遠坂凛の金属バットな日々

−凛、電車に乗るの事−

2004/7/28 久慈光樹


 

 

 

「おーい遠坂、まだかー」

「ちょ、ちょっと待っててー! もう少しー!」

 

 お弁当も無事完成し、一行は玄関先で凛を待っている。何か忘れ物をしたとかで、凛は離れにある自分の部屋に取りに戻っているのだ。

 

「電車の時間は大丈夫ですかシロウ?」

「ああうん、まだぜんぜん大丈夫だけど」

 

 

 そうこうするうちに、息せききって凛が戻ってきた。

 

「ごっめーん、お待たせ」

 

 特別おめかししてきた様子は無い、だが士郎は息をきらす凛に思わず見惚れてしまっていた。

 春というよりは夏にふさわしいような薄い空色の飾り気の無いTシャツにジージャンを羽織り、同じように飾り気のない、だが大胆に脚を出した白いサテン生地のホットパンツ。冬の普段着であるフレアーミニ以上に脚を強調したその格好に、士郎は目のやり場に困る。

 普段とは違い、馬の尻尾のように一つに束ねた黒すぎるほどに黒い髪に、イメージカラーである赤のキャップ、それと合わせるように靴下はいつもの太ももまであるニーソックス、靴は白地のスニーカーだ。左腕には少し無骨すぎるくらいの白いGショックと、同じく白のブレスレット。

 凛らしく活動的で、それでいて健康的な色気が彼女の魅力を際立たせていた。

 

 

 

 

 

 

「むっ、そういう方向性で来ましたか……」

 

 ぐぬぬー、と、歯噛みする桜であるが、その彼女も実は先ほどまで士郎の目のやり場を困らせていたのである。

 恐らくは少し冒険したのだろう、上半身はぴったりと身体の線を出したタートルネックのノースリーブ、桜色が彼女に良く似合っている。黒のカーディガンを腕だけ通して羽織り、下こそ洗いざらしのジーンズにスニーカーという質素な姿だが、とにかく桜のスタイルでタイトなノースリーブは破壊力絶大である。

 士郎といっしょにお出かけということで、一番のライバルであろう姉を意識したのだろう。

 頑張って冒険したはいいけれど、いざ先輩の前に立つと恥ずかしくて死にそう。そんなオーラを全身から発散させる桜に、士郎はしばらく言葉もなかった。

 

 

 

 

 

 

「あら桜、今日はなんか気合が入っているわね?」

「遠坂先輩ほどじゃありませんよ」

「……」

「……」

「……ふふふふふ」

「……うふふふふ」

 

 肝心の士郎が脚部(凛)と胸部(桜)しか認識していないことも知らず、火花を散らす二人。もし士郎が「思ったことを口に出す癖」などを持っていたら、W金属バットのエジキであったことだろう、僥倖である。

 ちなみに一言も発しないアーチャーは、先ほどからホームビデオの手入れに余念がない。お前はマイホームパパか。

 

「さあそろそろ行きましょう」

 

 そう声を掛けたセイバーは白のワンピースだ。

 下品にならない程度に開かれた背中の部分は紐編みにされている。裾の部分にはレースが施され、ともすればあどけなくも見えるそれをだが下に穿いた黒のスパッツが活動的に見せている。

 

 そして何より特記すべきは――

 

 膝の上まである、黒の編み上げブーツだった。

 

「……編み上げブーツはいいな、アーチャー」

「……ああ」

 

 男は誰しも編み上げブーツには弱いのだ。

 

『おのれセイバー……』

『許せません……』

 

「??」

 

 

 

 

 やはりセイバーは最強のサーヴァントであるという話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬木の街は適度に田舎であるので、自動改札などいう洒落た物は導入されていない。カチンカチンと妙に澄んだ音のする昔ながらの切符切りで切符を切ってもらった。

 

「おい、アレ見ろよ……」

「おおっ、すげぇ」

 

 ホームで電車を待っている間、学生らしき二人連れがこちらを見てひそひそと話をしている。

『確かにこの三人は飛びぬけているものなぁ』

 ボーイッシュな格好の凛、大胆な桜、清楚なセイバー。自分が彼女たちのことを知らずに街中ですれ違ったりしたなら、間違いなく振り返って見るだろう。それほどまでに彼女たちは魅力的だった。

 なぜだか嬉しくなって、でもあまりじろじろと見られるのもなんだか面白くなくて、士郎はどんな表情をすればいいかわからない。

 

「赤すぎるだろうあれは」

「おお、赤すぎる」

 

「アーチャーかよっ!」

「むう?」

 

 確かにアーチャーは赤すぎた。

 

「お前なに普通の服着て来てるんだよ! 不自然すぎるだろそれ!」

「ふふん」

「なんで得意げなんだよっ!」

「赤さは騎士の嗜みだからな」

「なんでさっ!」

 

 漫才コンビだった。

 

 

「む、電車というものに乗るのは初めてです」

「あれ? そうだったっけ?」

「リンは乗ったことがあるのですか?」

「そうね、まぁわたしはずっとこの街に住んでるから」

「ふむ、桜もですか?」

「え? ええ、そうです。私もずっと――この街で育ちましたから……」

 

 そう言って顔を伏せる桜。

 セイバーは初めて乗る電車に気を取られ、そんな彼女の様子には気付かない。士郎とアーチャーは荷物を網棚に乗せているので、そも話を聞いていない。

 伏せた顔にかかった前髪の下で、桜がどのような表情をしているのかを洞察できたのは、凛だけだった。

 

「桜……」

「ほらっ、遠坂先輩、セイバーさん、早く電車に乗らないと、乗り遅れちゃいます!」

「ん? あ、そうですね」

「……そうね」

 

 

 

 

「うーん、これだっ! ……げっ!」

「ババ引いたわねあれは」

「シロウは解りやすすぎる……」

 

 郊外に向かうローカル線は他に乗客もまばらで、少しくらい騒いでも迷惑になることはない。

 定番のババ抜きで盛り上がる凛たち。アーチャーは懲りたわけではないだろうが幽体になって姿を消している。

 四人がけのボックス席。どちらが士郎の隣に座るかで火花散るような牽制劇があった末にさっくりとセイバーに座られてしまった二人である。

 

「ほらシロウ、寝癖がついていますよ」

「む、すまないセイバー」

 

『おのれセイバー……』

『許せません……』

 

 数回繰り返したババ抜きはすべてが表情に出る士郎の惨敗に終わり、やがてガタンゴトンという長閑な音と定期的な振動にだんだんと眠気をもようしてきた。

 

「あとどれくらいかかるんだ遠坂」

「しっ」

 

 大あくびをして話しかけてきた士郎に、凛はそっと人差し指を口の前に当てる。

 早起きをしてお弁当を作っていたからだろう、凛の隣に座った桜が、こっくりこっくりと船をこいでいた。

 そんな彼女を優しく見つめる凛の表情は、妹を見守る姉の表情そのもので、士郎もセイバーもそれを優しく見守る。

 車窓から差し込む柔らかな課春の日差しの中、まるで一枚の絵画のような光景。

 こっくり、こっくりと緩やかにまどろむ桜。そして――

 

 ビクッ!

 

「姉さん、ワンワンはダメーっ!」

 

 飛び起きた。

 

「台無しだっ!」

「そんな! はしたないです姉さん!」

「なにがやねんっ!」

「……はれ?」

 

 こしこしと幼女のように目をこすりながら、「ここどこー?」と言わんばかりの桜。

『姉さんって誰だ? それとワンワンって何だ……?』と向かいに座った士郎は大混乱である。

 

「……なに寝ぼけてんのよあんた」

「はれ? だって姉さんがワンワンスタイルで……」

「変な夢見んなっ!」

 

 『ワンワンスタイルって何さ』と大混乱の士郎。セイバーは露骨に目を逸らしている。

 

「ああもう! ほらっ!」

 

 凛はなぜか真っ赤になりながら、組んでいた脚を揃えてぽんぽんと叩く。

 

「ん……」

 

 まだ半分以上寝ているのだろう。桜はそこにころんと頭を乗せて横になるとすぐにすやすやと眠りに落ちた。

 

「まったくもう、子供の頃とぜんぜん変わってないんだから」

 

 そんな彼女の髪を梳きながら、「まったくもうやってられないわ」という不満を言葉に乗せて呟いてみたが。

 

「むっ、なに笑ってんのよあんたら」

「くくく、いや、笑ってないさ。なあセイバー?」

「ふふ、そうです、私もシロウも笑ってなどいませんが?」

 

 どうやらその試みはまったく成功していないようだった。姿を消しているアーチャーにまで笑われている気がして、凛は面白くない。

 

 面白くない、はずなのに。

 

 

 ガタンゴトンと揺れる電車の中、結局その凛の笑みは目的地につくまで絶えることはなかった。

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 


 

凛、桜、セイバーの挿絵はる〜子さんにいただきました。

る〜子さん、素晴らしい挿絵ををありがとうございました。

また描いてくださいね(目が笑ってない)