魔法少女さゆりん
Words by Kensuke

マジカル
X/『さゆりん、その思いを翼に託して



『かつて、人間界と魔界の丁度中心で忌々しく恐怖に満ちた争いが勃発した。
互いに傷つけあい、憎み合い、殺戮を繰り返した人間と悪魔たち。
誰が望んだ争いでもなかったこの戦いにより、数千の生命が失われてしまう。
やがて幾年月が過ぎ和解を遂げた両者であったが、
人間側が悪魔側に捧げた秘宝の中にはかつて悪魔を戦争で虐殺した物も多数あり
両者はその秘宝をそれぞれのしきたりに則り浄化することにした。
だが・・・悪魔側の一部の道化師が僅かの秘宝にのみ細工をし、それが発覚。
主犯格と目された魔女一族は粛清の波に飲まれることになる。
だが・・・
生き残った魔女の子はその秘宝を人間界へと繋がる唯一の泉に投げ入れた。
そして・・・現代。その秘宝の一部は数百年の時の流れと共に
一人の人間の元へと辿り着いたのだった。

これはその秘宝の力を導き出し人々の平和、己の正義の為に使う
一人の勇敢な少女の物語である
その秘宝にはどんな力が込められていたのだろう?


魔法少女さゆりんD』


季節は初夏。
皆同じ方角に歩いている。
笑顔を浮かべ友人と昨日のTVの話をしながら歩いている男子生徒。
今朝のニュースで知った芸能人の話題で盛り上がる女子生徒。
皆同じ方角に進んでいる。
朝の登校風景に何ひとつの曇りもない。
だが、彼女の心だけは雲に覆われ憂鬱な気持ちに駆られていた。
それはほんの十数分のことだった。
かばんも持って家を出る準備が万全だった佐祐理
が、
執事の安田に呼び止められた理由。
それは国崎往人のことだった。

「お嬢様は少し彼について誤解をされているようです」

「誤解?」

驚いた表情を見せる
佐祐理に安田は冷たい瞳をして言った。

「国崎往人はあくまで倉田家の災いの根源たる存在なのですよ。
その国崎と親交を深めて何になるというのですか?」

「私はただ、往人さんと仲良くお話したかったから・・・」

佐祐理は少し悲しそうな瞳をして呟くような声でそう述べた。
安田は佐祐理のそんな顔は見たくは無かったが、
これも倉田家のことを思えばと割り切った考えを持っていた。


正午過ぎ。

ガヤガヤと賑わう食堂に一際目立つ風貌をした青年がいた。
青年を見る目は様々だが、青年自身は一切黙殺しているようにも見える。
ザワザワと賑わう食堂の一角に妙に静かなスペースを往人は発見する。
別に誰に言われたでもなく、ただそういった静かな場所を好むから
すぐにその場所を占有しようとする。だが、往人よりも先に居座る人間がいた。

往人は何も気にすることも無いと決定し、すぐに席につく。
だが、さっきまで賑やかな雰囲気を醸し出していた食堂の空気が一変する。


「・・・あなた、あの時の常識外れの腐れ教師じゃないですか」

その一言で往人もその先客が誰なのかはっきり理解できた。
そこはその男の定位置で彼は毎日そこに座っている。
一般生徒からは生徒会の席としてけして座っていはいけない場所だと
暗黙の了解として認識されている。

その席に・・・往人はカンタンに座った。

最初迷惑そうな表情を浮かべていた久瀬であったが、
周りの生徒の視線が自分たちのテーブルに注がれていることを察知すると
いつもより気取った態度でいつもの定食を平らげていった。
久瀬の向かい側の席で黙って食料にありつけた喜びも噛み締める往人には
その視線も久瀬という存在自体も視界に入らない状態だ。

少しの沈黙を終えて久瀬が先手を取った。

「そういえば、先生は明日の舞踏会に出席されるのですか?」

さっきまでの迷惑そうな表情からいっぺんし、笑みを浮かべている。
往人は気持ち悪い奴だな、食事の邪魔しやがってと心中で罵りながら答える。

「ブトウカイ?」

「あれ?ご存じないようですね。本校の名物を」

「(・・・お前は校長か)」

往人が口に出さずに久瀬に突っ込みを入れた。

「是非参加してくださいね」

「誰が参加するかよ」

なんでも自分の所有物のように発言する久瀬を心底嫌った瞬間。
佐祐理が久瀬を敬遠する理由がなんとなくだが分かった気がした。
佐祐理も1年からこんなナンパな生徒会役員に追い回されれば安泰な生活は
遅れないな。と黙々自分の中の解釈を膨らませる往人だったが、
その本人がすぐそこに迫っていたことは分からない。


「ゆっきとさ〜ん!!」

突然どこからか聞きなれた声がした。それは紛れも無い佐祐理の声。

「やーっと見つけましたー。」

次の瞬間往人の両目を背後に立った誰かが塞いだ。
それが誰かはさっきの声を照合すれば簡単に分かることができる。

「おい、人が食事してるのに目隠しするんじゃない」

往人にしては愛想を込めて叱ろうとしたつもりだったが、

「往人さんって冷たい・・・。佐祐理嫌われてるのかなぁ?」

佐祐理の落胆を隠さない声に文句どころじゃなくなってしまう。

「だー、分かった。もうどうでもいい。用件はなんだ?」

「えっと・・・明日は何の日か知ってる?」

「明日・・・仏滅、だよな・・・」

「はーい残念です。明日は友引ですってそれはいいの!」

「なんだ?何が言いたいのかハッキリとしてくれよ」

「だから・・・明日は毎年恒例の舞踏会が開催されるんですよ」

「ブトウカイね。さっきメガネから聞いたよ」

その台詞に往人の向かいの席で聞き耳を立てていた久瀬が味噌汁を口から出した。

「でも、俺はめんどくさいのは勘弁だ。参加しない」

あまりにも返答が早かった為処理に時間がかかる佐祐理。
だが、すぐにその言葉が指す結末が見えてきたのか少し表情が曇る。
佐祐理は俯き何かを堪えるような姿勢になりじっと我慢している。

「そんな・・・」

ただその一言だけが口から漏れる。それは驚愕の念を込めた台詞だった。

「・・・ぉ、おい。泣くことはないだろ」

佐祐理の変わりように流石の往人も動揺を隠せない。

「・・・だってぇ、てっきり往人さん出てくれるとばかり思ってたから」

佐祐理は目の前が真っ白になったような戸惑いを隠そうとせず
目の前の往人に投げかける。それは弱弱しい問いかけでもある。

やがて往人は我慢比べに降参し、舞踏会への参加を約束した。

「俺はろくな服持ってないが、ブトウカイにはなに着ていけばいい?」

「そーですねぇ。往人さんの衣装は私が用意しますよー」

佐祐理はノリノリの返事で答えその後は舞踏会の一通りの流れを説明した。


「安田さんに電話したら任せておけ!って言われましたー」

「アイツに任せるとろくなことにならない・・・」

「大丈夫ですよー。安田さん、ああ見えても・・・」

「ん?ああ見えて、なんだ?」

「・・・いえ、なんでもないです」

佐祐理は話を途中で切り上げそそくさとその場を去った。
手を振ってお別れの意思を表示する佐祐理に目で挨拶しながらも
どことなく不自然な会話の経ち方に疑問を持った往人。
だが、自分で問いかけても答えは見えないことが分かっているので黙って食事を続けた。

その日は昨日とは打って変わって寒い夜になった。

体育館は会場前から多くの人で埋め尽くされ
往人たちも来てすぐには室内には入れなかった。
寒空の下、コートを羽織った往人と佐祐理は無言で列の一員になっていた。
いくら寒いといっても夏も近いこともありコートを羽織っているのは往人だけ。
無言で列が進むのを待っている往人の横顔を眺めていると、
佐祐理は昔父親とよく行った遊園地を思い出す。
佐祐理はいつも父親と並んでいた。母親は待ち時間の長さを嫌いいつも遠くでこちらを見ていた。左手には父親のジュースを、右手には佐祐理のソフトクリームを持って。
楽しげな表情を浮かべて眺めていた。
佐祐理の横にはいつも父の存在があった。
暖かいコートを羽織ったにこにこ顔の30代が。
並ぶ時間が1時間を越えると佐祐理に自分のコートを羽織らせてくれた父。
本当に懐かしい光景。心のそこから幸せを感じることのできた短い期間。

いつからだろう・・・。そんな楽しげな時間がなくなったのは。

「なあ、佐祐理は踊ったことあるのか?」

ふいに声をかけられた佐祐理は肩をびくつかせながらもその声の主に笑顔で答える。

「えぇ・・・以前お母さんと一緒にダンスレッスンに通ってました」

「・・・俺は・・・踊れないぞ」

「あははー、大丈夫ですよ。私が一緒に踊るんですから」

「いや・・・根本的に間違ってる気が・・・」

文句を垂れる往人の手を持ち踊るマネをしてみせる佐祐理。
周りの連中はそんな二人に様々な視線を送る。

「おい、あんまり調子に乗ってるとこけるぞ」

「大丈夫ですってー、キャ!」

往人の言葉どおりに足をくじいて地面に倒れ掛かる佐祐理だったが、
往人がすぐに佐祐理の体を支えたので地面スレスレで引き上げることができた。

「ったく、言ってる側からなにやってんだ」

「・・・あ、ありがと・・・往人さん」

佐祐理は過去に今のと同じ体験をしている。
あの時助けてくれたのは父だった。

「ほら、もう受付のとこまで来たから。お前は吹奏楽だろ?ステージ裏行って準備しろ」

そういうと往人は佐祐理の分の受付まで済ませ始める。

「じゃ、じゃあ絶対に私の演奏聴いてくださいね」

「分かってる。ほら、行って来い!」

往人は彼らしくない笑顔で佐祐理を送った。

舞踏会の幕開けは吹奏楽クラブによるファンファーレ。
その中心を担っているのがクラブ長の佐祐理だ。
佐祐理は中心の席で音色を奏でている。
その頬は少しだけ赤みを帯びている。

やがて惜しみない拍手が観客席から沸き立った。
照れ笑いを浮かべる吹奏楽クラブのメンバー。
大勢の観衆たちがその演奏に敬意を込めた歓声を上げている。
会場のムードはひとつになり始めた。

「往人さーん!どうしたか〜?」

「ああ、良かったんじゃないか?俺にはよくわからないが」

「って、その右手にあるのは・・・お酒?」

「別に持込禁止とか言われてないからな。」

「でも、受付で何か言われませんか?」

【あの時は懐に隠してた。コート来てたのもそのためだ」

往人は少しにやけた。佐祐理もさっきまでの緊張がほぐされる感じがした。

すでに舞踏会の幕は開けている。
会場内にはダンススペースが設けられていてそこでは生徒たちが入り乱れてダンスを踊る。
およそ100とも200とも分からない数の人間が一様に介しているダンス会場。
そこに往人と佐祐理も遅れながらやって来た。

「もうこんなに集まってやがる。踊りにくくないか?」

「そうですねー、でも少し動きを小さくして踊れば大丈夫かも」

そういうと佐祐理は往人の手を取り踊り始める。
往人はなにがなにやら分からないうちに始まったダンスに戸惑いながらも
いつもより積極的な佐祐理の心を察して無言でそれにのる。
二人の間にあるのは沈黙のみ。出会ってから初めて二人は互いの手を取り合った。
そして、心もひとつになったような気さえした。
目まぐるしく入り乱れる人ごみの中をどんどんと踊り歩いていく二人。
そんな二人を周りの連中も少しずつだが羨ましげに見ていく。
無口で長身で銀髪の青年と、笑顔で可愛い少女。
二人のダンスはあまりに優雅で刺激的だった。
周りのダンス経験者さえも見とれさせるほどの魅力がある。
むちゃくちゃなステップだが、上半身だけみればしっかりとした面持ちの往人。
緊張からか表情はいつもより引き締まって見える。
佐祐理はなんだか嬉しくてずっと笑ったままで踊っている。
居心地のいい時間。少なくとも終わりが来てほしくはないと願うことのできる時間。
初めて二人の考えが一致した瞬間。
やがて曲が終わり一同はばらばらと散らばっていった。
往人たちもダンスを切り上げて乾いた喉を潤しに向かった。

「・・・くそ!こんなに旨そうなもんが食えるなら夕飯食べるんじゃなかったな」

「そうは言っててもまだそんなに食べれるんですからすごいですよー」

往人はガクガツと料理にがっつきながら器用に言葉を発している。
佐祐理は喉を潤した後はその往人の横でずっと話をしていた。
今では遠い昔になってしまった思い出とか、これからのこととか。
でも、今朝安田に言われたことだけはけして言えない。
話題にしてしまうと絶対にいけない気がしたから。

心から楽しんでくれている往人を傷つけてしまいそうだったから・・・。

突如往人が一升瓶を開けた。
周りの参加者は目を丸くしてその光景に釘付けになった。

「っぷはーーー!!!やっぱ酒はこう飲まないとだめだな」

「・・・往人さん、人が見てますよ」

「あ?踊ってるときもジロジロと眺めてただろうが」

「あの時とは比べられないくらいいや〜な眼差しですけどぉ」

佐祐理は居心地が悪そうな口調でそう言った。
往人は黙って酒を飲んでいる。

ドカァ!

と、いきなり往人は後頭部を鈍器のような物で殴られた。
相手の顔も見れないまま気を失った往人。
その背後には佐祐理の澪声のある人が立っていた。

「まったく、こんな時でさえ油断させてくれん男ですな」

「安田さん!どうしてここに?」

「決まってますよ、国崎くんがハメをはずした挙句に
人様に迷惑をかけないように見張ってるんです」

「は、あははは・・・」

思わぬ人の登場で気が抜けた佐祐理はただ笑うことしか出来なかった。


酔っ払いの往人をどうしようもなくなった佐祐理へいろんな男が近づいてくる。
最初は安田が一人一人断っていたが佐祐理が自分からダンスを受けてしまうので
黙って引き下がることにした。
リクエストの通った男子生徒は満面の笑顔で佐祐理をエスコートする。

だが、相手がどんなにダンスの上手い人でも佐祐理にさっきまでの感動は起こらない。
往人と踊ったあの数分間のトキメキが。


「なんじゃ舞。取り付かれたような顔して」

体育館の外から中の様子を眺めていた安田と舞。
タバコを噴かせながら舞の様子を伺っていた安田がふと聞いた。
舞はさっきからじっと佐祐理が踊るのを見つめている。

「・・・佐祐理・・・綺麗」

舞はそういうとまた佐祐理に視線を戻す。
いつもとは違う佐祐理と舞の様子に苦笑する安田。

「本当だのう。やはりお嬢様は他の連中と違って気品をお持ちだ。
しかし、今日はやけに冷えるのう。寒くて寒くて人肌恋しくなる」

「・・・・」

相手が一切反応しないので独り言のように聞こえる。
さらに安田は苦笑いを受けべるが面白いことが浮かんでうす笑みを浮かべて言った。

「どうじゃ?ここいらでワシらもひとつ踊らんか?」

瞬間、舞は完全黙殺した。
そこに、見覚えのある少女が姿を現した。
どこからともなく現れた少女は以前舞が追いかけたあの少女だ。

「・・・何しにきたの?」

警戒した口調の台詞に少女は答えない。
苛立ちを覚える舞だが、安田が優しく制する。

「警戒する必要なない。この子はワシの知り合いじゃ」

「・・・知り合い・・・?」

「なぁ、まだ行くには早いだろう。話し相手に加わる気はないか?」

安田は優しげにそう問うた。

「あまり気が乗らないから。また会えるといいね、おじいちゃん」

少女はそういい終わると夜の闇に消えていった。

「・・・あの子・・・誰?」

疑問をぶつける舞。隠さないその思いと一言が安田に重く圧し掛かった。
答えるべきか答えないべきか。
答える場合、答えるのか。思案した挙句に安田は、

「なぁに、ワシにとって大切な子じゃよ」

少しはにかんで安田は舞に返答した。
そんな安田のいつもは見られない仕草に理解できない感情を抱く舞。
思わないことを口にしてしまう。

「・・・少しくらいなら、踊ってもいい・・・」

言われた本人がまったく予想だにしなかったこの台詞。
だが、今の安田には思案よりも現状を楽しむことの方が先決だった。

「・・・そうか。ならお言葉に甘えようかの」

そう言うと安田は舞の手を取りさっき見た往人と佐祐理のダンスを思い起こした。

「(踊るのなんて生まれて初めてで分からん・・・)」

安田は適当に回想しながら舞との踊りを楽しみ始めた。
夜はだんだんと濃さを増していく。
寒々とした空の下、その場所にいるすべての人間の心は熱くなっている。

気がつくと佐祐理が見知らない男たちと仲良く楽しそうに踊っているので
邪魔しては悪いと思った往人は少し機嫌が悪いのもあり途中で久瀬と肩をぶつけてしまう。
文句を垂れられる前に往人は久瀬の眼底に黒くドス黒い威圧を送りつけた。
予想通り久瀬は一切の抗議を行わないまま黙って来た道を逆に歩いて行った。


その夜はすごく晴れていて少しだけ冷たい風が吹いていた。
雲一つ存在しない完璧なまでに澄み渡った空。
往人は校舎の屋上に上がり光に照らされたグラウンドを眺めていた。
見下ろすと昼間よりも冷たい雰囲気を感じ取る。
そして、予想以上に広大な印象を受けた。
今夜の俺はなんだか感慨深くなっている。
往人は心の中で自分に呟いてみる。


「これで災いの種が消えるのだな」

倉田家頭首は感慨深げに言った。

「でもあなた、少しだけ強引すぎませんか?これでは佐祐理が・・・」

「これも佐祐理のことを思っての判断だ。安田君には手数をかけたね」

「いえ、とんでもございません」


「あの病院の件はもう1年だけ引き伸ばすことにするよ」

「そ、それはどうも有難う御座います!」

「うむ。それと、佐祐理の記憶の件だが。完全に消してくれるのだな?

「はい。いらぬ感情を抱かれる前に処置させて頂きます」

「うむ。任せた」

翌日は雨だった。
ザアザアと降ってくる雨の中で、倉田家の往人の部屋で、往人は準備をしていた。
佐祐理も往人の荷物をまとめている。
部屋の床に座って、それぞれ別の作業をしていた。
開けっ放しの窓の外から少しだけ雨の粒が部屋の中に入ってきそうだったが
今日は蒸し暑いからそのままでいいという互いの方針が一致したため
1時間以上もそのままで片付けに専念している二人。
ジュータンに置かれたおぼんの上には往人の分のジュースが置いてある。
さきほどまで一緒に置かれていたもう一人分のジュースは
今、佐祐理が手にしているものだ。往人は黙々と作業し続けている。

「ねぇ、往人さん飲まないの?」

「別にいらない」

「飲まないなら佐祐理が飲んじゃいますよー」

「好きにしろ」

というような会話をついさっきから淡々と繰り返している。
会話は一向に弾まない。


「そういえば、往人さんのお母さんってどんな人なのぉ?」

「なんでそんな話題になるんだ?」

「えっ、まあなんとなくかなー?はは」

「・・・俺にはとても優しい人だった気がする」

少しだけ見詰め合ってから、どちらともなく近づいて二人は軽いキスをした。

ほんの短い間だった。


照れ笑いを浮かべた佐祐理に往人が静かに呟く。

「・・・
ジュースの味だ」

往人は無邪気な笑顔を見せた。
その笑顔で佐祐理は多少救われた気持ちになった。
自分の親が彼を追い出すことになってしまったことに一人責任を感じていた。
けして佐祐理が悪いことではないがどうしようもなく辛かった。

往人と一緒にい続けられなくなってしまった今になって思う。
彼の存在が佐祐理にとってどんなに大切なものだったかが。

「まあ、お前と

往人は佐祐理の頭をクシャクシャ撫ぜてふいに言った。

佐祐理も倉田の皆も悪くない。これは俺が最終的に決断して決めたことだからな」

「・・・ハイ・・・」

佐祐理は毀れ落ちた雫を黙って拭う。それは彼女の決意の現れた仕草だった。

荷物の準備が終わり往人は倉田家の玄関で使用人たちにもみくちゃにされた。
皆が往人に少なからず同情を抱いている。
それに佐祐理の悲しみも理解している連中だから。

「往人さん!また会えますよね?」

往人の背中越しに佐祐理の悲痛な叫びが届いた。
往人は後姿で片手だけ挙げて返事をした。


佐祐理は切なさを噛み締めたままで、その背中を見送っていた。

倉田家の敷地を随分離れた所で見覚えのある男が近づいてきた。

「あんたか・・・」

往人は最後の最後に見る男に迷惑そうな口調で言った。

「首謀者が別れを惜しむようなことはせんよ。ただ・・・」

「ただ・・・?」

「ホレ、せめてもの選別だ」

安田は黒い包みを往人に手渡した。

「食料一週間分がはいっとる」

「・・・そうか。わざわざすまなかった。ではな」

「・・・まったく。最後の最後で礼を言うとは・・・」

安田は目を細め往人が小さくなるまで見送り続けた。

「安田さん、往人さんに会ってたでしょ?」

「ふふ、流石は佐祐理お嬢様ですな」

往人を見送った帰り道、安田が佐祐理にふいに言った。

「楽しいことはまだこれからありますよ」

「ええ、そうですねっ!」

佐祐理の笑顔はもうすっかり明るかった。

「それと、お嬢様から記憶を奪うことはしません」

「え、でもそれだと安田さんがお父様との約束を破ることに・・・」

「いえいえ、私はいつでも佐祐理お嬢様の味方ですよ。
それに、泣いている女の子を手にかける主義はありませんからね」

「そ、それじゃあ!」

「はい。ただ、内緒にしてください。再び彼と再会する日までの間。
私とお嬢様とだけの秘密です」

「・・・約束します」

夜まで佐祐理は自分の部屋に篭った。
心配する両親の呼びかけにも一切答えずに往人が被せた枕カバーに思いを寄せて。

数時間たってから泣きはらした佐祐理が下りてきた。

「も、もう降りてきて大丈夫なの?」

「だって、いつまで寝ててもしょうがないから・・・」

佐祐理は母を見つめ力ない笑顔を浮かべ言った。

「とにかくお食事にしましょう」

母は安堵の表情でそう言った。

「そういえば、ステッキは?」

唐突な質問をする佐祐理。

「ああ、あれはついさっき半分に折れてるのを安田さんが見つけたの」

「じゃあ、やっぱり・・・往人さんがいなくなったから?」

「うん。そうね。」

「でも、こんな簡単なことで呪い回避できるなんて信じられない」

「私は簡単なことだったから良かったんじゃないかなーって思うけど?」

と言って母はしばらく黙った。

「・・・うん。そうだね」

その日は初夏を感じさせる生暖かい陽気で、とても風が強かった。

そして・・・3日後。

「く、くそう・・・。一週間分の食料がもう底をつきやがった・・・」

「このままだと食い倒れになっちまうな」

滴る汗を拭いながら往人はまず体力を消耗しないで移動できる手段を考えた。
と、ちょうど視界にバス停を発見する。
しかもなんとタイミングがいいのかバスがやってくる瞬間だ。
往人は最後の金を握り締め、彼はバスに乗り込む。
行く宛ての無い旅になるだろうとは覚悟したが、
それもそれで楽しめそうだなと往人は納得することにした。


バスの中でこれまでの数ヶ月間を思い出す。
短い期間だったが、魔法をかけられたような日々だった。

食糧不足に陥った往人が訪れた海辺の町。
その町には夏が訪れていた。

人形を操る一人の青年。
青年は旅のひろ。

夏の情景に包まれ穏やかに流れる日々。
日差しの中で繰り返される少女たちとの出会い。

夏はどこまでも続いてゆく。
青く広がる空の下で。

彼女が待つその大気の下で。



公開日/2003年5月5日

企画・原案・シナリオ/Kensuke


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