みさきさん、無理しなくても!」

「ううん、留美ちゃん、無理なんかしてないよ」

「でも……!」

「いいんだよ、私がそうしたいの。 いいよね、浩平くん」

 

 抱きついていた腕を解き、そう問い掛けるみさきを苛立たしげに凝視していた浩平だったが、やがて舌打ちをひとつすると、「勝手にしろ!」と吐き捨てて今度こそ部屋を出て行った。

 しばらく去就に迷っていた様子の留美も、住井に鋭い視線を一瞥送り、続いて部屋を出て行った。

 部屋に残されたみさきと住井は、無言。

 

 どのくらいそうしていただろう、相変わらず憮然とした様子で、住井が一言、呟いた。

 

「礼は言わないぞ」

 

 その言葉に、くすりと笑ってみさきが返す。

 

「住井君て、不器用だよね」

「……」

「まるで、誰かさんみたい」

 

 みさきの言う「誰かさん」が誰のことであるか、住井には容易に推測することができたがそれには触れず、ふんと鼻をひとつ鳴らして彼も部屋を出てゆく。

 

 去り際、告げた。

 

「本計画は『ラプラス・デーモン』と呼称する」

 

 こうしてプロジェクト『ラプラス・デーモン』は14ヶ月の歳月を経て、実現へと至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 体中の力を吸い出されるような感覚に、みさきは思わず呻き声を上げた。

 

「みさき!」

 

 親友である深山雪見の声を耳にして、みさきは軽く笑うと問題のない旨を告げた。

 閉じられた瞳、頭をすっぽりと覆うように被せられたチューブ付きのヘルメット。『ラプラスの魔 機構』の中心部、体中を機械とチューブで覆われ、まるでゴルゴダの丘で磔になるイエス・キリストのような状態で、核(コア)たるみさきは徐々に強まっていく喪失感に耐え続けた。

 そしてそんな彼女に耳に、『プロフェッサー』の、やや声のトーンを落とした声が聞こえてくる。

 

 

 

「確率未来観測制御システム『ラプラスの魔 機構』、始動!」

 

 

 

 

 

To Be Continued..