うおぉおぉぉォオオォオン!!

 

 

 


異能者

<第十章>

−終わりと始まり−

2000/09/22 久慈光樹


 

 

 

 

「これは…… この感じはまさか……」

 

 自室に一人佇む浩平。

 

「そうか、そういうことか」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・
「既に盟約は結ばれていたのだな」

 

 ゆっくりとドアに向かって歩み寄る。

 

 ガチャ

 

『あ、浩平さ…… !!』

 

 部屋から出てきた浩平の、その異様な容貌に息を呑む澪。

 

「やはり、こうなることは決まっていたのか……」

 

 浩平の身体を永遠の黒い闇が包んでいる。

 あたかも器に入れすぎた水が溢れ出すように、その漆黒の闇は彼の身体から滲み出していた。

 

「祐一」

 

 浩平の瞳は、漆黒の輝きを宿していた。

 

 

 

 

「あ、あああ…… この、この力は…… まさか……」

「ちょっと茜! どうしたのよ、茜!」

 

 突然両腕で身体を抱きかかえるようにしてがくがくと震え出した親友に、成す術なく声をかける詩子。

 

「まさか、あの時と、同じ?」

 

 そう言うと、茜は糸が切れるようにその場に崩れ落ちる。

 

「茜っ!」

「永遠の獣……」

 

 慌てて駆け寄る詩子の耳に、その茜の呟きは届かなかった。

 

 

 

 

「遂に始まったね」

 

 シュンは祐一の使っていたベッドに腰掛け、静かに呟く。

 その静かな声とは対照的に、彼の額には無数の汗が浮かんでいた。苦しそうに顔を歪める。

 

「手に入れたその“力”をどう使うのか、“力”を手に入れた君がどうなるのか」

 

 その身体からは、うっすらと漆黒の闇が漏れ出している。

 

「僕はここで、見物させてもらうよ」

 

 瞳に漆黒の輝きを宿らせ、シュンはそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 祐一の体を包み込んだ闇が、急速に収束していく。

 

「あれはまさか…… 『永遠の獣』(エターナルビースト)!」

 

 七瀬の悲鳴にも似た叫び。

 

「祐一!」

 

 それは何と称するべきであろうか。

 

 異形

 

 祐一は、異形に変じていた。

 

 髪が伸び顔を覆い、その間から双眸が光を放つ。

 その双眸は、夜の闇よりなお黒い。

 鋭く伸びた爪。

 二回り以上大きくなった体躯。

 口元から覗く鋭い牙。

 

 

 その姿は、正に漆黒の獣であった。

 以前、真琴が獣化した時には一種の野生美すら感じられたものだったが、その漆黒の獣からは禍々しい瘴気が立ちのぼっているかのようだ。

 

 

 異形に変じた祐一に、駆け寄ろうとする舞。

 

「バカっ! 離れなさい!」

 

 獣がニタリと笑ったように見えた。

 次の瞬間、獣の姿がかき消すように消失する。

 そして音もなく、駆け寄る舞の目の前に出現した。

『剣聖』川澄舞ともあろうものが、反応する事さえできない。

 

「舞っ!」

 

 そう叫んだのは佐祐理だった。

 舞も留美も全く反応できない中で、佐祐理だけが動いた。

 

 振り下ろされる爪。

 飛び散る鮮血。

 

「きゃぁぁーー!」

 

 だが、叫んだのは、鮮血を散らしたのは。

 

 

 佐祐理だった。

 

 

「さ、佐祐理!」

 

 

『身代わりの自己』(セルフサクリフェイス)

 親友の身を守る為、そして、もう一人の親友の凶行を止める為。

 彼女が躊躇いなく用いた異能力。

 他人の受けるべき痛みを全て我が身に受ける、自己犠牲の異能力。

 その異能力は舞を窮地から救い、獣と化した祐一の凶行を止めた。だが佐祐理自身は血にまみれ、大地に叩きつけられていた。

 

「佐祐理! 佐祐理!」

「私は…… 佐祐理は大丈夫、舞、祐一さんのこと、お願いね」

「わかった、わかったから喋らないで!」

「あ、あはははー、舞は、心配性、なんだから…… 大丈夫、佐祐理はね、祐一さんに、謝らないと、いけ、ない…か……ら……」

 

 それだけを口にし、佐祐理は気を失った。

 出血は多いが、命に別状はないことを確認し、そっと息をつく舞。

 佐祐理の身体を安全な所まで運ぶ。

 

 

 

「祐一はどうなったの」

 

 問い質す舞の様子は、思わず留美が口篭もってしまうほどであった。

 

「わ、わからない、だけどあれは、あの姿は間違いなく『永遠の獣』(エターナルビースト)」

「エターナルビースト?」

「そう、永遠の力を自在に繰る『永遠』の最終形態」

 

 グルルルル

 

 獣の笑みを浮かべ、喉を鳴らす異形の祐一を見ながら、舞は尚も問う。

 

「なぜ、祐一が」

「それもわからない、だけど、“あれ”は危険だわ…… くっ!」

 

 瞬時に間合いを詰める永遠の獣。

 二人は何とか反応し、回避を試みる。同時に強固な精神バリアをイメージする。

 

 

 

 グガアアァ!!

 

 

「きゃぁ!」

「くっ!」

 

 凄まじい速度と威力で繰り出される鋭い爪、二人は精神バリアごと弾き飛ばされた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 刀を杖に、何とか立ちあがる留美。べっと血の混じった唾を吐き出す。

 

「舞、力を貸しなさい」

 

 留美のその言葉に、躊躇いの表情を浮かべる舞。

 異形に変じたとはいえ、相手が祐一だということに躊躇しているのだろう。

 

「あれはもう相沢祐一じゃないわ。やらなければ、こちらがやられるのよ!」

「しかし……」

 

 なおも躊躇う舞の頬を、平手で張る。

 

「『剣聖』川澄舞! あなたはここで死にたいの!」

「……くっ!」

 

 間合いが離れた二人に右手を向ける祐一を視界に認め、飛び退る。

 永遠の漆黒が大地に傷痕を刻む。

 

「わかった、力を貸す。だけど、祐一は絶対に元に戻す」

「勝手になさい」

 

 それは承諾の合図であった。

 

 

 

「『剣の暴君』(ソードタイラント)!!」

 

 襲い来る破壊の衝撃波を、かわすでもなく平然と受ける獣。

 余波で地面が抉れ、土煙がその異形を包んだ。

 

「はぁ!」

 

 と、同時に神速を駆り背後に回り込んだ舞が斬撃を叩き込む。

 獣は、衝撃波でも傷一つ受けていなかった。

 繰り出した剣が、獣の身体に届いたと思った瞬間。

 

「!」

 

 その姿がかき消すように消失する。舞の剣は空を切った。

 同時に背後に凄まじい殺気を感じて、そのままの勢いで前方に倒れ込んだ。勢いを殺さず、二転三転して間合いを取る。

 舞の立っていた場所を、鋭い爪が唸りを上げて通過する。

 転がって間合いを取る舞に追い討ちをかけようと前進する獣。そこに間合いを詰めた留美が斬りかかった。

 

「させるかぁ!」

 

 振り下ろす刀をあざ笑うように、またしてもその姿がかき消える。

 『永遠』の力を借りた瞬間移動。

 渾身の力を込めて振り下ろした刀をかわされて、態勢の崩れた留美を獣の蹴りが襲う。

 

「ぐはっ!」

 

 精神バリア越しに伝わる衝撃に、堪らず吹き飛ぶ留美。

 蹴り足を上げたままの獣に、またしても神速を駆った舞が斬りかかる。態勢を崩した瞬間を狙っての必殺の斬撃だった。

 片足で、なおかつ態勢が崩れているにもかかわらず、上体を反らしその斬撃を避ける獣。異常なほどの反射神経だ。

 反撃を予想し、無意識に精神バリアを展開する舞に下から掬い上げるような爪の一撃。ただその一撃で、舞は吹き飛ばされる。

 態勢を瞬時に直した獣は、吹き飛んだ舞に向けて連続して永遠の力を叩きつける。両腕を交互に突き出す度に舞の吹き飛んだ場所に無数の漆黒の球体が現れ、無音のまま地面を抉った。

 『神歩行』(ブリンクスルー)を最大まで開放し、舞は辛くもその攻撃範疇から離脱する。

 

 

 

「はぁはぁはぁ…… まさかこれほどとは……」

 

 留美は膝をついて額から流れ落ちる血を袖で乱暴に拭った。

 『剣聖』と『狂戦士』、卓絶した異能者が二人がかりだというのにまるで勝負にならない。

 凄まじいまでの戦闘能力であった。

 

「はぁはぁ…… 祐一……」

 

 舞も同じように満身創痍だった。口の端に流れる血を拭う。

 獣はそんな二人をあざ笑うかのように無造作に立ち、こちらの様子を伺っているようだ。

 

 

「やっぱり、あれを使うしかないか」

 

 笑う膝を叱咤するように立ちあがった留美は、そう言って舞に向き直った。

 

「舞、奥の手を使うわ、少しの間でいい、あいつの足を止めて」

「……」

 

 無言で留美を見やる。

 難題だ。

 二人がかりでもびくともしなかった祐一を、一人で相手にするのだ。たとえ足止めとはいえ、無茶な注文と言えた。

 

「勝算は、あるの?」

「そんなこと、やってみないと分かるもんですか」

 

 その物言いに、舞の口に注視して初めてそれとわかるほどの苦笑が浮かぶ。

 

「留美、相変わらず」

「ふん、あんたもその無愛想なところは相変わらずね」

 

 戦いの場にはそぐわない会話。まるで悪友が互いの再会を祝うような口調だった。

 

「舞、私を信じて」

「(こくり)」

 

 無言で頷いた舞は、そのまま獣に向かって歩き始めた。

 いかにも彼女らしいそっけない態度に、留美の顔に笑顔が浮かぶ。

 だが次の瞬間には表情を引き締め、獣に向き直る。

 

「破ぁぁっ!」

 

 刀を青眼に構え、自らの異能力を限界まで引き上げ始める。

 

『頼んだわよ、舞』

 

 

 

 

「祐一」

 

 手にした剣を身体の脇にだらりと下げ、無造作に歩み寄る。

 

「元に、戻って」

 

 傍から見れば自殺行為にも等しい行動に見えた、だが舞はまるで今までの攻防が無かったかのように静かに歩み寄る。

 

 グルルルル……

 

 自らに近づく舞に、獣が警戒するように喉を鳴らす。

 

「祐一!」

 

 

 グガアアァ!

 

 

 獣が動いた。

 異形と化した右手を突き出し、永遠の漆黒を叩きつける。

 それを避けようとしない舞を、漆黒の闇が包み込んだ。

 音もなく抉られる大地。やがて闇が晴れるとそこにはすり鉢状に抉られた地面と、その上に先ほどと同じように立つ、舞。

 

 『永遠』に呑まれたものは、音もなくこの世界から消滅する。

 消滅するはずであった。

 

 獣に驚愕の表情が浮かぶ。

 歩みを止めない舞、次第にその輪郭がぶれ始めていた。

 

「祐一、必ず元に戻す!」

 

 そう言った瞬間、舞の身体から影が飛び出した。

 右、左、上、そして前方。

 飛び出した4つの影は、舞自身の姿をしていた。同じように剣を構え、獣に襲いかかる。

 襲い来る4人の舞と元の舞、その内の一体に獣がその鋭い爪を叩きつけた。

 

 が。

 

 

 獣の繰り出した爪は、まるで影法師に斬りつけるがごとく舞の身体を素通りする。

 

「全てが幻像」

 

 逆に、舞の繰り出した剣は避けようとする獣の二の腕を浅くではあるが確実に切り裂いた。

 

「されど、攻撃は実像」

 

 

「『五身魔創陣』(フィフスナイトメア)」

 

 

 『五身魔創陣』(フィフスナイトメア)

 『剣聖』川澄舞の奥の手であった。

 人知を超えるほどの速度で運動する物体が慣性を無視して急激に方向転換したときに、人間の動体視力がついていかず、残像現象が現れる場合がある。

 現に先の沢渡真琴が獣化した際には同様の現象が記録されている。

 だが、舞のそれは明らかに異なっていた。

 5体に分裂したそれぞれが、まるで意思を持っているかのように判断し、攻撃する。正に5人の舞がいるようなものなのだ。

 5体のうちの1体が本体ということではなく、5体全てが舞であり、5体全てが舞ではない。

 『剣聖』の奥の手に相応しい、正に必殺の陣形であった。

 

 

 

 グガァァアアァ!

 

 

 また一体の舞が獣の背を切り裂く。

 驚くべきことに5体に同時に攻撃されつつも、獣は体さばきと野性的な勘で致命傷を避けつづけていた。

 だが時折反撃に転ずるもその全てが舞の身体をすり抜けてしまう。

 舞も流石に分裂した状態では『神歩行』は使用できないようだ、神速は見る影も無い。

 膠着状態であった。

 

 

 いや、あったかに見えた。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 剣を繰り、獣に手傷を与えつづける5体の舞が一様に冷たい汗を浮かべていた。

 5体の自分を繰ることは、凄まじい集中力と異能力を要するのだ。長時間繰り出すことは、いかに『剣聖』といえども不可能である。

 5体いた舞のうち、一体がふっと音も無く消える。

 限界が近い事は、他でもない舞自身が一番よく分かっていた。

 だが攻撃の手を緩める事は無い。またしても獣の二の腕を切り裂いた舞が、消えた。

 

「くっ!」

 

 獣の繰り出した爪が掠め、肩口の服とその下の皮膚が裂ける。

 攻撃の無効化も、効果が弱くなってきていた。

 自らの攻撃が効果を発揮すると悟ったのであろうか、獣の目が細められる。口元が吊り上がる。

 そして一声、吼えた。

 

 

 グガルアアアア!!

 

 

 その叫びに呼応するように高められる異能力。そして同時に獣の身体を中心として、『永遠』の闇が爆発的に広がった。

 

「くぅっ!」

 

 その攻撃を無効化できないと悟る3人の舞。咄嗟に精神バリアを展開する。

 同時に陣の効果が解け、元通り1体に戻ってしまう。そして、闇がその精神バリアごと舞を吹き飛ばした。

 『永遠の力』の直撃を受け、それでも弾き飛ばされるだけで済んだ舞の異能力を称えるべきであろうか。

 だが、その一撃で勝敗は決していた。

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる舞。気を失いこそしなかったが、既に反撃できるだけの力は残されていなかった。

 倒れ伏す舞に、止めを刺そうと歩み寄る獣。

 

 だがその時、凛とした声が響いた。

 

「避けなさい、舞!」

 

 その声に応え、ふらつく身体をなんとか支えながら、最後の力を振り絞り退避する舞。そしてそのまま安全圏まで逃れると、力尽きたように気を失った。

 

 声の主は留美だった。

 その身体は限界まで高められた異能力により、鈍い銀色に発光している。

 

「切り札っていうのは、最後の最後まで取っておくものよ」

 

 青眼に構えられていた刀を、大上段に振り上げる。

 

 

「『真・剣の暴君』(パーフェクト・ソードタイラント)!!」

 

 振り下ろされた刀より、荒れ狂う暴風が獣めがけて襲いかかった。

 

 『真・剣の暴君』(パーフェクト・ソードタイラント)

 『狂戦士』七瀬留美最強の異能力。

 発動にかかる時間は、異能力を高め、自らに備わった身体能力を最大限引き出す作業であった。

 そして開放された超筋力により放たれる『剣の暴君』は、通常を遥かに上回る威力で全てを巻き込み破壊する、正に“真”の名を冠すに相応しい威力である。

 ただしその威力に比例して、また超筋力開放の余波から、使用後はまず間違いなく昏倒してしまう、正に“切り札”であった。

 この攻撃が通じなければ、もはや2人には打つ手が無い。

 

 

 唸りを上げて迫る暴風。

 獣は本能的に回避を試みたが、そのスピードは舞によって負った手傷により大きく減殺されていた。

 

 

 

 ズガァァァン!!

 

 

 

 2人の決死のその一撃は、獣と化した祐一を捉え、そのまま何十メートルも木々を薙倒し、消えた。

 

「ざまぁ、みなさい……」

 

 それだけ呟くと、留美は昏倒する。

 暴風による土煙がしばらくは立ちこめていたが、やがてそれも収まる。

 

 人間どもの争いは終わり、何事も無かったような静寂。

 森に住む動物たちの声も無く。

 その場には場違いなほどの静寂が訪れたのだった。

 

 

 

 

 

 時は少し戻る。

 祐一が異形へと変じたその瞬間、一人の少女が眠りから醒めた。

 

 薄暗い部屋、見慣れない風景。

 

 少女は、ゆっくりと身体を起こす。

 そして、呟いた。

 

 

 

 

「祐一くん……」

 

 

 

 と。

 

 

 

To Be Continued..