異能者 第二部

<第二章>

−サイレントアサシン−

2002/07/25 久慈光樹


 

 

 

 夜。

 上月澪は、月明かりに誘われるように、外に出た。

 

 夜空にそこだけぽっかりと切り取られたように浮かんだ、真円の月。影ができるほどの月明かり。

 ほぅ、とため息をつき、しばらくその見事な満月を見上げる澪。つい、と、その小さな身体が動く。

 ゆっくり、ゆっくり、ステップを踏み、手を動かし、そして彼女は舞い始めた。

 

 振り付けはアドリブ、音楽はないけれどそこは想像でカバー。

 ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。

 

 他には誰もいない、月だけが見ている真夜中のダンス。

 満月の光が一人踊る澪を照らす。

 

 

 その澪より10メートルほど離れた茂みの奥、月明かりもとどかぬ漆黒の闇の中。

 舞い続ける小さな少女を捉える一つの視線。

 

 踊りに満足したのか、本部の建物に戻っていく澪。その彼女を追うように、“それ”は茂みより這い出でる。

 音もなく、気配もなく。

 月明かりの元に晒された“それ”は、人の、男の姿をしていた。

 両手には黒く墨を塗られた刃渡り20センチほどのナイフを逆手に握り、全身を漆黒の衣で包んでいる。顔も黒い布で覆われているため、表情を窺い知ることはできない。ただそこだけ露出した目が、虚ろに輝いているかのようだった。

 

 やがて“それ”は、本部内に進入する。

 

 

 

 

 自室に向かう澪。背後より影のように迫る黒い影。

 建物に入ってからは測ったように等間隔を維持していたその黒い影は、やがて急速にその距離を縮め始めた。その様は、まるで獲物を捕らえる蛇のよう。

 床の上を滑るように音もなく、墨を塗られたナイフは光を映すこともなく。

 背後より迫り来る脅威に、澪はまったく気付いた様子もない。

 

 やがて影は、澪の背後に達する。

 影の視線は、彼女の首に。

 

 

 

 逆手にナイフを構えた右手が、ゆっくりと上げられ……

 

 

 

 そして澪の頚動脈を掻き切るために振るわれた凶刃は、だが突如として現れた白銀の壁に弾かれた。

 

 

 

「澪ちゃん! 離れて!」

 

 何が起こったかわからず呆然とする澪は、その叫びと共に腕を強く引かれた。

 顔を上げると、そこには厳しい顔をしたみさきと、同様の表情をした留美と茜。

 

「かかったわね、大きなねずみが」

 

 澪を背後にかばうようにして、抜き身の白刃を構える留美。茜とみさきは男の退路を断つように展開する。

 愛用の刀を構える『狂戦士』七瀬留美、水を満たしたペットボトルを持つ『水魔』里村茜、そして白く輝く銃を構える『心眼』川名みさき。ONEの誇る最強の側近たちに完全武装で包囲され、男の命運は尽きた。

 だが黒装束に包まれた全身からそこだけ見える男の目は、なんの表情も映してはいない。

 

「私の目が黒いうちは本部内での暗殺なんて許さないよ」

 

 男の背後に回り込んだみさきが言い放つ。だがその声音には緊張の色が見えた。

 

 側近の一人である『沈黙の』上月澪の暗殺未遂行為を事前に察知できたのは、彼女の異能力、『真なる瞳』(マナ・アイ)の為せる業である。

 だが、本来の彼女の能力から言えば、暗殺など実行に移す前、暗殺者がONE本部に侵入した段階で察知することが可能であるだろう。

 実はこの暗殺者が本部に進入したのをみさきが察知したのは、数日前のことなのだ。

 

 進入した際にはその姿を辛うじて捕らえることができたのだが、それ以来、暗殺者の姿は忽然と消え失せた。すべての事象を見通すみさきの心眼をもってしても、その気配すら察知すること適わなかったのである。

 通常は考えられないことだ、相手がこの世界に存在している以上、彼女の瞳より逃れる術は無いのだから。

 にも関わらず、みさきの瞳は暗殺者の姿を見失った。

 事態を重く見たみさきは、留美と茜に事の次第を伝え、ここ数日密かに厳戒態勢ともいえる警戒網を張り巡らせていたのである。

 そして今日、遂に暗殺を実行に移した侵入者を捉えることに成功したのである。

 

「あなたを差し向けたのはKanonですね」

 

 男の側面から茜の言葉。それは詰問ではなく確認だった。

 この時期を選んで暗殺者を差し向けてくるということは、実行者はKanonである公算が極めて高い。となれば狙われるのはリーダーである折原浩平か、今回の作戦の要である側近の女性たちの誰かということになる。

『永遠』を繰る折原浩平の暗殺は事実上不可能に近い、現に彼の暗殺を試みた組織はこれまでも多くいたが、そのすべてを彼は永遠の闇に葬り去ってきた。

 では側近のうち、狙われるのは誰か?

 今回のKanon攻略において要となる存在は、実働隊の指揮をとる『狂戦士』でも『水魔』でもなく、『心眼』川名みさきである。彼女の瞳は正にONEの目であり、そのONEの目さえ潰せば手足の働きは極端に鈍くなる。当初みさきは自分こそが暗殺の対象であると踏んでいた。

 だが、もう一人、比較的暗殺が容易でかつその存在が作戦の要となる者がいる。

 『沈黙の』上月澪だ。

 精神リンクを用いて相互間の連絡を密にする役割を担う澪の存在は、この作戦のもう一つの要だった。いかにみさきが目の役割を果たしたとして、その情報を手足である留美や茜に伝えられねば目が見えないのと同じことなのだ。

 そうしてここ数日、彼女はずっと警戒の中心にいた。敵をおびき寄せる意味合いも含め、澪本人にそのことは伝えられなかったのだ。

 

「答える気は無いということか、なら無理には問わないわ」

 

 刀を構えた留美の瞳が、すっと細くなる。冷たく研ぎ澄まされた殺気が高まる。

 

「そのまま、死になさい」

 

 暗殺という卑劣なその謀略、そして何より自分たちの仲間の命を狙うその行為に、留美だけでなく茜も、みさきすらもが、怒りを抱いていた。

 戦略戦術に長けた武人とはいえ、彼女たちは仲間を想う少女と言える年齢だった。

 

 高まる殺気、一触即発の雰囲気。

 だが留美は奇妙な違和感を拭えずにいた。目の前に立ち尽くす黒装束の暗殺者を前にしてからずっと心の隅に付きまとう違和感。

 

『この男は、本当にここに存在しているのか?』

 

 あえて言葉にすれば、そのような表現になったろう。

 確かに網膜がその存在を捉えているにも関わらず、ともすればその存在を意識に留めることができない。まるで蜃気楼を前にしているかのように、存在感自体が希薄すぎるのだ。

 先ほど澪の暗殺を防いだ際も、みさきでなければその存在すら気付けなかっただろう。

 そしてそのみさきの瞳は、先ほどから赤く染まったままだ。

 彼女の瞳が赤く染まるのは、『真なる瞳』を発動している証である。つまりは異能力を行使した状態でないと男の存在を認知できないということだ。

 盲目であるみさきは、常に微量な異能力を消費することによって周りの状況を知覚している。彼女が『心眼』たる所以だ。

 川名みさきの異能力『真なる瞳』(マナ・アイ)は、その状態を極限まで高めた状態であるのだ。当然消耗も激しく、彼女がこの状態で長くいることは滅多に無い。消耗を覚悟で赤瞳のままでいるということは、男は何かしらの手段を用いてその存在自体を希薄にしているということである。

 

『敵は異能者、それも相当の手だれということか』

 

 留美がそう考え、意識をより強く男に向けた瞬間だった。

 

「え?」

 

 何の前触れもなく

 

 男の姿が消失した

 

「里村さん下がって!」

 

 常からは考えられないほど鋭いみさきの叫び。言葉の内容よりもむしろその勢いに圧され、一歩後ずさる茜。

 

ひゅっ

 

 その眼前、一瞬前まで頚動脈のあった場所を、銀の筋が一線走った。

 

「あっ、うっ……」

 

 その筋が一閃されたナイフの軌道だと解ったとき、茜の全身を強烈な悪寒が這いずる。

 みさきの声に一歩身を引いていなければ、確実に頚動脈を切断されていた。

 

「くっ、このっ!」

 

 逆手に構えたナイフを尚も振るおうとした男に、留美が切りかかる。

 しかしまた、男は忽然と姿を消した。

 

「留美ちゃん! 横!」

「くっ!」

 

ギィン!

 

 側面より頚動脈めがけ振るわれたナイフを、刀で弾く。留美だからこそみさきの声に咄嗟に反応できた。

 

「そこっ!」

 

 みさきの手にした銀の銃が閃く。

 轟くベレッタM92Fアイノックスの咆哮。神速の三連射はだが、白く輝く球体に弾き返された。

  精神バリア。敵はやはり異能者。

 

「みんな、下がって!」

 

 硝煙上がるアイノックスを構えたままのみさきの声に、すかさず間合いを広げる留美と茜。

 再び姿を現した男はそれを追うことをせず、再び立ち尽くしたまま。

 

「何なのよこいつは!」

 

 苛つきと、そして微量の怯えが混じった声で、留美が叫ぶ。短い攻防だったが、全身に冷たい汗が浮かんでいた。

 訳がわからない、一瞬先までそこに居た男が突然消失し、一瞬後には確実に頚動脈を狙ってナイフが振るわれるのだ。

 『心眼』川名みさきが居なければ、攻撃を察知することさえできない。

 

「詩子と同じ空間移動能力者……?」

 

 やや青ざめた顔でそう呟く茜に答えたのは、みさきだった。

 

「違うよ」

 

 男に意識を向けたまま、留美も茜もみさきのその硬い声を聞く。

 

「この人の異能力は“隠業”」

『隠業って、あの忍者やなんかの?』

 

 澪の問いにこくりと頷くみさき。

 

「この人は自分の気配を自由に操れるんだね」

『でも気配を断つくらいで姿まで消えるなんて……』

「姿が消えるように見えるのは、それだけ完全に気配を殺している証拠だよ」

「何となく解るわ」

 

 理解を示したのは留美だった。剣士である彼女には、気配を操るその重要性がわかるのかもしれない。

 

「人間は視覚だけじゃなく全身で周りの状況を把握しているのよ、完全に気配を断つことができれば、一瞬だけ姿を消したように見せることも不可能じゃないわ」

 

 もっとも、と続ける留美。

 

「生物である以上、完全に気配を断つなんてことは不可能のはずなんだけど……」

 

「まさか……」

 

 みさきが何かを思い出したかのように呟く。

 

「『静謐の暗殺者』……?」

「なっ!」

「……!」

 

 その呟きに、絶句する留美と茜。後方に控えた澪も息を呑む。

 

 『静謐の暗殺者』(サイレントアサシン)

 近年、急速に語られ始めた凄腕の暗殺者。

 その存在は全てが謎に包まれていた。その姿を見たものは誰もおらず、ターゲットとなった者が例外なく殺害されるからだ。男性であるのか女性であるのか、それどころか個人であるのか集団であるかも定かではない。

 一説には暗殺を専門に請け負う組織が存在する、また一説には人外の存在である、など、異能力という異能の力が跋扈するこの世界において、一種の伝説としてその呼称は用いられていた。

 その手口はこの上なくシンプルなものであり、頚動脈を鋭利な刃物で切り裂くというものだ。どのような厳重な警備も意味をなさず、犠牲者の中には数十人単位での蟻一匹入り込む隙も無い警備をあざ笑うかのようにリーダーを殺害された組織も存在した。

 

「『静謐の暗殺者』、初めからKanonに属した存在だったか、それともKanonに雇われたか」

 

 苛立たしげに語を荒げる留美。

 彼女は気に食わなかったのだ、暗殺というその手段に対しても勿論そうだが、何よりも男のその瞳が。

 

『なんて、なんて目をしてるのよこいつは!』

 

 一言で言えば、虚無。

 先ほどの攻防のさなかであっても、黒装束から覗く男の瞳は、空虚だった。

 そこには、何の感情も――そう、殺意すらも――何も浮かんでいない。まるでただ黙々と殺人という作業をこなす機械のように空虚な瞳。

 

 自分はこんな空虚な瞳をした者を、ずっと昔に見たことがある。

 そう、“あいつ”も昔はこんな瞳をしていた。

 

 そして

 

 鏡の向こうで、自分もまた……

 

「ちっ!」

 

 苛立たしさに舌打ちをする留美を、みさきが嗜める。

 

「留美ちゃん、落ち着きなさい」

「わかってる、わかってるわよ!」

 

 現状は劣勢だ。

 逃さぬために狭い通路を選んだことが災いした、相手の戦法が逆手に構えたナイフによる超接近戦であり、その異能力から間合いが意味を成さない以上、本来であればこちらはロングレンジの攻撃を選択せねばならなかったのだ。

 

 

 そしてまたしても唐突に

 

 男の姿が消失する。

 

 

「澪ちゃん!」

 

『……!』

 

 みさきの叫びに、反応が遅れる澪。

 上体を逸らすのが精一杯、その肩口をナイフが切り裂く。

 

『あうっ!』

「このっ!」

 

 茜の放つ水球を精神バリアで弾き、その場に倒れ伏した澪にとどめを指そうとする『静謐の暗殺者』

 

「させるかっ!」

 

 振り下ろされた留美の刀は空を切った。

 半瞬だけ体勢を崩した留美の側面を、輝く白銀の“壁”が覆う。

 振るわれたナイフが壁に弾かれる甲高い音を真近に聞きながら、刀を大きく横凪に振るう留美、手応えは無い。

 

「里村さん!」

 

 壁の展開が間に合わず、叫ぶだけのみさき。

 

「きゃあっ!」

 

 咄嗟に回避し、前髪を一房切り裂かれるに留めたが、体勢を崩しそのまま倒れ込む茜。

 そして次の瞬間、『静謐の暗殺者』は逆手に持ったナイフを順手に持ち替え、みさきに向かって投擲した。

 

「……!」

 

 予想外の、そして至近距離からの攻撃、通常の者であれば避ける間もなく貫かれていただろう。だが『絶対感覚』(イージスセンス)を持つみさきは眼前に壁――『絶対防壁』(イージスシールド)を展開し、投擲されたナイフを弾き返す。

 

 だが、それはフェイントだった。

 

 右手にナイフを構えた『静謐の暗殺者』の前には、倒れ込んだ茜。

 壁を展開してしまったみさき、大きく薙ぎ払いの動作を行ってしまったため体勢が崩れた留美、共にすぐには動けない。

 振るった右手のナイフ、逆手に持ったそれをそのまま突き刺すように、『静謐の暗殺者』は茜に振るった。

 

 

 その時

 

 

 

『やめてーーーっ!』

 

 

 

 切り裂かれた左肩を血に染めて、“叫ぶ”、澪。

 そして爆発的に高まる異能力。

 

 『静謐の暗殺者』の動きが、止まった。

 

「澪ちゃん、駄目っ!」

 

 

 『沈黙の』上月澪、第三の異能力。

 

 

 

 

『人形たちの宴』(マリオネットフェスタ)

 

 

 

 

「うっ、くっ……!」

「あ、あああ……」

「だ、だめ、澪…ちゃん……」

 

 動けなくなったのは、『静謐の暗殺者』だけではなかった。留美、茜、みさきの三人も、指一本動かすことができない。

 精神を何かに拘束されるイメージ。激しい頭痛と嘔吐感が襲う。

 

 広範囲無差別精神干渉。

 範囲内の敵味方に関係なく、強力な精神干渉を行うこの異能力は確かに強力なものだ。だがその精神干渉は一方通行ではなく、双方向なのだ。みさきが「駄目」と叫んだのは、むしろ澪の身を案じての行為であった。

 『沈黙の』上月澪は精神攻撃を得意とする異能者であり、普段の彼女はみさきと同じように異能力を消費して最低限の精神干渉を行っている。話すことのできない彼女は、単方向で自分の“言葉”を相手の精神に伝えているのだ。

 だがみさきのそれと違い、その際に消費される異能力の大半は、相手の意識への過度の干渉を防ぐことと、その逆に相手からの意識の逆流を防ぐために用いられているのだ。

 人の精神は繊細にして脆弱だ。少しの刺激で容易に壊れるガラス細工のようなものなのだ。

 そしてそれは、精神感応者たる澪自身も同様である。普段の彼女が相手の精神に最小限の干渉しかしないのは、相手を気遣ってのことだけではなく、己の身を守るためでもあるのだ。

 人の心は、自分以外の思考を直接受け止めるにはあまりにも脆弱に過ぎるのである。

 

 

 

「澪…ちゃん……」

 

 みさきの脳裏には、障害を持って生まれた少女の悲哀。

 どうして自分は皆と違うのか。

 

 『どうして?』『どうして?』『どうして?』

 

「暗い……」

 

 みさきの脳裏には、光を失い怯える自分の姿。

 暗い、暗い、何も、見えない、もう、生きて、いたくない。

 この世界は―― 私に優しくない。

 

 

 

「うっ、ああ……」

 

 茜の脳裏には、膝を抱えて泣く少女の姿。

 誰もいない、誰にも頼れない、誰にも必要とされない。

 

 『寂しいの』『寂しいの』『寂しいの』

 

「つか…さ……」

 

 茜の脳裏には、幼馴染を喪い自失する自分の姿。

 どうして私を置いていくんですか。

 この世界が―― 嫌いですか?

 

 

 

「くぅ……」

 

 留美の脳裏には、初めて人を殺した少女の怯え。

 精神を崩壊させ死に至った男を見下ろし、震え怯える。

 

 『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』

 

「父上……」

 

 留美の脳裏には、父を斬殺し、虚ろに宙を見上げる自分の姿。

 父上、私はどうすればよかったのですか。どうするべきだったのですか。

 私は―― 赦されますか?

 

 

 

 そして唐突に、異能力は解かれた。

 

 

 

「み、澪ちゃん!」

 

 倒れ伏す澪、呪縛を解かれた者たちは、だが強力な精神干渉の余波からすぐには動けずにいた。

 

 否

 

 『静謐の暗殺者』のみが動いた。

 

 彼はその場を離脱しようとしていた。彼にとってもダメージが大きかったらしく、暗殺は断念し逃亡に切り替えたようだ。

 ここで例え4人の標的のうち、1人ないし2人を殺害したとしても、その後に逃亡を図るのは難しい。彼は自らが死しての暗殺――死間を旨とする者ではないということか。

 

「次は、殺すわ」

 

 氷のような声音と、殺気を含んだその声は、『狂戦士』七瀬留美の口から出たものだった。

 男がその言葉に対して向けた視線もまた、空虚なものだった。

 

 そしてその空虚な視線のみを残して、『静謐の暗殺者』は去った。

 その異名の通り、音もなく。

 

 

「澪ちゃん!」

 

 ふらつく頭を抱え、澪に駆け寄るみさきと茜、憎々しく男を見送った留美もまた、その叫びに澪の元へ駆け寄る。

 

「肩からの出血がひどいわ、早く医務室へ!」

「異能力の余波から精神的にもダメージを受けているはずだよ!」

「澪さん、しっかり!」

 

 

 

 こうして計画の要であった『沈黙の』上月澪の負傷により、Kanon進攻計画は延期されることになる。

 

 『静謐の暗殺者』の狙いがKanon進攻計画を滞らせることが目的だったとすれば、彼は目的を達したと言えるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

To Be Continued..