遠坂凛の金属バットな日々
−凛、体育祭を満喫するの事−
その5
2004/7/19 久慈光樹
「女に二言はありません、楽しんでくればいいんです、ええそうですとも、私なんて置いて衛宮先輩とふたりっきりでデートなんてしてきちゃったらいいんです。夜の夜景は綺麗ですか? 部屋を取ってあるんですか? そのままふたりでラブゲッチュですか? しくしくしく……」
「ええい! うっとおしい!」
帰り道、しくしくと泣く桜と並んで歩く凛。少し後ろには士郎とセイバーとアーチャー。
夕焼けが綺麗だった。
「あんたメチャメチャ未練たらたらじゃないのよ」
「ふんだ、いいんですいいんです、遠坂先輩は私なんかどうでもいいに違いないんです」
「ああもう!」
「おいおい遠坂、桜をあんまりイジメるなよ」
「イジメてない!」
「まったく、凛は忍耐が不足しています」
「うむ、凛はまず小魚を摂取すべきだ」
「やかましい!」
騒々しい夕焼けの帰り道。
こんな騒がしい日々がずっと続いて、この夕焼けの帰り道を、ずっと並んで歩いていけたらいいな。
ふと、そんな“らしく”ないことを思った。
『ありがとね、桜』
確かに発しようとしたその言葉はでも、口から外に出ることなく風化して消える。だが確かにそれは胸の中に留まって、ぽかぽかと凛の身体を暖かく包んでくれるのだ。
『あんたが怒ってくれなかったら、私はまた諦めてた』
リレーで一着になれたことが嬉しいわけではない。
桜が、妹が、自分を叱ってくれたということこそが、嬉しい。
「ねえ、桜……」
そんなことを、考えていたからだろうか。
『ありがとう』と言うよりも、もっと恥ずかしい言葉が、口をついた。
「今度いっしょに、ピクニックにでも行こっか?」
口に出してから、我に返った。
桜だけではなく、傍らの士郎も目を丸くしている。
自分が口にしてしまった言葉の意味を、ゆっくりと浸透するように理解して。
そして凛は、真っ赤になった。
「い、いや、別に他意があるわけじゃなくてね? そ、その、たまにはいいかなーとかね、その……」
耳まで真っ赤になって、しどろもどろで。
こんなのちっともわたしらしくないっ! と内心で自分を怒鳴りつけてみても、舌はいつものようにまわってくれないし、火照った耳はちっとも冷めてくれない。わたわたと両手を振って「今の無し!」とばかりに必死になって否定している自分が滑稽で、凛は泣きたくなった。
だがそんな凛に。
桜は、にっこりと優しく微笑んで――
「遠坂先輩、頭でも打ったんですか?」
あくまで、いい笑顔で言い切った。
「台無しだっ!」
「懐柔策ですかっ! 見損ないました姉さん!」
「なっ、わ、わたしは別に……」
「ふんっ、やれやれ。だいたい姉さんは態度デカイんです!」
「うっ……」
「デカイのはお尻だけにしておいてください」
「あんたが言うなーーっ!」
唖然とその様子を見守っていた士郎だったが、ふと桜の台詞が気になり、愚かにも口を挟む。
「ん? 桜、いま『姉さん』て言わなかったか……?」
「言ってません」
「いや確かに『姉さん』て……」
「言ってませんたらっ!」
「そ、そうか、それならいいんだ。まぁ遠坂のお尻が大きいのは今に始まったことじゃないしな」
「関係ないでしょうがーーっ!」
唸る金属バット。「結局最後はこういうオチかよーっ!」という断末魔を残し、衛宮士郎沈黙。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「り、リン、そんなフルスイングしなくても…… まぁいつものことですが」
「いいのよこんなヴァカ!」
「ふふん」
「あんたも笑ってるんじゃないアーチャー!」
「ぐわっ!」(やつあたり)
阿鼻叫喚である。
「ふふふ」
「なによ桜! あんたも殴られたいわけっ?!」
「懐柔されてあげます」
「え……?」
「ですから、ピクニックで懐柔されてあげます」
目を見開く凛に、今度こそにっこりと桜は微笑む。
その笑みは、凛の負い目も、ためらいも、そして少しばかりの打算も、すべてを優しく包み込んでくれるような。そんな笑みだった。
不意に涙がこぼれそうになって、慌てて夕焼けを見るふりをして顔を上げた。「夕焼けきれいねー」なんてとってつけたような台詞、自分でも不自然極まりないと思ったのだけれど。
桜も、士郎も、セイバーもアーチャーも、何も言わなかった。
「うん、行くわよ、ピクニック!」
やがてそう言い放つ凛の顔にも、いや、士郎とセイバーと、そしてアーチャーの顔にすらも。
桜のそれのような、優しい笑みがいつしか浮かんでいた。
おしまい