異能者 第二部

<第三章>

−終わってしまっているのに−

2002/10/17 久慈光樹


 

 

 

 『剣聖』川澄舞、『自己無き』倉田佐祐理、『死神』美坂香里、『命喰い』美坂栞、そして『熾天使』月宮あゆを加えたKanonは、異能者の質的に飛躍的向上を遂げた。

 そしてそれだけでなく、「美坂家」の参入と『眠り姫』水瀬名雪により懐柔された組織を加え、質的にも量的にも、もはやONEと対等と呼べる存在にまで成長していた。

 

 だが所詮は寄せ集めの混合組織である。急激に膨張した人員は相互間の指揮系統が統一されておらず、リーダーである『静かなる』水瀬秋子はまず指揮系統の一本化を図ることを目的として『剣聖』と名高い川澄舞に軍事行動の全権を委ねた。

 全権を委任され、水瀬秋子から絶大な信頼を得た形となった川澄舞は、リーダーの期待に応えるべく、人事に腐心することになる。本来人付き合いの苦手な彼女を支えたのが常に彼女に影のようにつき従う倉田佐祐理であったことは言うまでもない。

 

 

 川澄舞がまずしたことは、総員約3500名のうち3000名を100人単位30組に分けることであった。

 そしてその中から統率力に秀でた一名を選出し、隊長に任命して指揮統率にあたらせた。「百人隊長」と呼ばれるこの隊長たちは隊員と区別するために左腕に白い布を巻かせる。そしてその百人隊長10名を束ねる者には左腕に赤い布を巻かせ、「千人隊長」とした。

 個々の役割を明確にし、指揮系統を可能な限り単純化することによって戦場での意思伝達を容易にしようというのが、川澄舞の狙いであった。

 

 千人隊長1名、百人隊長10名、そして隊員1000名からなる集団を1部隊とし、こうして第一から第三までの合計3部隊が編成された。

 

 第一部隊長は『紅の』相沢祐一。

 

 この部隊には異能者として能力の高いものを優先的に配置し、3部隊随一の攻撃力を持たせたKanonの主力部隊である。

 『ビーストマスター』沢渡真琴もこの部隊に編入され(彼女は百人隊長)、より攻撃力を特化させた。

 部隊の士気を高める意味合いもあり常に最前線にその身を置くことになるため、部隊長には指揮統率力だけでなく異能者としての能力も要求される。川澄舞と並んでKanon随一の異能者として名を馳せる相沢祐一が適任であった。

 

 第二部隊長は『死神』美坂香里。

 

 主力たる第一部隊と連携して敵陣を突破できるだけの攻撃力と、状況に対応した行動力。臨機応変な対処が要求される部隊である。

 攻撃力の強化、そして部隊長との密な連携を期待し『命喰い』美坂栞をこの部隊の百人隊長に据えた。

 部隊長である美坂香里は戦略に長けた参謀型の人物であるが、異能者としての能力も決して相沢祐一に劣るものではなく、オールマイティな働きをするこの部隊の長としては適任であろう。

 

 そして第三部隊長は『眠り姫』水瀬名雪。

 

 第三部隊は、予備兵力とは行かぬまでも常に前線にある性質の部隊ではない。だが局面によっては戦の帰趨を決する最後の切り札となるだろう。

 よって部隊長に求められる特性は攻撃力ではなく、統率力である。川澄舞から下された指示に対し末端の一名に至るまでいかに迅速に行動に移せるかが鍵となるこの部隊において、統率力のある部隊長は必須であった。

 そうした特性から、部隊長には水瀬名雪が選ばれた。彼女は戦略面において非凡な才能を有しており、また部隊員からの信望も厚い。適任であった。

 

 そしてこれら3部隊を束ねるのが『剣聖』川澄舞だ。

 

 川澄舞自身は約500人の直属部隊と共に、リーダーである『静かなる』水瀬秋子の近衛部隊としての役割も兼ねている。『自己無き』倉田佐祐理もこの部隊に属しており、川澄舞が前線にて指揮をとる局面においては川澄舞の代わりに近衛隊長の役割を担うことになる。

 

 総勢約3500名、難攻不落と謳われたONEの牙城を突き崩すことを目的に集結した、新生Kanonの以上が部隊構成である。

 

 

 だがこの部隊構成には含まれない者も存在する。歴史上その存在自体は決して表舞台に出ることはなく、だが戦にとっては必要不可欠な存在。「斥候」である。

 

 敵軍であるONEには斥候という存在はない。斥候による情報収集などに頼らずともよほど優秀な「目」を、ONEは備えているからだ。

 『心眼』川名みさき。その存在はKanonにとって脅威であった。

 近代、忌まわしき「大破壊」以前の戦争は情報戦であった。戦争開始前の戦争、情報戦はハイテク機器の発展により緻密性と重要度を増し、その成果によって勝敗は戦う前から決定していると言っても過言ではなかった。

 異能力によって戦争の形式がいわば先祖がえりを起こした今日においても、情報の重要度は変わりない。いかに相手の情報を掴むことができるかが、勝敗を分ける重要なファクターであるのだ。

 Kanonも情報戦においてはONEに大きく水をあけられていた。それだけ『心眼』の異能力が特異であるということの表れであるのだが、実は他組織ほど絶望的な差をつけられているわけではなかった。Kanonの擁する斥候部隊が優秀だったのである。

 

 Kanon斥候部隊。その構成要員はたったの一名である。

 北川潤。Kanonにおいて情報戦の要となる人物であった。

 外部組織にはその存在すらも悟らせず、それどころかKanon内部の者でさえ彼がいかにして情報を得てくるのかを知らない。親友と呼べる関係にある相沢祐一ですらもだ。

 その隠密性、斥候活動の優秀さ、まるで奇術のように鮮やかに、不可解に、情報という名の武器を操る彼のことを、皆はいつしか『トリックスター』と呼ぶようになった。

 

 

 

 『紅の』相沢祐一が、件の『トリックスター』に声をかけられたのは、明日行われる軍事演習の打ち合わせを終えて自室に戻る途中のことだった。

 

「よっ! 相沢、会議は終わったか?」

 

 少し猫背になって歩いていた祐一は、前方からかけられた陽気な声に顔を上げ、そこに悪友の顔を見出して苦笑する。

 

「北川、どこ行ってたんだよ」

「あー、会議はキライだ」

「『キライだ』じゃねーぞ、お前も一応は幹部なんだから会議くらい出席しろよ」

「幹部、幹部ねぇ……」

 

 ぼりぼりとおさまりの悪い髪を掻き、どこか途方に暮れたような素振りを見せる『トリックスター』に、祐一の笑みがどこかからかうようなそれに変わる。

 

「香里も出席してたぞ」

 

 効果は覿面、北川の顔がみるみる紅潮していく。相変わらずの悪友の反応に、祐一は堪えきれず噴き出した。

 

「相変わらずわかりやすいヤツ」

「ば、ばかやろう! べ、別に俺は……」

 

 『トリックスター』北川潤が、『死神』美坂香里に一目惚れしたということはKanonでは言わば公然の秘密であった。

 「北川さんて意外と純情なんですよね〜」とはもう一方の当事者、その妹君の言である。もっとも肝心の当事者はその噂に対して「興味ないわ」と一蹴であったが。

 「春は遠いな」などと無責任な感想を胸の内で呟いた祐一に、一つ咳払いをした北川が問い掛ける。

 

「秋子さんは自室か?」

「秋子さん? 香里じゃないのか?」

「ば、ばかやろう! いつまでも引っ張るな、秋子さんだよ、うちのリーダー様!」

 

 斥候たる北川の帰還、そしてリーダーを訪ねるという行動。その意味するところは一つ。

 いつしか祐一の顔から笑みは消え、その眼光はまるで猛禽のごとく鋭いものに変わっていた。『紅の』相沢祐一の顔だった。

 

「ONEに、何かしら動きがあったのか」

 

 質問と言うよりは詰問と言った方が妥当である言の鋭さにまるで気付かぬのか、それとも気付かぬ振りをしているのか。応える北川の声は相変わらず軽いものだった。

 

「さてね、判断するのは俺じゃない」

 

 その応えにしばらくは睨み付けるように対峙していた祐一だったが、やがて諦めたようにため息を一つついて視線を緩めた。相手は情報収集のスペシャリスト、たとえ味方であったとしても手にした情報を漏らすことはないだろうと悟ったのだ。

 リーダーである水瀬秋子へ報告があり、秋子自身が公開しても支障ないと判断すればいずれ自分にも知らされるだろう。

 諦めにも似た心境でため息をもう一つつき、目の前の悪友に向けて笑いかける。

 

「しかしお前、毎度のことながらどうやって情報を仕入れてくるんだ?」

「ふふん、秘密」

 

 そう言って人差し指を口元に当てる。存外に可愛らしいその仕草にゲンナリしつつ、なおも食い下がる祐一。

 

「ONEにはあの『心眼』がいるんだ、忍び込むにしてもすぐに見つかっちまうんじゃないのか?」

「秘密」

 

 また人差し指を口元に当てる。

 

「ああもうわかったからその気色の悪い仕草はやめろって。秋子さんなら自室だぜ」

「おうさんきゅ」

 

 礼を言い、ぶらぶらと秋子の自室へ向かう北川。しばらくそれを見送っていた祐一だったが、ひとつ肩をすくめると自室へ向かうため踵を返した。

 

「ああそうそう」

 

 その声に振り向くと、北川が肩越しにこちらを見ていた。

 

「なんだ?」

「ONEからの侵攻、しばらくの間は無いだろうな」

「なに」

 

 思わず身体ごと向き直った祐一に、北川は相変わらずの軽い声で面白くもなさそうに告げる。

 

 

「しばらくの間は、だけどな」

 

 

 

 

 

 

 結局それ以上は何も聞き出すことはできず、仕方なく自室に戻る祐一。先ほどの北川の言葉を反芻する。

 しばらくの間、ONEの侵攻はないと、北川は言った。

 ONEが本格的にKanon侵攻に乗り出したことは事前に察知していた。これも北川のもたらした情報であったのだが、もはや全面対決は時間の問題と思われていた。

 それがしばらくの間とはいえ延期されたということは、ONE内部に何かしらの異変があったと見るべきだろう。

 考えられる要因はいくつかある。

 例えば、内部抗争。ONE内部に何かしらの火種があれば、外敵への侵攻を延期したとしても頷ける。

 

「それはない、か」

 

 だが祐一は自らの推論を即座に否定した。

 

 現在、日本全土を実質支配しているONEという組織は少々特異な組織であった。

 リーダーである『永遠の』折原浩平のその異常なまでのカリスマ。側近の女性たちの強固な団結。一組織としてみた場合、少なくとも上層部には内乱の起きる要素など微塵もないと言える。

 それでは侵攻を延期した理由は何か。

 『紅の』相沢祐一といえど全知全能ではない。彼は優れた洞察力を持っていたが、よもや『静謐の暗殺者』がONEを襲い、『沈黙の』上月澪が負傷したなどという事実を洞察できるものではなかった。

 

 

「遅いよ、祐一」

 

 思考に身を浸して歩いていた祐一は、そのどこか間延びした声で我に返る。気付けば自室の前まできていた。

 

「どうした、名雪」

 

 部屋の前にいたのは、先ほど共に会議に出席していた名雪だった。恐らく祐一が北川と話していた間に別の通路を通ってここに来たのだろう。

 待ちぼうけをくわされて拗ねているのか、ちょっぴり頬を膨らませて不満げに祐一を睨んでいる。少し上目遣いで睨む様子が仕草とアンバランスで、むしろ微笑ましい印象だった。

 普段の名雪らしいとも言えるその様子に、祐一は内心で安堵していた。

 

 ここのところ、名雪の様子はおかしかった。

 付き合いの浅いあゆや舞はもとより、初対面から何かと気が合い今では親友とも呼べる間柄になっている香里ですら気付いてはいなかったかもしれない。

 だが付き合いの長い祐一には分かった。一見普段どおりの笑顔、だが幼馴染の少女がその裏に何か思い悩んだような表情を隠していることを。

 母親である秋子も気付いていただろう。ひょっとしたら真琴も気付いていたかもしれない。

 だが名雪が何も無いように振舞っていたからこそ、三人ともその件については触れなかった。それは身内を想う細やかな気遣いだった。

 

「あゆちゃんの部屋に行っていたの?」

「ば、ばか、なに言ってんだ」

 

 急に寂しそうに呟いた名雪に、祐一は慌てた。なぜそこであゆの名が出るのか。

 よくよく考えてみれば、初対面のときから名雪のあゆに対する態度はおかしかった。

 初対面のとき、少し緊張したように自己紹介したあゆを見て、名雪は一言呟いたのだ。

「月宮あゆ……ちゃん?」と。

 結局それ以降は名雪の態度に何らおかしな点はなく、傍から見ると仲のよい姉妹にすら見えるほど両者の仲は良好だった。そう見えた。

 だが思い返せば、名雪の様子がおかしいと感じ始めたのはその頃からではなかったか。

 

 聞いてみようか。

 ふと、そんなことを思った。そんな大した理由ではないのかもしれない、従兄妹のこの少女は、少女らしいヤキモチからほんの少し勘違いをしているだけなのかもしれない。「あゆと何かあったのか?」そう聞けば、誤解はすべて氷解するかもしれない。

 

 だが、祐一の口から遂にその言葉が発せられることはなかった。

 どうせ大したことではないのだろう。ひょっとしたら自分の思い違いなのかもしれない。そう思った。

 

 後日祐一はこのことを強烈な悔恨と共に思い返すことになる。あのときに無理矢理にでも理由を聞き出しておくべきだったと悔やむことになる。しかしこのときの祐一は、それを知る由も無かった。

 

 

「ねえ祐一、外に行こっか」

「あん?」

「お散歩しようよ」

 

 既に深夜と呼べる時間帯、普段の名雪であれば寝ているであろう時間。突然の散歩の誘い。だが祐一は軽く笑って承諾した。

 

 見張りに立つ者に外出する旨を伝え、しばらくは二人とも無言で歩く。

 考えてみれば、名雪とこうして二人っきりで歩くのは随分と久しぶりだった。

 

「星が綺麗だね」

 

 冬を真近に控えた夜の空は、信じ難いほどに澄み渡っていた。名雪の言葉どおり、空一面にまるで光の欠片を振りまいたように瞬く星の群れ。気付けば祐一も名雪も足を止め、天を覆い尽くすかのような星群を見上げていた。

 オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン,そしておおいぬ座のシリウス。冬の1等星たちを繋いだ「冬の大三角」と呼ばれる星座の真ん中を、淡い冬の銀河が流れている。

 

 どのくらいそうして星を仰いだだろう。不意に名雪がぽつりと、呟いた。

 

「星って、不思議だよね」

「あん?」

 

 星々から隣に立つ名雪へ。視線を転じた祐一に、相変わらず空を見上げたまま名雪は話しつづける。

 

「何十光年、何百光年って離れた星の光を、いまわたしは祐一といっしょに見ているんだよね」

「そうだな」

「本当はもうあの星たちは、何十年何百年も前に消えちゃってるかもしれないんだよね」

「ああ」

「でも、わたしは、わたしと祐一はあの星をいまこの瞬間、見ている」

 

 適当にあいづちを打ちながら、再び視線を星々に転じる。

 

「わたしはこうして今も祐一といっしょにいるんだよね」

「あん?」

 

 言葉の意味が掴めず、再び名雪を見る祐一。星空を仰ぎ見る名雪の横顔はどこか儚げで、目を離すとそのまま消えてしまいそうな錯覚を覚えた。

 見上げるその視線は、星々ではなく何か遠く過ぎ去ってしまったものを見据えているかのようで――

 

「本当は……」

 

 そしてその瞳の奥から――

 

「本当はもう、終わってしまっているのに」

 

 透明な涙が一筋、名雪の頬を伝った。

 

 

 言葉の意味が掴めない。

 涙の意味もわからない。

 だが祐一は、声をかけることもできず、星に向かって涙を流しつづける名雪を見守ることしかできなかった。

 

 

 できなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

『本当はもう、終わってしまっているのに』

 

 

 

 

 

 

To Be Continued..