遠坂凛の金属バットな日々

−凛、体育祭を満喫するの事−
その1

2004/5/25 久慈光樹


 

 

 

「やっぱり唐揚げは外せないと思うの」

 

 起きぬけの第一声がそれだった。

 なかなかに難解だが、遠坂凛が朝からマトモに会話をするということがそも珍しい。大抵はまるでゾンビのようによろよろと台所に入ってきて、貪るように牛乳を飲んだかと思うとそのままカジキマグロのように床に倒れて寝ていたりする。

 そんな凛が起こされもしないうちから自分で起きてきて、更には「唐揚げは外せない」発言である。並みの者であれば混乱して二の句も接げないだろう。

 

「ん、唐揚げは入れる」

 

 だが家長であるところの衛宮士郎は動じない。よほどの大物であるか、単になにも考えていないだけか。恐らくは後者だろうが、彼も黙っていれば思慮深く見えるので問題はないだろう。

 

「さすが士郎、わかっているわね」

 

 笑顔でそう言う凛に、士郎は『なにがさすがなんだろう?』と思ったが口には出さない。

 居候のこの少女は機嫌のいい時こそ要注意なのである。下手に機嫌を損ねようものなら、それはもう大変なことになる。

 大変なこととはいっても、『拗ねて口をきいてくれない』であるとか『むくれて部屋に篭る』などという、年頃の娘にありがちな微笑ましい事態ではない。ある意味そちらの方がオソロシイ気もしないではないが、とにかくそのような甘酸っぱい青春の過ち的なものではないのである。

 

 

 想像してみる。

 

 爽やかな朝、小鳥のさえずりと共にテレビからは軽快な音楽が流れ――

 そしてそこで流れるニュース速報。

 

 

『東京都内に住む高校生が、何者かにバールのようなもので後頭部を強打され――

 

 

「イヤだーっ! 『バールのようなもの』はイヤだぁーーっ!」

「ど、どうしたのよ士郎、突然」

「い、いや、別になんでもない……」

 

 思わず反射的に絶叫してしまうあたり、骨の髄まで調教済みだった。

 

 

「……まあ、とりあえず晴れてよかった」

「そうね、体育祭日和だわ」

 

 

 そう、今日は体育祭の日だ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてうちの学校は未だにブルマなのかしら」

 

 ところ変わって学校。凛さまは旧体然とした学校体制に大変お嘆きである。お尻が大きめなことを密かに気にしているわけではない、決して。

 

「だいたいこんなの下着といっしょじゃない、セクハラもいいところだわ」

 

 しきりに体操着の裾を気にしてしまうのはお年頃だからだ。決してお尻が大きいことを気にしているわけではないのだ。

 どうも周りの生徒から見られているような気がして仕方がない。お尻が大きかったり胸が慎ましやかだったりするのは確かにコンプレックスであるので、どうにも気になってしまうのだ。

 まあもっとも、別の意味で凛のブルマ姿は周りからチラチラと見られているのだが。

 

 

 そんな体育祭開催前のにぎやかなグラウンド。

 

「お、おい、あれ見ろよ!」

 

 クラスの男子が何かを指差している。凛も見るとは無しに目を向けた。

 高校のグラウンドにはやや不釣合いなほど立派な、野球部のバックネット。

 かなりの高さのあるその上に、一人の男が立っていた。

 

 風にたなびく赤い外套。

 鷹のように鋭い眼光。

 意志の強さを証明するかのようにきつく結ばれた口。

 そして手には――

 

 

 ホームビデオを構えて。

 

 

「アホかーーっ!」

 

 ビュン!

 ドゴッ!

 ヒュー

 ――コキャ。

 

「おい、いま遠坂さん金属……いや、『バールのようなもの』をものすごい勢いで投げなかったか?」

「赤い人を直撃だったぜ」

「大丈夫かしら、赤い人。落ちたときに鈍い音が聞こえたけど」

「いや俺はむしろあの金属バ……いや、『バールのようなもの』をどこから取り出したかが非常に気になるんだが」

 

 ズドドドという勢いで、落下した赤い人、アーチャーに走り寄る凛。心配して走り寄ったわけではないのは、鬼のような形相を見れば一目瞭然だ。その表情をクラスメイトに見られることがなかったのは僥倖というべきだろう。

 

「痛いじゃないか凛、いきなり何をするのだ」

 

 回転しながら飛んできた金属バットに頭部を強打され、十数メートルの高さより頭から落ちておきながら平然と立ち上がるアーチャー。こいつなんだか日に日に打たれ強くなっていくわね、などと思いながら、猛然と食って掛かる凛。

 

「なにやってんのよあんたはっ!」

「ビデオを撮っている」

 

 見てわからんのか、アホか君は、とでも言いげな口調に、またどこかから取り出した金属バットを握る手に力が入る。

 

「んなもん見ればわかるわ! 私が聞きたいのは、なんであんたがこんなところでビデオを撮っているのかってことよ!」

 

 その言葉を聞いてアホの子を見るような表情になったアーチャーに、握り締めた金属バットを振りかぶる。

 

「知らんのか、こういうイベントでは父兄は我が子をビデオに撮るものだ」

「なっ……!」

 

 何気に不意打ちに弱い女、遠坂凛。思いも寄らぬ言葉に、顔を真っ赤にして固まってしまった。

 金属バットは振り上げたままだったが。

 

「だ、誰が我が子よ! な、なんであんたが私の、その……ふ、父兄なのよ!」

「安心するがいい、今日は一日しっかりと凛の姿をビデオに収めてやろう」

「人の話を聞けったらぁ!」

 

 ものすごい勢いで真っ赤になったまま、涙目になって睨みつける。

 この場に士郎がいたのなら「遠坂は何気にファザコンだからな」と言っただろうが、幸いこの場に彼はいない。もしいたら血の惨劇が展開されていただろう。『バールのようなもの』で。

 

「ど、どうせ私の体操着姿でも撮りたかったんでしょ!」

 

 いかにも苦し紛れだったが、そういってフン! とそっぽを向く凛。

 その言葉にアーチャーは、ふむ、と言いながら彼女をまじまじと見やる。

 

「な、なによ」

 

 顔、胸、腰、脚、そして胸で視線固定。

 

「哀れな……」

「哀れむなぁーーっ!」

 

「お、おい、あれを見ろ!」

「遠坂さんが金属バッ……いや、『バールのようなもの』で赤い人をボコボコにしてるぞ!」

「遠坂さんがグレた!」

「すごいわ、いまどきあんな荒れ方が!」

 

 なぜこれで凛が学校で優等生として通っているのか、激しく疑問である。

 

 

 

 

<つづきます>