異能者
<第十五章>
−命喰い−
2000/12/29 久慈光樹
「どうしてあんたがここにいるんだ? 『永遠の』折原浩平」
祐一はそう問いながらも、彼が何の為にここを訪れたのか、ほぼ正確に把握していた。
恐らく、祐一よりも以前に『美坂家』に接触があったのだろう。
それを考えれば煮え切らない『死神』の態度も合点がいく。
古来より続く『美坂家』とはいえ、現在の勢力差を考えればONEの勧誘を無下に断ることはできない。
服従か、殲滅か。
『死神』にしてみればどちらも到底許容できない二者択一を迫られたのだろう。
そこに来て今度はKanonからの使者だ。
絶体絶命とも言えるこの状況を、逆にあの女性は利用したのだ。
「祭りを楽しんでいってちょうだい」
その言葉の真意に、舌打ちする。
恐らくさほど大きいとは言えないこの街で、浩平と祐一が相対する事を見越しての、引き伸ばしであったのだろう。
『死神』の狙っているのは、間違い無くONEとKanonの、『永遠の』折原浩平と『紅の』相沢祐一の共倒れであった。
自分たちの膝元で火を起こされる危険を犯してまでも、その可能性に賭けたのだ。
逆を言えば、そこまで追い詰められていたのだろう。
リーダー自らが出向いたということは、本格的にONEが『美坂家』を取り込もうとしているに他ならなかった。
「たまには祭りでも見て周ろうと思ってな」
「ふん、それを信じろと?」
先ほどごろつきに対した時の殺気など、微塵も感じさせずにそううそぶく浩平に、祐一は冷笑で報いる。
浩平はその言葉を苦笑と共に受け止め、語を接ぐ。
「どうやらお互い、『死神』にはめられたみたいだな」
「ああ、だが……」
祐一が言いかけた時、それを遮るようにまたしても横合いから声がかかる。
「浩平くん!」
『浩平さん!』
駆け寄ってくるその姿を見て、祐一が内心で舌打ちをする。
『心眼』川名みさきと『沈黙の』上月澪であった。
「まったくもう、どこに行っちゃったかと思ったよ」
『すぐいなくなっちゃうの!』
「あー、悪い悪い」
『……!! 『紅の』相沢祐一!』
ひとしきり浩平に文句を言った後、相対する祐一に気付いた澪が、浩平を庇うようにその前に立ちはだかる。
まずいな……。
表面上は平静を保っている祐一だったが、内心では現状に焦りを感じていた。
ONEリーダー『永遠の』折原浩平の実力は、2ヶ月前に身をもって知っている。
『剣聖』から教えを請い、あの頃から格段にレベルアップしているとはいえ、自分一人でこの男に勝てるかどうか。
加えて『眠り姫』と呼ばれKanonの主戦力の一端を担う名雪を手玉に取った『沈黙の』上月澪。
『心眼』の異名をとる川名みさきも、直接相対したことはないがその分不気味な存在だった。
こちらは祐一一人。
光の翼を纏ったあゆの姿が頭を掠めたが、即座に否定する。彼女を巻き込むわけにはいかない。それは栞も同様だった。
今、戦いになっても勝てない。
祐一の中にある戦士としての部分が、冷静にそう判断を下す。
このあたり、祐一も馬鹿ではない。勝てない戦いに身を置くほど、彼は無謀ではなかった。
『どうしてここにいるの!』
「ちっ」
澪の鋭い“声”に、身構える祐一。
何とかこの場は切り抜けねばならない。
生きて、名雪と真琴と秋子さんの、家族の元に帰るためにも。
「祐一くん!」
「あゆ! 離れてろ!」
「ボクも戦うよ! 祐一くんと一緒に」
否定しようとした祐一だったが、その言葉をあえて飲み込む。
言っても聞かないだろう。
出会ってから間も無かったが、この少女の持つ意外な頑固さを祐一は知っていた。それに正直あゆが手を貸してくれるのはありがたい。
栞は少し離れたところから状況を見守っているようだ。
彼女とて異能者集団『美坂家』に名を連ねる者である以上、異能者だろう。だが助力を請うのは虫がよすぎると言うものだ。
相対する5人。
一触即発。
その雰囲気を破ったのは、浩平の一言だった。
「やめろ、澪」
『で、でも!』
「私たちは彼と戦いに来たんじゃないよ、澪ちゃん」
反論しようとする澪を、やんわりと嗜めるように、みさき。
「こちらに戦闘の意思はないよ、引いてもらえるかな、相沢祐一くん」
光を映さない瞳を祐一に向け、柔らかく微笑みながらそう言うみさき。
その暖かな微笑みに戸惑いながら、それでも警戒を解かない祐一。
あゆはそんな祐一とみさきを交互に見て、同様に戸惑っているようだ。
「だいたいこんな街中じゃ周りに被害が出ちゃうよ」
「……そうだな」
祐一がそう応えてやっと、澪も警戒を解いた。あゆもそれに倣う。
栞が安堵のため息をつくのが見えた。
「どうやらお互い、目的は同じみたいだね」
「リーダー自らと側近の2人とは、随分とご執心じゃないか、『美坂家』に」
『私たちは浩平さんのお目付け役なの』
「おいおい、澪。そりゃないだろ」
浩平のその言い草があまりに情けなく、あゆと栞は思わず笑ってしまった。
「まぁ2、3日はこの街に滞在する事になるだろ、それまではお互いに不干渉ってことでどうだ? 祐一」
「ああ、それで構わない」
浩平と祐一の間で、不干渉条約が結ばれる。非常に頼りない口約束ではあるが。
「それじゃ私たちはもう少しお祭りを見て周ろうかな、行こ、浩平くん」
『そうするの』
「ああ」
先に立ってその場を後にするみさきと澪、その後に続きながら、振り返って別れの言葉を口にする浩平。
「じゃあな、祐一、それに美坂栞さん」
「私のことを……」
既に調査済みであったのだろう、『美坂家』のことは。
戸惑う栞に、ニヤリと笑って見せる浩平。
そして彼は、祐一の傍らに佇むあゆに対しても、声を掛けた。
「そして、『熾天使』月宮あゆちゃん……」「えっ!」
驚くあゆを尻目に、目を細めて表情を隠しながら浩平は続けた。
・・・
「またな」
そのまま祐一とあゆが何か言うよりも早く、浩平は雑踏に消えた。
「……あゆ、あいつと知りあいだったのか?」
「う、ううん。ボク初めて会ったよ、あの人と」
「え? そうなのか? だって今……」
「ボクも何がなんだか……」
戸惑う2人。
栞が唇を噛み締めて、何かに耐えるようにじっと足元に視線を落としていた事に、2人は気付く事は無かった。
栞が辛そうにしているのに気付いたのは、それからしばらく3人で祭りを楽しんだ後だった。
気付いたのはあゆだ。
「栞ちゃん、なんか顔色が悪いよ」
「大丈夫ですよ、あゆさん。ちょっと疲れただけです」
言われてみれば、栞の顔は蒼白だった。
「少し休んだ方がよさそうだな」
「本当に、大丈夫ですから」
強がる栞だったが、足元もおぼつかない状態では、説得力が無かった。
祐一はしばらく考えた後、近くの宿で彼女を休ませる事にした。どうせ今夜の宿は確保しておかなければならなかったのだ。
「ご迷惑をお掛けします」
「そんなこと気にしちゃだめだよ」
「ああ、困ったときはお互い様だ」
部屋のベッドに横たわった栞は、額に汗を浮かべながら、しばらくすると寝息を立て始めた。
「栞ちゃん、大丈夫かな」
「あまり体が丈夫じゃないみたいだな」
「うん、そうだね」
「しかしまいったな、彼女の家に連絡のとりようがないぞ」
「うーん、栞ちゃん美坂家の人なんでしょ? 知らせておいた方がいいんじゃないかな」
「そうだなぁ、仕方ない、ちょっと行ってくるか」
面会した様子では、美坂香里は栞のことを知っている様子だった。
「じゃああゆは栞を診てやってくれ」
「うん、気をつけてね」
先ほどのことがあった為だろう、あゆは少し不安そうな様子だ。
祐一は「大丈夫さ」とあゆの頭を撫でてやった。
「もうっ、子供じゃないんだからやめてよぉ」
不満そうな様子が、祐一の家族である少女を思い起こさせ、彼は嬉しそうに笑う。
「じゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
祐一が出ていってしばらくしてから、栞が目を覚ました。寝入ってから15分と経っていない。
「あ、栞ちゃん、調子はどう?」
「大分楽になりました。ごめんなさいあゆさん、ご迷惑を掛けてしまって」
「そんな。祐一くんも言っていたじゃない、困ったときはお互い様だよ」
あゆの笑顔を見ながら、栞はしばし無言だった。
そして、意を決したように問う。
「あゆさん、あなたは私が怖くないんですか?」
「え? どうして?」
心底意外そうにあゆ。本当に何の事かわからない様子だ。
「だって私は死を司る『美坂家』の一員なんですよ」
あゆは栞のその言葉に、一緒に祭りを見て周っていたときのことを思い出した。
道行く人や、出店の人が、栞を見て恐れるような視線を向けていた事。中には露骨に罵られたことすらあった。
「疫病神」
栞は、そう言われていた。
その言葉を聞いても、ただ悲しそうに視線を落とすだけだった。
「でもそんなこと関係ないよ、栞ちゃんは栞ちゃんじゃない」
「……」
あゆとて、決して他人事ではなかったのだ。化け物と罵られたこともある。
この世界は、異能者に対して優しくはなかった。
「ボクも異能者だからね、色々と悲しい思いもしたよ」
「……違うんです」
「え?」
搾り出すような栞の声に、再度問い返すあゆ。
「この街は異能者の街です、異能者だからといって差別されるようなことはありません」
そう言えば専ら畏怖と嫌悪の視線を向けられるのは栞で、あゆに対してはそういったことは無かった。
勿論、あゆが異能者である事を知られていないからではあるだろうが。
「だったら何で栞ちゃんばっかり……」
「私は…… 疫病神なんです」
「そ、そんなこと」
「私の異名を知っていますか?」
「し、知らないけど」
「『命喰い』」
「え?」
「人は私のことをこう呼びます。『命喰い』美坂栞、と」
「ど、どういう意味なの?」
「いずれ、分かります」
悲しそうにそう言った後、栞は話題を変える。
「あゆさんは異能者なんですよね」
「そ、そうだけど……?」
「さっきあの男の人が言ってましたね、『熾天使』月宮あゆ、って」
「うん……」
消え入るような声でそう答え、俯くあゆ。
栞はその様子に、あゆが自分の持つ力を受け入れられないでいることを悟った。
「あゆさんも、自分の力が嫌いなんですね」
「“も”? 栞ちゃんも、嫌いなの? 自分の力が」
「……嫌いです、こんな力、無かったらよかったのに」
栞の言葉には、憎しみすら感じられた。自らの異能力への憎しみが。
嫌っているなどというレベルではない、栞は憎んでいるのだろう、自らの力を。
あゆはその様子に戸惑いながらも、「無かったらよかった」という部分に同意する。
「ボクもそう思うよ。 でも、分からないんだ、正直言って」
「どうしてですか?」
「だってボク、この力で何度も助かったことがあったもの、この力が無かったら、ボクは今まで生きてこれなかったもの」
「……」
「栞ちゃんはそうは思わない?」
「私は……」
栞が答えようとした時、部屋の扉がノックされた。
「祐一くんかな? はーい」
あゆが出る。
ノックしたのは、宿の主人だった。
主人は、言付けがあったことをあゆに告げる。祐一からだった。
「栞ちゃん、祐一くんが来て欲しいってことだから、ちょっとボク行ってくるね」
「はい」
「祐一くんも言付けなんて頼まずに直接言いに来ればよかったのにね」
「ふふ、そうですね」
「栞ちゃん、一人で大丈夫?」
「はい、もう大分楽になりました、行ってきてください、あゆさん」
「なるべく早く帰ってくるね、じゃあ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
そのままあゆは、元気よく部屋を出て行く。
その様子を笑顔で見送った栞は、あゆがいなくなると表情を消して、ぽつりと呟いた。
「私は、こんな力を使うくらいなら…… いっそのこと……」
だがその呟きは、彼女自身の他は誰に聞かれることも無く、部屋の静寂に、消えた。
「ゆーいちくーん!」
栞が体調を崩したことを伝えに美坂家へ行った帰り、遠くからそう呼びながら走ってくるあゆを見つけ、祐一はため息をついた。
「あゆ…… 恥ずかしいからやめろ」
「はぁ、はぁ、はぁ。 だ、だって祐一くんが見えたから」
道行く人がそんな2人を見て、くすくすと笑う。傍目には中の良い兄妹に見えたかもしれない。
「おいあゆ、栞を見ててくれって言ったろう。なに一人で出歩いてるんだよ」
「え? だって祐一くんが来て欲しいって……」
「はぁ? 俺はそんな事一言も……」
そこまで言って、祐一は何かに気付いたような表情をし、次いで舌打ちをし、そして走り出した。
あゆは状況についてゆけず、ただ祐一の後を追いかける。
「はぁ、はぁ、ゆ、祐一くん、どうしたの?」
「馬鹿っ、これは罠だ! お前は体良くおびき出されたんだよっ!」
「え? じゃ、じゃあ」
「栞が危ない!」
祐一の脳裏に、浩平の不敵な笑いが浮かぶ。
何と言う事だ、あんな曖昧な口約束を信用して、油断してしまうとは!
浩平は栞のことを知っているようだった。恐らく『美坂家』に対する牽制として、栞の身柄を確保しようと企んだのだろう。
2人は宿につくと、驚く主人を尻目に、部屋に駆け込んだ。
「栞!」
「栞ちゃん!」
部屋は、もぬけの殻だった。
「ちくしょうっ! 遅かったか」
「ボ、ボクが、ボクが離れたりしなければ……」
「バカ、あゆのせいじゃないさ」
泣き出しそうなあゆを慰める祐一。
油断した自分が馬鹿だったのだ。まさかここまであざとい手段に訴えるとは。
祐一が自己嫌悪に浸っていると、ドアがノックされる。
「栞ちゃん?!」
あゆが急いでドアを開けるが、そこにいたのは宿の主人だった。
主人は、またしても言付けを頼まれたと言い、その内容を伝えると部屋を去っていった。
「午前0時に街外れ、か」
「どうしよう、祐一くん」
「行くしかないだろう」
「う、うん、そうだね」
あゆにそう言いながら、祐一は違和感を感じていた。
栞を連れ去ったのが『永遠の』折原浩平とその側近だとして、なぜ祐一にそれを伝えるのか。彼らにしてみれば、伝えるべきは『美坂家』であって祐一たちではないだろうに。逆に、祐一たちにはそれと悟られないようにするのが普通ではないか?
それに先ほどは動転していたために気付かなかったが、手口があまりにも回りくどい。ONEにしてみればこんな面倒な事をする必要はないのではないか?
単純に武力を背景に恫喝すればよいだけの話なのだ、美坂家に対しては。恐らく『死神』と対した時にはそうしたに違いないのだから。
それとも何かもっと別の事を企んでいるのであろうか?
結論が出ないままに、時だけが過ぎてゆく。
祐一もあゆも食事もせずにただじっとその時を待った。
やがて日も沈み、指定された時刻まであと1時間になった。
「そろそろ行くか」
「うん」
「あゆはここに残れ」
「嫌だよ、ボクも栞ちゃんを助けに行くんだ」
きっぱりとそう言い切るあゆ。恐らく栞を連れ去られた事に責任を感じているのだろう。
祐一もそれが分かるだけに、あえてそれ以上止めようとしなかった。
2人が指定の場所に着いたのは、それから更に30分ほどしてからのことだった。
あたりに人影は無い。だが祐一は油断無くあたりを見まわす。
やがて2人の前に、ぐったりと気を失った栞を抱えた男が姿を現した。
「へへへっ、待たせたな」
下卑た笑いを浮かべるその男は、昼間栞たちに絡んで浩平に叩きのめされた、ごろつきの一人だった。
「なっ、お前らか、栞をさらったのは」
「誰が喋っていいっつった!」
男は見苦しく叫ぶと、抱えた栞の首筋に、これ見よがしにナイフをつきつける。
「ちっ」
「栞ちゃん!」
男は、祐一とあゆを見、不信そうに声をかける。
「あの男はどうした?」
「あの男?」
「俺たちをこけにしたあの男はどうしたぁ!」
どうやら浩平のことを言っているようだ。
祐一はまたも舌打ちをする。
どうやらこの男は、自分たちが浩平の仲間だと思っているようだ、昼間の恨みを晴らす為、人質と言う卑劣極まりない手段に訴えたのだろう。
「俺たちはあの男とは何の関係もない、だから栞を離せ」
そう言いながら、祐一は周りをすっかり取り囲まれていることに気付いていた。
10人ほどの男たちが、取り囲んでいる。ごろつきの仲間たちだろう。
「ほぅ、そうかよ」
栞をかかえた男は、嫌らしい笑いを浮かべてあざ笑う。その両眼には、暴力への陶酔が感じられた。
「ならお前からぶち殺してやる、そっちの女とこいつは生かしといてやるよ、もっとも、死んだほうが幸せかもしれねぇけどなぁ」
男の言葉に怯えと嫌悪の表情を浮かべるあゆ。
祐一も歯軋りするが、栞を人質に取られている以上、下手な動きはできない。
いちかばちか打って出るか?
いや、祐一が男を仕留めるよりも早く、男の持つナイフが栞の喉を切り裂くだろう。
しかしこのままでは……。
祐一が決断に窮し、男が勝ち誇って死の宣告を下す直前。
「ふふ、ふふふふ……」
嘲るような、それでいて背筋を寒くさせるような妖艶な忍び笑い。
それは、男に抱えられた栞の口からであった。
「黙ってろ!」
男が手にしたナイフを誇示するように栞の首筋に再度付きつける。
だが栞の笑いは止まらない。
「ふふふ、死んだほうが幸せなのは、あなたたちかもね?」
「てめぇ!」
「栞ちゃん!」
「栞っ!」
完全に逆上した男に、祐一とあゆが叫ぶ。
だが次の瞬間、栞を中心として白く輝く精神バリアが発生し、男を吹き飛ばした。
「ぎゃぁ!」
今夜は満月だった。
天頂に輝く月は、青白い光を地上に落とし、地上の全てを照らす。
その中に、栞は立っていた。
見る者に戦慄を抱かせるほど妖艶な、笑みを浮かべて。
「し、栞ちゃん?」
あゆが戸惑いの声を上げる。
栞は。
栞ではなかった。
「くっ、死ねぇ!」
先ほど弾き飛ばされた男が、背後よりナイフを構えて栞を襲う。
身構える祐一よりも早く、栞は振り返ると男に向けて右手を突き出し、言った。
「『生命奪取』(エナジードレイン)」
突き出した右手より、目に見えない何かが男に届いたことを、祐一とあゆは察した。
その瞬間。
「ぐげぇっ!」
喉を掻きむしり、悶え苦しむ男。
それはまるで早送りのビデオを見ているかのようであった。
男の黒かった髪が、徐々に色を失い白髪になってゆく。
男のまだ若々しかった顔が、徐々に年老いた老人のように痩せ衰えてゆく。
「ひっ!」
あゆがあまりのおぞましさに短く悲鳴を上げる。
やがて男は干からびたミイラのようになってその場に倒れ込み、そのまま息絶えた。
「あら、もう死んじゃった?」
口元に手を当て、クスクスと笑う栞。
「まぁいいか、まだいっぱい居るみたいだしね」
そう言って周囲の男たちに視線を向ける。
視線を向けられた男たちは怯んだ。怯んだが、数の上での優位に頼ったのだろう、一斉に襲いかかってきた。
「くっ」
自分たちに向かってきた数人を、紅光で焼き払う祐一。光の束で貫くあゆ。
そして先ほどの男と同じように朽木へと変える栞。
降りかかる火の粉を払う祐一たちに対し、栞は明らかにその行為を楽しんでいるようであった。
やがて2、3人にまで討ち減らされて戦意を喪失したらしい男たちが、悲鳴を上げながら逃げ出した。
祐一とあゆはそこで戦いを止める。
だが、栞はそうしなかった。
「逃がさないわ」
そう呟くと両手の平を自分の胸に向け、交差する。
そして、言った。
「いらっしゃい、死神」
瞬間、栞の背後から何か影が男たちに向けて放たれた。
白骨化した全身を漆黒の衣で包み、手には刃渡り2mはあろうかという鎌。
影は、死神の姿をしていた。
「ひぃぃぃ!」
死神が男たちに向けて鎌を振り上げる。
「やめろっ!」
祐一の叫びも、届かなかった。
音もなく振り下ろされる死神の鎌(デスサイズ)、だがそれは男たちの身体をまるで幻のようにすり抜ける。
その鎌が体をすり抜けた瞬間、男たちは痙攣するように身を震わせ、そのまま崩れ落ちた。
祐一が駆け寄った時には男たちは既に息絶えていた。
恐らくは即死であっただろう。男たちの表情は恐怖に彩られ、土気色をした顔が祐一を見返していた。
「逃げる人にまで…… どうしちゃったの、栞ちゃん!」
あゆの叫びに対し、栞は艶かしい笑みを返すのみ。
月明かりに照らされ佇むその姿は、昼間の栞からは想像もつかないほどに妖艶だった。
これが昼間自分の力をあれほど嫌っていた栞だろうか。
あゆは信じられないような思いで栞を見る。
違う、この人は栞ちゃんじゃない。
震える声で、問うた。
「き、きみは栞ちゃんじゃない。きみ、誰?!」
その問いをあざ笑うかのように、月明かりを受けて佇む女性。
そして、ゆっくりとその唇が開かれた。
「私は栞」
「『命喰い』美坂栞」