遠坂凛の金属バットな日々
−凛、同居するの事−
2004/2/23 久慈光樹
衛宮家、晩御飯。
「ふん、この炒め物は油が多すぎるな」
「あらそう? 私はこのくらいが丁度いいんだけど」
「太るぞ、凛」
「……なにか言った? アーチャー」
「……いや」
「シロウ、お代わりを」
差し出された茶碗にご飯を山盛りにしながら、衛宮士郎はどうしてこんなことになってしまったんだろうかと考える。
「どうしましたシロウ? 食が進んでいないようですが」
お代わりを受け取ったセイバーが、心配そうにそう声を掛ける。
視線はほとんど手をつけられていない士郎のおかずに釘づけである。獲物を狙う野獣の目だった。
「……いや」
セイバーはわかる。彼女がこの場にいるのはある意味自然なことだ。成り行きとはいえ、士郎は彼女のマスターになったのだから。
「熱っ!」
「凛、落ち着いて食べろ」
「う、うっさいわね。こらセイバー! 人のおかずに箸を伸ばすな! 取るんなら士郎のにしなさい」
どうしてこいつらは、さも当たり前のように人の家で飯を食っているのか……
「シロウ、お代わりを」
「早ぇよ! ってちょっと待ってくれセイバー。なあ遠坂、やっぱり考え直した方がいいんじゃないか?」
「ふぇ? ふぁにを?」
「凛、口の中に物を入れて喋るものではない」
「ぐっ……ごくん。で? 何を考え直すの士郎?」
いつの間にか呼び捨てにされていることに気付かず。そればかりか、少しばかり名前を呼ぶのに照れが入っている事にすら気付かず、士郎は言葉を続ける。
「いくらなんでも、一緒に住むってのはまずくないか?」
さっくりと流されてほんのちょっぴりがっかりした様子の凛だったが、その言葉にきっとまなじりを吊り上げる。
「甘い! いい? 事は聖杯戦争なのよ? 戦争なの戦争? わかる? なりふり構ってなんていられるものですか!」
悲しいけどこれ戦争なのよね! と叫ぶ凛に、おまえいったい歳いくつだよと士郎とアーチャーは突っ込みたかったがやめる。
「お代わりを……」セイバーはシカトされている。
「あんたはマスターとして未熟で、私はサーヴァントが怪我で役立たずなの! いま他のマスターに襲われたらひとたまりもないわ! 一緒に、その……ど、同棲するのが、一番なのよ!」
「まあ、それはそうなんだが……」
わざと“同棲”と強調したにも関わらず、またしてもさっくり流される凛。
役立たずと何気にヒドイことを言われたアーチャーは部屋の隅で膝を抱え、セイバーは自分でご飯を盛り始めた。
「だからってな、考えてもみろよ」
「なによ」
「遠坂だぞ遠坂! 家に住むなんてことになってみろ、大変だぞ!」
「言葉の意味はよく解らんが、なぜそこで顔を赤くするのかキサマ。まさかなにか邪なことを考えているのではあるまいな?」
「ば、バカヤロウ! そんなわけあるか!」
立ち直りの早いアーチャーの冷静なツッコミに、顔を真っ赤にして怒鳴る衛宮士郎。ただいま高校2年生青春真っ盛りである。とりあえずセイバーにおかずをちょろまかされていることに気付け。
「ふふーん?」
ニヤリと笑う凛。その様子はネズミを捕まえたチシャ猫に似ている。
「士郎、ひょっとして何かイヤラシイこと考えちゃった?」
「なっ……!」
「あらー? どうしたの士郎、そんなに顔を真っ赤にしちゃって。ひょっとして欲情しちゃったりした?」
くししししと笑う凛。その様子はクイズダービー司会の大橋巨泉に似ている。似ているのかよ。
「……」
血が上った士郎の脳内に、昼間見た凛の私服姿がもんもんと浮かんできた。具体的にはニーソックスとかニーソックスとかニーソックスとかが。
そうして彼は、動転して自分が何を口にしているかもわからぬまま、破滅の言葉を口にしてしまうのだ。
「ばばば、ばかっ! 誰が遠坂の乏しい胸に欲情なんてするか!」
瞬間、凍る空気。
セイバーは速攻で士郎のおかずをごはんの茶碗の上に乗せ味噌汁のお椀と一緒に両手で持って箸を咥えて避難する。アーチャーなどとうの昔に姿をくらましていた。
「ふふ、ふふふふふふふふふふふふ」
「は、はは、はははは……」
「……」
「……」(ごくり)
「ねえ士郎」(にっこり)
「あ、ああ……」
「コロス」
その日、衛宮家の食卓に。
金属バットを持った鬼が出た。