異能力という力がある

 あの恐るべき大破壊後に生を受けた子供たちを中心に、人類に顕現した新しい力

 

 人という種は愚かだ

 鉄器を、火薬を、そして核を

 まったく別の用途で生み出されたそれらの道具を、人は互いに殺しあう為に用いた

 そしてそれは異能力とても例外ではなく

 異能者と呼ばれる異能力者たちは、ある者は燃え盛る爆炎をもって、またあるものは凍てつく氷刃をもって

 まるでそれが定めであるかのように、互いに殺しあう

 

 日本全土を支配する異能力集団「ONE」

 そしてそのONEに対抗するまでに勢力を拡大した「Kanon」

 

 時に西暦2018年

 後に、「異能力戦争」として記される事となる大戦。後世の歴史書は、この年をもって正式な開戦と記している

 

 

 

 


異能者 第二部

<第一章>

−血祭−

2002/7/2 久慈光樹


 

 

 

 

「こんな、こんなバカな話があるかぁーーっ!」

 

 男の目の前に立つのは、たった一人の、未だ成人も迎えていないであろう年若い少女。暴力と残忍さを周囲に恐れられたその男にとっては、脅威にすらなりえぬはずの存在。

 だが現実には――その叫びが、男がこの世で発した最後の言葉となった。

 

 

 最初その命令を上層部より受領したとき、男はいきりたった。敵対する組織が攻勢をかけてくるという情報に、久しぶりに暴れられると喜びに打ち震えたのもつかの間、敵対者は年端も行かぬ少女であるというのだ。馬鹿にするにもほどがあるというものではないか。

 だが上官の命令は絶対だった、逆らう事はできない。となればせいぜい痛めつけ、相手が女性に生まれてきた事を後悔するような行為で憂さを晴らすまでだ。

 前線指揮官だった男は、己の欲望のままに部下たちをそう焚きつけ、自らもその衝動に身を任せた。

 

 万全の状態で待ち伏せた男たち前に現れた少女は、奇妙だった。

 奇妙というのは、顔立ちや体型に関してではない。その点において、少女は男たちの欲望を十分に満足させるであろう肢体の持ち主だった。

 奇妙なのは少女の装備であった。

 少女が手に持っていたのが、無骨な銃器などであったら、男たちはここまで困惑しなかったろう。異能者たる男たちにとっては、凶器が例えTNT(プラスチック爆弾)であったとしても脅威には値しない、だが銃器などの旧世代の武器は未だ暴力の象徴だった。

 彼女が手に持っていたのは、一本のペットボトルだった。

 細菌兵器の類であろうか? いや、たとえそれが何万人の人間を殺傷するに足る凶器であったとしても、異能者には通じない。異能者は通常兵器に対しては絶対無敵であるのだから。

 武装する無骨な男たちの前に現れた、美しい少女、そしてその手には液体の入ったペットボトル。一種異様なその場の雰囲気に、さしもの男たちもすぐには手を出しかねた。

 そんな男たちを無視するかのように、少女は手に持ったペットボトルの蓋を開ける。三つ編みにされた長い髪が密やかに揺れる。

 

 そして少女が口を開いた。

 

 

「死になさい」

 

 

 突如、少女の手にしたペットボトルが爆発したように見えた。

 

「な……!」

 

 その光景は男の想像を絶していた。近くにいた部下の一人が喘ぐように呟く。

 

「なんだよ……ありゃ……」

 

 巨大な無色透明の液体の塊が、空中を浮遊しているのだ。

 あれほどの質量の液体が、あの小さなペットボトルのどこに入っていたというのか。

 

 あれも異能力なのか……?

 その疑問が頭を掠め、男は記憶の隅に眠った、ある情報の存在に気付いた。

 日本全土を支配する異能力集団ONE、その幹部の一人に、水を自在に操る異能者がいると聞いた事は無かったか。側近の一人であるその異能者は、未だ年若い女性であるとか。

 

 確かその者の名は……

 

 

 『水魔』

 

 

 

 空中に現れた巨大な水球。それに一瞬気をとられたことが、男たちの運命を決した。

 突如として水球から、何かが飛び出す。

 避けることも、精神バリアを展開することも、断末魔の叫びを上げることすらできず。男たちはまるで膾(なます)のように斬り刻まれた。

 

「くあっ!」

 

 リーダー格の男のみが反応できた。

 持てる限りの異能力を、精神バリアとして展開する。男の周囲に白く輝く球状の精神バリアが展開され、水球から射出された“それ”を受け止める。

 “それ”は、水だった。まるで刃物のように薄く伸ばされた、水の刃。

 凄まじいフィードバックの衝撃、防ぎきれぬ異能力の余波が、体中を浅く切り裂いていく。圧倒的だった、自分とは正に桁が違う。何とか凌ぎきったときには、既に満身創痍であった。

 一瞬の出来事。ただの一撃で、リーダーの男以外はみな物言わぬ骸となって大地に転がっている。まるで悪夢。

 

『水繰り』(アドミニストレータ)

 この時期、『水魔』が持つ「水を司る能力」はこのように呼ばれるようになっていた。

 その用法は、水という物の無形さを表すかのように変幻自在であり、『水魔』という異名と共に世界中の組織から恐れられる存在となっていた。

 

 男は混乱の極地。

 『水魔』なのか、自分たちが相手にしているのは、あのONEの『水魔』なのか!

 そして自分たちの組織は……

 

 あのONEを敵に回しているというのか!

 

「こ、こんな……」

 

 血に濡れた身体を引きずるように、少女――『水魔』里村茜に視線を向ける。

 『水魔』は、異能力によって創り出したであろう水の弓に水の矢をつがえ、氷のような瞳で男を射抜いていた。

 

「こんな、こんなバカな話があるかぁーーっ!」

 

 放たれた水の矢は、寸分違わず男の眉間を貫き通した。

 

 

 

 

 

 凄まじい轟音と共に、屋敷の一角が崩れ落ちる。

 組織の本拠地としての砦に、幾重にも張り巡らせた侵入者撃退用のトラップと配置された警備の人員。それらの障害を、力で真正面から突破してくる侵入者。

 警備の責任者であろう男が、歯噛みして警備機器に視線を向けている。

 屋敷の全体像がディスプレイに表示されており、東棟を一直線に突き進む光点が記されていた。また一つ、警護のトラップが突破されたところだった。

 信じがたい進行速度、敵は重戦車でも送り込んできたのか!

 

「増援の要請はどうした!」

 

 たまらず、目を血走らせて部下に叫んだ。返答する部下の叫びも、悲鳴に近い。

 

「要請済みです! 間もなく到着するのではないかと!」

 

 部下の返答を聞いた男がなおも言い募ろうとしたとき、扉の方向から女性の声が響いた。

 

「援軍なら来ないわよ」

 

 声を発したのは、長い髪を左右でまとめた少女。いつからそこにいたのか、入り口の扉に背をつけて立っていた。少女らしい華奢ともいえる手に、ひどく不釣合いな無骨な日本刀をささげ持っている。

 男がディスプレイを見たなら気付いただろう、いつのまにか、侵入者を表す光点がこの部屋で停止している事に。

 再び少女が口を開く。

 

「いまごろ『水魔』の手で血の海に沈んでいるでしょうね」

 

 突然の闖入者に驚いていた男たちは、少女のその言葉に更に驚愕する。

『水魔』と、この少女は口にした。古今東西『水魔』の異名を持って恐れられる存在はONEの里村茜ただ一人。

 とすれば、自分たちの敵はあのONEなのだろうか。

 そしてまた、敵がONEだとすれば目の前で不適な笑みを浮かべて佇む、刀を携えしこの少女は……

 

 

「きょ、『狂戦士』……」

 

 

 その異名は、恐怖の代名詞であった。

 ONEリーダーたる折原浩平の右腕、側近筆頭『狂戦士』七瀬留美。

 

「その異名、好きじゃないのよね」

 

 『狂戦士』の名を前にして男たちの戦意が潰えなかったのは、少女の様子が年相応以上のものではなかったからかもしれない。

 確かに『狂戦士』の勇名は畏怖と共に浸透しているが、目の前で顔を顰める少女の様子を見る限り、それと信じるのは困難であった。

 

「YZ-2を出せ!」

 

 責任者らしき男の叫びが、オペレーターの呪縛を解き放つ。各々、思い出したように計器に指を走らせた。

 少女は、その様子をただ見ているだけ。

 

 やがて部屋に、低い駆動音が聞こえ始めた。

 

「あらあら、これはまた……」

 

 現れたのは、全身を禍々しい鋼の凶器で満たした戦闘用マシンであった。全長は3メートルを軽く越えるだろう、ただ殺戮のためにのみ特化した、人類の愚かさを集約したような存在。

 

 大破壊(カスタトロフィ)後に現れた異能者の存在は、通常兵器の存在を否定するものであった。彼らが展開する精神バリアと呼ばれる結界は、全ての通常兵器を無効化する恐るべきものだったからだ。

 だが、生き残った全人類の比率的に、異能者はごく一部の存在に過ぎなかったのである。一握りの異能者を除く大部分の者たちにとって、殺戮のための通常兵器は未だ脅威となりえたのだ。

 そのような背景から、大破壊後のこの世界でも、通常兵器の研究は継続された。

 男たちが呼び出したのは、この時代では最先端の殺戮マシーン、型番YZ-2であった。

 

「はぁ、こんな木偶と戦うことになるんなら、茜と代わってもらうんだった」

 

 だが、その殺戮マシン――YZ-2を前にして、少女の様子は少しも変わっていない。いや、それどころかさも退屈だと言わんばかりに唇を尖らせたりしている。

 その様子は技術者たちの矜持をいたく傷つけた。

 

「戦闘モード、起動!」

 

 ブンッ、という作動音と共に、マシンの頭部にあたる部分に火が入る。同時に技術者たちはいっせいに退避を始めた、巻き込まれることを恐れたのだろう。残ったのは責任者らしき男だけだった。

 

 刹那、YZ-2はその巨体からは想像もできないようなスピードで、未だ扉に寄りかかったままの少女に向けて疾走を始めた。

 凄まじい破壊音と共に、扉を粉々に破壊して止まる。その質量に物を言わせた、最も原始的で、それでいて最も効果的な攻撃方法だった。直撃されれば華奢な少女の身体など肉片と為り果てただろう。

 

「あら、意外にいい動きするじゃない」

 

 だがいつの間に移動したのか、少女は扉から数メートルも離れた場所に立っていた。

 音声に反応したのか、壁に半ばめり込んだままのマシンが瓦礫を撒き散らしながら転回し、腕にあたる部分を少女に向ける。

 瞬間、その腕が輝いた。

 それとほぼ同時に、少女が展開した精神バリアに衝撃が伝わる。

 

「ふーん、レーザーかなんか?」

 

 相変わらず危機感のない少女の言葉、だが一連の戦闘を見守っていた責任者らしき男は、手ごたえを感じていた。

 確かに正面から挑んだのでは、異能者である『狂戦士』の鉄壁の精神バリアは破れないだろう。いかなYZ-2とて、通常兵器であるのだからそれは仕方の無いことだ。

 だが異能者の持つ精神バリアは本人が意識しての展開であることが研究でわかってきている。そして異能力というものが決して無限ではないということも。

 つまり完全に不意を突くか精神バリアが張れぬほどに疲弊させるかすれば、通常兵器でも異能者を打ち倒すことは十分に可能なのである。

 とすれば、YZ-2の豊富な武装による強力な攻撃力とスピード、そしてなにより疲れることを知らない機械としての特性が生きてくる。

 

 倒せるかもしれない、あの恐怖の代名詞である『狂戦士』七瀬留美を。

 

 対人レーザーを弾かれたYZ-2は、胸部に搭載された目標自動識別式小型対人ミサイルを放つ。搭載された学習型AIが遠距離攻撃を選択したのだろう。

 迫り来る凶器を前に、だが『狂戦士』は動じない。精神バリアを展開したまま刀を構えることすらしない。

 着弾、爆発、爆煙。閉ざされる視界。

 恐らくは最初から計算された行動だったのだろう、YZ-2は凄まじいスピードで音も無く転回、疾走する。目標の側面めがけて。もうもうと立ち込める爆煙で、視界の閉ざされた目標にはその動きを察知する術は無い。

 左腕にあたる部分に装着された超高硬度ブレードが振り上げられた。

 

「まったく、つまらない」

 

 一閃。

 

 斬り裂かれ、斬り飛ばされたのはYZ-2の左腕だった。

 いったいどうすればそのような芸当が可能となるのか。『狂戦士』の手にした鋼の刀は、それと同等の硬度を持つであろうYZ-2の装甲をまるでバターでも切り裂くかのように易々と斬り飛ばしたのだ。

 計算外の事態に、後退による退避を試みるYZ-2。だが未だ立ち込める爆煙を切り裂くように、刀を構えた『狂戦士』が信じられないスピードで間合いを詰める。

 右腕のレーザー発射口を目標に向ける、精神バリアにより弾かれはしても、間合いを広げることを優先したのだろう。だが対人レーザー発射の寸前、『狂戦士』の刀が烈風のごとく閃き、またしても易々とそれを切断する。込められたエネルギーにより小規模な爆発を起こす右腕、そのまま返す刀で駆動する脚部にあたる部分を断たれた。

 転倒し、慣性の法則にしたがってそのままの速度で転がるYZ-2を、『狂戦士』は逃しはしなかった。

 

「退屈なのよ! こんな戦い!」

 

 叫び、刀を振り上げ、振り下ろす。

 先ほどの対人ミサイルの爆発などとは比較にならない、凄まじい衝撃が部屋を震わす。

 

『剣の暴君』(ソードタイラント)

 刀から放たれた『狂戦士』の代名詞ともいえるその異能力は、哀れな機械を巻き込み、それだけでは収まらず部屋の大部分を破壊し尽くす。

 そしてYZ-2の胎内に蓄積されていたエネルギーが臨界点に達する。

 『狂戦士』を巻き込み、戦いの帰趨を見守っていた責任者の男も巻き込み、『剣の暴君』によってほぼ破壊され尽くしたその部屋を更に痛めつけるように、凄まじい轟音と共に大爆発を起した。

 

 

 数分後、退避していた技術者たちが見たものは、破壊の限りを尽された警備本部だった場所と、未だ炎の収まらぬ中を平然と無傷のまま歩み去る『狂戦士』の姿。

 

「鬼神か……」

 

 技術者の一人が自失して呟いたその言葉が、その場に居合わせた者たちの内心を過不足無く表していた。

 

 

 

 

 

 

「警備本部! 応答しろ、警備本部!」

 

 組織の中枢部である指令本部のオペレータが悲鳴にも似た叫びをマイクに叩きつける。だが帰ってくるのは耳障りな雑音のみ。

 機器の故障か、さもなくば襲撃者により既に壊滅させられたのか。

 

「くそっ! 状況はどうなっておるんだ!」

 

 組織のリーダーである男は苛立たしげにそう吐き捨てる。状況が掴めなかった、事前に襲撃の意図を察し万全の備えで迎え撃ったはずであるにも関わらず、だ。

 未知なる敵の進攻速度は常軌を逸していた。警備本部、増援部隊、それぞれがまるで計ったように正確に各個撃破されている。敵はよほど精密な相互連絡手段を用いているに違いなかった。

 状況把握は遅々として進まなかったが、警備本部に詰めていた生き残りの技術者たちから報告が入ると、敵の正体だけは把握することができた。

 

「ONEだと……」

 

 その名を聞いて絶句するリーダーの男。

 

「馬鹿なっ! なぜうちのような小規模の組織にONEが……!」

 

 そう、あのKanonのように力もあり明確に反旗を翻しているならまだしも、服従していないとはいえ表立って反抗の意思を示しているわけではないこのような小規模組織相手になぜONEが。

 しかも現在進攻しているのはまだ歳若い少女たちであるという。単独で敵陣を突破しうるその実力と美しい少女たちであるという要素を考えれば、進攻する敵は側近の女性たち以外にはありえない。

 

 何ということか。

 

 よりにもよって、ONEの側近たち! 日本全土を支配するONEの最精鋭ではないか!

 

「なぜだっ!」

 

 そう叫んだとき、司令部に異常が起きた。

 リーダーの男が立つ司令席の後方、空中に突如として現れた黒点。まるで染みが広がるようにじわじわとその黒点は広がっていく。

 リーダーの男は後方から感じた異能力に気付いて振り返り、その存在に気付く。

 

「何だ…… これは……」

 

 変化は突然だった。

 ちょうど野球のボールくらいの大きさまで広がった黒点が、突如として爆発的な勢いで拡張を始めたのだ。

 同時に凄まじい異能力。それは物理的な圧力すら感じられるような、異能者である男が今まで感じた事も無いような途方も無いものだった。

 爆発するような勢いで広がった黒い闇は、やがて3メートルほどで拡張を止める。

 

 

 そして中から

 

 闇が漏れてきた。

 

 

「ま、まさか……」

 

 断頭台にかけられる死刑囚の声で、リーダーの男は闇そのもののような“それ”を凝視する。

 

 “それ”は歳若い男だった。

 漆黒のコートに袖を通さず肩から羽織り、両手をズボンのポケットに入れて立つその姿は、まるで闇がそのまま具現化したかのようだ。

 

「まさか……」

 

 リーダーの男は、この闇から現れた男に見覚えがなかった。だが心当たりはあった。

 今も感じる全身が総毛立つような凄まじい異能力、漆黒の闇を操るその能力、そして何より、黒曜石を凍結させたような冷たい漆黒のその瞳。

 

 

「『永遠の』折原浩平……」

 

 

 その喘ぐような呟きが届いたのか。

 闇の男が、口の端を吊り上げるようにして――哄った。

 

「うわあぁぁーー!」

 

 部屋に響く銃声。

 恐怖に耐えられなくなったのだろう、リーダーの傍に控えていた構成員の一人が、音階の外れた叫びを挙げて小銃で闇の男を撃ったのだ。

 至近距離から放たれた弾丸は、だが闇の男を撃ち貫きはしなかった。漆黒の闇に捕らわれ、音も無く消滅する弾丸。

 恐慌をきたし尚も撃とうとする構成員にゆっくりと視線を向ける闇の男。

 一瞥。

 ただそれだけで、銃を構えた構成員は、突如として周囲に湧き起こった漆黒の闇に呑まれ、断末魔の叫びを挙げる暇もなく消失した。

 

 そしてただそれだけで、反抗の意思は潰えた。

 

「な、なにが望みだ」

 

 そう問うリーダーの声は、酸欠になったようにぎこちない。

 圧倒的だった。反抗の気概も、抵抗の意思も、その黒き冷瞳によってすべて凍りついてしまっていた。この上は従属の屈辱も受け入れるより道は無い。

 その問いを受け、闇の男――『永遠の』折原浩平が初めて口を開いた。

 瞳と同じく、氷のような声。

 

「ただ、死を」

 

 ひっ

 折原浩平を注視していた者たちの誰かが、驚愕と恐怖に喉を鳴らす。リーダーの男も蒼白だった。

 従属はおろか隷属すら求めず、ただ死を、皆殺しのみをこの男は求めている! 突然の進軍は攻略ではなく、ただ殲滅のみが目的だったと言うのか。

 

「な、なぜだ……」

 

 幾度目かの問い。リーダーのその喘ぎはむしろ自問に近かったかもしれない。だが折原浩平はその問いにも答えた。

 

「血祭り、だ」

 

 血祭り。

 太古の昔、中国で出陣に際し生贄を殺して軍神を祭った故事に基づき、出陣に際して敵の者などを殺して士気を奮い立たせる手段。

 

 折原浩平、いやONEは、何者かとの戦いに備え、士気を奮い立たせるというただそれだけの目的で自分たちの組織を襲ったというのだ!

 

「狂ってる!」

 

 たまらず叫んだリーダーの声に呼応するように、恐怖という波に心の防波堤が決壊した構成員たちは、一斉に折原浩平に襲い掛かった。

 襲いくる銃弾や異能力を冷たい瞳で捉えたまま、闇の化身はゆっくりとポケットから両手を出し、まるで何かを迎え入れるかのようにその手をかざした。

 

 そして……

 

 

「来い、『永遠の世界』(エターナルワールド)」

 

 

 永遠の闇に呑まれ消滅する間際

 リーダーの男は、両手をかざした闇の男の周囲に、幼い黒衣の少女を見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 白煙をあげる砦。その砦を見下ろす形にせり出した崖の上に、一人の女性が風に髪をなびかせて立っている。

 

「どうやら終わったみたいだね」

 

 砦の中心部、司令部だった場所が漆黒の球体に包まれたのを“見て”、女性はそう呟いた。

 

「浩平くんたちは全員無事みたい、まあ当然だけどね」

 

 よく見ると女性の傍らには少女が立っていた。少女は女性のその言葉に微かに頷く。短めに切り揃えられた髪が揺れた。

 

 奇妙な点があった。

 女性と少女が見下ろす砦には所々から白煙が立ち、半壊している個所さえある。だが傍から見られる変化はそれだけだった、先ほど女性が“見た”漆黒の球体などその外観からは微塵も見て取ることはできない。

 

「あっ、澪ちゃん、留美ちゃんに『そっちじゃないよ』って伝えてもらえるかな」

 

 長髪の女性の言葉に、澪と呼ばれた少女は小首を傾げる。

 

「留美ちゃんたらぜんぜん違う方向に進もうとしてるよ、合流するのなら反対方向だって伝えてくれるかな」

 

 当然ながら、砦から数十メートル離れたこの場所からはその内部の様子など見てとることはできない。

 だがまるでその女性は目の前で起こったことをそのまま口にするように、事も無げにそう言う。少女も何ら不思議がることなく女性の言葉に従った。

 目を閉じ意識を集中する少女。やがて『狂戦士』七瀬留美の精神を意識野に捉える。

 

『留美さん留美さん』

『はいはい、どうしたの澪ちゃん』

『そっちは違うの、合流するなら反対方向なの』

『あらら、りょーかい』

 

 留美が了解したことを確認し、精神リンクを切断する。

 

「澪ちゃんもお疲れさま」

 

 少女の傍らに立つ女性が、労わりの言葉をかける。その言葉は、作戦がすべて終了したことを示していた。

 澪は、ふるふると首を振って笑顔で“言った”

 

『ありがとうみさきさん。大丈夫なの』

 

 少女――『沈黙の』上月澪の発した言葉は、空気を震わせることなく直接女性の頭の中に響く。

 彼女の異能力は精神感応。生まれつき話すことができない彼女は、空気の振動に拠らず相手に意思を伝えることができる。

 茜、留美、そして浩平により行われた同時展開攻略――茜が増援部隊を叩き、留美が警備本部を強襲する。そして浩平は司令本部を潰す――は澪のこの能力により相互連携された結果であった。物理的な距離やその他の制約にいっさい縛られないその異能力は、理想的な連携手段と言えよう。

 だが戦力の同時展開を行う際に最も重要なのは、状況把握と一本化された指揮系統である。たとえ相互間連絡が万全であったとしても、大局を見て的確な指示を出す者がいなくては効果は半減する。いかに個々が一騎当千の猛者であったとしても、各々が各々の判断でバラバラに動いたのでは各個撃破の対象でしかない。

 攻略にあたった3人の動きを逐次把握・判断し、都度的確な指示を澪を通して3人に伝える。今回の作戦では司令塔ともいえるその任にあたったのは、澪の傍らで優しい笑みを浮かべている女性――『心眼』川名みさきだった。

 澪に顔を向けてはいるが、みさきの視線は微妙に澪の瞳には向けられていない。更によく観察すれば、みさきの瞳が焦点を伴わないものである事に気付くだろう。彼女は盲目であるのだ。

 彼女の瞳は目の前の風景を映さない。しかし彼女の瞳を逃れることができるものはこの世界に存在しない。彼女は正に『心眼』であった。

 彼女の持つその瞳は、言わばこの世界で現在起きているすべての事象にアクセスするための鍵だった。単なる透視能力ではなく、事象それ自体を「識(し)る」のだ。彼女は砦の中にいる3人の行動を「見た」のではなく、現在起きている事象として「識った」のである。

 そしてその情報を元に、もっとも効果的で無駄の少ない戦術を考案し、澪を通して3人に伝える。異能力だけでなく、司令官としても彼女は一流だった。

 

「じゃあ澪ちゃん、みんなを迎えに行こっか」

 

 浩平たち3人が無事合流したことを確認し、みさきは澪にそう声をかけた。砦にはもう彼らしか生き残った人間はいないことも同時に確認していたが、あえて口にしない。心優しいこの少女が知る必要はないことだ。

 

『はい、なの』

 

 完璧な作戦だったとはいえ、やはり3人の身が心配だったのだろう。澪はそう伝えると、先に立って駆けるように坂を下り始めた。

 

「転ばないでね」

 

 微笑みながら、澪に続く。

 今回のこの冷酷ともいえる作戦は、対Kanon戦の予行演習に他ならなかった。いくつか課題を残したものの、ほぼ満足のいく戦果を得て、Kanon攻略はほぼ万全といえる。

 ONEとKanonの総力戦、かつてないほどの激しい戦いになるだろう。

 

 また、人が死ぬ。

 

 口には出さず、空を見上げる。白い雲が風に千切られるように走っていた。

 

「また、風が強くなってきたね」

 

 みさきの呟きは、風に乗って消えた。

 

 

 

 

 

 

 闇。

 闇に包まれた部屋。

 ベッドに腰掛ける、生気を失ったかのような少女。

 

 『母なる』長森瑞佳

 

 普段の彼女を知る者がいたら、困惑しただろう。

 朗らかで、幼馴染の青年に時折見せる困ったような笑みは、その表情にはなかった。まるで虚無という言葉を具現化したような、人形のような表情があるのみ。

 明らかに、本来の彼女ではなかった。

 

 いや

 

 普段の明るい彼女と、今の人形のような彼女。

 「本来」とは、果たしてどちらの状態を指し示しているのだろうか。

 

 

 不意に、闇が揺れた。

 濃縮された闇は、そのまま幼い少女の姿を形作る。密やかな笑みを浮かべた、黒衣の少女の姿。

 闇の少女は俯く瑞佳に擦り寄る。まるで姉に甘える幼い妹のように。

 

 そして声ならぬ声が、その口から漏れた。

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ だよ

 

 

 

 

 

 

To Be Continued..