∇The sight of recollection∇
Words by Kensuke

そして今年もまた、あの季節がやって来た・・・。



最近では雪がちらつく事もめっきり少なくなったが、

その日は今年一番の冬景色に町全体が覆われていた。

自転車をこぐのにも道の至る所で集中力が必要になる。

まだ雪は降り続くだろう。路面が凍結すれば日々の用事も間々ならない。

まして、季節限定のイベントとなると、別の意味で背中から滑り落ちそうだ。

というのは今は2月で、今日は14日。つまりはバレンタインデー。

世間一般の風習としては聖なる夜とかセイントとかいう言い回しだが

ボクらの風習にして考えて見れば世にも奇妙な物語の一日住人を体験するようなものだ。



昨日夢を見た。いや、どちらかというと見下ろした、見届けたというべきかもしれない。

その内容は微かだが記憶の片隅に仕舞っている。設定が面白かったから。



登場人物はボクと12人の妹たち。ちなみに勘定に入れたボクというのは

妹たちに囲まれて看病されている病人のことを指す。

その夢の中ではボク自身は少し空に浮かんだ状態で見下ろしている。

まるで神様が脆弱な子羊たちを見守るように。



夢の中ではチョコレートがどうとかいう話になっていた。

恐らくバレンタインデーという設定なのだろう。

だが、誰もが口を揃えていつも溜息混じりにこんなことを呟く。



「何をあげればいいのかな?」



その言葉に戸惑った。チョコレートが存在していない世界らしい。

というよりも、バレンタインデーの常識がない世界というべきか。

バレンタインにはチョコを女の子が好きな男の子に手渡す、はず?

でも、そもそもバレンタインにはチョコを渡すのが常識ではない。

なんたらバレンタインという人がいたとかいないとか。

意識しているようで意識しない男女。でもどこかでは期待している。

ボクは一度も期待はしたこともない。期待する前にその日が過ぎていたりする。

そもそもチョコは好きじゃないんだ。食べると翌日は二日酔い・・・なんてね。



「ねぇ、この際だから日ごろの感謝をお兄様に表現するっていうのはどう?」

12人のワッカの中の一つがそう言った。その口調から咲耶だと分かった。

どうやらそのボクはあまり病状が良くないようだ。顔色が青い。

なんでそうなったのかは分からないけど、すごく可愛そうに思えた。

「じゃあ、ボクはあにぃに靴をプレゼントする!」

おいおい、病人に靴とは・・・。思った矢先に咲耶に突っ込まれていた。

衛はこういうとき性格的にアレなものをくれそうだな。

人事のように考えていたら次に意見を出したのが鞠絵だった。

彼女もあまり強い体ではなく、ようするに病気がちなのでそっちのほうが心配だな。

「兄上様には兄上様が望むものを差し上げませんか?」

「うん。私もそれがいいと思ってたの。今日って何日だっけ?」

「えっとね〜、金曜日だよ」

「ならちょうど明日が約束の土曜日になる」

彼女たちはなにやら話題を曜日に変更した模様だ。

「そうね、なら明日お兄様に聞いてみましょ」

「・・・私も・・・賛成だよ・・・」

話の内容から土曜日には俺は意識をとりもどすようだな。

何故?かという疑問は胸の奥に仕舞うことにした。



「兄君さま」

ふと現実の思考に意識を切り替えた時、春歌が声の声がした。

「なんだい?」

「今朝はなんだか顔色が優れないようでしたのでお声をお掛けしました」

「まあね。今年も例の季節が来たと思ったら、1年は短いなって」

「あーばれんたいんでえのことを仰っているのですね」

春歌はボクにバレンタインデーについてなにやら昔話を聞かせてくれた。



「ん〜、戦国時代にはいくら考えてもそんな風習は日本になかったような」

「兄チャマ!!チェキチェキバレンタインデーデス!」

「は?」

次に四葉が漫才師が相方に突っ込むような感じでボクに突っ込んできた。

「兄チャマは去年のバレンタインで四葉に戦勝しちゃってるから

今年は四葉が圧勝するデス!覚悟しておくデス!!チェキチェキー」

「意味不明な言動は相変わらず健在か・・・」

四葉は買い物籠を抱えながらどこかに逃走した。チェキって?



「アニキーーーーーーーー!!」

まるでアラレちゃんのように走ってきた鈴凛。お目当てはなんだ?

「ア、アニキ・・・。はぁはぁ・・・き、聞きたいことあるんだけどさ」

「息を切らせて会話を断つ、なんちゃって」

「バカ言ってないでちゃんと答えてよね!えっと、ロボチョコってどうかなぁ?」

「ろ!!ろぼっとチョコレーとぉぉぉぉぉーーーーーーー!!?」

「微妙に違ってるんですけど・・・」

鈴凛はボクが使えないと判断したのかそそくさとどこかに去った。



今はもう昔、屋根裏部屋はボクたちにとって小さな秘密基地だった。

誰にも触れられない兄と妹たちの世界。空間。

でも、その自慢の基地はあの日、あの時、酷く脆く思えた。

過去の思い出にまたすがる自分。弱い自分。

思えばあの基地が無くなったすぐ後から歯車は狂い始めたように思う。



夢の続きが見られるとは思っていなかった。

昼間に昼寝をしてはいけないということもないのでボクは眠っていた。

すると眠りに落ちた刹那あの夢が通り過ぎていった。

ボクは見失わないように後を追いかけてすがるようにその夢に身を委ねた。



夢の中はもう夜だった。ガラス張りの部屋に彼女たちは立っている。

一人もかけることがなく、一人も口を開こうとしない。

ずっと何かを待っているかのように。

そして、カレはその目を開いた。



「おにいたま〜」

最初に声を発したのは雛子だった。みんなその声で我に返ったように見えた。

「お兄様!」

「兄上様!」

「おにいちゃま〜」

「にいや〜」

思い思いの呼びかけで12人の女の子たちはカレに対しての思いを伝えた。

続いてカレが彼女たち一人一人を見渡した後口を開く。

「おはよう。今、何時?」

その声を聞いてカレが自分だと認識できた。

我ながらその場の雰囲気を飲み込めないセンスには笑った。

少女たちは何かを我慢するような表情をしている。

「明日バレンタインデーなの。それでお兄様がほしいものを皆でプレゼントしたいの」

「へぇ、バレンタインか。まだそんな風習が残ってたんだ」

その一言でボクは多少の怒りを感じた。しかし、その憤りの矛先は誰にも向けられない。

遠い未来のようで、近い過去のように思えるその光景がボクの心に何かを写した。

それは幻燈機械のような、フィルムに映像を写すみたいなボクの過去の思い出たち。

あの日、あの場所で僕らは大切な場所を失った。そして、その日を境に一つになる場所を

探す旅に出かけることになったんだと思う。それには数年の月日をかけるしかなかった。

やがてボクらは再会し、そして新たな3人の妹たちを向かいいれることができた。

何事もなく無事で平和な日常の到来に心が再び壊れることはなかった。

だが、ボクらは何かを拾い損ねたまま今に至っているんだ。

それは思い出であり、あの時の未熟だった部分。修復しきれてないパーツ。

今になって思う。

彼女たちとであったことがボクにとってどれほどかけがえのないものだったか。


思いではやがて消えてしまうこともあるだろう。

思いではやがてリセットされることもあるだろう。

思いではやがて思い出されることもあるだろう。

それがどうした?ボクにはそんなことを考えるだけの権利はない。

他人のように傍に座っていたモノが何なのか

その夢をみて少しだけ分かることができたように思う。思える。

だからボクはカレに言うべき答えを述べてほしく思えた。



「兄君が・・・求めるのは・・・なんだい?」

「ボクが求めるもの?ほしいものは・・・」



結局バレンタインデーにボクがもらえたチョコレートは1つだけだった。

量より質だと昔の人は言いました。それにボクは同調しました。

ある意味量も質も昨年を越えると思うけど・・・。

チョコが姿を消すまで一週間かかったことは内緒にします・・・。



いい夢を見られたことに感謝する。



雪に埋もれた世界。窓の外から唄が聞こえる。

戸惑って繰り返す真昼のいやな夢・・・。最初はそう捉えていた。

だが、それはとても丁寧にやさしく描かれた絵のような世界だった。



ボクは今日見たことを言わないでいようと思う。言っても笑われるだけだから。

ボクは幸せになりたい。彼女たちとともに。

その言葉の意味を問いかけることもなく、また明日に備える。

手を離さないでいてくれてありがとう。なんどもなんども手を握りなおしてくれてありがとう。



別れ際に妹たちにそれぞれの感謝の言葉を贈った。

--------------- 少しだけ   素直になれそうだ。



制作日/2003年2月5日



無断引用・無断転載を固く禁じます
copyright(C) 2001-2003 Kensuke All Right Reserved
“∇The sight of recollection∇“に掲載されているすべての文字情報・その他一切の権利は
上記権利元と当サイトに帰属します。小説内容の無断転載・使用はご遠慮ください。