遠坂凛の金属バットな日々

−凛、体育祭を満喫するの事−
その3

2004/5/29 久慈光樹


 

 

 

「遠坂、そろそろじゃないか?」

「ん、もう二百メートル走か」

 

 開会式を終え、午前の競技がいくつか消化されたところで傍らの士郎に声を掛けられた。生徒はグラウンドに教室の椅子を持ち出して座るのが慣例であり、何気にちゃっかりと士郎の隣をゲットした凛である。

 

「それにしてもセイバー遅いわね」

 

 父兄席に目を向ける。そこには見慣れた金髪はない。

 

「少し遅れるとは言ってたけど、確かに遅いな」

 

 と、噂をすれば父兄席から聞き慣れた声が。

 

「シロウ、凛、遅くなりました!」

「あっ、セイバー遅かったじゃないの……ぎょっ!」

 

 『ぎょっ』はないだろう、と心では思いつつも口には出さず、凛の視線の先に目を向ける士郎。

 

「ぎょっ!」

 

 二人の視線の先にいたのは、紛れもなくセイバーだった。結い上げた金髪、清緑の瞳、十人男がいれば十人とも振り返るその容姿。いつも通りのセイバーだった。

 

 問題は。

 

 

 なぜ彼女までもが体操着にブルマなのか。

 

 

 少し恥ずかしげに顔を赤らめて体操着の前を引っ張って隠そうとしているあたり、別の意味で男どもの視線を独占中である。

 

「ちょ、ちょっとセイバー! どうしたのよあなたその格好は!」

「こ、これはその、アーチャーが……」

「は? アーチャー?」

「はい、この格好が体育祭というものの正装だと」

「あ、あのクサレ外道……」

 

 怒りにふるふると身を振るわせる凛。この場にアーチャーがいれば間違いなく血の惨劇だったであろう。

 

「ま、まぁいいんじゃないか? 体育祭だし」

「やかましい! へらへらするなぁ!」

「ぐぎゃ!」

 

 そして士郎に誤爆。

 

 

 

「まったく、男ってどうして皆してああもバカなのかしら……」

 

 士郎を撲殺したあと、ぶつぶつと文句を言いながら二百メートル走に集合する。

 しばらく待つと凛の番がやってきた。

 

「凛ーっ! 頑張ってーっ!」

 

 父兄席からセイバーの声。

 

「ああもう、恥ずかしいなぁ……」

 

 周りからくすくすと笑われて、右手で顔を覆う。だがそれは浮かんでくる笑みを隠すためのものだった。

 

『お母さんがいたら、あんな感じなんだろうな』

 

 そんならしくないことを考えてしまって、慌てて首を振る。

 いけないいけない、これじゃまるで私が小さな子供みたいじゃないの。さあ出番よ凛、セイバーにいいとこ見せてあげなくちゃ。

 

「位置について。用意!」

 

 バン、という号砲と共に飛び出す。

 

 耳元ではびゅうびゅうと風が唸り、景色が後ろに流れていく。彼女の前を走る者は誰もおらず、ただ全身に風を感じて凛は走る。

 コーナーにさしかかる。そのまま身体を内側に倒すような気持ちでスピードに乗って曲がっていく。

 

 その時、後方から追いすがる足音。

 

『まずいわね、あまりスピードは落ちていないはずなんだけれど』

 

 後半スピードに乗ってくるタイプなのだろう、足音の主は明らかに凛よりも速い。このままでは追いつかれるのは必至だ。

 

『負けるもんですか!』

 

 更に加速。二百のペース配分を考慮するとやや無謀だったが、このまま追いつかれるよりはいい。

 

『そ、そんな! 引き離せない!』

 

 それどころか、足音は更に距離を縮めてくる。

 

『いったい誰なの? こんな強敵がいるなんて知らなかったわよ私は!』

 

 そして遂に追走者は凛に並びかける――

 

 

 

 

 

「ふむ、必死に走る表情もなかなかのものだ」

 

 ホームビデオを覗きながら走るアーチャーだった。

 

 

 

 

 

「アホかあんたはーーーっ!」

 

 遠坂凛、凶器使用による乱闘騒ぎにより失格。

 

 

 

 

 

 

「え、えーと…… お疲れさまでした凛、色んな意味で」

 

 肩で息をして戻ってきた凛に、セイバーが声をかける。純白の体操着がところどころ返り血に染まっていたが、とりあえず見なかったことにしたようだ。

 

「なにをやっているのよ! あのヴァカはっ!」

「や、そんな下唇を噛んで発音しなくとも……」

 

 まあまあ、と荒れる凛をなだめていたセイバーだったが、何かに気付いたようにグラウンドに視線を向ける。

 

「ん? どうしたの? セイバー」

「あれは……」

 

 その視線の先には、紐にくくり付けられて揺れるアンパン。

 

「ああ、あれはパン食い競争ね」

「パン食い競争となっ!」

 

 いきりたつセイバー、視線は相変わらずアンパンに釘付けである。

 

「凛、それはどういった競技なのですか?」

「えっと、どういったもなにも、そのままよ。あのパンを口で咥えてゴールまで走るの」

「パンを咥えてとなっ!」

 

 更にいきり立つセイバー。そろそろ周りの視線が痛く感じられ始めた凛である。

 

「え、えーと…… どうせ体操着なんだし、セイバー出てみる?」

「是非っ!」

 

 即答だった。

 かくてパン食い競争に出場することになったセイバー。お遊び的な競技であるため、和気藹々とした出場者たちのなか。

 

「参る!」

 

 一人だけ世界が違う。

 

「これより簡単な競技の説明に入ります、パンは『つぶあん』『こしあん』『うぐいす』『ジャムパン』『カレーパン』『メロンパン』等いろいろありますから、好きなものを取ってください」

「なんとっ!」

「セイバー、パンは一つだけよー」

「な、なんと……っ!」

 

 苦悩するセイバー。

 とりあえず涎は拭いた方がいいんじゃないかなぁ、と隣のコースの名もない女の子は思ったり思わなかったり。

 

「位置について。用意!」

 

 バン、という号砲と共に飛び出す。

 

 青の旋風かと見まごうばかりのそれは、まさしく文字通りの飢えた獣。ただ真っ直ぐに標的を捉える様は、見る者に真剣による剣戟を思わせる。

 平和な時代に生を受けた女性には到底ありえぬ迫力は、生と死の狭間をいくつも乗り越えてきた者特有の匂いを放っていた。

 彼女は正に風だった。

 追いつけるものなど誰もなく、ただ無人の荒野を行くが如し。

 そうして彼女は、標的物たるそれに走り寄り――

 

 

 

 

 ぜんぶ食った。

 

 

 

 

 セイバー、他走者への妨害および略奪行為により失格。

 

 

 

 

 

<つづきます>