遠坂凛の金属バットな日々
−凛、お弁当を作るの事−
2004/7/24 久慈光樹
「らんら〜ららら〜ら、らんら〜ららら〜♪」
朝、衛宮家の台所。歌などを口ずさみながらエプロン姿で動き回るのは桜。くるくると小鳥のように料理をする様は見ていて気持ちがよくなってくる。
「らんら〜ららら〜ら、らんら〜ららら〜♪」
随分とご機嫌な様子だった。
無理もない、今日はこれから皆でピクニック。それも彼女の姉が自ら誘ってくれたのだ。鼻歌だって出ようってもの。
台所には桜ひとり、家主であり台所の主でもあるところの衛宮士郎の姿はない。
引っ込み思案の桜らしくもなく、お弁当を作るのは自分ひとりでやるといって聞かなかったのだ。手伝うと主張する士郎に、やらせて欲しいと涙目になってまで頼み込んだ。
士郎も桜には弱い、隣で睨みつける凛に気付くこともなく、彼の戦場であるところの台所の所有権を笑顔で明け渡した次第である。
「ふっふっふー♪ ふっふっふー♪」
ご機嫌な桜。そしてそれを物陰から見ているのは――
「愛は奇跡を信じる力よ〜♪」
「スクールウォーズかよっ!」
凛だった。
「孤独が心閉じ込めても〜♪ ……って、どうしたんですか遠坂先輩?」
「どうしたんですか、じゃないわよ、桜あなた年いくつ?」
「イソップー!」
「聞けよ人の話を!」
相変わらず、桜が相手だととことんツッコミ役の凛である。とりあえずスクールウォーズネタなどいまの若い人はわからない。
「なんですと! 姉さんはイソップをバカにするんですか!」
「いや、別にそういうわけじゃないというかそういう問題じゃないし」
「呪われますよ? 山下真司に」
「くいしんぼうばんざい!?」
「一人きりじゃ〜ないよとあなた〜♪」
「何事もなかったかのように歌い続けるな!」
「おっと、これ以上歌うとJASRACの怖いお兄さんたちが来てしまいますね、ふふふ」
放っておくとどこまでも漫才で終わりそうであるが、残念ながら彼女らを止める者はこの場にはいない。士郎とセイバーはレジャーシートやらなんやらを探しに蔵を漁っているし、アーチャーはどこに行ったかすら定かではない。
「ああもう! いいからわたしにも手伝わせなさい!」
勢いに任せてそう言ったあと、真っ赤になるあたりが可愛いなぁ姉さん。などと内心思っていることなどはおくびにも出さず、桜は不満げな表情を作って姉を険悪に睨みつけてみた。
ふん、姉さんなんて大嫌い。
言葉には出さなかったが、そういう気持ちを表情と視線に込めてみた。そのつもりだった。
「……なにニコニコしてんのよ桜」
「なっ――!」
慌てて顔に手をやると、そこにはだらしなく緩んだ目元と口元。精一杯しかめっつらしい表情を作ったつもりだったのだけれど、どうやらぜんぜん成功していなかったようだ。
「あっ、な、こ、これはその……」
かーっと先ほどの姉に劣らず真っ赤になってしまった妹に、だが凛はとびっきりの微笑で「じゃあわたしも手伝うから、いいわね? 桜」と言った。
「う、うん……」
応える桜の声と表情は、まるで童女のようだった。
本人はそれがまた面白くなかったのか、今度こそ本当に膨れ面になってブリをグリルにセットしている。
そんな桜をだが、凛は見ていなかった。
デジャヴ。凛の脳裏に、ふと昔の光景が掠めたのだ。
妹がまだ、いまとは違う髪の色、いまとは違う瞳の色だった頃のこと。
不意に、涙が出そうになった。
「ほらっ、どうしたんですか遠坂先輩、お魚焦げちゃいますよ!」
トオサカセンパイ
この子がまだ、「遠坂」だった頃のこと――
「愛を口移しに教えてあげたい〜♪」
「す、スクールウォーズはよしなさいっ!」
「遠坂先輩はマネージャーをバカにするんですか!」
「いや知らないから」
「――この物語はある学園の後輩に戦いを挑んだ熱血教師たちの記録である――」
「ナレーションやめっ!」
「――高校ラグビー界においてまったく無名の弱小チームが……」
「やめいっつーにっ!」
「ははは、お前の言うとおりだったな、アーチャー」
「ふん、だから言ったのだ、放っておけばいいと」
「まったくだ、一時はヒヤヒヤしたけど、二人ともあんなに楽しそうだもんな」
楽しそうに言い争いをしながら弁当を作る二人を、物陰から見ているのは士郎とアーチャー。
二人を見て嬉しそうな士郎とは裏腹に、アーチャーはいつも以上に顰め面だった。
「十年ばかりの別離など取るに足らぬものだ、『人』にとってはな」
「お前何を……」
まるで二人の事情を知っているかのよなアーチャーの言葉に、いぶかしげに背後に立つ紅の騎士を振り返った士郎。だが相変わらず顰め面の彼の口元に浮かんだ確かな笑みに、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「む、なんだ、何か言いたいことがあるのか?」
「いや、別になにもないさ」
「……ふん」
春の朝。
今日という日はまだまだ始まったばかりだった。
「イソップーーっ!」
「やかましい!」
いまの若い人わからんから。