12月18日 日記より転載 74文字改行で131行
「ああ、つまりはすべて終わったことになるのだよ」
「わたしは、始まったと解釈したけれど?」
「思考の差異に過ぎん。われはこの地に来て以来、多くのものに触れ過ぎたようだ」
「見たことをすべて真実だと思うほど、老いたわけでもないでしょう?」
「若さだな……いや、お主に言われるとは、やれやれ長生きはするものではないか」
「失礼ね、わたしも人間よ」
「個としてのお主はそうかも知れんが、種として見れば長すぎる。われよりも、な」
「わたしは、わたしであるとは理解してくれない?」
「ふむ、確かに失礼だった。すまんな、見方が甘くなっている。もうろくしたものだ」
「そうかしら? 人間に触れたおかげじゃない?」
「……なるほど、お主もわれと同じ意見になってしまうのか?」
「まあね。わたしは、下界に降りるわよ。ああ、この下界って言い方もアレよね……」
「天より下のことを推し量るなど、享楽も良いところだな。いずれ滅ぼすが」
「別に良いんだけど、過激よね。もう少し穏やかになりなさいよ。その姿のときくらいは」
「分かっておる。人化の法は、形を真似るだけではない」
「女の子らしくない口調よ、それって」
「そうか? 他のものにも見た目麗しく♂fるらしいので、気を付けてはいるのだが」
「……根本的な問題ね。まあ、わたしは嫌いじゃないけど」
「しかし、お主は女らしいのう。どこでどう違ったものか、われには分からぬ」
「はあ、女官が五月蝿いのよ。わたしの次の世代には、是非とも自由に生きてほしいわ」
「子供のことか? しかしお主は――」
「そういうこと。ああ、言っておくけどわたし子供には厳しいわよ、多分だけど」
「われもお主と同意見だ。ただ、そういうものは孫に弱い。そいうものだ」
「実体験? まあ、否定は出来ないけど。貴女みたいな喋り方でも許容するわ」
「さすがに笑えんぞ」
「あはは、気にしないで。本当、気に入ってるのよ」
「まあ、よいわ。さて、陽も暮れて来たようだし、お主はどうする?」
「久しぶりに、夢中になってたわね。ありがとう、楽しかったわ」
「ほう、やはり帰るか」
「わたしの役目は今のところそれでしかないわね、それに……」
「…………?」
「女官に、また口うるさく言われたくないしね」
「ふっ、遠まわしだな。われは、恥じることではないと思うぞ」
「な、どういう言い草よ?」
「ほれ、早く帰らんと陽が落ちてしまうぞ」
「……ええ、そうね」
「そう不機嫌になるな。からかって悪かった」
「ふう、あの子がせっかく用意してくれた巫女服だけど、これで最後にしたいわ」
「背中から見える羽が斯様に気になるか?」
「こっちの方が伸び伸びと出来るんだけど、人目に晒すのは好きではないのよ」
「ほう、そういうものか」
「貴女も、よ。気をつけなさい。今度こそ朝廷に討伐されるわよ」
「お主とは、もう二度と戦いたくはない。気をつけよう」
「ありがとう、嬉しいわ」
「それに戦うことがあるとしたら、それはお主の一族ということになろう。それは好かん」
「ん、そうね。じゃあ、わたし帰るね」
「うむ、さらばだ。星の記憶≠受け継ぐものよ」
「九尾も元気でいてね」
「ああ、それは無理であろう」
「……は?」
「どうやら、人化の法は未完成だったようだ」
「……どういうこと?」
「早い話、思考が衰えていく。われは、われではいられぬであろう」
「! どうして、そういうことをもっと早く言わないのよ!」
「本当は、言うつもりは無かった。それが答えだ」
「九尾……」
「そのような顔をするでない。われは後悔などしておらぬ」
「で、でも――」
「お主は言ってくれたであろう? これは始まりだと。われは救われた」
「だって、そんなことだなんて……思ってなかった」
「心苦しいことがあるとしたら、われに人の心を与えてくれたアヤツのことだ」
「…………」
「ふっ、この大妖と言われたわれも腑抜けたものだ」
「もう、どうにもならないの?」
「これは始まりなのだろう。われは無理であっても、われらが一族……いつかは手に届く」
「……奇跡よね、それって」
「そうだな。しかし、いつになるかは分からんが、気長にやって行くとしよう」
「馬鹿よね、貴女……」
「さあ、月も満ちたことだ。別れのときだ」
「常しえの別れか……」
「そう言うな。また、この北の地を……もののけの丘を訪れるがいい。歓迎するぞ」
「……遠慮しとくわ。寒いのより、温かい方がいい」
「ふむ、残念だ。雪も良いと思うが」
「そうかも知れない……でも、今のわたしには悲しすぎる」
「……すまぬ」
「謝らないで、貴女の信じた道でしょう?」
「お主らは、星の記憶を……」
「貴女たちは、人の温もりを……」
「不思議なものだ。どうしても、そこに行き着いてしまう」
「わたしたち一族に課せられた務め……星は、幸せな記憶≠求めている」
「もし、われらが一族で……人化を体現できるものがいたとしたら、そやつの思い出も届けてくれるか?」
「ええ、大歓迎よ。わたしが責任を持って、この星の大地に還してあげる」
「そのときこそ、われらが一族の役目も終わろうというもの……頑張ってほしいものだ」
「可能性は、いつでも残されているわ。星の記憶も、否定はしない」
「妖狐が人になろうことも受け入れようとは、なんと度量の広いことよ」
「雪はね……」
「…………?」
「雪は、たくさんの奇跡の結晶なのよ。思い出が一杯詰まっているの」
「……そうか、だとしたら素晴らしいな」
「あ、信じてないでしょう?」
「いや、そんなことはないぞ」
「すぐ顔に出るのよ。嘘のつけない人ね」
「ぐ、どうしてバレた?」
「あはは、やっぱり貴女のこと好きよ、わたし」
「な、われはそういう趣向は持ち合わせておらぬぞ!」
「残念。じゃあ、たむけよ。未来のあなたへの、ね」
「ほう、翼を羽ばたかせるでもなく、お主は空を翔けること出来るのか。見事なものだ」
「最後まで茶化すの止めてくれない? せっかく別れ際を見つけたのに」
「そうだな。長く引き止めた」
「そうそう。じゃあ、これは翼人ではなく、わたし個人からのプレゼントよ」
「……うん? これは――」
「雪が奇跡の欠片になるのなら、そこに埋もれた天使の羽ですら奇跡を呼び起こす欠片になる≠チていうのはどう?」
「まこと、お主には敵わぬのう。確かに頂戴した」
「あ、でも奇跡を起こすのは、わたしではなく……人の心よ」
「理解しておる。しかし、お主ほどの純粋な魂になると稀有であろう? いや現れることすら無いだろうな」
「だから待つのよ。百年でも、千年でも、二千年でも……」
「…………」
「ひとりではなく、二人、三人……同じ願いをこの空に祈ってくれたなら」
「奇跡が起きる、そんな夢物語も悪くはないと?」
「そういうこと。さようなら、九尾。そして、もののけの丘も……」
「ああ、さらばだ。われが、たったひとり気を許した友よ」
『いつか、起きる。奇跡のために。今は、さようなら』
久慈光樹より一言
自己申告と行数違うが請勘弁。74文字禁則処理なし行数ちうことで。