遠坂凛の金属バットな日々

−凛、体重計を破壊するの事−

2004/3/26 久慈光樹


 

 

 

「いやーーっ!」

 

 脱衣所の方から聞こえる黄色い絶叫と、続いて何か金属を打ち付けあうような破壊音。

 

「いーーやぁーーーーっ!」

 

 バキンドカバキンガキョン!

 

「何事だいったい」

 

 晩御飯の支度をしていた士郎がいぶかしげに頭を巡らす。口ではそう言いつつも、脱衣所で何が起きたのかは明白だった。

 

 

1.いま風呂に入っているのは、衛宮家の居候であり自分の魔術師の師匠でもあるところの遠坂凛。

2.脱衣所に置かれている金属製の物といえば、洗濯機か体重計。

3.遠坂は風呂に入る前に必ず体重をチェックする。

4.遠坂は飯を食い過ぎ。

5.遠坂は金属バット。

 

 

「またか! またなのか!」

 

 脱衣所に置かれた体重計。いや、元体重計だったモノを想像して頭を抱える士郎。ちなみに凛が激昂して体重計を破壊するのは、今月に入ってから3回目である。

 

「ただでさえ、うちエンゲル係数ちょっ高なのに……」

 

 頑張れ士郎、負けるな士郎。

 アルバイトもうひとつ増やさないと食費を捻出できないぞ。

 

 

 

 

「ふざけんじゃないわよふざけんじゃないわよ! なんで2キロも増えてんのよ!」

 

 金属バットを片手に肩で息をしながら、原型を留めていない金属のカタマリに叫ぶ凛。どうやら体重計の指した目盛りがひどくお気に召さなかった模様。

 

「これは何かの間違いよ! そうよ! こんな安物の体重計だからダメなのよ!」

 

 遠坂凛は割合に現実を直視しない。

 

「まったく、士郎ったらケチンボなんだから……」

 

 昼食に弁当まで作ってもらっておきながら食費も入れていないことには触れない。凛の座右の銘は『金のためなら魂も切り売り』だから。

 

「ふん、まあいいわ、さっそくこれの出番のようね!」

 

 ごそごそと持ってきたバックを漁る。

 

「じゃじゃーん! にゅーたいじゅうけぃー」

 

 のぶ代も真っ青な声音で新たな体重計を掲げる凛。

 どうやら先ほどの目盛りの数値がだいぶショックだったようだ。なにせ目がまったく笑っていない。

 

「ふふん、これならバッチリよ、なにせ5000円もしたんだから!」

 

 5000円も! と繰り返す凛。彼女にとっては凄まじい決断を必要とした買い物だったようである。

 ふふん、と再度鼻をならして、ゆっくりと体重計に足を乗せる。

 

「……」

 

 そのままじっと揺れる目盛りを睨みつけ、そして……

 

 

「いーーやああぁぁぁーーーーっ!」

 

 

 傍らに立てかけてあった金属バットの柄を握るまでに0.1秒。

 引き寄せ、振り上げるまでに0.2秒。

 

「おい遠坂、あんまりアバレるなよ……ぎゃぁ!」

 

 運悪く脱衣所に顔を出した士郎に、非情の金属バットが振り下ろされる――!

 

 メチャメチャ八つ当たりだった。

 

「なんでー! なんでよぉーーっ!」

 

 きっちり10発フルスイングで殴打してから、動かなくなった士郎を脱衣所から放り出して引き戸を閉める。

 脱衣前だったからよかったようなものの、これで脱衣後だったり最中だったりしたら恐らく殴打数は3桁だっただろう。不幸中の幸いと言うべきである。

 

「これは何かの間違いよ! 服……そう、服が重いに違いない!」

 

 言うが早いか、速攻で黒いフレアースカートを脱ぎ去る。

 普通は上に着ている物から行きそうなものであるが、上半身になにかよほどのコンプレックスでもあるのだろう。

 

「これでどう!? って変わんないーー!」

 

 当たり前である。

 

「ううっ、じゃ、じゃあもう一枚……」

 

 なぜか顔を高潮させながら、ゆっくりとお気に入りのにゃんこプリントぱんつを下ろしていく。

 上はいつもの赤いトレーナー、足には黒のニーソックス。そして下半身はすっぽんぽん。

 脱ぐ順番的にも一般人とはかけ離れているのは、魔術師だからなのだろうきっと。

 

「これでどう……?」

 

 右手をパーの形に開いて前を、左手もこれまたパーの形に開いてお尻を、それぞれ隠しながら、つま先からゆっくりと体重計に足をかける。

 右足、そして左足――

 

「ふーざーけんなあぁーーっ!」

 

 手前の壁に向けて振り下ろされる金属バット。それだけに飽き足らず前蹴りを叩き込む。俗に言う「ヤクザキック」である。似合いすぎた。

 

「脱ぎゃあいんでしょう脱ぎゃあ!」

 

 ヤケクソ気味に上着に手をかけ、そのまま一気に脱ぎ去る。色気もなにもあったもんじゃない。

 服を脱いだくらいで体重が減るとも思えないが、凛本人が信じているのならば問題はないだろう。現実逃避の一種だ。

 

「ああ脱ぐわよ! ブラも取るわよ! ナメないでよ! 遠坂凛なのよ私!」

 

 ツインテール違いだそれは。

 

「これで……どうよ!」

 

 素っ裸に黒いニーソックスいっちょ、という酷く偏向した格好で、真っ赤になって体重計に足を乗せる。否が応でもニーソックスは脱がないつもりらしい。

 ゆっくりと、まるでゴルゴダの丘を登るイエスキリストのような足取りで体重計へと上がり、そして――

 

「ふふ、解ってた、こんな結果になることなんて、解っていたのよ……」

 

 ダメだったらしい。

 

 

 

 

「やっぱり、ご飯を食べ過ぎなのかしら……」

 

 しばらく呆然としていた凛だったが、ぽつりとそんな言葉を洩らす。

 だがすぐにぶんぶんと頭を振って「なによ、セイバーの方がぜんぜん食べてるじゃない、私なんてぜんぜんよぜんぜん!」と叫んだ。とことん現実を直視しないつもりらしい。

 

「乗り方…… そうよ! きっと体重計への乗り方が悪いんだわ!」

 

 がーっと叫ぶ遠坂凛(17)、血走った瞳が非常にキュートな乙女である。

 

「きっとそう、立って乗るからよくないのよ! 高さが問題なんだわ! きっと重力とか、そういう方面的に!」

 

 そう言うや否や、えいやっとばかりに前屈する凛。よく身体測定などで台の上に乗って計る要領だ。

 

「くっ…… これでどうよ!」

 

 どうよとかそういう問題ではない。

 

 

 想像してみて欲しい――

 

 うら若き少女が、ニーソックスいっちょの全裸で、立位体前屈測定。

 

 

 

 ガラリ

 

「ひどいじゃないか遠坂、いきなり殴打なんて―― アワビ?」

 

「ぎにゃーーっ! 入ってくるなぁーーっ!」

 

 入り口に背(というよりオシリ)を向けていたのが災いした。

 

「士郎のバカぁーーっ!」

 

 金属バットによる殴打は、軽く3桁を突破。

 

 

「うわーん! 見られた、士郎に見られたぁ!」

 

 ごろごろごろごろ……

 

 遠坂凛、転がりまくり。

 

「ま、まぁ、記憶なくなるほど殴ったから大丈夫かな」

 

 記憶どころか命がなくなりそうな勢いであったが、深くは追求するまい。なんにせよ前向きなのは良いことである。

 

 

「でもどうしてこの体重計、正しい数値を指さないのかしら? ひょっとして壊れてるのかな…… 5000円もしたのに」

 

 どうしても体重計が間違っていることにしたいらしい。現実逃避もここまで来れば天晴というべきか。「5000円も!」と繰り返し叫ぶあたりも非常にアレであるが。

 

「そうだ! きっとあれよ、中央部分に乗るからよくないんだわ! 四隅に手足を着いて乗れば、表面張力とかそっち系で!」

 

 叫ぶや否や、狭い体重計の四隅に四つんばいになって乗ろうとする凛。

 彼女の名誉のために詳しい描写は避けるが、もう大変なことに。

 

 

 ガラリ

 

「ええいうるさいぞ凛、静かに風呂に入れんのか―― バーバモジャ?」

 

「お手入れしとるわーーっ!」

 

 入り口に背(というよりオシリ部分ぜんぶ)を向けていたのが災いした。

 

「そんな古いネタはいまの若い人解らんないわよ! というかアーチャーのえろ大王ー!」

 

 

 

 後にもう一人の同居人であるセイバーは、この時の様子についてこう証言している。

 

 

 

『バーサーカーの襲撃かと思いました』

 

 

 

 

 明日はどっちだ。

 

 

 

 

<もうダメだ……>