遠坂凛の金属バットな日々

−凛、座薬るの事 後編−

2004/3/17 久慈光樹


 

 

 

「ふん、なによ、興味ないわよホワイトデーなんて」

 

 無理が祟ったのだろう、更に熱が上がったような気がする。クラクラとする頭を抱えて、もそもそと布団に潜り込んだ。

 パンツを穿くのを忘れて慌てたりしたが、なんとか再びパジャマ姿で布団に横たわる。

 

 今日の登校は無理だろう、時計を見ればもう昼前で、よしんば今から登校したとしてもクラスの違う士郎とは放課後まで顔を合わせる機会もない。授業間の休み時間に訪ねていくなど凛のプライドが許さないし、そも何といって会いに行けばいいのか。

 

「別に、士郎がお返しをくれるって決まってるわけじゃないのに……」

 

 私、バカみたい。

 そう呟いて、凛は鼻をすすった。

 

 

 

 

 

 

「いってらっしゃいお父さま」

 

 私が布団の中からそう声を掛けたが、父は振り返ることもなく部屋を出いていった。

 

 いつからだろう、父を『お父さま』と呼ぶようになったのは。

 

 父はとても無口で、無愛想で。

 会話と言えば魔術の理論、与えられるは魔術の刻印。優しい言葉ひとつ掛けるでもなく、誉めてもらったこともない。

 

 だが、私は父を愛していた、愛していたのだ。

 

 幼い頃、私はよく熱を出して寝込んだ。

 身体が弱かったというわけではない。左手に刻み込まれた魔術刻印が身体の中で暴れまわった。それは“魔術師”というカタチを受け入れた私にとっても、辛いことだったように思う。

 身体の内側をナメクジに這いまわられるような悪寒と、雲の上からまっさかさまに落ちていくような喪失感。私は息も絶え絶えで、布団の中で一人震えていたものだった。

 

「……っ」

 

 痛いとも苦しいとも言わずにただ唇を噛み締めるだけだった小さな私。くやしいけどこの意地っぱりはあの頃からだったんだと思う。

 

 そんなとき、いつも、額には大きな大きな冷たい手。

 その感触が心地よくて、私はそっと目を開く。

 そこにはいつも、父が、あの無愛想で表情を表に出さない冷たい眼で私を見つめていた。

 何一つ言葉はなく、ただ、私の額に手を置いてじっとこちらを見つめている。

 

「ごめんなさい……」

 

 また魔術の修練がひとつ遅れてしまうから、私はいつもそう言って謝った。

 

「馬鹿者、健康管理がなっていない」

「うん……」

 

 容赦のない言葉に、ともすれば泣いてしまいそうな気持ちを必死で押さえ込んで、頷く。

 すると、そんな私の気持ちになどまったく気付かぬように、それでいて、すべてを見透かしたように、父は。

 

 彼は――

 

「ふん、自覚があるのなら、さっさと治すことだ――凛」

 

「うん、心配掛けてごめんね――アーチャー」

 

 

 いつだって、私は護られていたのだ。

 この、冷たくて、でもとても暖かな手に。

 

 

 

 

 

 

 

「お代わり!」

「食いすぎだ遠坂……」

 

 士郎ががっくりと肩を落とすのも無理はない。

 

「お代わりをお願いしますシロウ」

 

 ただでさえ、衛宮家のエンゲル係数は常時危機的状況にあるのである。このうえ更に居候の少女までもが病み上がりで3杯メシとはいかがしたことか。明日から粟でも食べろと言うのか。

 

「失礼ね! 私まだ2杯目よ!」

「ドンブリメシだがな……ぐぼぉ!」

 

 条件反射のように張り飛ばされるアーチャーを見ながら、士郎はおかずのチーズ入りカツをセイバーにちょろまかされたことにショックを隠せない。衛宮家の食卓はいつだって戦場だ。

 

 まあ、大事がなくてよかった。

 士郎だけではなく、戦利品のカツを頬張ったセイバーも、金属バットでボコられて流血大惨事のアーチャーも、元気にご飯を口に放り込む凛をそっと伺う。

 

「ごちそうさまっ! 今日も美味しかったわよ士郎。さーてお風呂いこーっと」

 

 

 そんな視線に気付くこともなく、今日も凛は元気だった。

 

 

 

 

 まぁ

 

 

 

 逸らした頬が赤いのは、ご愛嬌ということで。

 

 

 

 

 

<シリーズ自体はつづくかもな>

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 

 

 ホワイトデーのことなど綺麗さっぱり忘れ去っていた衛宮士郎が、翌日お弁当にムシが入っていたり竹刀でボコられたり金属バットで血の海に沈められたりしたらしいが、それはまた別の話。