なんにもない日

2000/05/29 久慈光樹


 

 

しとしと

しとしと

 

 

 今日は朝から雨降り。

 せっかくの日曜日なのに、僕もアスカもどこにも出掛ける気になれず、家でぼんやりと過ごしている。

 アスカはさっきから台所のテーブルに突っ伏して、ぐったりしている。

 僕は、アスカの向かいの席に腰を下ろした。

 

「ねぇシンジ〜」

「なに?」

「つまんない」

「つまんないって言われても……」

 

 僕だってつまらない。

 

「ミサトは〜?」

「ネルフ、今日は遅くなるって」

「あ、そ」

 

 

しとしと

しとしと

 

 

 僕もアスカも今は高校生。

 既に大学を出ているアスカは、別に義務教育では無い高校なんて行かなくてよいのだけれど、なぜか僕と同じ高校を受験し、当然のように合格した。

 その件について、前に一度聞いてみたことがあるのだけれど、答えてくれなかった。

 僕も、なぜか聞かなくてもいいような気がして、結局それっきりだ。

 

「アスカさ、今日はどこへも出掛けないの?」

「雨降りだからどこにも行きたくない」

「そう……」

 

 そりゃそうだ、こんな日は僕だって外出なんてしたくない。

 

「そうだ、夕食は何にしようか?」

「ん〜、何でもいい」

「そう……」

 

 アスカの嫌いなピーマンがたっぷり入ったチャーハンに決定。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

 じめじめして、気持ち悪い。

 だけど、シャワーを浴びてもすぐにまたじめじめにやられてべたべたになってしまうから、どうしようもない。

 アスカなんか朝から4回もシャワーを浴びて、とうとう諦めたみたい。

 ぐったりとテーブルに突っ伏す様が、まるで波打ち際に打ち上げられたペンギンみたいで可愛い。

 

「アスカってさ」

「ん〜?」

「そうやってるとペンギンみたいだよね」

 

ごすっ!

 

 ……殴られた

 

「今度言ったら、コロスわよ!」

「ご、ごめん」

 

 ペンギンみたいで可愛いって言おうとしたのに。

 女ゴコロは分からない。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

 拗ねたアスカのご機嫌をとる為、冷蔵庫から冷たいミルクをコップに注いで渡す。

 アスカは僕のその停戦意思を受け入れて、「ありがと」と言ってコップを受け取った。

 昔はアスカから感謝の言葉を掛けられるなんて思ってもみなかったものだ。

 こくこくとミルクを飲むアスカを見ながら、また向かいの席に腰を下ろす。

 

「そうだ、昨日身体測定があったじゃない?」

「うん」

「私、身長がまた2センチも伸びたんだから! これで163センチよ!」

「そうなんだ」

「シンジはどうだったの? 今、身長何センチ?」

「174センチ」

「……あ、そ」

 

 また、ぐったり。テーブルに突っ伏す。やっぱりペンギンみたいで可愛い。

 でも身長が伸びたのは僕のせいじゃないよ。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

「そうだ、この間実力テストがあったろ?」

「うん」

「僕、数学90点だったんだ! 数学苦手なのに!」

「そうなの」

「アスカはどうだったの? 何点だった?」

「100点」

「そりゃ…… そうか……」

 

 聞いた僕がバカだった。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

「アスカはさ、部活とかしないの?」

「めんどくさい」

「そうか」

「シンジは?」

「別にやりたいことなんて無いから」

「そう」

 

 こんな無気力な所は変わってないね、お互い。

 

「じゃあさ、シンジは好きな子とかっているの?」

「多分……」

「多分、なによ?」

「いない…… と思う」

「ふーん」

 

 

しとしと

しとしと

 

 

「アスカこそどうなのさ」

「私?」

「そう、高校に入ってからもラブレターいっぱい貰ってるんだろ?」

「ふ〜ん、シンジだってたまに下駄箱に入ってるじゃないのよ〜、ら・ぶ・れ・た・ぁ♪」

「あ、あれは、そ、その……」

「ふふ〜ん♪」

「あ、あれは別に僕のことホントに好きなわけじゃなくて、た、ただ興味本位でっていうか、そ、その……」

「(ぐったり)」

 

 ……

 あ

 もしかして…… はぐらかされた?

 

 

しとしと

しとしと

 

 

「雨、よく降るね」

「うん」

「ミサトさん、傘持ってったのかな?」

「車だからいいんじゃない?」

「それもそうか」

「そうよ」

 

 まぁ、ミサトさんだったら雨くらいじゃビクともしない気もする。

 それどころか、使徒が降っても大丈夫なんじゃないだろうか? 降り注ぐ使徒を、ばったばったと薙倒すミサトさん。

 想像したら、萎えた。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

「ねえシンジ、このままさ」

「え?」

「このままずーっと雨が降りつづけてさ」

「うん」

「このままずーっと、ずーーっと雨が降りつづけてさ」

「うんうん」

「……やっぱいいや」

「……」

 

 い、言い掛けて止めないでほしいな……

 

 このまま雨が降り続けたら…… きっと洗濯物が乾かなくてイヤだな。

 いやいや、そんなことはどうでもいい。

 もしもこのままずっと雨が降り続けたら…… ひょっとしたら、水泳がテスト科目に加わるかもしれない。

 僕、泳ぎは得意じゃないんだよね……

 想像したら、ぐったりした。アスカと同じように、テーブルに突っ伏す。ぐったり。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

「はぁ……」(ぐったり)

「はぁ……」(ぐったり)

 

 二人して溜息。

 なんにもない日、とりたててすることもなくて、どこにも行く気になれなくて。

 こんな日もある。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

 いつもとはちょっと違う日。

 だから、いつもとはちょっと違うことを言ってみたくなる。

 テーブルにぐったりしたまま、アスカに話し掛けてみる。

 

「アスカさあ」

「ん〜?」

「あのさあ」

「なによ」

「雨、やまないね」

「……はぁ?」

「雨、やんだらいいのにね」

「……そうね」

「もしもさ、雨、やんだらさ」

「うん」

「公園に行かない?」

「公園?」

「そう、公園」

「なんで公園なのよ?」

「きっと綺麗だと思うんだ。もしかしたら虹が出てるかもしれない。もしかしたら水溜りに雲が写っているかも」

「シンジ、あんたなんかヘンよ?」

「そうかな……」

 

 ヘン、なのかな?

 

「でも…… それもいいかもね」

「でしょ?」

「うん」

 

 僕とアスカ、丁度同じタイミングでテーブルから体を起こし、お互いに顔を合わせる。

 ニッコリ。

 笑顔。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

「雨、やむといいわね」

「うん」

 

 そして。

 また、ぐったり。

 

 

しとしと

しとしと

 

 

 ほんとに、今日はなんにもない日だった。

 

 

 

<おしまい>