異能者

<第二十一章>

−G−

2001/08/26 久慈光樹


 

 

 

 

「あ、あれはどっちなの! 祐一くんは…… 祐一くんは、どっちなの?!」

 

 あゆの興奮気味な声。

 

 戦いの帰趨は、傍で見守るあゆたちにも、もはや明らかだった。

 一方の獣が繰り出す攻撃が、もう一方の獣を防戦一方に追いやっている。

 遠からず、殺し合いは一方の死をもって終焉を迎えるだろう。

 だが、異形の獣と化した彼らのその外観は、あゆたちにどちらが祐一でどちらが浩平なのか判断をできなくさせていた。

 

 

グガアアアアアッ!!

 

 

 勝利を確信したのか。

 優勢に立つ獣が、雄叫びを上げる。

 身も竦む、肉食獣のような叫び。だが、それを聞いたあゆの顔には、明らかな歓喜が浮かんだ。

 

「祐一くん! あれ、祐一くんだよ!」

 

 

 

 

 

「そんな……」

 

 みさきの口から漏れたその呟きに、澪は激しく身を震わせる。

 全てを見通す瞳を備えたみさき。たとえ表面上の姿形が変わろうと、その瞳は事象の本質を捉える。

 彼女にはわかっていた。

 今、眼前で終焉を迎えようとしている殺し合いにおいて劣勢に立たされているのは、他でもない、浩平だということが。

 

『浩平さん!』

 

 ありったけの力を込めて“叫ぶ”澪。

 みさきも、澪も、蒼白だった。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 軽く扉をノックし、「どうぞ」という声を待ってから、部屋に入る。

 後ろに控えた舞は、まったくの無言。いつものことだ。

 

「倉田佐祐理、川澄舞、参りました」

「ごめんなさいね、こんな時間にわざわざお呼び立てしてしまって」

「いえ」

 

 Kanonリーダーたる『静かなる』水瀬秋子の自室。

 佐祐理と舞がそこに呼ばれたのは、深夜になってからだった。

 その召集は公式のものではない。その証拠に普段使用している会議室ではなく、自室へと2人は招かれた。恐らくは実子である名雪にも内密でのことだろう。

 怪訝に思わなくもなかったが、リーダーの命であれば否はない。Kanonは組織としてはかなりリベラルな風潮だったが、上に立つ人間が範を示さねば組織として成り立たない。その点は佐祐理も舞も、心得ていた。

 

「ご用は何でしょうか」

 

 佐祐理が口火を切る。

 舞はその寡黙さから交渉にはまったく向かない。自然、佐祐理が交渉役を買って出ることが多かった。

 

「お二人に、お聞きしたいことがあるの」

「聞きたいこと、ですか?」

「ええ」

 

 二人に席を勧めながら、秋子は続ける。

 

「『狂戦士』との戦闘記録、読ませていただきました」

 

『狂戦士』という単語に、舞が反応する。

 

「川澄さんは、『狂戦士』七瀬留美とは旧知なんですってね。 ……ああ、倉田さん、そんな顔をしないで。別にそのことについてとやかく言う気はありませんから」

 

 思わず顔を強張らせた佐祐理を見て、秋子はそう語を接いだ。

 佐祐理としてはそのことで舞に害が及ぶようであれば、躊躇なくKanonを離れるつもりであったのだろう。

 

「聞きたいのはその事ではないの。 ええと、この戦闘記録によると……」

 

 そう言って秋子は、佐祐理が先日提出したレポートをめくる。

 そのレポートには、『狂戦士』の強襲、佐祐理が祐一を刺したこと、そして祐一の変貌とそれに続く舞と『狂戦士』の一時的な共闘までが、包み隠さず記されていた。

 己に都合の悪い記述も隠匿することなく報告する事が、新参者である自分たちが信用を得る最善の手段である事を、佐祐理は知っていたのだ。

 恐らく今回呼ばれたことも、先に提出したこのレポートによるものだということは薄々悟っていた。

 祐一を刺したという件に関しては、何の言い逃れもできないし、するつもりもない。

 自らのしでかしたことだ、責任を追及されるのならば大人しくそれに従うつもりであった。

 だが、秋子の問いはその点に関してではなかった。

 

「ここに記載されている、祐一さんの変貌。その件に関してもう少し詳しく聞かせてもらえないかしら」

「祐一さんについて、ですか?」

「ええ、実際にその目で見た事を、教えて欲しいの」

 

 佐祐理は意外の念を禁じえない。

 あの変貌は、祐一の持つ異能力の一環であると、佐祐理はそう思っていた。

 だがわざわざリーダー自ら目撃者に直接事情を聴取するということは、あれがKanonとしては完全にイレギュラーな出来事だったことを示している。

 

 『紅の』相沢祐一が見せた、変貌。『狂戦士』はアレを『永遠の獣』(エターナルビースト)と呼んでいたらしい。

 らしい、と言うのは、そのとき佐祐理は意識を失っていたからだ。祐一の変貌を目撃し、実際に剣を交えたのは舞と『狂戦士』である。

 そこまで考えて、佐祐理は秋子の意図するところを察した。

 秋子が実際に話を聞きたかったのは、舞に対してなのだ。だがコミュニケーション能力に著しく欠ける舞のこと、実際に話を円滑に進めるため、佐祐理は言わば通訳として呼ばれたのだろう。

 

「レポートには、まるで野生の獣のような風貌に変じた、とありますけど、もうちょっと詳しい様子を教えていただけますか」

「……獣」

 

 ぽつりと、舞の口からその言葉が漏れる。

 それを皮切りに、ぽつりぽつりと、そのときの様子を語り始める舞。

 時々秋子から質問が飛び、舞が返答に詰まるとそれとなく佐祐理がフォローする。

 全てを話し終えるのに、1時間ほどを要した。

 

「G−T……」

 

 全てを聞き終えた後、秋子の口からその言葉は漏れた。

 ゲーアイン。

 秋子は確かにそう言った。

 

「G−T?」

 

 問い返したのは、舞。

 祐一の突然の変貌と暴走に関しては、彼女も気になっていたのだろう。その口調は鋭かった。

 だが秋子はまるで自失の体で、なおも独り言めいた言葉を呟く。 

 

「まさか、こんなに早く顕現するなんて……」

 

「水瀬指令! 教えて欲しい! アレは、何?」

 

 椅子から立ちあがり、秋子に詰め寄る舞。

 普段の冷静さからは考えられないほど、彼女は感情を昂ぶらせていた。

 

「舞!」

「祐一はどうなってしまったの! 教えて欲しい!」

 

 激昂する舞を宥めるように声をかける佐祐理すら無視して、舞は秋子に詰め寄った。

 

「落ち着きなさい、『剣聖』川澄舞」

 

 怒号ではなかった。

 静かな、だが有無を言わせぬ口調。

 秋子のその一言で、舞はまるで我に返ったかのように大人しくなった。

 Kanonリーダー『静かなる』水瀬秋子。彼女は決して甘いだけの人物ではない。

 

「……済まない」

「あなたも、不安だったのね」

「……」

 

 席につく舞と、それを心配そうに見る佐祐理。

 そんな2人を見据え、秋子はゆっくりと語り始める。

 

「2人にはお話しておきましょう。祐一さんの、変貌について。そして……」

 

 

「『永遠の力』について」

 

 

 

 

 

 

 美坂栞は、喜声を上げるあゆには同調しなかった。

 

 おかしい。 

 

 姉と同じく、だがまったく別の方向からその結論に辿りついたのだ。

 眼前では祐一と思われる獣が敵である浩平と思われる獣の肩口を薙ぎ、鮮血を迸らせている。

 圧倒的な優勢。疑うべくも無い。

 

 だが、おかしい。

 果たしてアレは祐一なのだろうか?

 

 祐一と折原浩平を取り違えているということではない。

 アレを祐一だと言い切るあゆの言葉はなぜか信じられたし、何より『心眼』川名みさきのあの表情を見れば、どちらが優位に立っているのかは一目瞭然である。

 だがしかし、祐一であるはずの獣は、眼前で殺し合いに勝利しようとしてるあの獣は、本当に祐一だろうか?

 

 獣は、栞の目には哄っているように見えた。

 殺戮の悦びに、哄笑しているように見えたのだ。

 

 『紅の』相沢祐一と初めて会ったとき、栞にはわかった。

 彼も自らの持つ異能力に対し疑念を抱えていることが。

 自らの持つ、他者を殺傷するに足る異能力に、疑問を抱いているということが。

 自分と同じように。

 

 生まれた時から持っていた、異能力という名の忌まわしき力。

 異能力を持たねば「美坂栞」たり得ないという、にがい認識。

 『美坂』の名。

 当主となった姉。優しかった姉。

 一度は受け入れようとした力。

 結局は受け入れることができなかった力。

 “死”に魅入られている自分。

 異能力。

 

 栞は死にたくはなかった。

 だがそれと同じくらい、誰も殺したくはなかった。

 

 栞は生きていたかった。

 だがその代償に、誰かを殺したくはなかった。

 

 人を殺めねば…… 他者より生命力を搾取せねば、生きていくことができないこの躯。

 

 もう、嫌だった。

 嫌だったのだ。

 

 

 初めて会った『紅』は、自分とは異なっていると思った。

 彼は、力を求めていた。

 何人にも支配されぬ力を、彼は求めているように感じられた。

 

 だが、行動を共にするうち、それは違うということに気付いた。

 

 彼は力を求めていた。

 だが、そうせざるを得ない何かを、抱えていた。

 

 彼が何のために力を求めているのか。

 何のために力を行使するのか。

 それを、知りたかった。

 

 

「こんな……」

 

 唇を噛み締め、眼前で荒れ狂う獣を見つめる。

 

「こんなものが、あなたの求めたものだったんですか……?」

 

 栞その呟きは、今の祐一には、届かない。

 

「祐一さん……」

 

 

 

 

 

「『永遠の力』には、段階があるの」

 

 ゆっくりと、だが唐突に。

 秋子は話し始めた。

 

「段階?」

「Grade(グレード)、と言うべきかしらね」

 

 その言葉を受け、舞は思考を巡らす。

 留美は、異形の獣へと変じた祐一を見て呟いた。

『永遠の獣』(エターナルビースト)と。

 そしてこうも言っていた。

 「永遠の力を自在に繰る『永遠』の最終形態……」

 

「では、祐一が変じたあの獣が、最終段階?」

 

 ある程度の確信を得ての問いだったにも関わらず、秋子はゆっくりと首を横に振った。

 その瞳は、なぜか悲しみに満ちているように、舞には見えた。

 

「異形に変じるのは、第1段階に過ぎないわ」

「……そんな!」

 

 叫びは佐祐理の口から。

 『剣聖』と『狂戦士』。

 一騎当千の、間違いなくこの世界でもトップクラスの異能者が、2人がかりでようやく押さえることができたあの獣は、第1段階に過ぎないと、秋子はそう言っているのだ。

 

「恐らく祐一さんの使役した異能力は『永遠の獣』(エターナルビースト)」

 

 

「正式名称は……」

 

 

『永遠の世界 G−T』(エターナルワールド・ゲーアイン)

  『永遠の獣』(エターナルビースト)

 

 

 

 

 

グオオオオン!

 

 

 血も凍るような雄叫び。

 また一撃、獣の抜き手がもう一方の獣を捕らえる。

 舞い散る鮮血。

 

 優位に立つ獣の、その鋭い牙の並ぶ口元には、残酷な笑みが浮かぶ。

 まるで、血に酔っているかのように。

 

 そして劣勢に立たされる獣の口にも、それは浮かんでいた。

 だが、それは別種の笑み。

 その笑みは。

 

 血に飢えた獣のそれにしては、理性的に過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「現在、『美坂家』近郊において戦闘が行われていることが確認されています」

「『美坂家』? ……まさか!」

「その通りよ、川澄さん。 戦っているのは、祐一さん」

「つまり『美坂家』との交渉は決裂したということですか?」

「いいえ、違うわ。 祐一さんが戦っているのは……」

 

「ONEリーダー、『永遠の』折原浩平」

 

 

 

 

 

『浩平さん!』

「……!」

 

 叫ぶ澪。

 拳を握り締め、耐えるみさき。

 

「祐一くん!」

「祐一さん……」

「……」

 

 歓喜するあゆ。

 悲痛な表情の栞。

 眉を寄せ、厳しい表情の香里。

 

 

 

 

「祐一さんが、またしても変貌したことも、確認されています」

「なっ!」

「で、でも、『永遠の』折原浩平も……」

「ええ、倉田さんの言いたいことはわかるわ。知ってのとおり、折原浩平、彼も『永遠の力』の使い手です」

「どちらが…… 勝つの?」

「恐らくは……」

 

 

 

 

 

オオオオオオオン!

 

 

 これまでで最大音量の叫び。

 それと同時に、優位に立つ祐一らしき獣の右腕に、漆黒の闇が集約する。

 

 勝負を、決めるつもりなのだろう。

 漆黒に染まった右腕を握り締め、獣は、跳躍した。

 

 

「浩平くん!!」

 

 沈黙を守っていたみさきが、堪えきれなくなったように、叫ぶ。

 悲痛な叫びだった。

 

 

 

ドクン

 

 見守る者は、時がその進みを止めたかのような錯覚を感じていた。

 

ドクン

 

 ゆっくりと、まるでスローモーションのように跳ぶ、獣。

 

ドクン

 

 あゆも、栞も、香里も。

 みさきも、澪も。

 

ドクン

 

 振り下ろされる獣の拳を、ただ、見つめることしかできない。

 

ドクン

 

ドクン

 

ドクン

 

 

 

 

「目覚めたか」

 

 

 

 

ドクン!

 

 

 

「これで……」

 

 

 

 

 地に伏し、今正に止めを刺されようとしていた獣の口から。

 その呟きは洩れた。

 

 

 変化

 漆黒

 衝撃

 そして、沈黙。

 

 

 一瞬の出来事。

 

 今、地に倒れ伏し、身動き一つできずにいるのは。

 祐一だった。

 

 

「終わりだ」

 

 

 

 

 

 

「恐らく、祐一さんは勝てない」

「……!」

 

 痛みを堪えるように、だがはっきりと言い切る秋子。

 

「で、でも、同じ『永遠の力』なのでしょう?! 祐一さんも条件的には……」

「倉田さん、あの力は…… 『永遠の力』は、違うの」

「違う?」

「恐らく、一度剣を交えた川澄さんならわかるのではないかしら?」

「そうなの? 舞」

「……」

 

 じっと床を見据え、応えない舞。

 その態度は、何よりも雄弁に彼女の内心を表していた。

 

「『永遠の世界』、G(グレード)の1形態目である『永遠の獣』では、『永遠の』折原浩平を倒す事はできないわ」

「1形態目って……」

「『永遠の獣』はその形態を示す語に過ぎないんです。祐一さんは『永遠の世界』をG−Tレベルで発動させた。その結果、『永遠の獣』という状態になった」

「じゃ、じゃあ、折原浩平は……」

「そう、彼は第2形態、G−Uレベルでの発動をするに違いないわ」

「G−U……」

「第2形態はこう呼称されているわ……」

 

 

『永遠の世界 G−U』(エターナルワールド・ゲーツヴァイ)

  『無限の孤影』(インフィニティシャドウ)

 

 

 

 

 

 今正に拳を振り下ろそうとする、祐一。

 地に倒れ伏し、それを受けるしかないように見えた浩平、突然の呟き。

 

 

「目覚めたか」

 

「これで……」

 

 

 一瞬の出来事だった。

 まるで音のないサイレントムービーのように。

 

 地に伏す獣が一瞬漆黒に包まれたかと思うと、元の折原浩平の外観へと変化した。

 漆黒の髪、漆黒の瞳。

 身体の各所からは永遠の漆黒が収まりきらず洩れ出る。

 

 祐一の魂を持った獣が、渾身の力を込めて右腕を振り下ろす。

 が、浩平が纏った漆黒に触れた途端、弾き飛ばされたのは祐一であった。

 

 ゆっくりと。

 浩平が立ちあがる。

 その表情は、まるで氷。

 先ほど獣が浮かべていた笑みなど、その表情に見出す事はできない。

 

 立ちあがった浩平の周囲に、無数の漆黒が球状となって現出する。

 そしてその球体は、徐々に鋭い槍の形態へと変化していった。

 

 吹き飛ばされ、倒れ伏した獣が立ちあがろうとしたその瞬間。

 完全に槍状に変化した漆黒が、獣に向かって飛ぶ。

 

 左肩、右大腿部、右脇腹、右肘。

 4箇所を槍によって貫かれ、そのまま大地に縫い止められる。

 その様子は、まるで標本となった昆虫のようであった。

 

「終わりだ」

 

 浩平の口調には勝利の余韻など微塵もなく、その表情そのままの冷たさを伴っていた。

 そしてその呟きによって呪縛を解かれたかのように、あゆが、叫んだ。

 

「祐一くん!!」

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、祐一は!」

 

 舞の声はもう悲鳴に近かった。隣に座る佐祐理も蒼白である。

 『永遠の』折原浩平と敵対して生き残った異能者はいない。彼は敵対する異能者は冷徹に排除する。

 祐一とて、敗れれば例外ではないだろう。

 だが、秋子は一旦声のトーンを落として、宥めるように言う。

 

「大丈夫、祐一さんは死なないわ」

「でも!」

「『永遠の』折原浩平は、恐らく祐一さんを殺さない」

「……どうしてですか?」

「……それはまだ、言えないわ」

「っ!」

 

 私は酷な注文をしているわね。

 

 舞と佐祐理の表情を見て、秋子は内心で嘆息する。

 祐一はこの2人ととても強い絆を作ったようだ。2人とも心から祐一のことを心配している。

 その2人に、理由も明かさずただ「大丈夫」などと言ったところで、気休めにしかならないであろう。

 

 だが、真実は話せない。

 今はまだ……。

 

 

 

 

 

 

「浩平くん!」

『浩平さん!』

「心配かけて悪かったな、2人とも」

 

 みさきと澪に向けて、自嘲気味に笑いながらそう声をかける浩平。

 それはいつもの、みさきと澪のよく知る折原浩平だった。

 

 勝敗は決した。

 

 祐一である獣を大地に縫い止めていた漆黒の槍は、既に姿を消していた。

 未だ獣の形態を維持していた祐一だったが、立ちあがることすらできないでいる。

 槍を受けた個所は急激に回復しており、命に別状はないと思われた。

 だが、傷の修復が進むにつれ、その姿は獣の形態を保てなくなりつつるようだ。徐々に祐一も元の姿に戻りつつある。

 

「くっ…… ぐっ」

 

 うめき声と共に、祐一の身体は完全に元の姿に戻る。

 完全には治癒できなかったのだろう。闇の槍に貫かれた個所は、未だ出血していた。

 

「な、なぜだ」

「なぜ、とは?」

 

 搾り出すような声で、問いかける祐一。

 あくまで冷静に、問い返す浩平。

 

「今のあんただったら、俺なんて一瞬で殺せたはずだ」

「……死にたかったのか?」

「そうじゃない! なぜ手加減した! わざわざ劣勢のふりまでして!」

 

 手加減されていた。

 最初から相手は全力ではなかったのだ。

 傷の痛みよりも、その屈辱に目が眩むようだった。

 

「それが戦いの駈引きってやつさ」

「くっ……」

 

 笑みさえ浮かべてそう応える浩平。何も言えない祐一。確かに浩平の言う通りだった。

 

 だがまだ疑問は残る。

 

「……あの形態になった俺には、『永遠の力』は通じなかったはずだ」

 

 それは誰によって教えられたわけではないが、獣に変じていた祐一はなぜかそれを“知って”いた。

 だからこそ祐一も『永遠』は行使せず、あえて肉弾戦を挑んだのだ。

 だが現実には『永遠の力』で作り出したと思われる漆黒の槍に、容易にその身を貫かれた。

 

「なるほど、やはり完全に覚醒したらしいな。『永遠の力』に」

「質問に答えろ!」

 

 またしても叫ぶ祐一。傷に響いたのだろう、後に呻き声が続いた。

 

「『永遠の力』、その質が違うからさ」

「質、だと?」

「お前が目覚めたのは、『永遠の力』の第1段階に過ぎない」

「なん、だと……」

「『無限の孤影』(インフィニティシャドウ)、俺のこの状態は、第2段階なのさ」

 

 浩平の声には、それを誇るような響きは微塵も感じられなかった。

 それどころかむしろ、己が罪状を読み上げているかのような悲痛さすらあった。

 

「そんな……」

 

 その呟きは、みさき。

 みさきや澪が見るかぎり、今の浩平は普段通りだ。

 いつも通りの浩平。だがその状態は『永遠の力』第2段階。

 

「じゃ、じゃあ、いつも浩平くんは……」

「ああ、普段の俺のこの状態こそが、第2段階なのさ」

 

 みさきにはわかっていた。

 『永遠』とは何か、それ自体はわからなかったが、みさきにはわかっていたのだ。

 

 『永遠の力』

 その力は、行使する者の存在すらも危うくするものであることが。

 

 他の側近たち、留美も茜も澪も、恐らくそれを薄々感じていたからこそ、彼が直接ここに出向くことに強行に反対したのだ。

 彼女らは、浩平にこれ以上その力を振るわせたくはなかったのだ。

 たとえそのことで、自分たちの手が血に染まったとしても。

 彼女らにとって、折原浩平というこの青年は、それほどまでに大切な存在だった。

 

 それなのに……。

 

「大丈夫さ、もう、慣れた」

 

 みさきと、そしてとうとう泣き出した澪を安心させるように。

 浩平は微笑む。

 だがその笑みは、彼の今の状態が表す通り、孤独に彩られたものだった。

 少なくともみさきと澪にはそう見えた。

 

 

「ぐぅぅ……」

 

 未だ出血の止まらぬ四肢を酷使するように、立ち上がろうとする祐一。

 

「まだだ、まだ勝負は終わっちゃいない」

「よせ、死ぬぞ」

 

 浩平の鋭い声が飛ぶ。

 

 祐一は、ここで戦いを止めるわけにはいかなかった。

 恐らく、いや、確実に勝てないだろう。

 『永遠の』折原浩平のその常軌を逸した強さの片鱗。

 あの恐ろしい破壊力を秘めた『永遠の獣』すらも易々と凌駕する力を、常にその身に纏っているのだ。

 勝てるわけがない。

 だが、負けるわけにはいかない。

 そう、負けるわけには…… 死ぬわけにはいかないのだ。

 自分が死ねば、家族が悲しむ。

 自分が死ねば、愛する家族も同じ運命を辿ることになる。

 

 負けるわけには、いかないのだ。

 

 

「ぐっ、くぅ……」

 

 鮮血を滴らせながら、立ちあがる祐一。

 そしてそれを、静かに見つめる浩平の瞳は、形容し難かった。

 

 まるで。

 まるで遠い昔に無くしてしまった大切な何かを、そこに見出しているかのような。

 

「祐一、お前は……」

 

「祐一くんから、離れろー!!」

「!」

 

 

 『永遠』の力を借りた瞬間移動で、その場より掻き消える浩平。

 彼が一瞬前まで立っていた地面を、輝く光の塊が抉る。

 

 あゆだった。

 背に6対の輝く翼を纏い、そのうちの1対が長く伸びて大地を抉ったのだ。

 『心眼』の銃弾を受け止めたことを見ても、その翼はただの光の塊ではなく、何かしら物理的な攻撃力を秘めているのだろう。

 

「あゆ、離れろ……」

「祐一くんはボクが守るんだ!」

 

 満身創痍の祐一の前に立ちはだかるあゆ。

 その瞳はまるで天使が持つという炎の剣のように激しく、姿を現した浩平に注がれていた。

 

「『熾天使』月宮あゆ、か」

 

 浩平を守るために動こうとした、みさきと澪を制す。

 

「俺が、相手をするよ」

「で、でも!」

「いいんだ」

 

 振り向いた浩平の、その瞳に宿る色に、何も言えなくなるみさき。

 

「俺が、やらなくちゃいけないことだ」

 

 まるで罪を懺悔する罪人のように。

 そう告げ、ゆっくりとあゆと相対する浩平。

 

「よくも…… よくも祐一くんを……」

「くっ、あゆ、逃げろ……」

 

「あああああああっ!!」

 

 何か堪え難い痛みに晒されているような、そんな叫びを上げると同時に、あゆの背に輝く6対の翼が激しく輝き出す。

 やがてその輝きは徐々に収束し、無数の光の束となって放たれた。

『天使の涙』(エンジェルズティアー)、祐一がそれを見るのは数度目だったが、今までで一番その輝きは激しかった。

 

「『永遠の世界』(エターナルワールド)」

 

 まるで呟くような浩平の声。

 だがそれにより訪れた変化は激しかった。

 

 浩平を中心にして、ドーム状に半円を描く漆黒の闇。

 あゆより放たれた光の束は、全てその漆黒に消えた。

 やがてその闇が晴れると、そこにはすり鉢状に抉り取られた大地と、その中心にまるで何事も無かったかのように立つ浩平のみが残される。

 

「月宮あゆ、君は祐一と出会うべきではなかった」

「……!」

 

 浩平の背後に、漆黒の闇が球状で現れる。

 

「いや、君は生まれてくるべきではなかったんだ」

 

 そしてその漆黒は、祐一に対したときと同じように、徐々に槍状に変化し始めた。

 

「さようなら、月宮あゆ」

 

「あゆ、逃げろぉー!」

 

 

 

 

 

「さようなら、もう一人の、瑞佳」

 

 

 

 

 

 漆黒の槍が、放たれた。

 立ちすくむ、あゆに向けて。

 

 

 

 鮮血が、散った。

 

 

 

 

「あああああああああっ!」

 

 

 

 

 

To Be Continued..