遠坂凛の金属バットな日々
−凛、体育祭を満喫するの事−
その2
2004/5/27 久慈光樹
「ふふふ、遠坂先輩、組み易し!」
「むっ、なにやつ!」
凛が振り向くと、そこには同じように体操着姿で、白色のハチマキを締めた間桐桜が立っていた。
友人が副部長を勤める弓道部の後輩で、居候先の衛宮家にもよく出入りしている可愛い後輩である――というのは表向きで、血を分けた実の姉妹だというのは誰にもヒミツだ。
「さ、桜?」
「ふっふっふ、遠坂先輩は赤組ですね」
凛の締めているハチマキは赤色。全校生徒混合での紅白勝負となるこの体育祭では、凛と桜は紅白に分かれたことになる。
ちなみに凛の頬に飛んでいる赤い斑点はアーチャーの返り血だったが、とりあえず物語にはまったく関係が無いので無視する。桜もさりげなく目を逸らしているところをみると、見なかったことにするつもりなのだろう。
「遠坂先輩がこの調子では、白組の勝ちは決まったようなものです」
常になく挑発的な桜の様子に、凛も目を細めて髪をかき上げる。
「面白いことを言うわね桜、私が負けるとでも?」
「ふふふ、それ以外の意味に聞こえましたか?」
今日の桜は強気だ。
そう、例えるなら顔とか手とかに黒い模様が浮き出すくらいに強気である。ニヤリ笑いが似合いすぎた。
バチバチと火花を散らす視線。
「ただ勝ち負けを競っても面白くありません、姉さ……げふふん! 遠坂先輩、賭けをしませんか?」
「賭け?」
「そうです」
「ふふん、いいわよ別に。で? なにを賭けるのかしら?」
その返答にニヤリと笑い、桜は条件を告げる。
「勝った方が、衛宮先輩と二人っきりで一日デートできるというのでどうです?」
「な、なんですって!」
ががーん!
まだ私でも一度しかデートしたことないのにぃ!(しかもコブ付き) と思ったかどうかは定かではないが、とにかくショックを受ける凛。
「ど、どうしてそこで士郎が出てくるのよ」
「そろそろ遠坂先輩とは白黒はっきりつけておく必要がありますから」
「だからそれでどうして士郎が出てくるのよ」
「あれ? 遠坂先輩は、衛宮先輩と二人っきりでデートしたくないんですか?」
反射的に「別にしたくないわ」と言いかけて、ふとこのあいだセイバーと三人でしたデート(らしきもの)を思い出す。
喫茶店、ウインドウショッピング、バッティングセンター、そしてお弁当。あれはデートというよりも友達同士遊びに行ったという感じだったが、二人っきりとなるとまた違うものなのだろう。
少しだけ、脳内シミュレートしてみる。
……
…………
………………
「えへへ……」
「な、なに真っ赤になって笑ってるんですか! 禁止禁止! 変な妄想禁止!」
「えへへへ……」
「いやー! やめてー! 私の衛宮先輩を淫逸な妄想で汚さないでー!」
「えへへへへ……」
「いーやーーっ!」
そして数分後。
「よしその賭け乗った! ……ってなに泣いてるのよ桜」
「うっうっ、汚されちゃった、私の衛宮先輩が汚されちゃったよぅ……姉さんのバカぁ……」
「失敬ねあんた」
めそめそと泣いていた桜だったが、やがてきっと眉を吊り上げる。
「もう許しません! 姉さんは私が倒します!」
「ほっほーう?」
ニヤリと笑って下目遣いに見下ろす凛に思わず怯む桜、いつのまにか形勢逆転していた。三つ子の魂百までとはよく言ったものである。
「す、凄んだってダメです。私の衛宮先輩を汚した罪、償ってもらいます!」
「いろいろツッコミどころ満載だけどまあいいわ、かかってらっしゃい桜」
かくして、衛宮士郎との一日デート権を賭けて姉妹による骨肉の争いが開始されたのである。
なお余談であるが、彼女らの様子は遠巻きからギャラリーにしっかりと目撃されており、1年の間桐さんが遠坂さんに汚されたらしい、という噂が流れたとか流れなかったとか。
「とは言ってもねぇ……」
体育祭は紅白に分かれての団体戦である。文武両道の凛ではあるが、それでもニ百メートル走と最後のリレー、それから戯れで借り物競争に出るくらいだ。自分で勝負をかけられるのはそれだけで、後はまったくの運勝負ということになる。
「あんまりそういうの好きじゃないのよね」
勝負事はあくまで自分の手で。それが彼女のポリシーだ。たとえ他愛もない賭け事とはいえ、自らの預かり知らぬところで勝負が決まってしまうのはやはり面白くない。
「まっ、そう力むこともないか」
先ほどの桜との会話を思い出し、ふふふと笑った。
そういえば、彼女とあんなに打ち解けて話をしたのは随分と久しぶりのような気がする。
桜に対して――たった一人の妹に対して、恐らく自分はとても”らしく゛ない。
うじうじと悩んで、嫌われているのじゃないかとびくびくして。こんなのは私らしくないといつも思う。だけれども、確かに自分は彼女に対して負い目を感じてしまっている。彼女の幸福を犠牲にして、自分だけが幸せを甘受しているという意識がどうしてもついてまわる。
だから他人行儀でしか話せなかったのだ。
たった一人の、妹なのに。
しかし。
「なによあの子、元気じゃない」
それどころか暴走気味だわ。あの子はあれでいて昔から負けず嫌いで、幼い頃はよく二人で意地を張り合ったものだ。まったく誰に似たのかしら。
しかめつらしい顔を作ろうとして失敗する。誰に指摘されるまでもない、彼女は自分に、妹は姉にとてもよく似ている。
たとえ離れ離れになってしまっても、たとえ公に血の繋がりを名乗れなくても、やはり、自分とあの子は姉妹なのだ。
それがとても、嬉しい。
「しょうがない、まっ、頑張りますか」
やれやれまったくしょうがないわね、という表情を作ろうとして、また失敗してしまった凛である。