遠坂凛の金属バットな日々
−凛、座薬るの事 前編−
2004/3/8 久慈光樹
「むぅ……」
凛は窮地に立たされていた。
熱でフラフラと左右に揺れる頭で、目の前に置かれた小さな箱を直視する。
箱の表面に書かれた文字に曰く。
『熱に効く、ブリザA錠』
そうそれは、一般的に『座薬』と呼ばれる薬。年頃の女の子にとっては鬼門ともいえる禁断の薬。
そう、それを自分の一番汚い場所にあてがうところを想像しただけで――
「いーやーーっ!」
ごろごろごろごろ……
遠坂凛、転がりまくり。
「でももう、わ、私には、もうこの手しか残されていないのよ!」
ぐっと握った拳が、決意の固さを表していた。
熱を出したのは、昨日の晩。魔術師としての健康管理的にはまことに無様なことではあるが、遠坂凛は見事に風邪をひいてしまっていた。
普段であれば無理をすることもない。学校の出席日数を心配するほど落ちぶれてはいないし、だいいち無理をするのは性に合わない。普段であれば、学校に休みの連絡を入れて養生するだろう。
「くっ、どうして今日は3月14日なのよ!」
そうなのである。今日は3月14日、一般にホワイトデーと呼ばれる日。
ホワイトデー。意中の彼に渡したチョコレートの形をした告白が、クッキーなどの形に変わって返答として返される日。世の年頃の女の子にとっては審判の日と言っても過言ではない重要な日であるのだ。
「こんな日に、休んでなんていられるものですか!」
女たるもの、世に出れば7人の敵がいる。
まず思い浮かぶのは、この世でたった一人だけの妹であり、同時にもっとも油断できぬドロボウネコであるところの桜である。
『先輩、あの、これ……』
頬を染め小さな包みを彼に渡す初々しい仕草、羞恥のためか知らず小さくなってしまう声は、男性の保護欲を掻き立てずにはいられない。
そしてなにより――
何事だろうか、あのバストサイズは。
「きー! 許さない! 許さないわよさくらぁー!」
ごろごろごろごろ……
自らの胸をかき抱き、転げまわる凛。どうやらかなりのコンプレックスである模様。
「はぁ、はぁ、はぁ…… いけない、熱が更に……」
エキサイトして更に熱が上がったのだろう、荒い息をついてフラフラと頭を揺らす凛。顔は既に真っ赤であり、嫌な汗がそこかしこに浮かんでいた。
「そ、それにあいつも……」
続いて彼女の脳裏に浮かぶのは、澄ました顔してものすごい勢いでご飯を平らげる同居人の少女。セイバーである。
凛々しい立ち姿、それでいて時折見せる年頃の少女らしい恥じらいは、男という生き物の本能を刺激せずにはいられない。
そしてなによりも――
何事だろう、あの美尻は……!
「ぬがー! セイバーのバカー!」
ごろごろごろごろごろ…… ガツン!
転がりまわった挙句にタンスの角に頭をぶつけて動かなくなる凛。
「ふふ、ふふふふふふふ……」
うつ伏せに横たわったまま、まるで地の底から響いてくるような笑い声が部屋に木霊する。彼女のサーヴァントがその場に居たら速攻で遁走するかの如く威圧感。金属バットを構えた仁王像が背後に浮かんだ。
「そうよ、私にはもうこの手段しか残されていないのよ……!」
幽鬼のごとくゆらりと立ち上がる凛。その瞳はなんつーかヤバイクスリをキメちゃいましたーみたいな趣で、爛々と輝いている。
そうして彼女は、震える手でその小箱を手に取った――