遠坂凛の金属バットな日々

−凛、体育祭を満喫するの事−
その4

2004/6/1 久慈光樹


 

 

 

「シロウ、お腹が空きました」

「まだ食うんかいっ!」

 

 というわけで昼食、お弁当タイムである。父兄も一緒にという学校側の配慮から、凛と士郎、そしてセイバーとアーチャーは共にお弁当を囲んでいた。

 

「むぅ、僅差ね今年は」

 

 から揚げを頬張りながら凛。

 彼女の言葉通り、現在のところ赤組と白組の点差は僅か三点。今は赤組がリードしているが、午後の競技の出来次第でどうとでもなる点差だった。

 

「そうです、勝負はこれからです遠坂先輩」

「って、なにあんたは当たり前のような顔して人んちの弁当つついてるのよ桜」

「うちはアレだから……」

 

 見ると少し離れた場所では臓硯が「カーカッカッカ!」とか笑いながら一升瓶を抱えて飲んだくれていた。

 

「ま、まあいいわ、食べていきなさい桜」

「ありがとうございます、遠坂先輩。 あ、これ美味しいですね」

 

 慎ましやかな食べ方とは裏腹に、箸の動きは野獣だった。

 ちょっと桜、そのから揚げは私のよっ! 早い者勝ちです。などという姉妹の骨肉の争いが繰り広げられる中、アーチャーはホームビデオの手入れに余念がない。

 ずっと凛を写していたのを見ていたのだろう、幾人もの男子生徒が羨ましげにその様子を遠巻きに長めていた。

 

「ちょっとアーチャー、あいつらにそれ見せたり貸したりしたらコロスわよ」

 

 凛の牽制に、アーチャーはアホの子を見るような目をする。

 

「アホか君は、家族の記録を他人に売り渡す真似を私がするとでも思っているのか?」

「そ、そう、それならいいのよ」

 

 真っ赤になった凛の様子に、士郎もセイバーもくすくすと笑う。凛にしたところで彼が何か下心があって録画をしているのではないということを知っているからこそ、好きにさせているのだ。もしスケベ心からだったら、恐らくアーチャーは今頃肉塊だったろう。

 

「ふぅ食べた食べた、ありがとう士郎、美味しかった」

「はい、シロウの料理はいつも絶品です」

「ほんとですね、私も先輩に負けないようにもっと頑張らなくっちゃ」

「ふん、悪くはなかったな」

 

 思い思いの賛辞に、照れる士郎。彼が料理をするのは、ただ料理が好きだというだけのことではないのだろう。

 

 

 

 

「さぁ、午後も頑張るわよっ!」

 

 午後最初の競技は、借り物競争である。

 食べてからすぐに激しい競技ではないあたり、プログラムもよく考えられていた。

 

「ん、じゃあ行きますか」

「うむ、頑張って来い凛」

「うん」

 

 アーチャーたちに見送られ、エントリーしている凛は集合場所に向かう。

 

「借り物競争とはどういう競技なのですかシロウ?」

「ほら、トラックに封筒が並べてあるだろ? あそこに借りてくる物が書いてあるんだ」

「ほほう」

「そこに書かれている物を、生徒たちや父兄から借りてきて真っ先にゴールすればいいんだよ」

「なるほど……あっ、次は凛の番ですね。 頑張ってください凛ーーっ!」

「ほう、さすがに速いな凛は、もう封筒まで走りついたぞ」

「何が書いてあったんだろうな。ん? なんかこっちに走ってくるぞ」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「どうした凛、何が書いてあった。ホームビデオか?」

「(ふるふる)」

「じゃあ弁当の容器とか? それならここにあるぞ遠坂」

「(ふるふる)」

「む、何でしょうね?」

「ねえセイバー」(にっこり)

「ど、どうしました凛、なんだか怖いですよ」

 

「脱げ」

 

「……は?」

 

 凛が手に握り締めた紙にて曰く。

 

 

 

『ブルマ』

 

 

 

「ぎゃーっ! な、なにをするのですか凛! や、やめてくださいー!」

「ええい! 大人しくしなさい!」

「ダメ、ダメですそんなああっ!」

 

 

「……しましまだな、アーチャー」

「……ああ」

 

 

 そうしてみごと借り物を手に入れた凛は、そのまま一位でゴールに飛び込んだ。

 

「もうお嫁にいけません……」

 

 

 

 

 

 

 その後もプログラムは順調に消化されていき、いよいよ残すは体育祭の花形、全学年対抗によるリレーのみとなった。

 一年から三年までを紅白二チーム、計六チームに分けて行われるこのリレーは、毎年恒例のもっとも盛り上がる競技だった。

 

「くっ、逆転されたか……」

 

 悔しそうに凛。だが点差は僅かに十点、リレーによる得点は二十点であるから、この競技で勝敗が決まるということになる。

 

「ふふふ、往生際が悪いですよ遠坂先輩」

「ふん、言ってなさい桜。二年赤組のアンカーは私なんだから、絶対に一位でゴールしてやるわよ」

 

 そしてその日最後の号砲が鳴り響いた。

 

 だがハプニングというものは、いつも最後の最後にやってくるものらしい。

 

「ちょ、ちょっと、なにやってるのよ」

 

 凛がアンカーを務める二年赤組の第一走者が、バトンタッチ間際に転倒、一気に最下位へと転落したのだ。

 その後の走者もよく頑張りはしたが、いかんせん最初のロスが大きすぎ、距離を詰めるに留まっている。このまま行けば間違いなく凛にバトンが渡るときにも最下位のままだろう。

 

「ああもうまったく、ついてないわね」

 

 昔からそうだった。いつも入念に用意をしても、本番ではどうしてもそれを生かせない。

 勝負弱さは本当に昔からで、今回はまだ自分がポカをしなかっただけマシだったくらいだ。

 

「ま、仕方ないわよね」

 

 そう一人ごち、見るとはなしに応援席の桜を見た。

 さぞや喜んでいるだろうと思っていたが、なぜか彼女はむっつりとなんだか怒ったような顔をして、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 

「なによ、睨んじゃってさ」

 

 自然と、笑みが漏れた。

 

 恐らく桜にはわかったのだろう、自分がもう半分諦めてしまっていたということが。

 だからこそ彼女はこちらを睨んでいる。怒っているのだ。

 

 諦めるなんて許さない。

 

 桜の目は、そう語っていた。

 

「まったく、勝手な妹だこと」

 

 少し笑う。

 

 姉としての理想を重ねられるのは迷惑だ。

 遠坂凛は、ただ遠坂凛のためだけに遠坂凛なのだ。他の誰のためでもない、ただ自分自身のためだけに私は私なのだ。

 たとえ妹であったとしても、勝手な理想を押し付けられるなんてまっぴらだ。

 

 

 

 だけれどそれが。

 

 どうしてこんなにも、嬉しいのだろう。

 

 

 

 

 そして凛にバトンが渡る。

 

「遠坂ーっ!」

「頑張れ! 凛!」

「何をやっているのだ! もっと早く走れ!」

 

 びゅうびゅうと風を切る音の中、三人の声だけが妙にはっきりと聞こえた。

 

「ああもう! これじゃ頑張らないわけにいかないじゃないっ!」

 

 諦めるなんて許さない、とこちらを睨みつける妹。

 士郎は声を嗄らして叫んでいるし、セイバーはまるで自分が走っているかのようだ。アーチャーなどは普段のドライな彼らしくなく、地団太なんて踏んでいる。

 

 

 ああもう、やっかいな。

 

 なんてやっかいな「家族」を、持ってしまったんだろうな私は。

 

 

 どうしてこんなにも嬉しいのかわからない。

 ずっと魔術師として生きてきたのだ、すぐにわかるはずもない。

 

 だけれども、すぐにでは無理でも。

 いずれきっと解る日がくる。

 

 だって私は、こんなにも――

 

 

 そして大歓声のなか、凛はゴールに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

<つづきます>